水上の地平線   作:しちご

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55 信頼は知っている

―― 痛イッ、ヤメテヨォッ

 

海上に次々と爆雷の水柱があがる。

 

「相変わらず硬いわねえ、あの変な潜水カ級」

 

慣れた手つきで爆雷をぶん投げている五十鈴が、小脇に抱えた龍驤に語った。

 

―― 水ガ、水ガ漏レチャウウゥ……

 

「いやあれ、潜水……カ級にしては、色が白いなあとか思わへんかな」

 

第一本陣、バンダルスリブガワンへと向けて航海を続けている最中に

諸手続き書類を持った秘書艦とその護衛艦隊は、敵潜水艦隊との遭遇戦に入っていた。

 

「抱えている艤装も巨大化しているし、アレがきっとエリート級ってヤツよね」

 

五十鈴の引き締まった表情は僅かの油断も無く、全身全霊でそう判断している事が伺える。

 

「言葉、話しとるよね」

「先日のアレの影響かな、油断ならないわ本当に」

 

報告内容を現場で確認って重要よなあとか言いながら、遠い目をした軽空母の向こうで

ヒャッハーと叫びながらおかしなテンションの随伴駆逐(ヴェールヌイ)も爆雷を投げ続ける。

 

「えーと、ああいうのがたまに出るんやっけ」

「月に一度ぐらいは遭遇するわね」

 

龍驤は、不憫な棲姫のために心で泣いた。

 

 

 

『55 信頼は知っている』

 

 

 

一面を見れば、晴れ着の夕立が紙面を飾っとる。

 

正月に割烹着の鳳翔さんから雑煮を受け取って、餅と格闘しとった時の写真やな。

 

青葉日報ブルネイ版や。

 

遺族会や有志、企業の提供で艦娘に様々な贈り物がされる事が有る。

そんなわけで夕立や曙には晴れ着が、鳳翔さんには割烹着が贈られたとか。

 

ウチには抜き身の日本刀が送り付けられてきた、ほうか、もう鞘に戻る気は無いんか。

 

何で皆が晴れ着とかで浮かれとる中、ウチは喧嘩売られとんのやろ。

 

まあ馬の生首を贈られた明石とか、白い手袋が片方だけ贈られた青葉とかも居るけどな。

 

「んで、何や」

 

第一本陣の休憩室で、煙を吹かして居たらいつの間にか目の前に机に

相談役とか書かれた札を置かれ、何隻かの艦娘が列を作っとる、なんでやねん。

 

………………。

 

なんでやねん。

 

まあええわ、とりあえず列の先頭、机を挟んだ反対側に座った初風が言うには。

 

「最近、某軽空母と某駆逐艦と私でデュラハントリオとか言われだしたんだけど」

 

某軽空母(りゅうじょう)某駆逐艦(あまつかぜ)か、ココロアタリナイナー。

 

「どう考えても妙高のせいやな、はい次」

 

第四艦橋事件(あたまがぐちゃッ)? 知らない事件ですね。

 

入れ替わりで座ったんは妙高。

 

「過去に天津風さんの初陣に同行したせいで、初風さんまでデュラハンと呼ばれる様に」

「首落としたんまでウチのせいにせんとこな、艦首(くび)斬り妙高」

 

何か微妙に気にしとったらしく、メンタルダメージで特徴的な体勢のノックバックをした所に

短いポニテと入れ替わり、席に座ったんは妹より平たい不死身の重巡、青葉。

 

「ああ丁度良い、その日報の一面で相談があるんですよ」

 

ブルネイ鎮守府群の正月の光景を切り取った写真で、文面は5番泊地の様子から。

 

先日の作戦の発案が第三鎮守府だった事と、第三の間宮は5番泊地に在る事から

自然と他泊地の艦娘が集まりがちで、新年の一面に選ばれたとか何とか。

 

「英語版は、米軍基地で無茶苦茶ウケたんですけどね」

「どこに向かって商売しとるんよ」

 

聞けば、金髪美少女の晴れ着は凄まじい勢いで好感度を稼いだらしい。

 

ソロモンでの海戦に参加した祖父を持つボブさんが、ユーダチイズマイワイフとか

言いだしたせいで乱闘が起こり、結構な人数が営倉送りになったと言う。

 

綴りはきっとWIFEやなくてWAIFUやな、俗語の方の。

 

「テンリュー・レディに登場待った無しやな」

「ウケる要素多すぎですよ、夕立さん」

 

そこら関連かと聞けば違うと言う。

 

何でも、米軍には大ウケしたが、ブルネイやインドネシアでは微妙だったと。

ウケるにはウケたが、思ったよりも来なかった感触で、理由が知りたいらしい。

 

「金髪美少女、キモノドレス、コレで爆発しないなんて嘘でしょッ」

「いやだって、ぽいぬやん」

 

普通に返答をしたら、どうにも理解が進まない様で首を捻っとる。

 

「イスラム教徒は基本的に犬を避けるで」

 

教祖が無類の猫好きで、用事があるけどお猫様が袖の上でお眠り遊ばされているから

袖を切り落とそう、などと凄い判断をした事で有名な猫馬鹿やけど、犬は嫌っとった。

 

コーランの上でお猫様が眠りはじめたら邪魔をするな、とか言い残すほどの猫組やけど

 

犬は嫌っとった。

 

まあつまり、ステレオタイプな猫派やな。

 

そんなわけで、犬は飼うなとか酷い戒律まであるわけで、イスラム教国のブルネイでは

飼い犬が極めて少ない、というか基本居ない、都市部ではまったく見ない。

 

出稼ぎ外国人のコロニーで、フィリピン人とかがたまに飼っとるぐらいや。

 

「艦選間違えましたかーッ」

 

頭を抱えて机に沈むパパラッチ。

 

「つーても猫っぽい艦娘をチョイスしても ―― 晴れ着が居らんな」

 

強いて言えば子日か、鼠っぽいが、第二の方に籠もりっぱなしやから第三(ウチ)では見んけど。

 

「扶桑さんや山城さん、大淀さんあたりなら万遍無くウケましたかねえ」

「そういや隼鷹と飛鷹が、何やえらい高価そうなん着とったな」

 

キモノドレスで思い出した事をボヤいてみれば、聞き手が凄い勢いで顔を上げる。

 

「うえ、それ見てませんよ私ッ」

「呑み始める前に着替えとったからなー」

 

空母寮の住人以外やと、提督ぐらいしか見とらんのやないかな。

 

何かいろいろと企み始めたブン屋を、相談事は終わったなと判断して追い払う。

気が付けば机の前に並んでいる艦娘はさっきよりも随分と増えていて。

 

よっこらせとか年代物臭い掛け声で座った旧知の戦艦に、額を抑えてボヤきを投げる。

 

「何で長蛇の列が出来とんねん」

「いや、相談するのは私の側のはずだが」

 

結局その日は相談で時間が埋まってしもた、まあ何や言わせてくれ、なんでやねん。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

―― マタ、潜ルノカ、アノ水底ニ……エ、浮上してイる、もうヤダァッ

 

何か切実な泣き言が海域に響き、それきりの静寂が訪れる。

 

行きの航海で仕留め損ねた変な潜水カ級に再度遭遇し、今度こそはと仕留めてみれば、

まるで姫級の様な膨大な陽気や霊力が海域に溢れていたため、建造術式が起動した。

 

「南洋神社の建造可能艦娘は出きっているんじゃなかったの」

「サイパン解放したし、建造可能艦娘も増えとるんやないかな」

 

五十鈴に抱えられ乳置きにされている龍驤が、術式を調整しながら疑問に答える。

 

やがて海面に設定された方陣に光が溢れ、その中に駆逐艦、にしては大きめの姿が見えた。

 

白地に黒をあしらったセーラーに、胴体部をコルセットで覆う形の制服を纏っている。

その黒髪はペンネントで軽く括られ、少し撥ねた前髪が少し野性的な印象を与えていた。

 

「秋月型駆逐艦、その四番艦、初月だ」

 

閉じられた瞳が開き、その正面に居る艦娘を見て整っていた頬が綻びる。

 

「五十鈴か」

 

落ち着いた雰囲気から一転、花が開くような笑顔へと変わり、そのまま固まった。

天使が通り過ぎた様な静寂の中、抱えられたままの龍驤が決まり悪げに手を上げて挨拶をする。

 

初月の肉体に胃痛、頭痛、吐き気、発熱、震えなどの症状が現れた。

心拍数は上昇し、発汗とともに眩暈を伴う視野狭窄が始まる。

 

「……速い……無理、無理無理無理無理……おかしいってあんなの……」

 

頭を抱えてしゃがみ込み、ぶつぶつと呟きだした防空駆逐艦に、慌てて五十鈴が駆け寄っていく。

 

「ちょっと、何か明らかにトラウマ抱えてるじゃないッ」

「ウ、ウチか、ウチのせいなんかッ」

 

先日の騒動は駆逐艦初月の根本と成る魄にまで傷跡を与えていたらしい。

 

暫く、視界に暴虐軽空母が入らない様にと五十鈴の背中側に回りしがみ付いた形の初月が、

小動物の様に震えながら疲れた声色で言葉を零した。

 

「……すまないが、それから守るのは勘弁して欲しい」

 

艦隊の構成艦たちは、さもありなんという風情で同情を滲ませ深く頷く。

 

「いや、友軍よなウチら」

 

蚊帳の外に置かれた龍驤のぼやきが、海原の狭間に消えた。

 


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