水上の地平線   作:しちご

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53 入り江の愉しみ

指先が鼻の下に付けられたフサフサとしたソレを撫でる。

 

例によって例の如く、一連の騒動の残滓もまだ残る年の瀬に

我関せずと問答無用で各鎮守府の艦娘にクリスマス衣装の着用命令が下った。

 

既に発案者を3度ぐらい殺しておけと赤道付近の泊地連名で申請をしてある。

 

そんな殺伐とした状況の中、真白の付け髭を触りながらご満悦の利根が居た。

 

艤装の上から羽織る形の紅白に、随所にポンポンの付いた可愛らしい装いである。

 

実は一度着てみたかったらしい。

 

提督執務室の向こうで書類を抱えて走っているのは筑摩、トナカイの着ぐるみだ。

 

コッチは自腹らしい。

 

例年の如く、艤装にまで飾りつけをされた龍驤が軽く息を吐いた。

 

折からの深海側の侵攻の変化、例えば単艦で行動をしている艦娘を集団で叩くなど、

これまでとは一風変わって実に嫌らしくなったソレが齎した状況は、一言で言えば面倒。

 

各種出撃時の編成の事である。

 

そんなわけで、極めて使い勝手の良い火力である金剛型四姉妹は忙殺の極みにある。

 

そして今年度、龍驤と大淀、さらには利根型姉妹までクリスマス化されてしまい

うかつに泊地から外出できない外見と成ってしまった、これが実に困った事態を呼ぶ。

 

本日も叢雲を連れた提督が日本企業との打ち合わせに向かい、帰って来ては夕立を連れて

市議会への年度末の折衝へと向かう、連日この様な有様であった。

 

公式の場におけるクリスマス禁止令の出ている国だけあって、泊地外の様々の全て、

クリスマス衣装の無い艦娘に全ての皺寄せが行っていた、仕方のない事ではある。

 

詰まる所、叢雲と夕立が死にかけていた。

 

 

 

『53 入り江の愉しみ』

 

 

 

この味が、何かパサパサしてクソ不味いとキミが言うたから、24日は目に物を見せてくれん。

 

などと詩的な風味で意気込みを語った所で、別にオーブンの質が変わるわけでも無し。

 

まあクリスマス艤装の無い艦娘に各種仕事が回ってしまっとる分、赤と緑、そしてゴールドな

ウチらは結構時間に余裕があるわけで、とりあえず間宮で飯を作っとる。

 

要はクリスマス用の料理のお手伝いなわけやけど、先ほど間宮と伊良湖が包丁と擂粉木を持って

赤い正規空母退治に出かけてしもうたわけで、厨房にウチしか居らんのはどういう事やと。

 

オーブンに叩き込んだ七面鳥に適宜肉汁を掛けながら、鍋で作った飴色玉葱に鳥野菜炒めを

叩き込み、そのままケイジャンスパイス等各種薬味を入れてから米と水、あと野菜出汁。

 

パエリアに似たスペイン由来のカントリー料理、ジャンバラヤやな。

 

北米アカディア植民地に居たフランス系カナダ人、所謂ケイジャンが作るケイジャン料理の一種で

 

彼らが大艱難で英国植民地に強制追放された折、一部がスペイン領ルイジアナに移り住んだと、

そこでパエリアなどのスペイン料理との融合、発展があったとか。

 

後にルイジアナは買収でアメリカ領と成り、そのためケイジャン料理はアメリカの南部料理、

俗に言うカントリー料理と言う物に含まれるように成った。

 

土着の食材を使い、香辛料でスパイシーに仕上げるのが特徴や。

 

同系統の料理でも、ニューオリンズあたりではイタリアの影響が有り、トマト何かを使うらしい。

 

しかし量を兼ね備えた宴席料理って、意外に選択肢が無いな。

 

「ザリガニパイとガンボでも作る気ですか」

「ギターとフルーツ瓶も忘れたらあかんな」

 

何か瑞鶴にアームロックを掛けた状態の加賀が生えて来たので、適当に受け答えをする。

 

「何や、手伝いにでも来てくれたんか」

 

鍋に蓋をしつつ、オーブンに匙を突っ込んで出てきた肉汁を回し掛けして、一息。

 

「味見係、というのは重要だと思いませんか」

「失せろ」

 

えーなどと残念そうな声を上げつつ、ロックの極め方が厳しくなったのか瑞鶴が高速タップ。

 

「いや、さっきから何やっとんのよキミら」

「ちょっとした教育的指導です、お気になさらず」

 

聞けば、七面鳥の丸焼きと聞いて嫌がっていたらしい。

 

まあ気持ちはわからんでも無いがなとか思っとったら、どうもそれだけでは無いとの事で。

 

ようやくにロックを外されて、肩で息をしとった瑞鶴が口を開く。

 

「いや七面鳥って、パサパサしていて美味しくないじゃないですか」

「それは単に、料理したヤツがヘボいだけや」

 

日本では馴染みが無いせいかあまり知られとらんが、七面鳥は仕込みから調理まで

とことん手間がかかるタイプの食材や。

 

それを弁えずに鶏肉と同じ感覚で調理してしまうと、普通に不味くなる。

 

そんな事を説明していれば、オーブンに視線をやった加賀が言う。

 

「ふむ、するとその七面鳥はかなり手間を掛けているのですね」

「まあ言うほど手間かけたわけでも無いけどな」

 

それでも前日から氷を入れたブライン液に漬け込んで、香味野菜中心のスタッフィング入れて

その上で高温で外側焼いてから、低温でじっくり3時間焼き上げとる。

 

オーブンも業務用で安定しとるし、それなりには成っとるやろ。

 

「ほ、ほぼ丸一日掛けてたいした手間じゃないって……」

 

何か瑞鶴がドン引きしとるんやけど、いや、ローストターキー業界じゃこのぐらい基本やろ。

 

つーか、宴席料理ってそういうもんちゃうの。

 

そうこう言っている内に蒸らしも終わり、オーブンから七面鳥を取り出した。

 

香ばしいローストの香りの漂う中、腹の中に詰めていたスタッフィングを器に取り出し

残った外側の肉部分を、トマトと葉野菜で赤緑に飾った大皿の上に設置する。

 

「あ、あの、何か香りの時点で私の知っている七面鳥と次元が違うんですけど」

 

どんだけ安い七面鳥の記憶を持っとんのかと。

 

まあ戦前戦中だとカントリー料理に詳しい日本人何ざ希少極まりないから仕方ないか。

 

何か皿を用意して、さあとか言いだした青いのにジャガ芋を投げておく。

 

鍋の方も適度に炊き上がったようで、蓋をしたまま火から降ろして蒸らしに入る。

ガラス製の鍋蓋から、蒸らされている最中のジャンバラヤ、半透明になった米粒が見えた。

 

「上品な物相飯と言った感じですか」

「ルイジアナの人間が助走をつけて殴りに来る様な表現やな」

 

鍋ごと会場、要は間宮のテーブルに置くとして、ついで冷蔵庫からガラスのボウルを取り出した。

 

中には白ワインで付け込まれた柑橘類、及び缶詰の桃などの砂糖漬け。

適当に取ってソーダ水で割って飲む、サングリアって奴やな。

 

近年は赤ワインが主流やけど、桃入っとるし慣れない奴も居るから白がええやろと。

 

そんなこんなで終わった終わったと、一息ついて首をコキコキと鳴らす。

 

まあメインから飲み物まで、これで一通り品数が稼げたし、手伝いとしては上々かね。

 

「あとは並べるだけですね」

「司令官呼んで挨拶ぐらいは済ませんと食ったらあかんで」

 

既に皿と箸を持って待機しとる一航戦(バキューム)の片割れに釘をさしておく。

 

何か悲しそうな瞳で見てきやがったので、先ほどのジャガ芋に切れ目を入れてオーブンにイン。

ついでに塩とバターを渡して勝手に食いやがれと放置しておく。

 

見渡せば、常とは変わった香りの漂う厨房が、宴席の日と言う感情を強く印象付けた。

 

ジャンバラヤ、ローストターキー、スタッフィング、サングリア。

 

料理に目を奪われていた瑞鶴が、ひとつひとつの料理の名を上げて、しかしと言葉を紡いだ。

 

「何で米帝料理ばかりなんですか」

「和食が食いたきゃ自腹を切りやがれ」

 

まあクリスマスやから仕方が無い、降誕祭と言うよりは感謝祭ってノリのメニューやけど。

 

つーか、量を稼ぐタイプの宴席料理が抱負やねん、アメリカ。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

宴席もたけなわに、日も暮れようかと言う頃合いにようやく軽空母は一息を吐く。

 

あれから龍驤は料理が足りなくなってはおにぎりを握り、足りなくなっては焼き鳥を焼き、

もはや何の宴なんだかわからない和洋折衷な有様を四苦八苦しながら泳ぎ抜いていた。

 

そして艦娘にもみくちゃにされ、目の下に隈の出来た提督が龍驤の近くに倒れ込んで来る。

 

「な、何か胃に優しいものは無いか……」

 

切実な声であった。

 

余ったおにぎりで軽く茶漬けを作り、渡す。

 

「何というか、発想が居酒屋的だよな龍驤」

「言わんといて、自分でもちょいアレやと思ったところやねん」

 

さらさらと茶漬けを流し込む音だけが響くひと時。

 

やがて提督が中空に視線をやり、虚ろな表情で言葉を零した。

 

「……クリスマスっぽく、無いなあ」

 

身も蓋も無い一言であった。

 

「赤と緑と金色があったらクリスマスでええんやない」

「何というシンプルな思考」

 

ついでに淹れた茶を啜りながら、呆れた感想が在る。

 

「艦娘も、クリスマスは普通に祝うんだな」

「まあ明治時代には入って来とったからな」

 

クリスマスは明治時代、20世紀に入ってから普及がはじまり、昭和に入って一般化した。

 

日本に於けるクリスマス普及の理由には様々な物があるが、

祝日である大正天皇祭が12月25日だったのが最大の要因と言われている。

 

「何か意外だな、戦中でもクリスマスは祝っていたのか」

「前線でもツリー作る程度には浮かれとったでー」

 

西洋の全てを拒否しなければ非国民、などと言っていた気狂いは某新聞ぐらいである。

 

取り止めの無い会話が続き、熱帯の夜は更けて行く。

 


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