水上の地平線   作:しちご

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球形の戦場

 

サイパン奪還作戦の後しばらく、ついに侵攻を開始した中枢棲姫は、

マーシャル諸島近海でサイパンより抜錨した討伐部隊に遭遇する。

 

呉、舞鶴、佐世保の三鎮守府から成る混成部隊。

 

健在である五航戦を中心とした制空権の奪取から、大量の超弩級戦艦に因る鉄風雷火が

危なげなく戦況を推移させ、望まれていた終焉に向かい突き進む。

 

「妙だな」

 

轟音と衝撃の中、舞鶴所属の武蔵はふと違和感を感じた。

 

姫級とは、これほどに手応えの無い相手であっただろうかと。

 

深海側の反撃も行動も、何もかもが想定を下回っている。

気楽に撃ち込んだ砲弾ですら、当たる。

 

いやこれは ―― むしろ自分から受けに行くような

 

見れば、火に炙られ変質していく彼女は嗤っていた。

 

 

 

『球形の戦場』

 

 

 

奇しくも同時刻、ブルネイは5番泊地で2隻の艦娘が邂逅を果たしていた。

最近、混ぜるな危険コンビなどと一部で呼ばれ始めた外道が2匹。

 

詰まる所、龍驤とあきつ丸である。

 

例によって例の如く、炎天の下の僅かな陰で、紫煙を吐いては煙らせている。

 

しかしなぜか、龍驤の巣には煙が籠もっていない。

 

あまつかぜと書かれた扇風機が置かれているからだ。

 

不知火の字である。

 

離れた所で、陽炎型の長女と次女が連装砲くんに追い掛け回されている。

 

「今日は、答え合わせをしに来たのでありますよ」

 

扇風機に吸い込まれる煙を目で追いながら、あきつ丸が口を開いた。

 

「さっぱり意味が分からん」

「まあ、端的に過ぎましたか」

 

苦笑の後、最近の一連の事件、件の老研究者の顛末について語る。

 

全ての資料と報告を纏め提出し、既に自分の手からは離れたとも。

 

「んで、何でウチに」

「調べるのが面倒でして」

 

何やそれはと言う声に、要は自分が納得出来ればそれで良いのですよと笑う。

 

曰く、この惑星の霊長は、常に敵を取り込んで進化してきたと言うのならば。

 

「龍驤殿は、ヒトが敵を取り込むのに必要な物と言えば、何だと思いますか」

 

吸い終わった煙草で鎖繋ぎに火を移し、吸殻を灰皿に入れながらの問い掛け。

 

「そりゃあまず、敵が必要なんやないかな」

 

他愛の無い返答に、あきつ丸が固まった。

 

「ほれ、ヒーローだって悪役が居らんとやっていけんやろ」

 

お道化た様な言葉で振り向いた龍驤が、目を見開いたあきつ丸の様相に止まる。

 

「……あー、それだ、それでありました」

 

掌で顔を覆い、天を仰いではそう零す揚陸艦。

 

「ついでです、国造りに関して何か気付く事はありませんか」

 

そのままに疑問を繋げれば、龍驤は軽く吸い、煙と供に言葉を吐き出した。

 

「国造りを成立させる前に、中枢棲姫を叩く目論見やっけ」

 

サイパンより抜錨した討伐部隊について、作戦目的から規模、一通りの内容は

蚊帳の外に置かれた横須賀とブルネイにも届けられていた。

 

「大国主と少彦名が出会い国造りがはじまる、南方系の神話やな」

 

日本神話は、北方系の神話と南方系の神話の入り混じる内容で成立している。

 

「南方系、実に嫌な響きであります」

 

嫌そうな声色に、本土の連中は基本的に東南アジアが眼中に無いからなあと笑う。

 

「答えから逆算してみよか、マーシャル諸島近海が目的地やったとしたら」

「ポリネシアでありますな」

 

即座に意図を呼んだあきつ丸の声に、軽く口元を歪めて言葉を繋ぐ。

 

「天より降り海より訪れる、即ち空と海が交わる場所、水平線の彼方より来たるモノ」

 

そのままに灰皿に吸殻を押し付けながら、言葉を締めた。

 

「マーシャル諸島なら、最高神ロアにより遣わされた海の王ティノルアか」

「天孫降臨から国造りまでの、一連の流れを再現できるわけでありますか」

 

呆れた声色で、頭痛を堪える風情の揚陸艦が煙を吐いた。

 

そのまま暫く考える様を見せ、ようやくに口を開けば、手遅れでありますなと笑う。

 

「いまごろ、見立てが成立しているでありましょう」

 

今回の戦闘行為自体が、相手の目論見通りでありましたかと。

 

訥々と語るあきつ丸を止めず、言葉を聞きながら龍驤は

隅に置いていたクーラーボックスより珈琲缶を取り出し、渡す。

 

「火生土、艦娘の砲撃と言う儀式を以って「産み出す者」への変質を果たす」

 

論者は珈琲を受け取りながら、疲れた声色で結論を下した。

 

「中枢棲姫は、その命を以って怨念であった深海棲艦を種族に引き上げる予定かと」

 

僅かな静寂の後、良く冷えた缶を持ちながらお道化た言葉が在る。

 

「おめでとう、新たな人類の敵の誕生だよってか」

「これからの人類は、さらに大変でありますな」

 

他人事の様な気の無い声色の会話。

 

そして他人事の様な乾いた笑いが零れ、龍驤が缶を持ち上げて言う。

 

つまり、それはあれやなと。

 

―― 暁の水平線に勝利を刻む(人類が革新を経て天へと至る)、その日まで

 

「食いっぱぐれの無くなった、艦娘(ウチら)に」

 

泊地の中の不謹慎な場所に、乾杯の音が響いた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

砲撃の音も止み、海域に静寂が訪れる。

 

髑髏の如き黒白の艤装は割れ砕け、紅を撒き散らしながら引き千切れた白蝋を乗せる。

 

雷火に炙られ、崩れ果てていく棲姫が嗤っていた。

 

常ならば黒く灰の如くに消え去っていくであろう怨念が、大気に拡散し滲みはじめる。

 

―― ズット、見続ケテイタ

 

静かな声色が海域に響き、周囲の艦娘が身を固める。

 

―― 北モ、南モ、東モ、西モ、コノ果テノ無イ球形ノ戦場ヲ

 

崩れた顔から零れる言葉が、海域の空気を染めていく。

 

―― ソシテ知ッタ、オ前タチモ、望ンデイルノダト

 

崩壊する中に揺らめく紅焔の光から、誰もが目を離す事が出来ない。

 

―― 終ワル事ノ無イ、無限ノ闘争ヲ

 

そして、僅かに残った身を持ち上げ、頭部を開きながらの大音声が放たれる。

 

―― 我ガ子ラヨ、今ハ逃ゲヨ

 

その声を、三界の全ての深海棲艦が聞いた。

 

遥か離れた場所にも、祖を同じくする艦娘たちの脳裏にも響き渡った。

 

―― 今コノ時、コノ場ヲ以ッテ我ラハ海神(ワダツミ)ヲ国ト為ス

 

海域の僅かな生き残りが、距離を取り様子を伺っていた棲艦が身を翻す。

 

―― 雌伏セヨ、奪エ、侵セ、呪エ、殺セ

 

海域を離れるそれらの瞳には、今までは無かった知性の光が在る。

 

―― 永劫ニ、ソノ全テヲ以ッテ思イ知ラセヨ

 

何隻か、追撃をかけるべきだと意識は在る物も、砲塔も、指一本すら動かす事が出来ない。

海域を染める怪異の圧力が、空気の重さが僅かな身動ぎすらも許さない。

 

―― 我ラガ無念ヲ、絶望ヲ

 

魂魄へ直接に響く怨念に打たれ、討伐隊の顔色は既に蒼白と成っていた。

 

―― コノ、蟲毒ノ天体デ

 

崩れ果て、世界へと染み込んだ怨念の元は確かに嗤っていた。

 


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