水上の地平線   作:しちご

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09 花煮えの冬

 

忙しい中、他人にお仕事してますアピールなどをされるんは不快なもんや。

 

まあ邪魔にならんのやったら別にかまわんのやけど、往々にしてそういう輩の行動は

無能な働き者を地で行くわけで、つまりは足を引っ張られて殺意が沸く、滾々と。

 

そう、本日に福利厚生の一環などと銘打って冬服が支給された、本土の鎮守府の発案らしい。

 

「ちゅーわけでサンタさんや、可愛いやろ」

 

普段の水干から紅白のフワフワつきの上着へと着替えて提督たちへと見せびらかす。

サンタブーツに猫耳帽子、工廠もノリが良いのか艤装の甲板まで飾り付ける始末。

 

提督執務室内では大淀も仲良くサンタコス、紅白のコートに身を包んですっかり冬支度や。

泊地のサンタは他にも数名、那珂と時雨と間宮と伊良湖、師走の喧騒を鮮やかに彩っとる。

 

ああ、清々しいほどに12月、自殺する若い女がこの月だけ急に増えると言われる12月。

 

観客からそれなりに好評を頂いたようなので、ここぞとばかり飴ちゃんをばら撒いておく。

一通り行き渡ったところで息をつく、大淀と二人で顔を合わせニッコリと笑顔。

 

そして、無言。

 

張り付いたような笑顔のまま。

 

無言。

 

額から汗が垂れる。

 

やがて繰り出される、室内に訪れた鉛の如き静寂を打ち破る魂の叫び。

 

「って、クソ暑いんじゃああああぁぁ!!」

「いいかげん大本営にキレても許されますよね!!」

 

12月のブルネイ、現在の気温は31度、湿度は80%を記録していた。

 

 

 

『09 花煮えの冬』

 

 

 

散々に提督室でゴネたおかげか、有給休暇をゲットしてしもうた。

 

なにやら横チンだかサセ保だかの司令官に対して吊るし上げがはじまるとか。

 

今回のサンタ衣装強制着用に対してブルネイ、タウイタウイ、パラオ、ショートランドと

いった赤道付近の泊地、鎮守府から苦情が殺到し、発案者と責任者が酷い目に遭うらしい。

 

とりあえずブルネイからの提出書類に、「意見:死ねや」「理由:気温31度」と書いて

提督に渡しておいた、うまく使うとええ、受け取った時の顔は引きつっとったが。

 

そんなわけで艤装着脱の自由が裁可されるまでサンタ組は待機、自由行動となった。

 

5番泊地の犠牲者はウチと大淀、あとは那珂と時雨の4隻になる。

 

大淀はこの際だからと豚ロース肉調達の旅に出て行った、いままで時間がとれなかったとか。

那珂は意地と根性でコンサートを開いている、路線変更はしないとか、見上げた根性や。

時雨はサンタ帽だけの変更だったので苦笑していた、何か悪いねってかまへんかまへん。

 

ウチはどうにも、エアコンつけてだらだらと汗が引くのを待っとったが、暇で仕方ない。

 

現在絶賛発動中の人類大攻勢の余波で空母の需要は各泊地で鰻登りになっているわけで、

つまりは空母組が出払っていて、寮の中身は伽藍の堂。

 

こんな時にローテから外れてすまんなという気持ちが、本土爆撃しても許されるんちゃう

かなという黒い思考へと誘導されていく、そのうちうっかり軽空棲鬼に変成しそうや。

 

かくして深海の呼び声に応えそうな気分を切り替えるためにも、陰陽の社へと避難をした。

 

時間もあるし、目的は強化、強化、強化に強化や。

 

……なんかなぁ、龍驤さん産まれてこの方、戦争準備と戦争しかしとらんなぁ。

このままやと「趣味は戦争です(キリッ」とか言い出す痛い子が出来てしまう、趣味でも持つか。

 

ともあれ社を清めて祭壇を設置する。

 

強化言うても既に航空母艦龍驤は性能上限、基本スペックは上げようがない。

装備変更もかなりの上限、艦載機妖精も練度いっぱいでどうにもなりそうにない。

 

ウチでも装備可能なイージスシステムとか誘導付噴進弾とか落ちとらせんかな、どっかに。

などと与太っているとマッドな悪徳妖精とか明石とかの目が輝きだすから禁句やね、うん。

 

耐久は頭打ち、バルジ、微妙、回避ならば機動力、火力、手を入れるなら艦載機か。

 

一応に素案はある。

 

艦載機妖精に英霊を降ろす。

 

どうにも今まで失敗続きで、突然に上手く行くとも思えんが、試行錯誤は必要やろう。

トライ&エラーを積み重ねる事を恐れていたら何も出来はせん。

 

覚悟を決めてブランクの式紙を祭壇に、供物を並べて血印を引く。

 

はてさて、誰を呼ぼうかと迷ってみれば、脳裏に浮かびかけた艦爆分隊長を押しのけて

意外に面倒見の良かった飲んだくれが思い浮かぶ、おいこら想像の中ぐらい自重せい。

 

まあ思い直し、こういう思考からならば縁も繋ぎ易かろうと、自称撃墜王を喚ぶ事に決める。

 

「高天原に神留まり坐す皇が親神漏岐神漏美の命以て八百万神等を神集へに集へ給ひ ――」

 

場を整えるための大祓え、本来の陰陽ならば陀羅尼のひとつでも奏上するところやが、

ウチらの陰陽は帝国式、桜の苑から祖霊を呼ぶならばどうしてもこういう感じになる。

 

嘘か真かルーズベルト大統領呪殺にも使用されたという、由緒正しきチャンポン陰陽や。

使える物なら何でも使うという意義のもと、神道だの犬神だの混ざって何か凄い事になっとる。

 

今日の供物は秘蔵の純米大吟醸。

 

良い感じに惹きつけられているらしく、社の中に懐かしい気配が漂い始める。

 

今日こそはイケるんやないと思ったところで、近寄ってきた縁が遠ざかる感覚がある。

なんでや、もしや邪念の塊やから邪気と一緒に祓うてしもたんか。

 

「―― 今日の夕日の降の大祓に祓へ給ひ清め給ふ事を諸々聞食せと宣る」

 

終わるころには気配が完全に消えていて、以降を試すまでもなく召喚が失敗した事を悟らせる。

 

そして、瓶の中の酒は無くなっていた。

 

「呑みに来ただけかいッ!」

 

祭壇をちゃぶ台返ししたウチは悪うないと思う。

 

以降も失敗続きで、ヤニ2箱とタイガーなビール1瓶、あとはバナナを持って行かれた。

等価交換ですらないボッタクリなんて、錬金術より性質が悪いやんけ、こん畜生。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

夕刻になれば艦隊帰投、幾隻かの空母も帰ってきた。

 

飴ちゃん持って迎えに出てみれば、上陸したばかりの加賀が瑞鶴にぐだぐだと言うている。

艤装もそこそこ痛んでいるのに、これから直で弓道場に向かうようや。

 

「アホかい」

 

とりあえず、担いだハリセンで何かオーバーワークが当然と思っている加賀(どあほ)をどつく。

 

「キミもや」

 

返すハリセンで「はい!」とか必死に言うてた瑞鶴もシバいておく。

ああ、平たい属のツインテ仲間をシバくのは心が痛むわ、加賀は釘バットでイケるけど。

 

いきなりなんですかと言い募る戯けにため息ひとつ。

 

「休むんも仕事の内や、龍驤さんの胸が平たい内はその脂肪の塊捥いでやるからそこに直れ」

「龍驤、途中から本音に切り替わっていますよ」

 

「ええからドック行き、飴ちゃんあげるから」

 

瑞鶴はエエ子やからフルーツ味をあげよう、加賀には余りまくっているチョコ味やな。

あのわざとらしい甘味が不評なチョコレート味、まあチョコ食いたかったら飴は舐めんわな。

 

「私をチョコレート味処分要員にしていませんか」

「知らんのか、一航戦と書いてバキュームと読むんや」

 

頭の上に肘を置いてきやがったのでわき腹をドツいておく。

あかんがな、せっかくの猫耳が潰れるて。

 

なにやら気を切り替えたのか、険が取れて休息を入れる事に同意する猫耳キラー。

そのまま3人でだらだらと施設への道を歩む。

 

「しかしなんですか、その暑そうな衣装は」

「可愛いやろ、クソ暑いけどな」

 

「あ、やっぱり龍驤さんでも暑いんですね」

「はっはっは、キミもサンタにしてやろうかコンチクショウ」

 

龍驤さんでもってどういう意味よ瑞鶴。

そのまま瑞鶴サンタ化計画を与太りながら歩き、施設前で別れる。

 

「クソ暑いけど、可愛いですよ」

 

去り際に何か言ってきた腐れ縁。

 

「おおきになー」

 

まあ少しは報われた気もした。

 


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