水上の地平線   作:しちご

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52 色と白の境界

 

特徴的なエンジンマウントの主脚が薄い主翼へと格納される。

 

燃料噴射により打ち鳴らされた倒立V型気筒の騒音が、海原の遥か高みに鳴り響く。

鈍色に塗装された艦載機を射出したのは、グラーフ・ツェッペリン。

 

Bf-109Tを元に明石が改装した、Bf-109T改であった。

 

「主脚の強化と角度変更、燃料タンクの増強を空力の改善で誤魔化した感じですね」

「あー、先日の企業さんのデータからか」

 

無言なれど喜色の溢れる背中を眺めながら、龍驤が明石の報告を受けている。

 

「そうそう、因縁の連続炸裂カタパルトも改良したんですよ」

「ドラム式を取り外して、利根に付いてた火薬式の改良型に差し替えか」

 

不調の代名詞となっている火薬式カタパルト、随分と不吉な差し替えであった。

 

「これ以上は稼働実績積み重ねてからですね、それと、これはついでなんですが」

 

そう言って明石が、龍驤へと長細い棒状の装備を渡す。

 

「航空母艦用の後付けカタパルトの試作型です」

「そう言うと凄そうやけど、言うてええか」

 

棒やん、棒ですね

 

身も蓋もない会話が続いた。

 

「で、飛行甲板に引っ掛ければええんか」

「あ、はい、それでとりあえず今回はこの使い捨ての火薬式ユニットを乗せて」

 

龍驤が試行とばかりに広げた大符に鉄の棒を引っ掛け、ユニット接続を終わらせた頃

機材の中から明石が取り出したのは、1機の水上機触媒。

 

「試作の瑞雲、爆装形態ッ」

 

見れば瑞雲の下にやたらと巨大な質量が在る。

 

「あれ、おかしいな、ウチの目には試製魚雷Mを無理やり積んだ瑞雲が見えるんやけど」

 

試製魚雷M、陸上攻撃機のために開発されかけた、2トン越えの超巨大航空魚雷である。

 

「下瀬火薬も最新式の火薬に換装していますし、これなら鬼級も一撃ですよッ」

「いや、そうやなくてやな、大丈夫なんかコレ」

 

口を挟む暇も無く、明石が速やかに龍驤の艤装に触媒を入れて、艦載鬼が装填された。

 

「ささ、あとは撃ち出すだけです」

「何かなあ、嫌な予感しかせんのやけどなあ」

 

すこんと、

 

当然ながら大符より離陸できず転げ墜ちた瑞雲は接地して、爆発四散する。

爆焔は天高く泊地の埠頭を染め上げ、龍驤と明石を彼方へと吹き飛ばした。

 

大破した龍驤が入渠したのは、明石を逆さ吊りにした後の事であったと言う。

 

 

 

『52 色と白の境界』

 

 

 

ガールズトーク、とでも言うんやろか。

 

提督が席を外している隙に、なんやかんやで身も蓋も無い会話が飛び交う事がある。

 

あきつ丸(あきっちゃん)からの愚痴めいたメールを確認している最中に、おもむろに金剛さんが

いつも通りに脳味噌の生温かい発言をしたわけで、まあそれはええわ。

 

「潜伏先は大洗か、原子力研究所のある所やっけな」

「全力スルーはハートペインだからやめてくだサーイッ」

 

適当にめるめると打ち返してみると、凄い分量の愚痴が送られてきた、何や地雷踏んだらしい。

原子力関連の施設が在るせいで、令状までに物凄く調整が面倒になっているとか何とか。

 

「で、何や、吹雪がどうしたって」

「アンダーウェアの話デース!」

 

何で日も高いうちから下着の話をせなあかんのやろう、解せん。

 

「そやな、流石に紅茶のプリントパンツはあかん思うで、ウチは」

「何で私のシークレットを把握してるんデスかーッ」

 

おい、当てずっぽうなのに当たってしもたで、どないしよ。

 

いやな、鳳翔さんと洗濯とかたまに手伝っとるからな、結構見るねんプリントパンツ。

てっきり駆逐艦の誰ぞのやと思っとったんやけど、ココやったか。

 

「まあ、榛名のダズル迷彩パンツよりはマシかもしれんけどな」

「ななななななんにょ事ですかッ」

 

2ヒットコンボ、イエー。

 

顔を赤くして轟沈した高速戦艦2隻を、必死に宥める姉妹艦の姿が在り、

改めて話を聞いてみれば、勝負パンツとか言うもんは何ぞやという話らしい。

 

何や、提督に夜這いでも掛け ―― うん、ウチが悪かったから卒倒は止めて。

 

「何でも、第六駆逐隊の面々が勝負パンツと言っていたのを聞いたそうなんですよ」

 

宥めるというか力尽くで榛名にトドメを刺した霧島が、そうフォローを入れてきた。

 

誰とは言わんが、れでぃーカッコワライか。

 

考えてみれば近代の流行語やしな、というわけで勝負パンツと言うのは何ぞやと

適当に解説をして見れば、顔を赤くしたまま魂消て口から吐いている長女の姿。

 

「要は、ダズル迷彩パンツは普段履きで、紐のTバックが勝負パンツやな」

 

榛名が挙動不審になった。

 

「…………バタフライ」

 

ボソリと呟けば、不審艦娘の毛が逆立って固まった、本気か。

 

そっと霧島が榛名から1mほど距離を取った。

 

まあ単独で凄い方向に行っている三女は置いておいて、金剛さんが脱プリントパンツ

をすると言う、良きかな良きかな、ぶっちゃけ白露型より色気ないからなそれだと。

 

「具体的に言えばスタイリッシュ白パンの夕立より」

「何か飛び火してきた上に把握されてるっぽいッ」

 

提督ゴーストの艦娘下着事情知識、意外に合ってるもんやなあ。

 

「普段履きは腰履きやなくて尻包むようなんにせんと、形崩れるで」

「しかも駄目出しされてるしッ」

 

頭を抱えて叫ぶ夕立に、スタイリッシュとか呟きながら息を飲む戦艦姉妹、何やコレ。

 

「時雨なんか黒パンだし、夕立は大した事無いっぽいってばッ」

 

容赦ない発言に大淀の方へと目を向ければ、テレコを構えたまま眼鏡を光らせて頷いている。

 

後でデータ分けて貰お。

 

「そういう龍驤はどんなアンダーウェアなんデスかー」

 

聞きようによっては凄まじいセクハラ発言を受けて、素直に答えた。

 

「紐パン」

 

…… 何か空気が凍った気がするで。

 

「WHY?」

 

発音がネイティブになるほどの衝撃か。

 

「利根なんか前張りやし、龍驤は大した事無いっぽいてばよッ」

 

「何かパチモン臭く発言パクられたっぽいッ」

「というかどさくさに吾輩の下着事情を暴露するでないわッ」

 

姦しい騒ぎの中、何とも形容しがたい表情の金剛さんが音のない絶叫を上げ

ああうん、秘書艦組の小さい方から3匹が独走態勢入ったらそうなるわな、うん。

 

「吾輩は仕方ないのじゃ、改二制服になってからは横から見えてしまうしの」

 

腰回りまでスリット入っとるからなー、利根の制服。

 

というか後ろの筑摩の笑顔が、加賀が「やりました」とか言っている時の雰囲気に妙に

一致しとるんやけど、騙されとるんやないか利根、言わんけど、筑摩怖いし。

 

そんな微妙な理由に成っているんだか成っていないんだかな話でも、金剛さんは

一応の納得を見せた模様で、そのままギリギリと音がしそうな空気でコッチを向く。

 

「ウチは用足しの都合やな」

 

いやな、ウチみたく太腿に艤装が在ると、任務中に用足すときに紐や無いとキツイねん。

つーか太腿にガッチリ艤装が在るタイプの艦娘は、結構紐パン派やでと。

 

「そういや夕立はどうやっとるん、太腿の魚雷発射管が邪魔すぎるやろ」

「ジョイントを緩めたら固定具ごと足首まで下ろせるっぽい」

 

重心も下がってしゃがみ込む時に安定するとか何とか。

便利やなー、ウチなんか緩めたら足の甲にスコーンやで、スコーン。

 

欠陥設計の宿業はこんな所にまで祟っとんのかと小一時間。

 

「ちなみに加賀はフンドシや」

「何の脈絡もなく暴露するでないわ」

 

何やひとしきり詮索されたから道連れが欲しかったねん。

 

凄まじいカルチャーショックに襲われて石像化しとる金剛さんを眺めながら、思い馳せる。

 

というか、着物系空母はフンドシ派ばかりやなと。

 

まあ袴やスカート丈が短めやから、履かない言う選択肢が無いからやそうやけど、

 

つーか、赤城や加賀や鳳翔さんまで、ウチにフンドシ勧めて来るのは止めてくれんかな。

 

「何でいきなり遠い目をしとるのじゃ」

「いやな、フンドシは己の心の様に輝く白とか主張されるとな、なんかもう本当に」

 

ウチにどうせいと。

 

「ちなみに二航戦は赤かったり青かったり黄色かったりする」

「心底無用な情報じゃな」

 

そうこうしている内、ヒエーの必死の救命措置で息を吹き返した金剛さんが主張した。

 

「こう個性豊かだと、プリントぐらいノープロブレムな気がしますネー」

「いや、プリントが許されるのはレディーぐらいやから」

 

かくて妙高型の如くメンタル大破で入口に向かい吹き飛んでいく高速戦艦。

そして提督執務室の扉の前で体育座りをしていた提督が発見される。

 

ああうん、入り辛いわな、確かに。

 

なんとも形容し難い金剛さんの羞恥の叫びが鳴り響く、泊地の昼やった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

力無く緩んだ拳は、顔の前で見えない何かを掻き抱く様に置かれている。

 

肉体は側面を下に倒れ伏し、肘と膝が内臓を守るかの如く至近に在る。

 

そんな姿勢で埠頭に倒れている陽炎の横に、同じ姿勢で不知火、天津風が並んでおり、

さらにその横に今、気を失った島風を同じ姿勢に並べている那珂が居た。

 

「何やボロボロやけど、大丈夫なんか、いろんな意味で」

 

クーラーボックスを抱えた龍驤が、駆逐艦教導の様子見に訪れては、那珂に問うた。

 

「あはは、今日はヨー島組相手に演習だったから、結構頑張った方だよ」

 

これでもかいと聞けば、これでもだよと答えが返る。

 

「うーん、天津風ちゃんが思ったより合わせられる娘だったのは嬉しい誤算なんだけど」

 

少し決まり悪げに頭を掻いた軽巡洋艦が、言葉を紡いだ。

 

「陽炎ちゃんと島風ちゃんが上手く噛み合ってないかな、まだ」

 

陽炎に合わせた島風がトロくなり、島風に合わせた陽炎が早すぎて迂闊であると。

 

「まあ、今はダメダメだけど、次作戦までにはマシになってると思うよ」

 

ボックスから取り出した缶緑茶を受け取りながら、那珂がそう締めくくった。

 

死屍累々の埠頭にプルタブを押し込む冷たい音が響く。

 

「まあなんや、今日の所は」

 

それだけを言ってクーラーボックスから自分の緑茶を取り出した龍驤が、タブを開ければ

後方の川内の木から、水分枯渇した木乃伊の如き軽巡洋艦の呪いの声が響いた。

 

それに応えたか、焦げたまま逆さ吊りになっている工作艦も声を上げる。

 

そんな呪いの声を聞き留めた軽空母が、ロートと缶を持って吊るされ艦に近づいて行き

横目で流していた末の妹が、冷えたスチール缶を傾けたまま視線を埠頭に戻す。

 

背後でガボゴボと楽しそうな音が響く中、ピクリとも動かない4隻の駆逐艦。

 

中途半端で終わっていた龍驤の言葉を、那珂が継いだ。

 

飲茶(ヤムチャ)しやがって」

 

そういう事であった。

 


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