水上の地平線   作:しちご

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50 親切がいっぱい

 

フィリピン5番泊地より、抜錨していた小規模の駆逐艦隊による遭遇戦が在った。

漣に浮かぶ木の葉の如く、ただ1隻の深海棲艦に良い様に蹂躙されている。

 

「雪風は、沈みません……」

 

同僚の浜風を庇い、直撃弾を受けた小柄な駆逐艦が、そう零した。

 

その言の葉は弱々しく、内容に背く現状をありありと示している。

もはや進水の霊力も切れ、辛うじて浮いているだけという艤装の先に、追撃。

 

迫り来る終焉を覗きながら、雪風の心に浮かぶ言葉がある。

 

―― ああ、今度は置いて行かれないのですね

 

視界が鋼で覆われ、着弾の音が鼓膜に響いた。

 

「飛行甲板は、盾ではないのだがな」

 

突如の言葉を発したのは誰か。

 

短めに揃えた髪下に、白を基調とした軽目の和装を身に纏う、航空戦艦。

 

「……援軍?」

 

日向は、夢見心地の言葉を零した駆逐艦の声に、軽く口元を歪めた。

 

そのまま視線を逸らし、撤退を指示する。

 

「図らずも戦力の逐次投入の形になったか、酷い物だ」

 

軽く愚痴をこぼし、雪風を曳航する浜風を横目に流しては、敵影と相対する。

言葉を拾ったのは、やや後方より追いついて来た航空巡洋艦。

 

「残念ですが、逃げの一手ですかね」

 

日向より一回り小柄な、ざっくばらんの短髪の娘、最上型重巡洋艦1番艦、最上。

 

軽く牽制と撃ち出して居た瑞雲が、砲火の焙られ悉く撃墜された。

 

苦も無く、情も無く、ただ当たり前の様に。

 

生命無き白蝋の肌、屍の白、その身に纏う艤装は生体染みた輝きを持つ漆黒。

黒色のペンネントを鉢巻の様に額に巻き、数多の高射砲を背負うその姿は ――

 

「……防空棲姫、話に聞く沖縄のとは別個体か」

 

航空戦艦は、黒煙の燻る飛行甲板を構えなおした。

 

 

 

『50 親切がいっぱい』

 

 

 

悪い事言うんは何故か重なるもんや。

 

聞けばフィリピン海、パラオの北辺りに防空棲姫が出たとか何とか、

あかんがな、サイパン奪還時の航路にモロ被りやんかと叫んでいた所に

 

本土の研究施設がテロられたとか。

 

やらかされた研究所は陰陽寮の第二研、羅針盤関連を主に研究しとるとか。

 

テロと言うよりは押し込み強盗の様な感じで、様々な資材や資料をカッパらわれて

何かそのゴタゴタの余波で新型の羅針盤の作成や契約が遅れまくる見込み。

 

まあ要するに ――

 

「次回作戦に連合艦隊編成、間に合わないそうだ」

 

暗い声色で提督が言う通り、艦娘12隻を一つの艦隊で括ってフルボッコ計画が

始まる前に頓挫してしもうたという、実に泣けてくる報告や。

 

ちょっと思わず部屋の電気を消した時に64回に1回ぐらいの割合で叫びそうな

キュアーォと言う悲鳴に、タウイタウイから来ていた重巡が心配そうに声を掛けて来る。

 

「大丈夫、龍驤ちゃん、おっぱい揉む?」

 

窓から投げ捨てた、衣笠を。

 

「ふう、少しだけ落ち着いたわ」

 

そのまま階段をダカダカと駆け上がる音が響き、再度入室してくる衣笠(ガッサ)さん。

 

「ちょっと龍驤ちゃん、私じゃなかったら大変な事になってるわよッ」

「不覚、追撃も入れとくべきやったかッ」

 

言いながら両手で飛行甲板タッチを試みるセクハラ重巡の末端を、ピシピシと

高速ジャブで撃ち落とす一幕に、ちょい待ち、何でウチが揉まれる側やねん。

 

揉むほど無いけどなッ

 

やがて肩で息をして体前屈の2隻、傍らでジト目をしとった利根が言うてくる。

 

「いやお主ら、いったい何がしたかったんじゃ」

 

ウチにもようわからん。

 

「まあ何や、サイパンは今まで通り6隻の艦隊で押していく感じか」

 

何はともあれと息を整えて席に座りなおせば、衣笠(ガッサ)さんが後ろから胸を頭に乗せて来る。

 

ふ、最近グラ子や加賀が乗せまくっとるから、今更この程度ではダメージ食らわへんで。

 

「お主の頭、すっかり乳置き場に成ってしまったのう」

 

言わんといて、泣けてくるから。

 

「連合艦隊が無くても、参加艦と留守番には変更無いよね」

 

頭の上から掛けられたタウイタウイからの質問に、肯定で返す。

まあそこらは変更無しでも、出撃時の編成はまったく違ったもんになるわけで。

 

「結構、いろんな所を再調整せなあかんやろなあ」

 

シンキンしないようにテイクケアしていたのにと頭を抱える高速戦艦の長女に、

顔を引きつらせる妹3隻、笑顔のまま冷や汗が流れる大淀と叢雲、青い顔の提督。

 

あ、夕立が倒れた。

 

「筑摩、済まんが夜食の用意をしに行ってくれんか」

 

溜め息一つで切り替えた航空駆逐艦仲間の声に、間違いなく重巡洋艦サイズの妹が

執務室用予算から軽く現金を取って、笑顔のままで退室していく。

 

「まあ、今回の仕切りは第一本陣や、ウチらはそこまで口出す事も無いやろ」

「とは言え、空母組のほとんどを出す手前、処理は山積みじゃがな」

 

気が遠くなる話や。

 

「とりあえず大幅に変更が入るとは言え、やるだけの事はやっておくべきよね」

 

提督席の横、気を取り直した叢雲が、朝方に届いた艦隊編成素案を翳して結論を出す。

その声に釣られるように、暗い顔でようやくに再起動を果たす秘書艦組の面々。

 

「そういやウチは、どこ配属になる予定やったんかな」

「ふむ、ココじゃな」

 

書類を借り受けた利根が、文面の一点を指さした。

 

―― 龍驤:パラオで懐かしいドラム缶押し

 

「何でやねん」

 

内容を目にして固まった利根が、乾いた声で応える。

 

「今回の随伴は五十鈴で良いな」

 

よし、夕張と浜風と長波様も呼び付けよう、いや何でやねん。

 

「あー、本土側からの強い要望でな」

 

頭を掻きながら決まり悪気に提督が声を掛けてきた。

 

「今までのご褒美に給料泥棒してもええって?」

「まあそんな所、という事にしておくと平和だな」

 

うん、平和は良いものやね。

 

溜め息一つ、身体を沈める様に後ろにもたれれば、柔らかい感触が身を包む。

 

「いや衣笠(ガッサ)さん、いつまでやっとんのよ」

「飽きるまでー」

 

能天気な声色に、少しだけ救われた気がした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

熱帯の熱気と湿気の立ちこめる龍驤の巣(きつえんじょ)には、今日も紫煙が燻っている。

 

そんな近寄るだけで何か魂的な物が穢れてしまいそうな空間に、立ち寄る航空戦艦が一隻。

見れば軽く拳となった右手の指に、瓶の先端を2本ばかり挟んでいた。

 

ほれと一声、煙の根源に渡された瓶に記されている文字はバービカン、テイストは柘榴。

 

サウジアラビアのアウジャン・インダストリーのブランドであり、

アラブ首長国連邦で製造されているノンアルコールビールの名称だ。

 

フルーティさが強く、ビールと言うよりはソフトドリンクの様な味わいがある。

 

「何かまた珍しいもん持ってきたな」

「甘いのは構わんが、ここらの飲料は甘すぎていかん」

 

そのままにひと時、瓶を軽く傾ける2隻の姿が在る。

 

渡す折に指先でねじ取った、ビール瓶の王冠を手の平で弄びながら、日向が口を開いた。

 

「最近、カラ出撃が多いんだが」

 

出撃はするものの、特に何事も起こらずそのまま帰還する、よくある話だ。

 

「予算申請の都合やないかな」

 

興味の無い風情で酷い事を嘯く龍驤が居る。

そのまま言葉も無く、やがてまた紫煙が軽く燻り出す。

 

「予算申請の都合、って事にしとかんか」

 

煙の隙間に、そんな言葉があった。

 

「雪風が、沈みかけた」

 

返す言葉は短く、それでいて様々な思いが込められている。

堪らずに軽く頭を掻き毟る軽空母を、静かに見つめている航空戦艦。

 

「小規模艦隊の編成は避ける様に言うとくわ」

 

ようやくに出た言葉はそんな物であった。

 

「ふむ、そうだな」

 

それを受けて軽く考える素振りを見せた日向は、軽い調子で言葉を繋ぐ。

 

「予算申請の都合ならば、仕方ないな」

 

軽く歪んだ口元に、龍驤は肩を竦めて嘆息した。

 


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