水上の地平線   作:しちご

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08 雨月の使者

「ついにこの日が来たんだね」

 

ある晴れた昼下がり、長めの髪をお団子にした軽巡洋艦が1隻荷馬車に揺られて来た。

本人的には荷馬車はリリーフカーとかゴンドラとか、そういうモノのつもりらしい。

 

川内型軽巡洋艦3番艦、那珂。

 

着任当日に提督執務室でカラオケセットを要求した強者(つわもの)である。

 

要望は却下されたが、後に龍驤の計らいでバナナとダンボール、薪一束が支給された。

 

そのような「アイドルセットLV0」の各装備は今や、バナナはマイク(霧島用予備)に、

お立ち台は木箱(廃材)に、篝火はスポットライト(探照灯)へと格段の進歩を遂げる。

 

「那珂ちゃん、改二到達おめでとうコンサート、はっじまっるよー!」

 

軽いサウンドがスピーカー(青葉所有)からこぼれ出し、周囲の駆逐艦たちが盛り上がった。

何の変哲もない土の質素なグラウンドの一角が、鮮やかな夢の世界へと書き換えられていく。

 

提督執務室の窓から提督と龍驤がそんな姿を見つめている。

 

「……餓鬼の頃、ああいう光景を見たことがある」

 

ステージの端にピンク色、明石が自転車屋台を引き水飴やジャムせんべいを売っていた。

 

―― はいはい、タダ見は駄目よ、買った人から前に詰めてね

 

「ウチが艦だった頃は現役やったな」

 

アイドルって何だろう、そんな哲学的な疑問を抱いた二人であった。

 

 

 

『08 雨月の使者』

 

 

 

一区切りついたんで自主練と洒落込む気になった、雨季には珍しくよく晴れていたし。

 

人類側の大反撃がはじまったはええが、それによってポコポコと艦娘が落ちてくる。

いや、結構な数も食われたけどな、幸いブルネイは被害些少で済んどるが。

 

まあ要するに、空母増えてきたからサボってると先任の立場が無くなるねん。

 

そんなわけで出撃と遠征で人気の無い泊地、訓練の申請を通してブラブラと海へ向かった。

 

訓練と言っても、かつての海軍のソレとは随分と趣が違う。

 

艦艇から艦娘に変わり、変化した事は多い。

というよりは、変化していないところが少ないと言うべきか。

 

まず実感するのは、戦場のミクロ化や。

 

20km30kmの距離から火砲を撃ちあうような海戦ではなく

目視の距離で手足を動かし砲弾や魚雷を投げ合うような戦場。

 

海戦と言うよりは、海上の陸戦と言った方が近いかもしれん。

 

それがもたらした変化は多岐に渡る。

 

まず特筆すべきは砲弾、魚雷の命中率の馬鹿げた上昇。

 

かつての「フグの方がまだ当たるんやない」という感じの命中は何処に行ったのやら

見ていて面白いぐらいにブチ当たる、そして当てられる。

 

在りし日の面影があるのは航空戦ぐらいや、いや、いろいろ融通効くようなったけどな。

 

航空機の爆撃も1機で20発ぐらい当ててくれんと釣り合いが取れんやないの。

アウトレンジでも決めろってか、距離が違い過ぎて援護もないのに。

 

そう、航空母艦の地位は相対的に下がりまくった。

 

逆に上がったのは重雷装巡洋艦やな。

 

出オチ前提の全身にマイト巻いた下手な鉄砲ばら撒き職人から、

直撃しても誘爆せん火力爆上げの純攻性巡洋艦へと華麗な転身や。

 

羨ましいわー、北上ええなー、大井ええなー、でも5番泊地には近寄んな。

いや、ブルネイやと同性愛は極刑やから、色々な意味で危険すぎるねん。

 

まあ治外法権やし、王室が強烈に拒絶反応を示しているだけで

実際のとこはそこまで目くじら立てるものでもないけどな、目立たたないうちは。

 

さて、羨んでばかりでも仕方ない、ウチにあるものを確認しよう。

 

泊地港湾付近、演習用に指定されとる海域で艤装の大符を広げる。

 

「さあて、お仕事お仕事っと」

 

自主訓練やけどな、まあお仕事には違いない。

 

大符から式紙が鬼へと変わり、濃緑色の鉄塊が大空へと舞い上がっていく。

 

2番スロット、艦上戦闘鬼「烈風」28機

 

航空母艦の変化として、利点に数えられるのはココやろう。

 

まず、ウチにみたいな小型空母でも烈風のような超デカ物を28機も積める。

「龍驤」が「式神」として「艦載鬼28機を使役」できる性能だからや。

 

次に、発着艦のこれまた馬鹿みたいな簡略化。

 

大符を開いて滑走路を用意、あとは勅令を入れれば次々と飛び立っていく。

 

エンジンの暖気も要らない、甲板の距離も関係無い、風上に向かって速度維持する必要も

合成風速を計算する必要も無い、それどころか風の計測はおろか発着艦の目印も不要、

妖精が謎生物すぎるのでトンボ釣りも意味が無く、つまりは前後の随伴駆逐艦も要らん。

 

そのうえ乗員なんて居ないから舵取りがいくらでも荒く出来る、物凄く楽や。

 

あー …… 航空母艦で艦娘化の恩恵を一番受けているの、ウチかもしれんなぁ。

 

まあそれはともかく、それらから導き出される結論は ―― 機動性の確保。

 

好きなように移動できる、だけでは足りんな。

 

海上、海面に艤装が接している間は推進力が得られる。

 

走ったり、飛んだり跳ねたりすると足が空中にある間は推進力が得られないため

当然の如く速力は低下する、艦娘の基本はまず「走らない」事になる。

 

だが、減速は悪い事だろうか。

 

急激な加減速、艦艇ならば乗員が挽き肉にジョブチェンジする暴挙であるが

艦娘のこの身ならば何の問題もない、たまに酔うぐらいや。

 

かといって「減速のためにダッシュ」なんてやってるとバランス悪くてコケるわ

急に止まれない(かそくできない)わ、地上に上がった時に混乱するわで碌なことにならない。

 

だからまあ、艦娘の応用としては飛んだり跳ねたり、位置を変えるためのアレコレになる。

だがそれやと減速はデメリットのままや、意味がない。

 

だから、歩いた。

 

これが意外に良い、加減速が思いのままやし、コケる危険も走りに比べれば段違いや。

そういえば琉球の(てい)に似たような事を言っている技法があったなぁとか何とか。

 

この艦娘的水上歩法、チェンジオブペースとでも言おうか、それのおかげで

このところ第一鎮守府で筆頭秘書艦やっとる長門(ながもん)に勝ち越しとる、快挙や。

 

戦艦は計算して撃ってくるから、不規則な速度に弱いんよな。

長門(ゴリラ)は野生の勘で当ててくるけどな、おかしいやろアイツ。

 

まあそんなこんなで、ふらふら揺れながらの着艦作業、艦載鬼の妖精の罵声が心地良い。

 

ああうん、簡略化した言うても限度があるみたいや。

 

乗員酷使を越えて拷問処刑な龍驤さんやからこそ出来る(乗員を)必殺技やな、この歩法。

 

などと訓練飛行と言う名の処刑執行を終えて、次は友永式の低空爆撃かなと

どんだけや貴様などという妖精の声を聞き流していると、後ろから推進音が響く。

 

「龍驤ちゃん、おっそーい」

 

やたらと露出の多い銀髪ウサギがウチを追い抜いて行った。

なにやら連装砲ちゃんとかいう謎生物を1匹抱え、2匹が並走している、速いなあの生物(なまもの)

 

そのまま適当に旋回しては近寄ったり、離れたり。

 

島風型駆逐艦1番艦、島風。

 

駆逐艦にあるまじき高耐久高火力、海軍渾身の「ぼくのかんがえたさいきょうのくちくかん」

本土で憲兵隊に保護されてからブルネイに、第二の2番泊地で持て余しとったから貰ってきた。

 

うん、レア駆逐艦建造する余地なんて無いよ当然、5番泊地には。

 

まあ露出髙いからムスリム受けはとことん悪いし、燃費最悪だし、速度合わないし、

どう考えても欲しいとこからはズレとるけど、それでも駆逐艦は要るねん、少しでも多く。

 

とは言え性能も馬鹿高いので対潜哨戒で大活躍や、五十鈴が楽になってちょっと不満やけど。

 

それはともかく爆撃機の発艦訓練、ウロチョロ動き回る島風が邪魔で邪魔で、生物(なまもの)も。

…… ああ、実に素晴らしい、面白くなってきたやないの。

 

そのままに妖精の罵声が特盛増量された、良し。

 

そんな感じで島風の障害物競走に協力を続けていたところ、

 

「龍驤さーん」

 

岸の方から声がした。

 

見れば神通が手を振って呼んでいる、後ろで簀巻きにされた川内がビタンビタンと

陸揚げされた魚のようにのた打っているんは見なかった事にしておこう。

 

とりあえず回れ右して神通へと舵を切る。

 

「おぉう!?」

 

方向転換に付いていけなかった島風が離れていった。

 

「何やー」

「ええと、提督がお呼びなんですけど、あの……今のどうやったんです」

 

今のと言われても何やろう、回転巻き付き式大符着艦訓練の事やろうか。

妖精はもう罵声を浴びせる余裕も無くなってきたようで実に結構。

 

高加速で旋回した島風が戻ってくる。

 

「龍驤ちゃん龍驤ちゃん、今の何、クルッて、その場でクルッて」

「あ、それです」

 

「何の変哲もない回れ右やけど」

 

「変哲しかありませんよ」

「すっごく速かった」

 

少し考えて、思い至る。

 

「あー、島風、ちょっとそこで加速して面舵一杯してみ、直前に舵を取り舵(ひだり)に入れて」

 

言われたとおりに加速した姿が、大きな波を生みながら位置をズラさず体の向きだけを変える。

 

「おおぉう!」

 

「地上だと滑ってドリフトになるけど、海面だと水が衝撃を吸うからこうなるんよな」

 

なにやらツボに嵌まったのか、加速しては回り、加速しては回りを繰り返す小さな影。

切り替えしたり飛んだり跳ねたり、駆逐艦は元気やなぁ、ほんま。

 

なにやら感心したような面持ちの神通に声をかける。

 

「クイックターン、ジェットスキーの基本テクや」

「ジェットスキーですか」

 

「艦娘やからな、艦艇よりは挙動がああいう小型の方に近いやろ」

 

それもそうですねと、盲点でしたと反省をはじめる教導担当。

意外に気が回らんもんやな、やっぱ艦艇の記憶で先入観があるんやろか。

 

考えてみればこんな事、発想した時点で「乗員が挽き肉になるわ」と連想するもんなぁ。

 

「まあ気を付ける事と言えば、あまり調子に乗って切り返していると」

 

「あー、連装砲ちゃんがーッ」

 

「遠心力で艤装が吹っ飛んでいくでって」

「先に言ってあげましょうよ」

 

苦笑を受けながら岸に上がる。

 

雨季の中にある晴れた昼下がり、早めに吹いた夕の風に雨の匂いが乗っていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

川内の木。

 

海側に設置された泊地の玄関脇に立っている枝ぶりの良い木の事である。

夜間になると軽巡洋艦川内が吊るされている、泊地の風物詩であった。

 

そして今日も、簀巻きにされたセミロング二つ括りの利発そうな姿が吊るされる。

 

「えーとね、神通、私今日はまだ何も悪い事やってないんだけど」

 

何を言っているのかしらこのお肉は ――

 

妹のそんな冷たい眼差しに川内のメンタルがガシガシと削られていく。

 

「もし、今ここで縄を解いたらどうしますか」

「そろそろ夜戦の時間だね!」

 

黙々と縄で蓑虫を枝に吊り下げる、神通の作業は休まる事を知らない。

 

「あ、うそうそ、待って、お姉ちゃんたまには布団で休みたいのッ」

 

ポツリ、ポツリと地面に水の跡が出来、神通の作業を急かす。

あまり信頼の出来ない現地の予報によれば、雨は夜半過ぎまで降り続けるという。

 

ブルネイの乾季はまだ遠かった。

 


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