水上の地平線   作:しちご

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46 てるてる坊主

 

「作成にいろいろ触媒使っていますから、700ドルは欲しいんですよねえ」

「半備品扱いだから99%の補助金が出ているだろ」

 

今日もさりげなくボッタクリの道を征く明石の言に、提督が釘を刺す。

 

「給料の3ヶ月分で買ってくれてもいいのよ、キラキラッ」

 

何かこう、勢いと可愛らしさで乗り切ろうとした工作艦の眉間に手刀が入った。

 

「少しは水心と言う物が有っても良いじゃないですかー」

「仕方ない奴だなあ」

 

そういって提督が懐から取り出したるは、間宮羊羹。

 

近代の羊羹とは違い水飴では無く砂糖を使った上で、さらに表面を刷毛で削るなどの

工程を経て結晶化を促進、特徴的な薄い糖衣を纏った外観と、独特の歯触りが人気の逸品。

 

艦娘関係を円滑にする潤滑剤 ~間宮羊羹~

 

過去には最低小売り重量2kgだったのですが、何と新たに艦娘サイズが新登場!

 

5番泊地明石の酒保にて、1本1000円で販売中ゥッ

 

期間限定、お得な1ダースセットを買うと1本オマケ!

(酒保希望小売価格13000円)

 

ブルネイ第三鎮守府広報からのお知らせでした。

 

 

 

『46 てるてる坊主』

 

 

 

何や黒潮に聞いたタコパとやらが気に成ったとかで、ウチの部屋で利根と筑摩と

一緒に延々とタコだか何だか焼き焼いとったら、急に加賀が来たんで ――

 

「右から左に受け流す」

 

窓から放り棄てる前に利根に止められた、惜しい。

 

さっき部屋に入ってこようとした赤城が爽やかにUターンしおったから油断しとった

赤城避け(ちくま)やもんな、加賀には効かんわな、当然の話や。

 

とりあえずゼリービーンズ焼きとメントス焼きを皿に乗せて与えておく。

 

しばらくの間、モソモソと無言で謎焼きを突く3隻の時間。

 

「いや、食べに来たわけではないのです」

 

食っとるやん。

 

とにかくですねと、ゼリービーンズ焼きにのたうっていた正規空母が言葉を繋げる。

 

「龍驤の居ない間に私は、獅子奮迅の働きをしたのですよ」

 

そんな加賀の発言を聞き流しながら一心不乱に竹串を動かす筑摩が居て。

 

「うむ、わけのわからんほどに活躍して居ったな、何故か」

 

餅チーズ焼きをうにょろと伸ばし食いながら、利根が言うた。

 

詳しく聞いてみれば確かに、普段の2割増しぐらいで活躍しとったらしい。

 

「そういうわけで、ご褒美を要求します」

 

「んじゃ、次はカニカマ焼きでええか」

「お主のご褒美基準はどうなっておるのじゃ」

 

メントスに比べればご褒美やと思うが。

 

「仕方ない、秘蔵のカニ缶を使用するか」

「カニから離れろと言っておる」

 

「まあカニは頂きますが」

 

加賀がそう言って、正座のままに身体ごとこちらに向き直り、

太腿の辺りを軽く叩いて要求を伝えてきた。

 

「ちょっと座りなさい、愛でてあげます」

 

新手の嫌がらせか。

 

「龍驤サンがこれからデレると聞いてッ」

「お酒は持参したわよー」

 

酒瓶持った飲酒母艦組改装派が滑り込むように部屋に吶喊してきおった。

そのままにたこ焼き機の横にまでスライドし、食材を筑摩に渡しつつ酒を注ぐ。

 

え、何なん、この空気。

 

「龍驤がお願いを聞いてくれると聞いてッ」

 

そのまま天津風も滑り込んでくる、その後に少し遅れて、肩で息をしている島風も。

 

「りゅ、龍驤、ちゃ、んが……」

「いや無理に喋らんでいいから、息整え、息」

 

とりあえず水でも渡しておく。

 

視界の奥で何か加賀と天津風がメンチ切りながら額をぶつけ合っとるし、

 

キリンか、キミら。

 

「何と言うか、もはや断れん雰囲気じゃのお」

 

人事の様な声色で利根が言う、いや人事やけどなコンチクショウ。

 

何やらはやし立てる雰囲気の中、加賀が太腿を叩いて催促して来るし、

コブが出来て倒れとる天津風が、私は膝枕希望とか呻いとるし、何なんコレ。

 

「……えーと」

 

空気に負けて、仕方なく加賀の太腿の上に腰を掛ける。

 

何でか、部屋の中の空気が凍り付いたような気がした。

 

太腿の上に尻を乗せて、両足は相手の脇の下を潜らせて、特におかしい所は無いよな。

そのまま互いの胸が触れる距離で、何故か固まっとる加賀の顔を下から覗き込む。

 

右にスライドして逃げようとしたので上半身だけで追い掛けた。

左にスライドして逃げようとしたので上半身だけで追い掛ける。

 

「あれ、ワザとですよね」

 

筑摩が変な事言いだしとる。

 

「恐ろしいじゃろう筑摩、アレが天然じゃ」

 

わけわからんぞ、利根。

 

「何や、何か変な所でもあったんか」

 

とりあえず鼻が付きそうな距離で、正面から加賀の顔を覗き込みつつ聞いてみる。

事此処に至ればアレや、目を離したら負けの様な気がするんで視線は外さない。

 

しかしコイツ、睫毛長いなあ。

 

そんなこんなで見つめている内に、加賀が両手で顔を覆い、後ろへと倒れ込んだ。

せっかくなので、そのまま圧し掛かりひたすら覗き込む、押し潰れる加賀の胸が柔らかい。

 

「もう、勘弁してください」

 

ようわからんが、勝ったらしい。

 

素直に身体から降りると、両手で顔を覆ったままゴロゴロと転がっていく正規空母。

見れば隼鷹と飛鷹が、グラス片手に目を大きく見開いたまま固まっとった。

 

島風は容赦なく加賀用のカニ焼きをパクついとる、何かあそこだけ平和やな。

 

まあ、なにはともあれ。

 

「勝った」

「うむ、お前はそういう奴じゃ」

 

酷い事を言われとる気がする。

 

以降、匍匐前進してきた天津風が膝枕を要求してきたので、ついでとばかりやっておく。

今度も同じ様に顔を覗き込んだら固まっとったし、何がどうなってんのや。

 

「ナチュラルに縦……じゃと……」

 

利根が何か言うとったが、よう意味がわからんかった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

スコールの上がった後、鮮やかな黄昏が世界を染めている、埠頭。

 

泊地に散見する不自然な藪先に、提督と、金剛が並んで歩いていた。

 

「先のワールドウォーは、バッドテイストオンリーに語られてイマース」

 

けど、と、薄明の中で言葉を繋げる。

 

「折に触れ、誰かがスマイルをドロップする事も、珍しくは無かったんですヨ」

 

決してそれだけでは無かったと、戦艦金剛の魄が知っていると、語った。

 

「まあ、一生涯24時間、隙間無く悲壮な覚悟で居るってのも無理な話だよな」

「イエース、人間はそこまでストロングには出来ていませんネー」

 

言葉が途切れたまま、どこか穏やかな空気が漂っている。

 

「ココは、良い泊地デスネ」

 

唐突なその言葉に、繋げるような独白が場に響いた。

 

「はじめに、貴方が、泊地がどのような存在なのかを知ろうと思いました」

 

そして慌ただしく日々を送る内に、姉妹たちや泊地の皆と共に、

騒々しくも奏でられるような日常に笑顔を得ていたと。

 

「私は、此処が好きですよ」

 

いつしか互いは歩みを止め、言葉を切ると共に、金剛が礼を以って発言をする。

 

「ブルネイ第三鎮守府5番泊地所属、戦艦金剛、練度上限到達を報告致します」

 

嘘の無い瞳が、提督の思考を打った。

 

「これからの健闘も、期待して良いんだよな」

「私の名と、泊地の誇りに賭けて」

 

行為と言うにはあまりにも清廉な、そんな指輪の受け渡しを経て ――

 

気が付けば互いに苦笑を浮かべている。

 

「やっぱりシリアスは苦手デース」

「何か装備の受け渡しをしている気分だったよ、いや装備だけど」

 

ようやくに戻って来た普段通りの空気に、どちらとも無く息を吐く。

 

そこでふと、柔らかな静寂の中に視線を感じた。

 

手、と小さく言葉がある。

 

見れば提督を軽く見上げる金剛が、期待に染まる瞳と、随分と悲壮な覚悟の表情で

ともすれば零れ落ちそうな程に、か細い言葉で自らの要求を伝えた。

 

「繋いで貰えますか」

 

以降は言葉も無く、軽く頬の染まる二人が互いに目を逸らしながら

泊地本棟への短い距離を、手を繋いで穏やかに歩んでいく。

 

一部始終が、藪に潜んでいた青葉のカメラに収められていたのは、言うまでもない。

 


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