水上の地平線   作:しちご

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45 夢の通い路

翔ぶが如く。

 

海原を駆ける人影は誰か。

 

西暦20××年、5番泊地は浪費の炎に包まれた ――

資材は枯れ龍驤の堪忍袋は裂け、あらゆる不埒者が折檻されたかに見えた。

 

しかし、提督は懲りていなかったッ!

 

ああそうだ、翔ぶが如く。

 

彼方より駆けつけるその人影は誰なのか。

 

夏が終わる、夏が終わる、僅かに水に濡れた衣装は水着では無く赤い水干。

 

埠頭に並べられたのは趣味の我楽多(しんへいき)、叢雲の嘆きは地に墜ちて、明石の高笑いが木霊する。

背後にてか細き嘆きを零すのは、霧島に蠍を極められている共犯者、金剛。

 

翔ぶが如く。

 

翔ぶが如く、翔ぶが如く、ロケット弾か流星か、埠頭を踏み切り僅かに三歩、

天駆ける小柄な姿に見て取れる姿は、全身の発条を内側に捻じり込むかの力の蓄え。

 

その日、軽空母は ―― 空を飛んだ。

 

さて、

 

言うまでも無い事だが、プロレスとはショービジネスである。

 

所謂格闘家とは、技巧、体の造りのベクトルが完全に違う方向を向いている。

 

絞り切り、研ぎ澄まされた肉体の格闘家に対し、膨らませる方向のプロレスラー。

ウェイトを合わせると言う事は、それだけでプロレス側が圧倒的な不利になる。

 

総合格闘技などでプロレスがいまいちパッとしないのは、そのような理由もある。

 

例えば、何某かの大会でレスラーを手玉に取った格闘家が居るとしよう。

 

彼を、プロレスのリングに上げればどのような事になるだろうか。

 

ただ痛ければ、強ければ良いと言う頭の悪い打撃。

 

常ならばどうとでも捌けるそれを、真正面から受け止めなくてはならない。

 

無駄のない筋肉は膨らましたそれとは違い、衝撃を直接に骨格や内臓に伝えて来る。

およそ序盤の叩き合いの時点で骨なり内臓なりに故障が生じるであろう。

 

試合を戦い抜くなど夢のまた夢である。

 

そしてそれは一度では終わらない、短いスパンで繰り返される、そのための脂肪である。

 

数度かの試合を経て、人間としてスクラップにされるのがオチであろう。

 

球技と言う括りでは同じでも必要とされるものがまるで違う、野球とサッカーの如く、

プロレスラーとしての強さ、格闘家としての強さ、これは決して同じ物では無い。

 

では、プロレスとは ――

 

そう、避ける、防がれるなどという事を一切念頭に置かない凄く痛そうな技術。

 

プロレス技とは、どれもこれも一撃に全身と全霊を込めた凶悪な威力を内包している。

たかだかラリアット、たかだか逆水平ですら、綺麗に入ればKOの可能性があるのだ。

 

時折、粋がった空手家などがプロレスに道場破りを仕掛け、舐め切ったままに技を受け

逆水平で胸骨を砕かれ病院送り、などの事例があるのはそこを勘違いしたが所以である。

 

つまりドロップキックとは、KOを奪える技なのだ。

 

振り向いた提督の頭部に綺麗に揃えられた足裏の艤装が叩き込まれ、ボーリングの

ピンの如くに明石と夕張を巻き込みストライクの音が周囲に響いた。

 

古式ゆかしく背中から落ち、薄明の中に翻るスカート ―― 龍驤、帰還する。

 

 

 

『45 夢の通い路』

 

 

 

とりあえず予算承認の共犯者である金剛さんは、姉妹他3隻の監視の元に

対パイナップルで武装した深海棲艦用海軍式バナナ格闘術の訓練に登録させた。

 

現在は基本の歩法訓練、阿呆歩きでバナナを振り回しながら泊地を周回させとる最中。

 

そして1周ごとに偉大なる噴式車輪大明神(パンジャンドラム)に五体投地で祈りを捧げるまでが1セット、

訓練終了の神託が降るまでそれを延々と繰り返すと、誰やこの訓練表作ったの。

 

見れば一回りして埠頭に戻って来た高速戦艦が、英国方向に向け五体投地をはじめれば、

途端に極めて高濃度の霊的圧力が生じ、脳裏に遥かな高みからの声が響いた。

 

―― 憎イ、同ジ思イ付キ満載ノ阿呆兵器ナノニ完全動作シテ評価サレル金剛型ガ憎イ

 

何やろう、噴式車輪大明神様と金剛型の相性は最悪な気がする。

 

ともあれ金剛さんの悲鳴に背を向けて一服、つーか、神託って降るもんなんやな。

 

「さて、命乞いを聞こうか」

「言い訳とかの次元を既に越えているッ!?」

 

帰って来たばかりだし今回ぐらいはと、優しい所を見せてあげれば提督がムンクの絶叫。

 

解せぬ。

 

簀巻き正座とか言う新境地で足元に設置されているのは、何やヒトが居ない隙に

隠れてこそこそ新兵器開発をしとった浪漫者3匹、つまりは提督と明石と夕張や。

 

つーかヒトがあっちで散々に苦労してたっつうに、何してくれてんですかねえと。

 

何か言おうとした明石の膝の上に石板を置く。

 

「い、命乞いは聞くんじゃなかったんですかッ」

「あれは嘘や」

 

とりあえず全員に乗せておこうと石板を2枚ほど持ち上げると、早口で言い募る1名2隻。

 

「いやいや、最近は深海棲艦強いだろ、何か打開策を模索するためにだなッ」

「そうです、様々な状況に対応するには新兵器開発は有効な手段だと思いますッ」

「ボーキサイトには手を付けていないから見逃してくださいッ」

 

貴重な情報を提供してくれた夕張以外に一枚づつ追加しておく。

 

提督と明石の悲鳴を聞き流しながら、神通に赤城を吊るしておく様に依頼した。

察するに、赤城が陣どっとったからボーキサイトに手を付けれんかったんやな。

 

つまり、間違いなく減っとる。

 

さて、どうしたもんかなこの我楽多、巨大なパラボラアンテナと、鉄製巨大ストロー。

あとはサイロの様な筒と無駄にデカくて頑丈そうな鏡。

 

解体(バラ)すか」

「それを解体するなんてとんでもないッ」

 

石板2枚程度では足りんかったのか、明石がなおも言い募って来た。

説明をするから価値を知ってから判断してくれと、まあ一応の道理ではある。

 

「ほな叢雲、追加の石板取って来て」

「何で石板在庫を増やす方向に行くんですかーッ」

 

石板が積み重なって素敵な存在感を示した頃、パラボラアンテナから説明がはじまった。

 

明石曰く、先日に貰ったドイツの資料を参考に再現した超兵器、音波砲。

 

「メタンと酸素の混合気体を連続的に爆発させ、共鳴現象に因り ――」

「射程50メートルで静止対象に効果が出るまで40秒やったな」

 

細かく説明して煙に巻こうとして来たので、すかさず止める。

 

「……ご存知でしたか」

「一枚追加な」

 

3枚目を置いたら爽やかな絶叫が響いた、艦娘用に調整したら射程何メートルやねん。

 

ちなみに凄まじく喧しいため、対人音響兵器として活用した場合の射程は230メートル。

有効射程の実に4倍以上や、装備した艦娘にまで影響が出そうな構造やな。

 

そんな中、夕張がハイハイと勢いよく発言を求めて来る、大喜利かいな。

別に阿呆な回答しても石板全部持ってったりはせえへんで。

 

「そこのストロー型のが素敵超兵器、風力砲ですッ」

 

何の躊躇いも無く砲口を夕張に向け発射する。

揉み上げとポニーテールが強風に煽られてパタパタと靡いた。

 

「送風機やな」

「……そうですね」

 

石板を乗せたらヘッドバンキングしながら呻き声を上げはじめた、パンクか。

実物なら木の板ぐらいはぶち抜けたんやっけ、艦娘用なら考えるんも虚しい話や。

 

次は俺の番だなと、何か芸人根性が染み付いたような反応を見せたのは提督。

 

「炭粉と空気で緩燃爆発を起こし竜巻を発生させる超兵器、竜巻砲」

 

そしてサイロのような鉄の筒を顎先で示して語る、自然現象を征服する意義を。

 

とりあえずスイッチを入れる、確かコレは効果範囲100メートルで、

 

―― 近くを通っていた吹雪のスカートが捲れた。

 

威力が無くてお蔵入りした兵器やっけ、艦娘用だとざっと5メートルか。

 

「何か言う事は」

「神風の術」

 

提督に2枚追加した。

 

「最後のが」

「太陽砲、衛星軌道上に設置する反射板やな」

 

皆まで言わせず明石の膝の上に1枚を追加する、どうやって打ち上げろと。

 

膝が足首がと心を洗うような叫びが響く中、一通りが終わって虚しい一息を吐く。

 

「んで、ドイツの科学力とか言う余裕あんのなら、メッサーはどうなったんかな」

「いやあ、足を太くしようとしたら瑞鳳さんが文句言ってくるので」

 

流石に限界なのか、石板に顔を乗せるような姿勢でプルプルと震えながら明石が答えた。

無言で発言を咀嚼して、思い悩むように空を見て、軽い笑顔で野次馬を回し見る。

 

ミツケタ

 

全力で目を逸らした甲板軽空母(オナカマ)を、後ろから近寄っていた神通水雷戦隊が捕獲する。

 

如何に

吊るせ

ぎゃー

 

そういう事になった。

 

何やら、のほーだの、うひーだの、どうにも表現できない声を上げながら怪異の如くに

くねくねとする足元の受刑者の向こうに、眼の光が無くなっているバナナ戦艦の姿。

 

他の問題児は海風の中、いつもの様に川内の木で揺れていた。

 

ああ、帰って来たんやなあ。

 

泣ける。

 

何かムカついたんで提督の膝の上に一枚増やしておいた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

龍驤が執務室に入れば、以前ほどでは無いがそれなりに積み重なった未決書類。

 

「なんや、黒潮が手伝ってくれとったんか、おおきにな」

「水臭いでー、ウチと龍驤はんの仲やないか」

 

そう言う二隻は笑顔のままで、互いにやたら分厚い書類束を押し付けようとしている。

 

そしてそこへ、栗色の髪のポニーテールが提督執務室の扉を開けた。

室内へと掛けられた声に、応えたのはお手伝い席に座る黒髪の駆逐艦。

 

「お邪魔致しますわ」

「邪魔すんねやったら帰ってやー」

 

例によって例の如く、熊野と黒潮であった。

 

「あら、失礼致しました」

 

そう言って身をひるがえす航空巡洋艦に、すかさず龍驤から声が入る。

 

「素直かッ」

 

「どうも聞こえませんね、何ですって?」

「そこで歌舞くな」

 

「では、お邪魔しますか?」

「いや聞かれても」

 

「皆様お元気です」

「そこは聞こうや」

 

「元気ですかー」

「顎しゃくんなッ」

 

「もう、龍驤さんは注文が多いですわ」

「いや普通に行こうや、普通に普通に」

 

「では、第二鎮守府所属航空巡洋艦熊野、引継ぎを願います」

「はいご苦労様、今回は救かったわー」

 

「では失礼致しますわ」

「結局そこかいッ」

 

「もう、やってられませんわ」

「ほな、失礼しましたー」

 

嵐の如くに畳みかけては、2隻で室内より退場していく。

 

「ウチを置いていかんといてーッ」

 

慌てて後を追う黒潮の後ろ、叢雲が頭を抱えていた。

 

「って、どさくさに紛れて逃げおったッ」

 

利根が気付いて後を追ったのは1分後である。

 


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