水上の地平線   作:しちご

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天籟の風 参

会議は踊る、されど進まず。

 

その様な有様に至っている理由としては、およそ会場の近海、視認できるほどの

距離に戦端が開かれるからであり、避難もせずに予定通り会議を開催する様な

狂気の沙汰に身を任せているからであろう。

 

リスクしか無い選択であっても、信じて待つのが提督の誠意であり、辛い所である。

 

流石に各鎮守府の本陣、第一提督は動揺を微塵も伺わせず、普段通りの様相であった。

しかし同行している下位、泊地提督などはいくらか未熟な面を見せている。

 

ある者は蒼褪め、普段通りを装いつつも発汗が止まらず、常よりも大きな声で話す。

 

「これでは話が進まんな」

 

舞鶴一番提督が嘆息を込めて言えば、そのままに会議室前面のパネルに陣形を投映する。

同所属の二式大艇母艦、秋津洲より送られてくるリアルタイムの戦況報告であった。

 

突然の行動に驚く者数名、いくらかの会話と、諦めを以って静寂が訪れる。

 

かくて次期作戦に関する会議は中断され、目下の懸案事項に注視する方向へと舵を切った。

 

映し出されているのは四層で構成される方陣に似た構えの主戦力と、少数の予備戦力。

艦種別にくっきりと分けられた層は、前衛から順に重巡洋艦、水雷戦隊、戦艦、空母である。

 

―― 水雷戦隊の突撃から艦隊決戦に持ち込むつもりか

―― いや、あの魔女のやる事だ、何か別の思惑があるのでは

 

戦艦種を最前衛に置き、密集して突撃して来る深海勢力と見た目は対に成っている。

 

その陣形を見た時、ブルネイ第三本陣提督から引き攣った笑いが零れた。

 

「おや、君にしては珍しい笑い方だな」

 

近場、ブルネイ第一本陣の提督より揶揄うような声が届き、少しきまり悪げに咳をする。

君でも同じような陣形を張るのでは無いかねと問う声に、同じような、ですよと返す。

 

「俺は、ここまで思い切りの良い陣は張れませんね」

 

いまだ未来予想に達して顔色を蒼白にしているのは若干名。

 

後に、深海と艦娘の戦術の転機と呼ばれた奇跡、沖縄消滅戦の幕が上がる。

 

 

 

『天籟の風 参』

 

 

 

蒼天に紫煙が踊る。

 

先行した龍驤艦隊は、深海戦艦にものの見事に無視を受け、沖合で停泊していた。

現在に煙を生んでいるのは現地で買った国産紙巻、龍驤が何処となくご機嫌である。

 

「おい、戦端が開いちまったぜ」

 

焦りを感じる天龍の声と、黒潮たち呉の3隻からの不信を持った視線に、軽い答え。

 

「かまへんかまへん、ウチらの出番は最後や、休んどき」

 

見れば砲撃の戦火が開かれ、最前衛同士が轟音を以って鋼をやり取りしている。

 

初撃のやり取りを経て、最前衛、重巡洋艦の層はにわかに騒がしくなった。

 

「被弾した艦は所定の位置まで退避、左翼、弾幕薄いよッ」

 

「航空巡洋艦に火力を求めないでくださいませッ」

「ごっめーん、ウチの熊野改装したばっかで火力無いんだ」

 

雲霞の如き艦載機が、互いの上空で制空を抑えあっている。

 

やがて、僅かに押し込まれた最前衛に押し出されるような形で、

軽巡洋艦と駆逐艦、つまりは二層目の戦隊が左右にはみ出し始めた。

 

「おいおい、押し込まれちまってるじゃねえか」

 

天龍の叫びも龍驤は気にしない。

 

落ち着いたままに吸殻を携帯灰皿に入れ、軽く伸びを打つ。

 

「本当にこれ、大丈夫なのか」

「なーんかなあ、司令官居らんとやる気出んのよなあ」

 

砲撃のやり取りを続ける内、深海側の到達を待たずに前衛が二つに割れた。

重巡洋艦の層が左右に別れていき、三列目、戦艦の層が最前衛と成る。

 

「前列のせいで空母まで射線が通ってねえ、くそ、やっぱり奴ら学習してやがるッ」

 

変化する戦局を眺め、焦燥の混じる言葉が天龍の口から零れた。

 

天龍に続き黒潮、一航戦も問い掛けようとした折に、少しだけ動く。

騒がしい天龍の口元を指で押さえ、例えばやなと龍驤が口を開いた。

 

「将棋の駒の動かし方を覚えた餓鬼が、翌日に名人戦を戦える思うか」

 

突然の話題に、一同が困惑する。

 

「まあ無理やな、駒の動かし方の次は定跡か」

 

いきなり何の話だよと小さく問う声を無視して、言葉を続ける。

 

「穴熊でも覚えれば、次の盤面では穴熊を使ってくる」

 

肩を竦めて、嘆息する。

 

「まわりの状況も手番もへったくれも無い、とにかく穴熊や」

 

言っている意味はわかる、だがそれが何なのかと困惑の気配がある中、

軽く手を回し、戦況の全てを指し示しながら言葉を繋いだ。

 

「硬い艦を前にして、密集して突撃、中央を突破する、実に真っ当やな」

 

左右に分かれた重巡洋艦が側面から砲撃を続けている。

 

「ウチらなんぞ踏み潰せたのに、完全に無視して中央突破」

 

三面からの砲撃に、深海側の足が鈍っているのが見て取れる。

 

「艦娘なんぞ無視して横を上陸すればええのに、真正面から中央突破」

 

深海の前線が艦娘に到達しようとする手前、三叉の砲火に削られていく。

 

「横に柔らかい艦が居ても、穴が有っても、正面の戦艦目がけて中央突破」

 

まるで呪いの様に、ひとつひとつの言葉が天龍達の温度を下げていった。

 

「お互いにはじめての集団戦、今のあいつらは、覚えたての猿や」

 

そしてついに、左右を駆け上がっていた水雷戦隊が、深海の背後を埋める。

四面、完全に包囲された深海棲艦が火に炙られた氷の如くに溶けていく。

 

ケラケラケラと、笑い声が悪魔染みた色合いで海を染める。

 

完全に、深海側の足が止まった。

 

あっさりと、実にあっさりと完全に決された雌雄の戦況に、空気が凍り付く。

 

「ほな、逝こか」

 

唐突に掛けられた言葉に、一同が固まった。

 

思わずに浮かぶ、何処に、何故と言う言葉が天龍の脳裏を埋める。

 

「狙うは明快、防空棲姫の首ひとつ」

 

言葉の通り、砲塔が指し示す先にはソレが居る。

 

四方向からの砲撃の最中、ありとあらゆる場所を絨毯の如くに砲撃されている中央。

 

旗艦以外の全ての艦の表情が引き攣った。

 

 

 

火砲の乱舞に曝されている三層目、戦艦の陣は微塵も揺らいでいない。

 

その中央、砲撃を続ける長門へと迫る砲弾があった。

着弾の寸前、それを認めた長門の視界から、色が消える。

 

音の無い世界で、ゆるりと寄って来る砲弾に向けて、油の底に居るかの如くに緩慢に

振りかぶっていた拳を力任せに叩き付けて、海面へと叩き落とした。

 

世界に色と、音が戻って来る。

 

何か、あきらかにおかしい行動をとった戦艦に対して、周囲の視線が集まった。

 

「龍驤ならば、一撃に三つは思惑を噛ませてくる」

 

長門は微塵も揺るがず、胸を張り音声を海に響かせる。

 

「ただの砲撃で沈むほどこの長門、安くは無いわッ」

 

至近、見て、聞いてしまった呉の大和が白くなる。

 

「武蔵、ナチュラルにおかしい事言っていますよ、この長門さん」

「よくはわからんが、大した自信だッ」

 

舞鶴の武蔵は呵々大笑している。

 

「ああハイハイ、大和、コッチにエスケープするデース」

「金剛さーん」

 

涙目の大和が恐怖のブレインマッスルワールドから退避した。

 

そんなやり取りをしつつも、主砲は撃ちっぱなしの撃たれっぱなしである、

呑気な空気の艦娘に対し、艤装で活動している妖精の様子には鬼気迫るものが在る。

 

刹那、飛び込んで来た砲弾が大和の側頭部に命中した。

 

「あ痛ッ」

 

驚異的な破壊力を伴う運動エネルギーを側頭に受け、涙目の大和が本気泣きになる。

 

この娘もこの娘でおかしいデスネーと、金剛は思った。

 

そして自分の鎮守府の大和の普通さを思い出し、ちょっと誇らしくなる。

いつのまにか親馬鹿の属性を手に入れていた横須賀の金剛であった。

 

「流石は大和型ね、妬ましいわ」

 

バカスカと撃ち続けながら扶桑が座った目でそんな二人を眺める。

 

「姉さま、アイツら、近づいて来ませんね」

 

そんな姉に山城が疑問を述べる。

 

前進を続けている、だがしかし、見れば確かに深海側の勢力は勢いを止めていた。

 

「深海の足が、止まった」

 

横で砲撃の傍ら、瑞雲からの通信を受けていた日向が零す。

 

「成程デスネー」

 

多分に呆れの色を滲ませた声で、金剛が言った。

 

その視界の中、全体は見えないが至る所に砲火の狼煙が上がっている。

右も、左も、視界の奥の正面すらも。

 

「魚鱗には鶴翼、言われてみればイージーな話デース」

 

誰もが、戦局が決した空気を感じた。

 

弛緩した空気の中、突如、大和が叫ぶ。

 

「何やってるの黒潮さああああんッ!?」

 

諸悪の根源を知る者は、揃って乾いた笑いを漏らした。

 

 

 

深海戦艦後背、左右より合流した水雷戦隊は、別動隊であったが故に

合流した個所、つまりは中央に僅かな隙間が出来ている。

 

深海側の僅かな生き残りが、決死の想いで離脱を図ろうとするその時に、

其処を埋める様に突き進んだ一団があった。

 

先頭に立つ軽空母は、砲撃の合間に誰にともなく言う。

 

「一隻たりとも、逃がすな」

 

聞こえてしまった後背の水雷戦隊は、背筋が凍る思いであった。

 

続き、連続した轟音が進路上の棲艦を消し飛ばす。

 

統制も取れず逃げ出そうとした駆逐、方位を変えている最中の空母

連続して沈み続けるソレを踏み越える様に、一群の艦隊が突入を果たす。

 

それを視界に入れてしまったものは、まずは自分の目を疑った。

 

軽空母を先頭に、軽巡洋艦、駆逐艦、正規空母二隻。

 

「豆腐より柔いわ、やっぱ後ろからの不意打ちは最高よなー」

「この、状況で、何で、そこまで、呑気に構えてやがるッ」

 

至近弾など生易しい表現では表せない火薬の庭で、呑気な会話と共に、

次から次へと死に体の深海棲艦に砲弾を叩き込む、何か色々と間違っている集団。

 

「うわああぁぁ、今かすった、頬を掠めて飛んでったッ」

「大丈夫や、当たらんから、きっと」

 

「根拠はッ」

 

間髪入れずに飛んだ天龍の声に、まったりとした声色で龍驤が答えた。

 

「大丈夫や、当たらんから、きっと」

「根拠はあああああぁぁッ!!」

 

もはや絶叫は涙声である。

 

「きっと真ん中あたりはあまり砲弾飛んで来んから」

「飛んで来てるじゃねえかッ、さては見切り発車だったなこん畜生ーッ!」

 

騒々しくも先頭は次から次へと砲弾を叩き込み続ける。

 

「おかしい、こんなの絶対おかしいって、こんなの龍驤はんやなーいッ」

 

続いた黒潮は、今まさに自分が居た位置に水柱が上がるのを見て顔色をさらに青くした。

 

「加賀さん、どうにかなりませんかあの軽空母ッ!」

「無理です、思えば艦の頃からやる時にやり過ぎる娘でしたッ!」

 

「そう言えばそうでしたーッ!」

 

一航戦が両手に連装砲を吠えさせながら、記憶の奥底の嫌な経験を思い出す。

 

航空母艦龍驤、最初期4隻の中で最もやり過ぎた空母であった。

 

無謀極まりない一団は次々に爆焔を生み出しては、中央へと突き進む。

 

突如、横合いから龍驤へと襲い掛かる戦艦の、頭部が砲火で消し飛ばされた。

遥か奥、軽く口元を歪める長門と、埴輪の様な表情の周囲の戦艦が見える。

 

距離の有る中、龍驤は互いに意思が通じた様な不思議な感覚を覚えた。

 

「なんか至近弾が増えまくってるんですけどおおおおぉッ」

「はっはっは、流石は長門やな思い切りがええ」

 

闖入者に驚いていた一瞬が過ぎ、何の躊躇いも無く砲撃を再開した戦艦組であった。

 

「凄え、俺まだ生きてるッ」

 

もはや涙を飛び散らせる状態の天龍が叫んだ。

既に艤装が半分ほど削れている。

 

「欲が無いなあ」

「地獄に落ちろおおおぉぉッ」

 

そして爆煙と水柱で視界が埋め尽くされる中、僅かな隙間に見える物があった。

 

「むしろ、此処こそ地獄やな」

 

言うが早いか、軽く姿勢を傾けた龍驤が突如に先行する。

 

水煙を抜け、擦れ違うような進路で砲口を向け斉射する先は、防空棲姫。

いくつかの傷跡の見える、砲台と化した艤装の一部が弾痕に削られた。

 

棲姫の思考の外より現れては通り過ぎ、姿勢を正して ―― 煙草を咥えた。

 

―― 馬鹿ニシテッ

 

あまりにも突然に場違いな行動をとった敵に、白蝋の姫が全霊を向けて艤装を構えた瞬間、

連続する轟音、見る事を止めた視界の死角より、艦載鬼の爆撃が艤装を砕く。

 

龍驤隊、彗星一二型甲。

 

棲姫が視界を外した一瞬に爆撃を敢行した艦載鬼は、水面に跡を付けながら鬼体を正し、

友軍の砲撃を受け木っ端微塵に飛び散り、アフロと化した妖精が吹っ飛んでいく。

 

そんな妖精が水切り状態で龍驤の視界の果てまで飛んでいき、消える。

 

龍驤隊はまさに地獄であった。

 

「地獄ってお前の事かよッ」

 

遅れて辿りついた天龍が艤装の刃で棲姫の腹部を貫く。

 

―― 援軍ダトッ!?

 

そのままに羽交い絞めにし、後続へと叫んだ。

 

「黒潮おぉッ!」

 

名の如く黒の多い駆逐艦が、高速を維持したままで縺れ合う二隻へと迫り、

棲姫の艤装を踏み越え、天龍を足場にし、膝と腕で頭部に絡みつくように身体を固定する。

 

突如の行動に、防空棲姫の反応を、遠く正規空母の砲撃が縫い止めた。

 

もはや艤装は砕け、鮮血に塗れた黒潮の視線が、棲姫のそれと交錯する。

 

「 ―― 沈め」

 

言葉と共に、口内へと捻じ込まれた砲口がその意図を果たし ――

 

防空棲姫が、破裂した。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

すすり泣く声が海原に響く。

 

残敵の掃討も終わり、静寂を得た海の中で、駆逐艦の嘆きだけが響いていた。

 

その手前、集まる艦娘の視線が一点へと集中している。

 

ほぼ同数、犠牲は必至の防衛作戦のはずであった。

しかし蓋を開ければ、一方的な、あまりにも一方的な殲滅戦に終始した。

 

―― アレが、ブルネイの魔女

 

僅かな囁きが聞こえる中、当の本人は紫煙を燻らしては、空へと煙を吐いている。

 

「さて、全部終わったみたいだな」

 

天龍が龍驤へと近づき、そう言った。

 

残敵掃討に移った折、あきらかに中央が一番安全と言う嫌な現実に直面して

周囲で砲声の爆音が響く中、戦場のど真ん中で時間を潰していた一行であった。

 

すすり泣く黒潮の後ろで、一航戦が魂の抜けた表情で白くなっている。

 

「もしかして、ウチが何か言わんとあかん雰囲気?」

「まあそうだろうな、こんな目立つ場所に居るわけだし」

 

参戦した全ての艦娘の視線が、戦場の中央に立つ軽空母へと注がれている。

そしてソレは、吸殻を携帯灰皿に入れ、溜息と共に手を上げ声を響かせた。

 

「はい、撤収ー」

 

歓声が、海上を埋め尽くした。

 


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