水上の地平線   作:しちご

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07 熱帯の夜と朝

空母寮に個室を貰うとる。

 

とは言え、別段特別な差配があっての事やない。

 

大部屋でも個室でも、要は部屋の余りがあるかどうかの問題であり、

艦娘を各泊地に派遣する任務の都合上、5番泊地の寮は無駄に大きく作られとる。

 

つまりは基本的に部屋が余っているわけで、何某かの問題でもない限り

所属艦娘の部屋への希望は通るようになっている。

 

その上で姉妹艦や戦友艦同士で大部屋をとる艦娘は多く、例えば金剛型4人部屋、

陽炎型6人部屋4セット、空母寮だと飛龍蒼龍、隼鷹飛鷹の2人部屋とかか。

 

巡洋艦寮に大淀、足柄の礼号部屋とかは特殊な例やろか。

 

以上を踏まえて考えると、うん、実は個室はだだ余りなんや。

 

ウチの場合は強いて言えば鳳翔さんの直系ではあるが、同型艦と言える者は居ない。

戦友も居るには居るが、艦種が違う奴らばかりやし、空母だと……加賀か、勘弁や。

 

蒼龍や隼鷹にひっついていくという手もあるが、ばいんばいーんな九九艦爆に

悩まされる日々は間違いないわけで、却下や。

 

なにより秘書艦なんぞやっていると生活が不規則になってかなわん事この上なく、

大部屋なんぞに入ったら間違いなく周りの迷惑になる事が請負っちゅう。

 

まあそんなこんなで残業明けの20、00、入室と同時に電気をつけて

荷物を机に置いてから壁から利根の作ったハリセンを外して ――

 

「なんで居るねん赤城ぃッ!」

 

先日の給料で買ったエアコンで涼んでいる黒髪美人をシバき倒した。

 

 

 

『07 熱帯の夜と朝』

 

 

 

ブルネイは常夏の国、平均最高気温30度を越え、最低気温は23度になる。

一年中雨の降る、熱帯雨林特有の高温多湿の気候も含めエアコンの必要性は高い。

 

「そんなもの、龍驤がくぅらぁを買ったからに決まっているじゃないですか」

「自分で買えや」

 

給料は円とブルネイドルの両方で払われて、たまにシンガポールドルが混ざる。

 

開戦、休戦からこっち円が爆上げの憂き目にあっており、おかげで生活には困らんが

日本産の製品を購入するのにかなりの手間暇費用がかかるという塩梅。

 

そんな中、メイドインジャパンのエアコンを購入するのにどれだけ苦労したか。

秘書艦の権限で酒保を通して艦娘割引を適用しつつ購入したのに、かなりの額になった。

 

「それもこれも部屋でぐらいマッタリしたいからやと言うにッ」

「どんまい」

 

快音1発。

 

「つーか、正規空母なんやから高給取りやろ」

「そうは言いますがね、龍驤」

 

そう言うと赤城が適当なわら半紙に手書きで謎のグラフを書き出した。

 

軽空母20% 正規空母107%

 

「金額が違っても、かのようにエンゲル係数に大きな開きがあるのです」

「どんだけ食ってんねんキミらッ!」

 

具体的に言えば軽空母は短大卒、正規空母は4大卒のOL程度の収入になる。

 

寮と食堂で光熱費や諸々の苦労が軽減されているから美味しい職場かもしれないが、

命の値段として考えれば、これまた微妙なところやろう。

 

ちなみに巡洋艦はそれぞれ高校、大学のお小遣い程度、駆逐に至っては月5千円相当である。

 

ごせんえん

 

基本的人権が無い立場と言うのは実に恐ろしいものや。

1回目の任期が終わって国籍付与されんと、労働基準法が適用されてくれん。

 

秘書艦手当を貰って「きゅうりょうごばいになったわ」と言った叢雲の目は死んどった。

 

「ど、どうしたんです龍驤、いきなり目頭を押さえて」

「いやな、この馬鹿の食費を差っ引いて駆逐艦寮に差し入れしてやろうかなと」

 

「なんかいきなり私の食糧事情がピンチになっている!? 」

 

まあそれはそれとして。

 

「つか、どうやって入ったんよ、鍵かかっとったやろ」

「加賀さんがこっそり作った合鍵を貸してくれました」

 

「何やってんの加賀ぁ!? 」

 

何時作ったどうやって作った、そもそも何で作った!?

 

「これが …… 一航戦の絆」

「やかましいわッ」

 

ハリセンが唸る、利根は昔から実にいい仕事をする、かくありたいもんや。

 

「まあそんなわけで、そろそろ夜食の時間ですね」

「もうヤだこのマイペース空母!」

 

「可及的速やかにご飯を出してくれないと居座りますよ、ボーキ齧りますよ」

「脅迫に見えて実は飯を出しても行動変わらんよね、それ!」

 

まったくもうと、諦め全部でシステムキッチンに立つ。

 

パンでも齧ってろと言いたいところやが、ウチもそれなりに小腹が空いた。

仕方なしに食材を確かめて、ああ、ミーゴレンとスープでええか。

 

水を入れたフライパンに火をかけて、インドネシア製の乾麺を投下する。

深夜には塩分過多な気もするが、まあ日々出撃で汗かいてるんやし問題ないやろ。

 

「龍驤は普通に異国料理に手を出しますね」

「まああんだけドサ周りやっとればなー」

 

なんかなぁ、まさか給料が消える原因は温帯ジャポニカ米買いまくっとるとかいうオチか。

そこらの飯場に行けば、1~3ドルで普通に飯を食えるハズやしな。

 

ナシゴレンでも食わしてコッチの米に慣れさせるべきやったか。

 

などと言うと、私は何でも美味しく頂きますよと返してくる、さよけ。

 

「加賀さんや鳳翔さんは和風から外れる事は少ないですね」

「加賀はともかく鳳翔さんは何でも作れるハズやけどなー」

 

「趣味なんでしょうねぇ」

 

間宮大和武蔵を抑えて、海軍随一の厨房を持つ艦と謳われた人なのに勿体ない。

 

「お店開くために鳳翔さん、間宮さんとこで勉強会してて不在がちで、本当に辛くて」

 

おうこらちょい待てや。

 

「赤城」

 

ジロリと視線をやれば部屋の空気が凍りつき、赤城の顔は強張っている。

 

「正座」

 

何かこうもたついていたので、笑顔のままでゆっくりと重ね言う。

 

「せ・い・ざ」

 

言い直したらおかげか速やかに姿勢を正し、そのままその場で膝を曲げる。

強張った笑顔のままで、冷や汗をかきながら背筋を伸ばす様が見て取れる、良し。

 

赤城の後ろに回り、両肩に体重を掛けながら耳元で囁く。

 

「なにキミ、鳳翔さんにまでタカってんの」

 

「い、いえ、こうお腹を空かしていると鳳翔さんがおにぎりとかを作ってくれて」

「とりあえず1枚いっとこか」

 

そう言って離れ、駿河問いに使う用の石材(神通作)を引っ張り出した。

 

「なんで台所から手軽に拷問器具が出てくるんですか!? 」

「どこぞの正規空母対策に決まっとるやんか!」

 

製作者的には夜戦馬鹿対策だったそうやけど。

 

「つ、冷たい、そして重い!」

「ええからそのまま抱えてろや!」

 

とりあえず飯ができるまでなこん畜生、インスタントやなくて本格的に行くべきやった。

 

冷たいるるるーなどという環境音を聞き流しながら、ほぐれた麺に冷蔵庫から出した

羊肉の野菜炒めをブチこんでいく、個人で冷蔵庫持てるなんて価格破壊様々やな。

 

そんなこんなで出来上がる頃、ノックから間髪入れず扉を開いて入ってくる人影。

 

どこぞの似非巫女よりはまだ近い巫女風衣装のツンツン頭と紐リボンの黒髪ロング。

仲良くボン・キュ・ボンな飛鷹型改装空母の2人組、隼鷹と飛鷹や。

 

「ヘーい龍驤サン、ちょっとたこ焼き器貸しておくれよ」

「食材もバッチリ持ってきたわよ」

 

「あきらかに居座る前提の用意の良さ!? 」

 

挨拶もそこそこにたこ焼き器を部屋の真ん中の机に設置して座り込むふたり。

海老だの肉片だのを窪みにポコポコ落として鉄板焼きを作り始める。

 

「アタシらもクーラー欲しいんだけどねー」

「何故かお金が貯まらないのよねー」

 

毎週国境線でアルコールラリーやっとるからや。

 

そんな中にミーゴレンも出来上がり、この際大皿で、取り皿渡して食材を受け取り

キッチンへと逆戻り、ってあれ、何かおかしない。

 

「龍驤センパイの部屋でお酒が呑めると聞いて!」

「蒼龍に連れられた風を装ってお邪魔します」

 

黄色と緑の着物な2人組、の飛龍蒼龍な二航戦組も乱入してきた。

ええとこに来た蒼龍、ちょい手伝えやコラ。

 

「お酒追加持ってきましたー」

「千歳姉、そこで追加って言ったらバレバレじゃない」

 

「どこから、どの段階から計画済みだったんよキミら!」

 

「フハハハハ、かかったね明智クゥ~ン」

「うわ、隼鷹ってばもう出来上がってる!? 」

 

誰が明智やと姦しい中、水上機母艦の2人組に至っては、もう部屋が埋まっとるがな。

だから無理に部屋に入ろうとすんな、人口密度どんだけや、仲良しさんかキミら。

 

そこでひとりで一角を占領していた黒髪が鉄板焼きを摘まみながら、一言。

 

「流石に気分が高揚します」

「何時の間に生えた加賀ぁッ!」

 

とりあえず合鍵の恨みを込めて、加賀だけはシバいておいた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

明け方に目が覚める。

 

寝上戸とでも言うのだろうか、酒が入ると寝てしまい、酒が抜けると起きてしまう。

おかげで深酒や二日酔いとは無縁の生活や、良いのやら悪いのやら。

 

誰ぞが毛布を上にかけてくれたようで、身体を冷やす事はなかった、有り難い。

 

部屋を見渡せば死屍累々。

 

いやな、ウチは今日も出勤やからなコンチクショウ、部屋の掃除は頼むでホンマ。

うわぁ、確保しとったコシヒカリ、思い切り炊いとるやん、記憶にないわ。

 

いや、記憶の隅っこの方に焼きおにぎりとか単語がある、ソレのせいか。

 

出がけの前にコンソメキューブで簡単な汁物、余り米でおにぎりを作り、大皿に盛る。

一つ二つ摘まんだところで、胃が荒れているので飲むヨーグルト。

 

軽く着替えてもまだ時間はあるし、ドックで軽く汗を流してから行こかと、物音。

 

何時の間にやらコンソメスープをマグに入れて飲んでいる加賀(バカ)が居る。

食事の機会は逃しませんって、その努力は深海棲艦に向けてほしいなぁ、ウチは。

 

適当に準備をしてから部屋を出る。

 

「行ってらっしゃい」

「はい、行ってきま」

 

まあそう悪い事では無かった。

 


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