水上の地平線   作:しちご

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天籟の風 壱

その艦隊は、呉より抜錨し沖縄へと向かっていた。

 

総数4隻、弓道着をビキニに着替えた赤青の正規空母は不満を隠そうともせず、

普段の制服と同じく暗い色合いのスポーティビキニの陽炎型と、スク水姿の元水干。

 

赤城と加賀、それに陽炎型の3番艦である黒潮に、朝潮型の航空駆逐艦。

 

そんな駆逐艦二隻は苦笑交じりに進路を取っている。

 

「まあ、オミソ扱いは慣れとらん二人やからなあ」

 

現在に主力は関東の方へと振り分けられ、沖縄行きは建造間も無い赤城と加賀、

それに対するお守としての、龍驤と黒潮で配置されていた。

 

「けど、黒潮はんはコッチ来て良かったんかい」

「水臭いでー、ウチらの仲に遠慮は不要やー」

 

どこから見ても仲の良い駆逐艦2隻である、そんな光景に物言いたげな正規空母。

そんな折、龍驤が先行していた彩雲からの報告を受け、眉を顰めて口を開く。

 

「ん、道中感有り、駆逐、よりはちょい大きいかな、何や単体か」

 

言うが早いか、即座に艦載機を飛ばす一航戦2隻、まだ何も言うとらんやろうと憤る

黒潮を龍驤が宥めている内、水平線の先より何某か、視界に敵影が入った。

 

針鼠の如き砲塔を生やす艤装に腰かける、白蝋の異形。

 

気だるげに見えたその表情が、艦隊に気が付き視線を鋭くした。

 

―― アレ、来タンダァ

 

割れた、空の如き笑みであった。

 

刹那、空を征く機体の悉くが撃ち落とされる。

 

空に消しゴムを掛けたかの様な、その、あまりにもあっけない光景に空気が凍った。

 

―― 来タンダァ、来チャッタンダァ

 

弧を描く口元からは抑えきれぬ歓喜が零れ、捕食者の視線が艦隊をねめつけた。

圧力が固体と化して肺を圧迫する、龍驤は悟る、怪異としての桁が違うと。

 

「沖縄鎮守府跡地に向け撤退、ウチがケツ持つわ」

 

背後に手、騒々しく騒ぐ3隻を手を挙げて押し留める。

 

「黒潮、聞きわけえ」

 

声よりも、その表情に艦隊は言葉を失った。

 

何もかもを諦めた様な、空っぽの笑みがあった。

 

「赤城はんと加賀はんは、これからの呉の柱や、失うわけにはいかん」

 

それが、黒潮の聞いた最後の言葉に成った。

 

 

 

『天籟の風 壱』

 

 

 

封印されていた旧沖縄鎮守府本陣跡地に、多くの艦娘が集っていた。

 

「へーイ、龍驤、久しぶりデスねッ」

 

ブルネイより拉致られた龍驤が、喫煙所を探している内に金剛に捕まる。

 

その、白が映える整った肢体を包むのは、股間より鋭角に切れ上がった危険な水着。

 

「何で目を逸らすんデスかーッ」

「ああいや、ウチの金剛さんとえらい違いやなぁって、いやな、うん」

 

歯切れと言う物のまったく無い言葉で会話を濁し、それはともかくと話題を転換した。

 

「しかし何や、えらい物々しいな」

 

全鎮守府、本陣提督及び有力泊地提督たちに因る次期大規模作戦に関する会議。

見れば周囲の艦娘は、戦艦、正規空母、重巡、軽巡、随分と艦種が入り乱れている。

 

「あの武蔵は舞鶴で、大和は呉のか」

 

「そして横須賀からは私デース、提督たちの護衛デスからテンション上げてますヨー」

「ウチの司令官、泊地に留守番なんやけどー」

 

「自分など、明らかに場違いでありますよ」

 

龍驤の背後から、そう声を掛けてきたのはあきつ丸。

 

「嫌な予感しかせんなあ」

「顔を見た途端それは酷いでありますよ」

 

苦笑交じりに挨拶を交わし、そもそも泊地所属の龍驤が何故居るのかと話は移る。

 

長門(ながもん)に拉致られてな」

 

「イエース、長門、お手柄デスねー」

「長門殿は何と言うか、本能で正解を導く方でありますな」

 

訳知り顔の二隻に、龍驤のジト目が圧力を増した。

 

「何、やっぱり何か有んの、ココ」

 

引き攣り笑顔で問い掛ける軽空母に、二隻はどうにも言い難い表情で答えた。

 

「今回の会議、実は会場が東京と言う事になっているのであります」

「現在、国内鎮守府全主力は関東で待ち構えているデスよー」

 

消息不明の舞鶴8番泊地提督、彼が保有していたであろう情報は東京開催であった。

 

聞けば、ああうん、提督たちが囮に成って罠を仕掛けとるわけねと納得する。

そして実際の会議は秘密裏に沖縄でと、何で沖縄やねんと言えば、いい加減な返答。

 

「もともと初期案では、沖縄で開催するプログラムだったのデース」、

「先日の横須賀騙し討ちを受けて、急遽罠を仕掛ける事に成ったとか」

 

「お役所仕事かいな、いや、そうやけど」

 

どうせ集まるなら内陸にしとけやと、ついでに温泉があれば言う事は無いなどと

さりげなく税金で我が侭放題をしようと画策する軽空母が、ふと思い立った。

 

舞鶴8番泊地提督、そう、提督である。

 

「暗号、抜かれたりしとらんやろな」

 

唐突に、天使が通り過ぎたかの如き静寂がある。

 

そんな無音の中、苦笑いをしながらの答えがあった。

 

「だからまあ、物々しいのデース」

「杞憂で済んでくれれば良いのですがね」

 

いーやー、などと呻きながら頭を抱える誘拐被害艦。

 

「流石に各所の本陣提督は、きっちりと戦力を持ってきているでありますな」

「泊地組は、レベリングがてらみたいなのがチラホラ見えますネー」

 

「平和ボケやなあ」

 

魂でも吐き出しそうな感じに虚ろな表情の龍驤が、そんな感想を漏らした折

何やら埠頭の方から軽い騒ぎが聞こえて来て、3隻が目をやった。

 

息も絶え絶えな黒髪の艦娘が、近くに居た艦娘に縋り付いている。

 

「あれは、黒潮やな」

 

物見に寄っていた3隻の耳に、厄介な発言が届いて来た。

 

「誰か、誰でもええ、まだ龍驤はんが殿で残っとんのやッ」

 

龍驤が出た名前故にと視線を受けつつ、ウチちゃうわと手を振って人込みをかき分ける。

 

「ブルネイの龍驤や、何で出んねん」

 

縋り付いかれた集団に聞けば、艤装が待機状態で起動にはしばらくかかると。

 

溜め息一つ、即座に黒潮の首根っこを掴み海岸へと向かった。

 

「金剛さん、あきっちゃん、出るで、黒潮、案内せい」

 

「イエース、何はともあれハリーアップねー」

「人が居ないのでは仕方ないでありますな」

 

その言葉に歯噛みする者、名持ちの艦娘と囁き合う者、様々な反応が見える。

 

「あとは、そこの天龍、ちょい手伝い」

 

俺かと驚く姿に、さらに声が重ねられる。

 

「動くやろ、艤装」

 

当然の如くに掛けられた言葉に、意味を取るまで逡巡、獰猛な笑みが返った。

 

片側に細く髪を括った艦娘が、人込みの中から手を挙げて発言する。

 

「舞鶴所属秋津洲、大艇ちゃん飛ばしておくかもッ」

「頼むわ、状況は作戦本部に通しといてな」

 

かの様に、巧緻よりも拙速と、可能な限りの速さで急行を果たしはした。

 

しかし間に合うはずも無く、呉所属龍驤、轟沈を確認する。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

およそ、艦娘という存在を構成している核と言うべき個所を撃ち抜かれ、

何かに惹かれる様に、静かに深海へと沈み行く軽空母が居た。

 

―― あかんなぁ、ウチ……ちょっち疲れたわ

 

滲む視界の中、末端より肉体が霊的に解けていき、海へと溶け込んでいった。

虚ろになる思考に、次々と取り止めの無い場面が映し出されては、消えていく。

 

―― 黒潮たちは、逃げる事が出来たやろうか

 

思えば随分と世話になったと、そんな気持ちも、すぐに朧と化して消える。

 

何も付いていない左手が見えて、すぐに解けて消えた。

 

残念だと思うも、何が残念だったのか最早理解する事が出来ない。

 

最後に、赤城と加賀を思い出した。

 

―― ああ、そうだ

 

先日に沈んだ2隻、新しく来た2隻。

 

―― 今回もまた、駄目だったよ

 

誰も聞く事の無いそれは、深海へと消えた。

 


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