水上の地平線   作:しちご

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44 早起きするだけ

 

「そう言えば、他の泊地の提督用船舶の名前はまともなのかな」

 

机で引き渡し資材リストにチェックを付けている龍驤に、提督が話しかけた。

 

どうにも巻き添え轟沈丸という言霊に何某か言いたい事がある様な

そんな迂遠の中に何となく透けて見える思惑を華麗にスルーして、龍驤が答える。

 

「そうでもないで、第一本陣は確か、急に長門が来たので丸や」

「丸を付けたら何でも許されると思うなよ」

 

極めて尤もな話である。

 

「つーか、何でそんな名前なんだ、理由がいまいちわからんのだが」

「はじめはまともな名前やったけど、長門(ながもん)がうっかり3回ほど沈めたらしくてな」

 

聞けば、フォローに走った妙高型の心の叫びが聞こえて来る様な名前であった。

 

 

 

『44 早起きするだけ』

 

 

 

提督執務室で書類と戯れとったら、何や突然に長門がやって来た。

 

黒を基調とした競泳用水着で、素直な気持ちで言えば普段より露出が少ない。

そんな夏休み中の露出狂を迎えるのは、書類塗れのウチと利根、ついでの夕立。

 

そして長門が開口一番。

 

「まあそんなわけで、龍驤を借りていくぞ」

 

聞けば本陣提督たちが招集され、今度の大規模作戦について会議が行われると。

 

いやさ、それについては先日に第三本陣での打ち合わせも終わり、

ウチらは蚊帳の外のはずやったんやけどな、何でウチが同行せなあかんのやと。

 

「こう言うのもなんだが、私は頭を使うのが苦手でな」

「うん、知っとる」

 

即答すれば遠い目をしおった。

 

そのまま小声で、これでも弾道計算とか難しい計算を簡単にこなすんだぞーとか

微妙に悲しい事を言い出して、何か黄昏た風味を醸し出して来たので、放置。

 

つまり夕立の同類よなと言ったら夕立が半泣きで否定してきた、そこまで嫌か。

 

「いや、そこはフォローを入れてこいよッ」

「やかあしい、何度ウチが妙高に愚痴られた思てんのやッ」

 

第一本陣、事務の要な次席の妙高はよく5番泊地に顔を出す。

 

頻発する那智簀巻きの回収の度に捕まっては愚痴られるねん、摘まみ作らされるねん

鳳翔の売上が結構凄い額になるねん、毎度有難う御座います、あれ、別にいいか。

 

「まあつまりだ、現場でフォローを入れてくれる人材が居なくてな」

「頭脳労働担当ならいくらでも居るやろがな」

 

言えば、何やら天使が通ったかの様な静寂が室内に満ち溢れる。

 

軽く疲れた雰囲気の溜め息とともに、利根が言った。

 

「あの「長門」をシバき倒して止められるのは、お主と妙高ぐらいじゃぞ」

 

そう来たか。

 

「妙高は留守を任せる以上、必然的にお前だけに成るな」

「おいコラ待て、つまりシバかれるような真似をするつもりか、前提として」

 

うん、窓の方を向いて口笛吹こうとすんな、そして失敗してスースー言わせんな。

呆けたふりをされたままでも困るので、首に縄をかけて背中にぶら下がってみる。

 

「ま、待て、待つのじゃ龍驤、流石に殺しはヤバイッ」

「ガチで殺りに逝ってるっぽいッ」

 

利根と夕立に引き剥がされて、顔色パープルの長門を開放してしまう、仕留め損ねたか。

 

そんな経緯の後、体前屈のまま息を整えていた長門が蘇生し、高らかに宣言した。

 

「ふはははは、既に本陣3提督には話を通してある、いくら嫌がろうとも拒否はできんぞッ」

「な、長門(ながもん)のくせに小癪な真似をッ」

 

「お主の中で長門の評価はどれだけスカポンタンなのじゃ」

 

利根が何か言っとったがスルー。

 

「手当は、手当は出るんやろなッ」

「ククククク、出張費と交通費に加え、一食490円までの食費も支給される」

 

微妙に安いッ、これでは交通費の水増しをせざるを得ない……ッ。

 

「ナチュラルに違法行為に手を染めるでない」

 

疲れた声色の利根が、ウチと長門をハリセンでシバき倒した。

 

いや旦那旦那、こんなところに長門をシバける逸材がもう一隻居ましたぜ無念。

 

「まあ何じゃ、龍驤が居ない間の穴埋めは考えておるのか」

「すまないが本陣からは出せん、第二の方から誰か送られてくるらしいが」

 

景気良い音のした頭頂を擦りながら、長門が問いに答えた。

 

「漣は手放さんじゃろうし鈴谷か熊野、皐月は戦力の要として、黒潮あたりかのう」

 

しかし本当に事務任せられる艦娘って足りんな、乗員の主計成分は何処行ったのやら。

 

え、何、死んでまで苦労したくない、さもありなん。

 

残念が無いから艦娘にフィードバックされにくいのかこん畜生。

 

「まあ詳しい事は後日書面で送られてくるだろう、では貰っていくぞ」

 

言うが早いかウチを米俵の様に担ぎ上げる超弩級戦艦。

 

そのままに加速して一目散に埠頭に向かうポンコツに、心からの叫びを届ける。

 

「荷物ぐらい括らせろおおおぉぉッ」

 

ウチの叫びが泊地に響いたとか何とか。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

間宮にて、3杯目の丼飯を空にしてため息を吐く空母は、加賀。

物陰からそっと様子を伺う瑞鶴が、悲しそうな声色で声を零した。

 

「加賀さん、あんなに食が細くなって……」

「いや、正規空母の常識は世間の非常識じゃからな」

 

思わずにツッコミをいれてしまったのは、夕立を連れて休憩に入った利根。

突然の声掛けに狼狽している瑞鶴を無視して、黙考に入る。

 

「つまり、龍驤を取り上げておけば加賀の消費は抑えられるわけか」

 

泊地の資源事情改善の糸口が見つかった瞬間であった。

 

「秘書艦組には血も涙も無いのッ」

「有るわけ無いっぽい」

 

打てば響くような返答である。

 

そんなろくでもないアイデアは、資産のデータを比較して真面目に勘定して、

意外と馬鹿にできない結果を生むと判明し、実行される寸前まで漕ぎ着けて、

 

翌日にヤケ食いモードに入った加賀を見て、即座に没になったと言う。

 


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