水上の地平線   作:しちご

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43 鈍色の誇り

 

横須賀鎮守府の埠頭に、2隻の高速戦艦が佇んでいる。

 

「帰ってくる気は、無いのデスか霧島」

 

僅か、絞り出したかの如き声色で金剛が霧島に声を掛けた。

何某かを語ろうとした霧島が、声を出さずに口を閉じる。

 

「戦友が待っていますので」

 

ようやくに出した返答は、そのような物であった。

 

ただ、その声に合わせ僅かに頬を緩んだのを、金剛は見てとった。

 

「良い出会いが、あったのデスね」

 

その言葉が意外であったのか、霧島が少し固まり、やがて肯定の意を示す。

僅かな遣り取りで生まれた穏やかな静寂を、次に破ったのは霧島であった。

 

「もう、比叡姉さまや榛名の事を、思い煩わないでください」

 

その言葉に、次いで金剛が固まる。

 

「姉さまの幸せを、私たち3人は望んでいたのですから」

 

次いで掛けられた言葉を皮切りに、片方の高速戦艦がその場を離れた。

遠ざかる背中に、何かを言おうとした姉は、ついぞ言葉を得る事は無い。

 

「では姉さま、幾久しくお健やかに」

 

言うが早く、堅苦しい敬礼と共に埠頭より鮮やかに抜錨する。

 

遠ざかる背中に向け、不思議と取り残された様な心持の金剛が口を開いた。

 

「貴女の幸せも、私たちは望んでいるのデスよ」

 

金剛の呟きは、波間に消えた。

 

 

 

『43 鈍色の誇り』

 

 

 

炎天下、陽炎が立つと言うか目の前を走り抜けていった昼下がりの中庭で、

 

汗の染み込む水着を纏い、豊かな膨らみが鈍色の鉄の塊に押し付けられ、歪む。

 

黒髪の大人しそうな娘と、白銀のショートカット、あとは見慣れたツインテ青。

 

第二本陣から出向してきた潮と浜風、ついでの五十鈴がドラム缶を押しとって、

その手前、波打った髪型の駆逐艦と前髪ぱっつんポニテの軽巡が対峙しとる。

 

「この夕張を前にドラム缶マスターを名乗るとは、良い度胸ですね長波さん」

「様を付けろよパッツン女郎」

 

工廠のバリバリ危険物こと夕張と、第二の姉御こと長波様やった。

 

各種処理も一段落して、息抜きがてら提督と見回りに出た最中なわけなんやけど、

何やろう暑いせいかな、視界に入った状況がよう理解できへん。

 

とりあえず懐からミントの葉を取り出し、提督にも渡す。

 

ガジガジと齧っていると少し涼し気な気分になれた、ちなみに屋台で買った。

 

「何でドラム缶って人気なんだろうな」

 

何か遠い世界に旅立ちそうな提督の声に、万感の思いを込めて返答する。

 

「実は、ウチにも良くわからん」

 

軽巡と駆逐艦にしかわからん、何かの拘りがあるらしい。

 

そんな脳みその茹だった世界の先、戦況に何某かの変化が在った様で、

夕張の後ろから、眼鏡を光らせて見慣れた艦娘が姿を現す。

 

「この大淀、ドラム缶には少し煩いですよ」

 

缶娘だけになって、やかましいわ。

 

つーかさっきまで執務室で一緒に書類整理やっとったよな、おい。

 

ともあれこれで2対1、苦境に立たされた長波様が焦りを見せ、周囲を見回す。

見れば簀巻きにされた天津風が居て、その横で肩で息をしている駆逐艦が2隻。

 

「陽炎、島風、少し手伝えッ」

 

「待って、私を巻き込まないで」

「うーん、長波ちゃんの頼みなら仕方ないなぁ」

 

ファイティングポーズを取る長波、荒ぶる島風のポーズで威嚇する島風、胃の辺りを

抑えて青い顔をしている陽炎、簀巻きで転がされたまま忘れられた天津風。

 

「ちょっと、島風は明らかに火力担当でドラム缶の加護が無いでしょうッ」

「勝てばいいのだ勝てばなぁッ」

 

今更やけど、ドラム缶の加護って何やろう。

 

「30駆が第二本陣に居るから、夕張はどっちか言うとアッチ側よなぁ」

「性格的に長波はコッチっぽいな」

 

何か口の中のミントの効きも薄れた頃、提督が緑色の葉っぱを渡してくる。

噛んでみれば屋台のミントよりも遥かに効きが良い、提督のどや顔が微妙。

 

うん、日本薄荷やな、西洋の物に比べればメントールの含有率が馬鹿高いねん。

 

そんな涼し気な気分の目の前で、何やら騒動が起こっている。

 

夕張の横に、足の生えたドラム缶が駆け寄って居た、見るからに妖怪やな。

 

「これぞ、ドラム缶魔神3號ッ」

「ぽいッ」

 

「中に誰か入ってるーッ」

 

何やっとんねん夕立、キミもさっきまで執務室で以下略。

 

「あ、居た居た、提督と龍驤」

 

突然に声を掛けられて振り向けば、何やら湯上り状態の水着の天龍。

見るからにたゆんたゆんな姿に、思わずドラム缶押しを業務命令したくなる。

 

「いやさ、制服が水着になっただろう」

 

何でも、遠征組の日焼けの被害が洒落になっていないらしい。

 

「あー、日焼け止めクリーム足りんなったんか」

「ああ、まだ残ってはいるけどそろそろ使い切るな」

 

遮蔽物の無い炎天下を動き回るだけあって、油断できないのが日焼けやねん。

 

ある程度は艤装の加護で軽減されるが、それでも一両日中日向に居るのも珍しく無く

帰投してみれば日焼けどころか火膨れやないってぐらいの被害が出る事もしばしば。

 

ドックに入渠すれば治るけどな。

 

「島風とか、明らかに露出減った艦娘も多いのになあ」

「この場合は、加護の強さの問題やね」

 

通常の制服と私物の水着やと、霊力のノリが違うねん。

 

「龍驤はあまり変わらないな」

「これでも陰陽系やからな」

 

まあ次の輸送で追加注文、やと少し間に合わんか。

クアラブライトまで買い出し班組んで、費用処理かなぁ。

 

まあそんな感じで早急に処理を約束し、細かい所をもう少し聞いてメモしておく。

一区切りついた頃、効きが悪くなった日本薄荷を口から出して、視線を向けた。

 

見れば全員が並んでドラム缶を押しとる、何やらノーサイドの雰囲気らしい。

 

「お、ドラム缶勝負か、好いねえ」

 

何でわかるんよ、軽巡駆逐の基本設計には何か阿呆な術式でも仕込まれとんのかと。

 

工廠と妖精に一抹の不安を抱いた昼下がりやった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

あきつ丸は苛立ちを抑えながら泊地の廊下を歩んでいた。

 

舞鶴鎮守府旗下8番泊地、旧沖縄3番泊地である其処は、奄美群島に配置されている。

 

ブルネイ鎮守府群などと違い国内であり、強制捜査に至るまでの煩雑な手続きを終え

各種勢力との共同で事にあたらざるを得なかった現状、つまり時間が掛かったのである。

 

令状を取り、公安、自衛軍などに同行し武装解除を命じた折、意外にも反発する艦娘が多く、

つまり現場でもひたすらに時間を浪費してしまい、被疑者確保はまだ果たされていない。

 

「何が、最近は真面目で優しい提督に成ったでありますか」

 

提督執務室前、副官の電と共に辿り付き、中の空気を伺う。

 

そのまま揚陸艦の出力を以って扉を蹴破り、引き抜いた銃床に手を当てて叫んだ。

 

「動け、抵抗しろでありますッ」

「本音が漏れているのですッ」

 

しかし伽藍の堂、静寂の中に声が響き、途絶える。

 

「逃げられましたか」

 

嘆息と共に銃口を下ろし、室内を見渡して、違和感を覚えた。

 

「居ないのなら、調査班が来るまで立ち入らない方が良いのですよね」

「まあ、そういう事でありますな」

 

そう言いながら、あきつ丸は視線を巡らせる。

 

その視界に映る室内には、およそ人間が居たと思われる痕跡、生気が見当たらない。

 

「……何時から、居なかったのでありますか」

 

ふと、執務室の床の上に落ちている白い粉が目に留まり、中に入り少し摘まむ。

駄目ですよと言う副官の声を尻目に、指先で擦り合わせ、質を確かめる。

 

「塩、でありますか」

 

提督不在の室内には、応えるものは誰も居なかった。

 


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