水上の地平線   作:しちご

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42 夜に騒ぐ者

 

本日に輸送船が5番泊地まで到着した。

 

前線の窮乏を受け、護衛の艦娘は常よりも重厚な、およそ採算を度外視するほどの

異様としか言いようの無いほどの戦力を以ってその任にあたっていた。

 

具体的に言えば、居てはならない様なデカいのが居る、何故か。

 

「龍驤様~」

 

祖国の名を冠した超弩級戦艦が、受け取り確認に出てきた秘書艦軽空母に吶喊した。

 

至近で見ていた叢雲に因れば、その時の龍驤は何か色々と諦めた様な笑顔であったと言う。

 

露出は高めではあるものの、軽く赤の縁取りの入った白、やや大人し目のビキニを纏い

普段は九一式鉄甲乳の下に在る豊満な膨らみが、龍驤の側頭部にめり込み心をへし折った。

 

喜色を表情のみならず全身で表現する戦艦に、口から魂を吐き出す死体がひとつ。

 

それを見かねた褐色の姉妹艦が姉に声を掛ければ、振り向いた大和が動きを止める。

 

サラシを巻いた褐色の肩の上、大きめのリボンをアクセントに持ち、やや緑がかった

薄青のワンピース水着を身に纏った駆逐艦が肩車されている、誰とは言うまでもない。

 

「大戦艦清霜ですッ」

 

大戦艦清霜、戦力:武蔵1隻分

 

何かどうにも対応に困る、鉛に変質したかの如き空気の中、はたと気が付いた風情

おもむろに大和が、衝撃に因り頭部にヒヨコが回っている状態の龍驤を担ぎ上げた。

 

航空戦艦大和 スロット1:龍驤 制空+凄い 火力+エグイ 攻撃回数+2

 

「あああッ、龍驤様の自己評価が低すぎて装備品判定されてしまうッ」

 

以前、島風にも装備品判定されたのは伊達では無かった。

 

 

 

『42 夜に騒ぐ者』

 

 

 

サミヂ、と指定された。

 

久方ぶりの輸送船に関するアレコレも収まり、唐突に増えた書類関連を片付ける内

気が付けば夜も更けて、大和がやたらと持ってきたお土産のラムネも冷えた頃合い。

 

残業していた秘書艦組で、軽く夜食でも摘まもうかと言う時に金剛さんが言った。

 

「夜食と言ったらサミヂがマーベラスチョイスネー」

 

まあそんなもんかと、息抜きも兼ねて居酒屋鳳翔で厨房を貸してもらう事に。

 

「えーとな龍驤……サミヂって何だ」

 

金剛さんの手前、小声で聞いて来た提督に答えとく。

 

「サンドイッチや、英国英語で短縮形がサミヂ」

 

明治時代に洋食として入ってきた頃の呼び名の一種やな、以降に米国英語を元にした

サンドイッチという呼称の方が定着して、ウチが生まれた頃にはそっちが主流やった。

 

まあそんなわけでカウンターに居る飲酒母艦組と利根型姉妹、大淀、ついでの提督相手に

サンドイッチを作っている次第、隣では金剛さん達が奮闘しとって、軽く嘆息。

 

見ればテーブル席に姉妹で座っとった川内が、コッチに向かって手を振っとる。

 

それはともかく、切り出したパンで具を挟み、布巾を掛けて上に重しでタッパーを乗せた頃

一番槍とばかりにヒエーが、出来上がった産業廃棄物を得意そうに掲げた。

 

「出来ましたよ、比叡特製サンドウィッチ」

 

ヒエー毒性砂と魔女(サンドウィッチ)

 

うん、日本料理の職人技と言うべき素晴らしい切り口の刺身に、牛乳に漬け込み

臭みを取るのはフレンチの技法やな、味が無くなるまで煮込んだ野菜は英国か。

 

中華の蒸しパンは魚臭いミルクを吸い込んで、実にジューシーに仕上がっとる。

 

かつてのお召し艦比叡に乗り込んだ様々な料理人の一流の技術が結集して

見事に目を背けたくなるほどの産業廃棄物が出来上がってたわけで、流石は汚飯艦。

 

とりあえず霧島がヒエーを後ろから羽交い絞めにし、金剛さんが皿を持った。

 

「ヒエー、せめてもの情けデス」

 

そう言っては次女の口の中に廃棄物を詰め込む長女、姉妹の絆って重いんやなあ。

 

うん、勿体無い精神にも限度っちゅうものがあっても良いとウチは思う。

 

何か前衛的な姿勢で倒れ伏す高速戦艦を尻目に、金剛さんが自作の重しを取り

適当に見栄え良く皿に乗せては、二番槍とばかりに提督たちへと差し出した。

 

「英国上流階級御用達、ハイグレードなサミヂですネー」

 

白、緑、白。

 

「……胡瓜サンドじゃな」

 

物凄くシンプルな内容に固まった空気の中、利根がボソリと見たままを口にした。

 

「イエース、キューカンパーのサミヂね」

 

まあ酒には合うなと意外に好感触な飲酒組の横、もそもそと胡瓜を食べる秘書艦組。

 

「ハイソサエティーって何なんだろうな」

「まあ、英国王室御用達の料理店でも普通に出てくるから、嘘ではないんよ」

 

隠し戸棚に入れておいたハムを近場に寄ってきた那珂に渡し、軽くフォローを入れておく。

 

「英国は野菜不毛の土地やからな、特に何もせず食える胡瓜は貴重品やったねん」

 

極端に野菜の種類が少なく、その上に存在する品種はどれもこれもエグ味が酷くて

味が無くなるまで煮込まないと食えた代物では無かった英国の中で、燦然と輝く胡瓜。

 

つまるところ、別に美味いわけではない。

 

そんな微妙な空気に金剛さんは膝を折り、提督が適当な話題で空気替えを試みた。

 

「サンドイッチってさ、どういう意味合いの名前なんだろうな」

 

砂と魔女以外は挟んで食えるとか、適当な俗説がいくつかあるわけやけど、まあ実際は。

 

「英国の、サンドイッチ伯ジョン・モンタギューが食ってたいう話からやな」

 

パンに何か挟んで食うと言う行為自体は、それこそ紀元前から世界各地に存在する。

 

そんな中、夜通し賭け事をしている最中にサンドイッチ伯が考案して、食ってたという話が

世に広まって、何時の間にやらパンと肉とかパンとチーズとか呼ばれていた挟みパンが

 

サンドイッチという名前で流通する様になったとか。

 

ちなみに、サンドイッチ伯は多忙を極めていたので夜通し賭け事をしている暇なんか無く

広まった噂話自体は事実無根の可能性が高いとか何とか、要はゴシップやな。

 

「ついでに言えば地名の由来は、河口近くの領地で砂の多い土地(サンドイッチ)って意味や」

 

そんな事を言うついで、重しで圧縮していたサンドイッチを適当に配る。

外面を焼いた、やや硬めホイップクリームでラムレーズンサンド。

 

何やら酒に合うとかで、隼鷹がえらい上機嫌にパクついとる。

 

クリームサンド自体が珍しいせいか、他もそれなりに好評を頂いとる中、

提督が寂しそうにカウンターに突っ伏して愚痴を零した。

 

「に、肉が足りない」

「脂肪分はたっぷりやで」

 

「それは言わないでー」

 

千代田が頭を抱えて提督の同類にジョブチェンジする。

 

「最後の、重しを乗せて圧縮するという工程は重要なのでしょうか」

 

何時の間にやら厨房に居た神通が声を掛けてきた。

 

「意味はパンと具を馴染ませて形を整えるってとこやな、まあやらん人も多いけど」

 

とはいえ料理、美味と言う物は舌でのみ味わう物では無く、脳が判断する感覚や。

つまるところ、味覚の比重は大きいが、それ以外の要素も疎かにはできん。

 

例えば同じ味のシロップを使ったかき氷でも、色と香りを替えるだけでイチゴ味とか

メロン味とか、食う人間は違うものだと錯覚してしまう、味はまったく同じだと言うのに。

 

茶道でも好い茶、好き器には唇に当たる感覚が重要だと判断される。

骨董の鑑定法にも口吸い、器に唇を当てて感覚を判断するなんてのがあるぐらいや。

 

缶コーラと瓶コーラの味が違う言うネタも、そんなところの理由が大きい。

 

要するに固めたサンドイッチは、挟んだだけの代物よりは視覚、触覚に与える効果が高い。

白米を手掴みで食うより、おにぎりにして食った方が美味いのと似た様な感じやな。

 

「つーわけで、まあ重要なポイントや」

「勉強に成ります」

 

素直に頷いた軽巡洋艦は、後ろで用意していた姉妹と共に幾つかの皿を出す。

 

極めてシンプルな、形の整ったハムサンドと玉子サンド。

 

「提督のお口に合えば宜しいのですが」

 

何か滅多に見ないほどに喜色満面な提督と、ちょっと幸せそうな神通。

 

何となく内部の霊魂が浄化ダメージを食らっているような感覚の中、

死角からこっそり川内とサムズアップを交わし合う。

 

「りゅうじょおおおぉぉ、仕込みましたネーッ」

 

そして絡んできた復活の金剛さん、酒場の風物詩ではあるな。

 

いやさ、胡瓜サンドやとどうやっても駄目やったと思うで。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

炎天下の横須賀鎮守府喫煙所、屋根も衝立も無い名ばかりの屯所にて

僅かな影を求め、建物にもたれ掛かる様な体勢で紫煙を燻らす人影が、ふたつ。

 

「屋根まで取り払われて、喫煙者にますます厳しくなってきたねえ」

 

うらぶれた中年のぼやき、横須賀第四提督室の提督であり、

 

「しまいには灰皿も取り払われそうでありますな」

 

好く陽光を吸収しそうな黒一色の艦娘、あきつ丸の二人であった。

 

携帯灰皿用意しとくかなど、適当な話題をだらだらと繰り返す。

 

「しかし、攻めてきましたなあ」

「上手い事に金剛ちゃんが殺し間に嵌めてくれて、九死に一生ってとこだったね」

 

つい先日、突然の深海棲艦の横須賀鎮守府襲撃は、留守を預かっていた金剛と

何故か「偶然」居合わせた単冠湾所属の霧島を軸として艦隊を展開、事無きを得た。

 

国内他鎮守府は横須賀の状況を断片的にしか把握しておらず、対応は後手に回り

例えば呉は大和不在を知らず舞鶴は霧島出向を知らずと、

 

横の繋がりが不安定と言う問題点が改めて浮き彫りに成ったと言う。

 

「で、あっちの龍驤ちゃんは何て言ってたのかな」

「戦力を駒にする、割に不用意なほど信頼しすぎている、実戦経験は皆無と」

 

「深海側に遊兵が出まくってたんだっけ」

 

戦略が短絡的で穴だらけ、将の器ではない、佐官にも満たない、恐らくは尉官。

 

「ああ、あとは『まるで、ゲームでしか戦争を知らない人間の様な齟齬がある』と」

 

そんな提督が居るはずも無いのですがと白々しく、あきつ丸が言い、繰り返す。

 

「居るはずが無いのですよね」

「居るんだなあ、これが」

 

苦笑いを混ぜて吐き出した言葉に、昼行燈は耐えきれないように座り込んだ。

 

「市民団体、まあ要は背後にある政党が捻じ込んで来た提督ってのが居てね」

 

座り込んだまま提督は、ポケットから皺くちゃの書類を引き出し、隣に渡す。

 

「学歴は立派でありますな」

「単位が足りないのに何故か卒業できてるんだよねえ」

 

大したご身分でと、あきつ丸が嘆息した。

 

「旧沖縄鎮守府3番泊地」

「再編して、現舞鶴8番泊地だね」

 

揚陸艦は謳う、やれ見誤った、金魚の糞では無く、御立派な革命闘士様でありました。

独白の後で舌打ちを鳴らし、指先に灯した霊火で書類を焼き尽くす。

 

錆の入った年代物の灰皿に、塵が舞った。

 


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