水上の地平線   作:しちご

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41 鏡像の敵

「飯が無いって、タイとベトナムは農産物輸出国やろ」

 

龍驤へ、漣が訪れて言うには、輸送船が沈んで食料が不足していると。

 

桃色の髪を短めの二つ括りにしている駆逐艦、ブルネイでは珍しい初期艦の

生き残りであり、第二鎮守府本陣の筆頭秘書艦を務めている。

 

「前線に取られちゃって、余所者の所まで回ってこないんですよ」

 

昨今の中国の動向の変化に因り、停滞していた国境前線の活動が活発化し、

国内に流通している食料はそちらに流れこんでいるとの話であった。

 

タイ王国政府自体は鎮守府への食料提供の意思はあるが、国内に浸透している

工作員の扇動などもあり、追加支援はタイ国民の艦娘に対する感情を悪化させると。

 

「軍用糧食で良けりゃ500日分、倉庫にあるわ」

 

「全部持ってちゃって、かまわないんですか」

「まあしばらくは地産地消やな、何とかなるからかまへんで」

 

礼と、借りばかり増えて行きますねと苦笑した駆逐艦に、困った時はお互い様やと

笑顔で応える5番泊地の軽空母、実にほのぼのとした優しい世界が在った。

 

問題は、2隻とも笑顔が嘘くさい事である。

 

そのままいくつかの書類の処理と、受け渡しを終わらせて、

 

「そうそう、化学プラント紹介してくれへん、米国とベルギーの合弁の奴」

「また無茶言いますねえ」

 

唐突に話題が変わる。

 

ブルネイのプラントなら日本企業ですし、融通が利くのではという問い掛けに

笑顔のまま、どこを見ているのかわからない視線で龍驤が答える。

 

「ほら、小さい傷が多いから消毒液とかが足りなんでな」

「ああ、消毒液は消耗品ですからねえ」

 

修復剤と言う単語を忘れたかのような二人の会話であった。

 

 

 

『41 鏡像の敵』

 

 

 

まあそんなわけで、しばらく日本産食材が入って来んと。

 

「何ぞ良い言い訳ないかなあ、めっちゃ憂鬱やー」

 

在庫の書類を捲りながら、利根に愚痴垂れる。

 

そよそよと爽やかな空調が響いている提督執務室に、他に誰も居ない。

 

「そうじゃのう、間宮でアジアンフェア開催とか言ってみるか」

 

何や出来る運営みたいな言い換えやな。

 

「何と、先方の好意で高級米のジャスミンライスが大盤振る舞いや」

「そして小声で、期間中は日本産の米は炊きません、じゃな」

 

この場合の先方はブルネイやな、政府が気にしとるらしくて比較的に安く食材を

回してくれるとか、まあ普段から買い込んでいるおかげと言う所か。

 

「トムヤンクンを南方味噌汁と言い張るか」

「相性的に、焼き魚の代わりにカレー揚げじゃな」

 

あー、何か上手い事ハマったらイケそうな感じ。

 

あとはまあ、日本食を食いたがる奴にはうどんでも食わせとくか。

 

「とりあえず赤城と加賀は営倉やな、罪状は一航戦で」

 

「いや、その罪状だとお主含めて、空母のかなりが該当するのではないか」

「ウチ二航戦ですぅ、蒼龍センパイの後釜ですぅー」

 

何か遠くで蒼龍の胃にダメージが入った気がした。

 

「何か蒼龍が気の毒じゃから、四航戦あたりに名乗りを代えてみた方が良くないか」

「つーてもな、四航戦やと飛鷹が居らへんからなー」

 

オミソの空母を捕まえて、二航戦の三羽烏とか言ってくれる飛鷹は無下にしたない。

 

「つーか、お主の最後は瑞鳳の代理で一航戦じゃったろう」

「聞こえへん、聞こえへん」

 

「天津風がキレそうな対応じゃの」

 

何と恐ろしい事を言うんや。

 

「まあ何にせよ、赤城と加賀は簀巻きで営倉に放り込んでおくとして」

「いつのまにか対応がエスカレートしておるな」

 

つーてもな、自由にさせておくとロクな事にならんしなあ。

 

何より、川内の木が大活躍しとるおかげで営倉の使用率が寂しい限りやし

この際、少しは使っておかんと経費要求の時に色々と面倒事が。

 

「そんなわけで、あの二人には泣いてもらうとして」

「何か理由が本末転倒しとるのう」

 

「大丈夫や、絶対に叩けば埃が出る、断言できる」

「いやちょっと待て、空母寮の治安はどうなっとるんじゃ」

 

はっはっは、考えると頭が痛うなるから勘弁して、本気で。

 

いや何かさー、昨日隼鷹が呑んでたウォッカってヴェールヌイが密造したヤツでな。

ちとちよはトントロを七輪で焼き始めるし、どないせいと、いや全員簀巻ったけど。

 

「あー、爆弾付きの首輪でもハメておくか」

「どこの映画じゃ」

 

首が飛んだぐらいではヤツらの食欲を抑える事が出来ないのは、気のせいやろうか。

 

「そして任務を果たすたびに懲役年数が減算されていく」

「平成かと思ったら昭和じゃった」

 

いや、平成やから一応、確か平成初頭。

 

まあ冗談はさておき。

 

「まずは赤城と加賀を叩いて埃を出してから、営倉送りやな」

「冗談言うのは順番の事かい」

 

いやいや順番は大事やで、強姦から殺人と殺人から強姦ではえらい違いや。

 

まあそんな感じで、アジアンフェア開催とうどんの増産、ついでに蕎麦でも打って

問題は醤油やな、ケチャップアニスで代用、いや、タイからシーユーでも貰うか。

 

何かなあ、そういや東南アジアの只中でアジアンフェア言うのもおかしい話やなと。

 

地産地消フェアとでも言っておくか。

 

そんな事を考えながら捕り物のために神通に通信を入れた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

深夜の提督執務室に、例によって残業の提督と軽空母が居る。

 

終わりも見えて一息をつくあたり、茶でもシバくかと言って龍驤が珈琲を入れる。

 

「あー、ハワイで貰って来たブルマン、もう無いのか」

「残念ながらな、以後はしばらく情熱のアロマや」

 

「それは素敵な飲み物ってか」

 

珈琲モカマタリの香に満ちた室内で、提督が暇潰しと件の話題を振る。

 

輸送ルート襲撃、本土にて裏にあるのは彼の国ではと騒いでる人が居て、

そんな伝え聞く情勢に秘書艦は、陰謀論やねと鼻で笑った。

 

「深海は、人の言う事なんざ聞かへんよ」

「まあそうだろうな」

 

深海棲艦に因る連続輸送船襲撃事件、取り寄せた資料に意見を求めた折、情報が少なく

あまり意味が無かったが、金剛型、金剛と霧島で意見が割れていたのが目立った。

 

「裏に戦略的な意思が見えるって事は、金剛さんも霧島も一致しとんねん」

「ただ、意味が無い」

 

いくつか沈みはしたが完全に寸断されたわけでもない、何よりブルネイ鎮守府群は

東南アジア各国間で連携をとれる以上、餓え殺しには程遠い。

 

「馬鹿すぎて作戦だと思えない、金剛さん的にはそんなとこやな」

「けど、通商破壊と考えれば多少は効果があっただろ」

 

「ぬるいねん、艦娘の飯だけ狙い撃ちしても意味が ――」

 

突如に言葉を切った龍驤は、逆かと、小さく呟いた。

 

何か気になる事でもあったのかと問う提督に、調べてみんとわからんわと黙考。

 

「まあ何や、もしこれで襲撃が収まれば」

 

窮乏していたバンコクの第二本陣は、食料の支援で急場を抜けた。

輸送ルートの護衛も増え、もう二度と今回の様な状況は訪れないであろう。

 

そのような事実を、深海棲艦が知るはずも無い。

 

「最悪の展開やな」

 

言葉が響き、互い、珈琲の苦さに顔を顰めた。

 


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