水上の地平線   作:しちご

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39 水面下の選択

 

艦娘には職業病とも言うべき症状が在る。

 

日常に砲火の下を潜り抜けるだけあって、異常に集中力と言う物が発達する。

結果、何某かの作業を行う場合、周囲に気を回せず没頭しがちである。

 

龍驤の艦載鬼整備もその傾向が在った。

 

もともと鋏を使うのは今一つ苦手な分野であり、式鬼紙の形代を切り抜く際に

段々とそれ以外に目が入らなくなる、気が付けば加賀が頭頂に胸を乗せている。

 

横に頭蓋に打撃痕の有るグラ子が倒れていて、などというのは日常であった。

 

最近は、天津風が背中を寝床にしている事も多い。

 

膝の上で眠りこけている猫に対する様に、身動きが取れず困る事しばしである。

 

その日の作業後は、意外と言うか当然と言うか、特に背中に何も無く振り向けば

 

―― クロスカウンターの状態で倒れている加賀と天津風の姿が在った。

 

最近の龍驤は遠い目をすることが多く、視力が鍛えられてしまっているらしい。

 

 

 

『39 水面下の選択』

 

 

 

先日、横須賀第二提督室から通達が届いた。

 

以前の大規模作戦より以降、すっかりと大本営通達の摺り合わせは横須賀相手に

なった感がある、本土の省庁の勢力争いの結果とか、関わりたないなあ。

 

まあそんな事より第二の話や。

 

若手育成、第一の予備、後継、どの鎮守府でもそんな意味合いの強い第二枠、

そこからの連絡と言う事は、要は大した事の無い話というわけで、

 

今回の件もその例に漏れず、何と言うか脳みそが湧いている。

 

非常時を想定した備えだの、訓練のための必須の備品だのと尤もらしい建前で

予算もついて各艦娘に手当てが付く事になったと、それはええ。

 

つまるところ、水着を買えと。

 

着ろと。

 

通信の画面の中、相手がひきつった笑顔で胃のあたりを抑えとった。

 

この戦時下の折、志を以って防衛大学校の門を叩き、厳勇なる過程を修めた末、

女まみれの職場で水着に予算を付けるハメになった第二提督の心情を思えば

 

指さして爆笑するほどに同情を禁じ得ない。

 

まあ着せられるウチらも人事では無いんやけどな。

 

とりあえずに通達を受け取り、摺り合わせのために問題点を指摘した。

手当てを出すと、着ろと言われても致命的な欠陥があるんやな。

 

ブルネイに、海水浴なんて文化は無え、イスラム教国舐めんな。

 

画面の中のムッツリ常識人が頭を抱えとった。

 

まあそんな経緯で泊地の艦娘が水着を買う事になったわけで。

 

海水浴という文化が無いと言う事は、当然に付随する市場も存在しないという事で

つまるところ、ブルネイでは基本的に水着が売っていない、ゼロではないが。

 

観光客相手に無い事も、いやもう無いと言ってええんやないかなレベルや。

 

観光客や移民、要は在ブルネイ外国人的な立ち位置の人やイスラム以外教徒が

たまーに海水浴を楽しんだりするが、服のままで海に入る、水着なんか無え。

 

物凄く限定的に言えばいつぞやの7つ星ホテルのプールとか、そういう所で

このご時世にリゾートできるほどの超お金持ち外国人が着ているぐらい。

 

ああ、マレーシアまで行けば売っとるけどな。

 

原色バリバリの東南アジアクオリティの水着が。

 

そんなわけで、明石の酒保経由で日本から輸入するのが良かろうと判断し、

各種カタログを送って来て貰うたわけやが、どうにもこうにも。

 

パラパラとめくって見てみるも、随分とまた肌色の多いデザインばかり。

 

「龍驤、目が死んでるぞ」

 

何や提督から労りの言葉が掛けられた、そこまで酷かったか、ウチ。

 

「夏やしな…… 夏やしなー」

 

つーかな、年間通して日中気温が20~40度の常夏の国で、季節言われてもな。

 

「もうスク水でいいんじゃねーか、潜水艦部隊とお揃いだし」

 

おいおい、ヒトを見くびらん事やで。

 

「今年はウチもイケてる水着で砂浜ブイブイ言わせたるで、何せ ――」

 

そっと一冊のカタログを抜き出し、胸部装甲にかき抱く。

 

「最近の餓鬼用水着って、めっちゃ種類あるからな」

 

抱いた水着カタログに書かれている注釈は、駆逐艦用。

 

ハハハハハ、イイナ、無駄なヒラヒラとか、アップリケとか、可愛いナ。

 

「しっかりせい、龍驤」

 

貰い泣きをしていた提督の前、ウチの肩に強く手を掛けたのは、利根。

 

その手にあるカタログ表紙には、同じく駆逐艦用と記されている。

 

もう、言葉はいらんかった。

 

まあ朝潮型推奨のウチと白露型推奨の利根では、格差が有りはするんやけどな。

 

とりあえずと薄氷に立つが如きバランスで心の友と通じ合って泣いている所に、

喧し気な音を立てて執務室に吶喊してきたのは、金剛四姉妹。

 

「ヘイ龍驤、水着カタログが届いたとリッスンしましたが、ウェアウェアウェアッ」

 

「ああ、戦艦用ならそこのやつやな」

 

何処(ウェア)だか衣服(ウェア)だからわからない金剛語をフィーリングで意訳しつつ、素直に指し示せば

テンション高い笑顔のまま硬化して暫く、顔を背けてダウナーな返答があった。

 

「…………重巡洋艦用、青葉型クラスでプリーズ」

 

涙が止まらへん。

 

しかして、テイクハートワンスなどと叫んで復活した35.6cm砲戦艦長女が

先んじてカタログを捲っていた次女に声を掛ける、ジスイヤーこそはと枕詞で。

 

「ヒエー、提督のハートにバーニンラブなスイムウェアはサーチできましたかッ」

 

そういや去年はブルネイの水着事情から、ナッシンとか言うて落ち込んどったな。

 

「あ、コレなんかお姉さまに似合いそうですよ」

 

などと言って指し示したカタログ写真に、金剛さんが再び硬化した。

 

ああうん、「上下ともに」白地に軽く色の入ったシンプルデザイン、ええんやない。

 

でもまあコレは、きっとたぶんと目をやれば、やはり時間経過につれ頬が紅潮し

ジリジリと後ずさり物陰に隠れ、半身、こちらを覗きながらプルプルと震え出した。

 

「えーと、姉さま」

「ヒエー …… そ、それはもはや、アンダーウェア、デース」

 

シンプルながら露出の多い、セパレート型女性用水着。

 

異性の股間をクロスロード作戦する壊滅的な威力から、ビキニと命名されたそれが

発表されたのは戦後、それから一般に受け入れられるまでは20年近く掛かった。

 

つまりは何や、金剛さんの想定する水着から掛け離れとった事は想像に難くない。

 

「いいデスかヒエー、スイムウェアと言う物は、ロンリーで、クワイエットで」

 

「すいません龍驤さん、翻訳お願いします」

「要するにスクール水着や」

 

身も蓋も無く。

 

そもそも女性用旧型スクール水着と言う物は、つまるところ競泳用水着や。

 

ウチらが艦やった頃やと、オリンピックの女性泳者などが身に着けた最新鋭の競泳用

水着なわけで、潜水艦あたりが気に入っとるのは多分そこらへんの感覚のせいやろう。

 

まあそんな新型の競泳用水着が一般化され、教育課程の水泳授業に於いて、

学校指定の水着として採用されたという経緯がある。

 

以降に競泳用水着は縫製技術や生地の発達とともに、現在の形に進化していったが

学校授業では速さを求めるわけでもないわけで、変わらず採用され続けたと。

 

結果、かつての競泳用水着には、スクール水着という呼称が定着した。

 

「提灯ブルマ型よりはスク水の方がセクシー、ぐらいの意味やったんやない」

「あー、えーと ……なら競泳用水着ですね」

 

気を取り直したヒエーがパラパラとページを捲り、姉へと指し示す。

 

「ヒェッ」

 

なんか金剛さんが変な声出してた。

 

「あ、あれぇ」

「いやさ、現代の競泳用って薄いやん」

 

身体のラインがくっきりと出るほどに。

 

机の下に頭を抱えて蹲っている小動物に、焦った風情で声を掛け続ける次女が居たとか。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

ヒエーが開いた競泳用水着のページを興味深げに見入る霧島の斜め下、

 

小動物と汚飯艦がやり取りしつつ、無難なワンピース型に話が纏まっていっている最中

そういえば他の連中はどうしとるんやろなと、龍驤が室内に視線を巡らした。

 

Tバックビキニのページを開いていた榛名が凄い勢いで目を逸らす。

 

「…………」

「……………………」

 

いや待て、それ既に紐やん。

 

「ち、違うんです違うんです違うんです違うんです」

 

大丈夫なんかジャングルの女王、などという言葉は流石に呑み込んだ龍驤であった。

 


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