水上の地平線   作:しちご

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06 彗星一二型甲

理想と現実はだいぶ違う。

 

鎮守府に各機能を集中し事務関係も一本化、各泊地には少数の戦力を配し連携

実に機能的な鎮守府、泊地運営が成り立っている、本土では。

 

このシステムを考えなしに外地に適用すると酷いことになる。

 

例えば、様々な国の地理と思惑が入り乱れていたせいで

少数の戦力をバラ巻かれるかのように配置して鎮守府としたブルネイ鎮守府群。

 

足りない戦力を補うために後発の泊地は肥大化して各種手続きは煩雑を極める。

対策を図ろうにも泊地と鎮守府では予算も権限も段違いであり、非効率そのもの。

 

人を雇おうにも軍事機密だから人選は厳しい、志願者も居ない、そもそも雇う金がない。

 

結果として人が少なく各種業務に忙殺される鎮守府、いわゆる本陣と

キャパシティオーバーで各手続きに忙殺される泊地と言う悲惨な環境が生まれた。

 

特に空母、戦艦を主力として各泊地に提供する役に在る5番泊地などは、地獄である。

 

本日配布の青葉調べ、泊地で最も死んだ魚の目が似合う艦娘ランキングで

秘書艦組が上位を独占している事からもそれは伺える、今期トップは金剛であった。

 

 

 

『彗星一二型甲』

 

 

 

5番泊地で層が薄い所と言えば、主に水雷戦隊や。

 

他泊地からの空母、戦艦の需要が大きいため所属艦娘がそちらに偏っているのに、

第一鎮守府本陣などから対潜哨戒の協力要請が頻繁にもたらされる為に

どうにも慢性的な人手不足に悩まされとる。

 

「そういうわけで五十鈴は第一鎮守府バンダルスリブガワンに出向後、

 駆逐隊と合流して昼は水上都市、夜は近海の対潜哨戒7連勤な」

 

「休む暇が無いんですけど!?」

 

ぶるるんと提督室の机の前で脂肪の塊を震わせるセーラー服の藍色ツインテがひとり。

 

爆雷ソナーガン積みの潜水艦絶対殺すガールこと、軽巡洋艦の五十鈴や。

口パクさせて赤城とか陽炎に声をあてさせると何かヤバイ雰囲気を醸すという特技がある。

 

つーかブラぐらい付けろや、イヤミか貴様。

 

「巨乳なんか過労死してしまえばええ」

 

麗らかな日差し、凍りついた室内、その空気の中で顔色ひとつ変えずに言葉を続ける。

 

「対潜哨戒における五十鈴の力量は高く評価しとる、

 辛いだろうがどうにか頑張ってもらえんやろか」

「漏れてた、今、思い切り本音漏れてた!」

 

「ええやんか、昼夜ぶっ通しでもしとけばその脂肪の塊も少しはしぼむやろ」

「お断りだコンチクショー!」

 

ええい聞き分けのない、これだから巨乳は。

 

「2度目の改装が終わって増えるどころか凹んでしもたウチの気持ちがわかるか!?」

「史実通りなんだから仕方ないでしょ!」

「言うなそれをッ」

 

航空母艦龍驤、一度目の改装では取り付けた二つの膨らみ(タンク)無いも同然(しようふのう)であり

二度目に至っては僅かにあった(艦橋の)出っ張りを削られた艦である、ぐはぁ。

 

「五十鈴が虐めるー、ちょっと10連勤させようとしたぐらいでウチをいぢめるー」

「さりげなく日数増やすなぁ!」

 

会話の途中で視線を逸らしながら広げたのは新聞紙、青葉日報ブルネイ版。

 

「ええとなになに、お、米軍が真珠湾を奪還したとな」

「いや、話終わってないからね、終わってないから!」

 

一面に何かホラー映画に出てきそうな偉丈夫の集団が写っている。

 

「ホッケーマスクを被った海兵隊員たちが斧やチェーンソーで駆逐イ級を殴り殺したとか」

「何それちょっと詳しく、じゃなくて」

 

現場は現在日本と隔絶している最中だから、向こうで撮影した写真を

衛星通信か何かで送ってきたのだろう、血塗れの凶器が生々しい。

 

4隻の揚陸艦で深海戦艦に肉薄、不死身っぽい加護を得た海兵隊員たちが力技で敵を粉砕、

揚陸艦のナンバーはかつての故事にならってA、K、H、Sのイニシャルが振られていた。

 

実にアメリカン、リメンバーパールハーバーフォーエバーと青葉は思うのです、やと。

 

「じゃなくて」

「場を見立てる術式をあちら風にアレンジした結果やなて痛い痛い」

 

五十鈴が何やら言葉よりも握力で雄弁に語りだしたせいで、ウチの頭蓋骨がミシミシ言うとる。

軽巡洋艦といえども9万馬力、鉄の爪に使ってええ出力ちゃうよね。

 

「了解了解、ほなら第三者の意見も取り入れて判断しよか」

 

意思疎通が成るとは何と素晴らしい事か、ああ、何と世界は世知辛い事。

ちょうど壁際の書棚で書類整理をしてたる第三者にウチと五十鈴の視線が集まる。

 

振り向いた秘書娘が日報のファイルを閉じながら、キラリと眼鏡を光らせて一言。

 

「巨乳など過労死してしまえば良いのです」

大淀(ブルータス)、お前もか!?」

 

第三者の意見は尊重せなて痛い痛い痛いって。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

まあ結局五十鈴には川内を土産に付けて旅立っていって貰ったわけやが。

そして神通と那珂はそれぞれタンカー護衛で遠征中。

 

かくして泊地に現在居る軽巡はゼロ、わーお。

 

いや、大淀が居たか。

 

なんかもういっぱいいっぱいやなぁー、しまいにゃ輸送ついでに本土に出向いて

暇そうにしてる艦娘をスカウトしまくるぞって、外聞悪うなるやろなー。

 

辺境組(コネ無し)が本土組(コネまみれ)から艦娘を奪い取る、うわぁ嫌すぎ。

 

それでもと、大淀と入れ違いで夜勤に入った提督に向かって語る。

 

「とてもアットホームなやりがいのある職場です、キラリ」

「ブラックの常套句だな」

 

「大丈夫、建造組は擦れてないから騙されるはずや」

 

何か白い目で見られた、いや、ウチも建造組やけど中古品(リサイクル)やし。

 

もとい、こう、床の間に飾られてストレス溜めてそうな艦娘を……筆頭は大和型か。

 

くれ言うても何処も手放さんやろな、つうか超弩級な戦艦やん、いらんて。

ただでさえ一航戦がハリセン擦り切れる勢いで資源消費してんのに、自殺行為やん。

 

「龍田なら量産可能だから異動させられるらしいよ」

「可及的速やかに着任を要請するわ」

 

早よ言え、そして早よ来い。

 

頑張った分だけ報われる、家族的な社風で成長できる職場です。

レベリングデスマーチ的な意味でな、ぐっどふぉーみー。

 

世間一般、祈りは天に届かず叫びは地に響かず、言葉は人に届かないとは言うものの

それでもたまには幸運に恵まれるらしく、申請はアッサリ通った。

 

本土担当者の受付に同席していたあきつ丸(あきっちゃん)が涙ぐんでたのが気になるが。

もしかしてウチら、陸からも同情されるぐらい酷い状況なんやろか。

 

いやいや、まさかまさか。

 

そうして後日、着任した龍田に紐付けて外洋を航海していたら天龍が釣れた、偉い。

 

 


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