水上の地平線   作:しちご

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あきつ退魔録 参急

「埒があかないのですッ、海に出てパラオを目指すべきではッ」

「地上だから辛うじて捕まらないだけで、海上だと即追い付かれるでありますな」

 

追い立て、追われる一団は夜の静寂を騒音に塗り替えていく。

 

「何か、何か無いのですか、秘策とか裏技とかビックリドッキリメカとかッ」

「はっはっは、通信がブチブチ途切れる状態で何ができたと」

 

無人のサイパンを、建造物を瓦礫に変えながら疾走する騒動。

時間経過と共に僅かずつ距離の縮まる追走劇に、怪異の口元から笑みが零れる。

 

そして、誰も思いもつかない角度から砲弾が、駆逐棲鬼の顔面を吹き飛ばした。

 

「今週のびっくりどっきり艦娘~、呼んだかい」

 

半壊した瓦礫の隙間から、連装砲に硝煙を棚引かせ出てくる艦娘が居る。

 

闇夜の中、砲撃に燃える廃墟の篝火に照らされた姿は、赤い水干。

口に咥えた煙草を霊火に晒し、深く吸い込んでは紫煙を闇に吹いた。

 

「……通信は、途切れる状態じゃ、なかったんですか」

「21世紀の現代には、メールと言う便利な物があるのですよ」

 

突如の休息に、息を整えながらの問い掛けをあきつ丸が飄々と流せば、

 

僅かな静寂を、憎悪の響きが切り裂いた。

 

両手で顔を覆い、腕部の末端にある闇色の船体の隙間から爛々とした眼光が漏れる。

やがて傷口より吹き出た怨念が黒炎と成り、吹き飛ばされた顔面を覆い尽した。

 

「見るからに怒っているでありますな、何故でありましょう」

「悲しい音色や、何が彼女をあそこまで憎悪に沈めたのか、想像もつかんな」

 

「顔面吹き飛ばされたら、そりゃ怒るのですッ」

 

棲姫のコメカミから、何かキレてはいけないモノが切れる音がした。

 

黒を纏った両腕が空を仰ぎ、大地に広げられ、咆哮が闇に響き渡る。

殺意に満ち溢れた深海の鬼を見据え、揚陸艦と軽空母が静かに宣言を響かせる。

 

「さて、行きますか」

「ああ、全力で行くで」

 

電は、嫌な予感がした。

 

 

 

『あきつ退魔録 参急』

 

 

 

全力の逃走を続ける3隻が居る。

 

「こんな天丼は望んでいなかったのですッ」

 

「いやさ、夜中に空母に何せいと」

「いやまったく電はお馬鹿でありますなあ」

 

「憎しみでヒトが殺せたらあああぁぁッ」

 

廃墟の静寂を騒動が塗り替えていく、かつては人の賑わった砂浜を横目に過ぎて

弧を描くとも言えないほどになだらかに、蛇行気味の直線道路を疾駆する。

 

起死回生の手段は無いのですかと駆逐艦が問えば、軽空母はのほほんと返答した。

 

「まあ、空母の夜戦と言えば、随伴艦まかせが定番やな」

 

声に応えたか、遥か前方より高速で駆け付ける艦娘が居る。

 

長めの銀髪を後ろに棚引かせ、やや前傾姿勢で尋常でない速度を発揮する、駆逐艦。

 

「島風殿ですか、元気でやっているようで何よりであります」

 

―― キター、最強駆逐艦キタ、これで勝つるッ

 

「ようやくに頼れる援軍なのですッ」

 

互いを視認する中、軽く手を振り合いながら龍驤が問うた。

 

「今何か、漣が混ざっとらんかったか」

「ブルネイ第二立ち上げ前に沈んだ先代でありますな」

 

「心霊現象をナチュラルに受け入れるなッ」

 

随分と進退窮まっている最中に平常心を失わない2隻に、堪らず電は叫んでいた。

 

身も世も無い嘆きが夜に吸い込まれる中、駆け付けた島風が一行の横を駆け抜ける。

アスファルトに溜まった砂埃を煙に変える急制動、罅割れた路面を脚部の艤装が削った。

 

「五連装酸素魚雷 ――」

 

新手に対し足を止めた棲鬼に半身を晒し、艤装背面部、魚雷発射管を向ける。

 

「いっちゃってーッ」

 

刹那、4発が艤装より吐き出されボタボタと地面に落ちた。

 

何か

 

時間が止まったかの如き静寂が訪れる。

 

一息、島風が艤装の隙間から棒を取り出し、詰まっていた5発目の魚雷を押し出す。

心太の様に排出された酸素魚雷が、地面の上でひたすらにスクリューを回していた。

 

やがて何事かをやり遂げた意気の、満足した表情で額を拭い、あきつ丸達に振り向いた。

 

「てへぺろ」

 

「ギルティであります」

「島風、帰ったら川内の木な」

 

「役立たず共が無駄に偉そうなのです」

 

電の声色には、ついに何かを諦めた気配があった。

 

数瞬の後、気を取り直した駆逐棲姫が前進を再開し、応える様に島風が叫んだ。

 

「連装砲ちゃんッ」

 

声に応え先ほどから島風の足元で、わけのわからない速度で並走していた鉄色の生物(なまもの)

3体の連装砲ちゃんの内、ひとまわり大きい気がしない事も無いアレが鰭を上げる。

 

迫る棲鬼の正面、生物(なまもの)をそのまま持ち上げ、

 

7万馬力のサイドスローを以って投擲した。

 

駆逐棲姫の一瞬に呆けた顔へ、連装砲ちゃんのドロップキックが見事に突き刺さる。

 

連装砲は鈍器、ブルネイの常識であった。

 

「傷口を見たら容赦なく追撃、素晴らしいであります」

「若いだけあって、知らん間に成長するんやなあ」

 

「待てコラ」

 

レア駆逐艦に露骨に悪影響を与えたであろう諸悪の根源に、ツッコミが入る。

 

なおも言い募ろうとする声は、陸上の砲撃戦に掻き消された。

 

投擲された鈍器は瞬時に向かい右へと位置を変え、至近からの交差射撃を試みる。

そして島風の左右からの砲撃が、駆逐棲姫を辺に置く三角形を描きあげる。

 

「ネタに見せかけて実はガチでありますな」

「実際やられると洒落にならんのよ、島風の連装砲ちゃん投擲」

 

高速で移動する駆逐艦から7万馬力で砲台が吹っ飛んでくる。

龍驤、のみならず空母系艦娘の天敵の様な戦術であった。

 

ツッコミに捕らわれていた副官が状況を確認するのに数瞬、慌てて艤装を喚ぶ。

 

「援護するのですッ」

 

手の中の12.7cm連装砲が砲火を吐いた。

 

おそらくは此処が正念場と、電の表情が引き締められる。

 

繰り返される轟音、僅かずつに削られていく互いの艤装に、空気が凍て付いていく。

 

「頑張るでありますよー」

「キミらを信じるウチを信じろー」

 

「ああああああ、今すぐ外野に砲弾を叩き込みたいッ」

 

凄まじく棒読みの声援に前線が気を乱した刹那

 

コツリと

 

棲姫の後頭部に鋼が当てられた。

 

闇の中から延ばされた腕には、20.3cm連装砲。

爆音を伴う閃光が駆逐艦たちの視界を埋め尽くす。

 

間髪入れずに削れ、穴と化した頭部に捻じ込まれる、もう一組の連装砲。

2つのスロットに装填された巡洋艦主砲による ―― 夜戦連撃。

 

次いでの轟音に、駆逐棲姫が破裂した。

 

上下に泣き別れになった船体の、断面が黒く怨念へ、中空へと還っていく。

 

戦火の篝火に照らされた姿は、橙よりはやや濃い目、国際柑橘色の制服。

一同に見慣れたソレを纏う軽巡洋艦は、首元を覆うマフラーを引き上げ硝煙を避けた。

 

「まあ、良い陽動だったよ、及第点だね」

 

龍驤ちゃんの影響か無駄にネタ臭かったけど、などと駆逐に向かい嘯く姿。

 

軽巡洋艦、川内。

 

停止ボタンを押されていた電が、軋みを上げながら龍驤に顔を向ける。

 

「ま、夜戦になる可能性があるなら、護衛が駆逐1隻なわけはないわな」

「ブルネイからサイパンなら長距離ですし、尚更でありますな」

 

肩を竦めた2隻の言に、暁型駆逐艦は脱力し両手を地面についた。

 

電の頭の向こうで、龍驤ちゃああぁぁん、夜戦って陸戦じゃんかよおおぉぉ、

海戦とは一言も言うとらんでー、などと益体も無い言い争いが繰り広げられる。

 

何処から何処までがコイツラの手の平だったのか、良い様に遊ばれた気がして

罅割れたアスファルトの上で、電の身体に何とも言い難い徒労感が満ち溢れた。

 

そんな低い場所、まだ動いていた駆逐棲姫が視界に入る。

 

声を上げようとした刹那、退屈そうな声が響いた。

 

「邪魔」

 

言葉と共に川内が後ろに向けて放り投げた魚雷。

 

接地するその場所は棲鬼の上半身の正面、先ほどの島風の魚雷が転がっている。

 

誘爆した計6発の酸素魚雷が、駆逐棲姫の破片を跡形も無く消し飛ばし、

吹きあがる火柱を背に、軽巡洋艦は退屈そうに夜を見ていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

あきつ丸と龍驤が穢れきった霊場を整えている内、気が付けば空が白み、

 

川内の電池が切れた。

 

構成していた魄が何某かの影響を齎していたのか、それともただの偶然か、

携帯の建造術式を起動させた折、随分と駆逐棲姫によく似た駆逐艦が召喚される。

 

桃色の髪を側頭で長めに括る、紺色の制服を身に纏う姿。

 

白露型駆逐艦5番艦、春雨。

 

ドロップ早々、先ほどから電に機関銃の如きツッコミを入れられ続け

見れば涙目で狼狽えている、何やら小動物的雰囲気があった。

 

「うん、ドラム缶の加護を感じる、明らかにウチ向けの艦娘やな」

「いやいや、術式は憲兵のですからね、コッチも人手不足なのでありますよ」

 

取って付けた様な笑顔で取り分交渉を続ける責任艦2隻。

 

笑顔のままで圧力が増し、周囲に鉛を流し込んだかの様な重さを振り撒いた。

 

そのままに静寂が続き、やがて諦めたかの様な声色で龍驤が、

 

「チョコレート、なかなか手に入らんのよ」

 

などと言えば、

 

「軍需物資でありますな」

 

と、あきつ丸が応える、爽やかな笑顔で。

 

笑顔のまま力強く握手をする2隻に、悪い顔してるなあと、島風が呟いた。

 

「しかし、ここまで瘴気まみれなのに、ようあの電は無事やったな」

 

交渉に区切りがついた所で、龍驤が軽く話題を変える。

あきつ丸は軽く首を捻った後、得心がいった様に呟いた。

 

「ああ、見えていないのでありますな」

 

言葉を受け、察した龍驤が視界を霊的な物に切り替える。

 

眉根を寄せた視界の中、電に寄り添う響の姿が在った。

 

「あかん、綺麗なモノを見たせいで目が潰れそうや」

「実は自分も先ほどから胸焼けが」

 

相も変わらず、回復魔法を受けたらダメージが入りそうな2隻である。

 

薄明の中、台無しな言葉を聞いた島風が肩を竦めていた。

 


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