水上の地平線   作:しちご

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娯楽の顛末

 

わけのわからない速さで天龍に迫るバロネス・カガこと加賀。

 

その正面、全力の逃走を遮る影はザ・ハンド(ニンジャ)のヴィランになった川内。

天龍の足元に張られた縄の端を持っているのは陽気な黒人マミーこと雷。

 

少し離れて、笑顔が怖いのはリョナられて殺されたホーショーこと鳳翔。

タッターと言うサイコパスの気を持つ「弟」になった龍田も横で笑顔である。

 

「俺は、俺は無実だあああぁぁぁッ……!」

 

成程、想像の翼を羽ばたかせたのは明らかに天龍ではない、だがしかし、

あまりにもこう、性格なり特徴なりが何処かしら一致している。

 

つまりはそういう事で、誰も聞く耳は持たなかった。

 

 

 

『娯楽の顛末』

 

 

 

設置された七輪に因り、川内の木にて天龍が燻製に成っていた頃、

龍驤の個室では黙々と食事を続ける青い正規空母が居た。

 

一定の速度で着々と消費される食材、それより少し離れたキッチンでは、

龍驤がこれでもかとばかりにオリーブオイルをフライパンに流し込んでいる。

 

いちいち細かい品を作るのが面倒になったので、大物に移行する様だ。

 

作る、食べる、作る、食べる、飽きもせずに繰り返される工程は

室内を何とも言い難い緊張感で包み、どうにも足を踏み入れる隙が無い。

 

そんなわけで、扉の隙間から覗いているのは赤い方、ついでの五航戦姉妹である。

 

覗いている内、一向に衰えぬ食欲に一息を吐く。

 

先日に横須賀より届けられた電子書籍、所謂アメコミは即日印刷に回され

マスターリュージョーの龍驤風翻訳版、利根風翻訳版共に泊地の艦娘間で回覧され、

 

龍驤と利根が暫く痙攣していた。

 

いやさ問題は、その中での加賀の扱いである。

 

ホーショーを縊り殺し、アカギと壮絶な死闘を繰り広げるバロネス・カガ、

ヒドラ残党を率いマダム・ヒドラを名乗る、問答無用の悪役であった。

 

意外に大丈夫そうですねと翔鶴が言えば、赤城が首を振って否定する。

 

「わかっていませんね翔鶴さん、アレで結構、加賀さんは傷付いているんですよ」

「すいません、全然わかりません」

 

一航戦の絆だか埃だかが示した現状に、何とも言えない空気が漂い始める。

 

そんな観衆を押しのけて、鍋を片手に無遠慮に部屋に入っていく艦影が一つ。

 

マスター・リュージョーの関係者の何処にも自分の名前が無い事に気が付き

さりげに落ち込んでいた駆逐艦、天津風であった。

 

「龍驤、トマトソース持ってきたわよ」

 

艦娘としての龍驤が泊地4位の料理上手と聞いて、即座に間宮に頼みこみ

余暇の悉くを料理修行に充てた末、今ではそれなりの腕前と成っている。

 

加賀の眉根が一瞬揺れ、丁度良いとこにとブツの裏面をバターで焼いていた龍驤が、

手際よく大皿の上に滑り入れた代物の方へと視線を奪われる。

 

それは、料理というにはあまりにも大きすぎた。

 

大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。

 

それは、まさにフライパンサイズの巨大な今川焼、ではなくスパニッシュオムレツであった。

 

大皿に鎮座した今川焼の親玉は、今まさに血の色の如き新鮮なトマトソースが掛けられ

とても「食べりゅ」などという可愛らしい言葉では表せない程の存在感を示している。

 

扉の前で、反射的に室内に突貫しようとした赤城がその場に倒れ伏している。

 

両足に翔鶴がしがみ付いていた。

 

そんな喧騒もそこそこに、黄色い座布団を適度に切り分け黙々と口に運ぶ加賀。

 

「限界まで水分を摂らない……加賀さん、そこまで傷付いていたなんて」

「瑞鶴は一体どこに向かっているの」

 

赤城を抑えながら、翔鶴は妹が見せた一航戦ソムリエぶりにドン引きした。

 

そんな混沌とした集団に、お盆を持った鳳翔さんが降臨する。

 

「お夜食持ってきましたよ」

「あ、いただきます」

 

即座に正座でお盆を受け取ろうとする赤城、足を揃えた隙に台車を滑り込ませる翔鶴。

 

流石に人も増え、良い加減と龍驤が問いかけた。

 

「キミら、何やっとるん」

「あ、おかまいなく」

 

そのまま台車を転がして去っていく翔鶴と荷物の姿があったと言う。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

龍驤の部屋の前、またもや件の面子が屯していた。

 

見れば飲食物などが床に広げられ、何故か翔鶴の頭にコブがある。

 

すっかりと居座る体勢であった。

 

室内では殺気がダダ漏れになっている龍驤が加賀の財布を取り上げている。

冷蔵庫の中身が尽きた模様だ、天津風と買い出しの相談などを始めた頃合い。

 

「いやさ、正規空母の皆サンに陣取られるとちょっと空気が重いんだけど」

 

そのうちに現場に訪れた、酒瓶と食材を抱える隼鷹が集団に声を掛けた。

 

その後ろには七輪焼き、天龍の嘆きが染み込んだ腸詰めを抱えるグラ子も居る。

ナチュラルにグラ子を正規空母扱いしていない飲酒母艦組であった。

 

「長女としては、妹たちの現状が気になるのです、見逃してください」

 

「あ、鳳翔さんは母親枠なんですね」

「翔鶴姉、何で理解できるの」

 

どうにも意味不明の赤城発言に、理解を示す翔鶴。

 

何だかんだで、姉の方も順調に道を踏み外していたらしい。

 


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