水上の地平線   作:しちご

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AVENGERSーLP 後編

(Chapter.13 施設内、窓辺)

 

 

 

吐息が漏れた。

 

状況にはさほどの変化は無い、死に損ないのカンムス遣いの元に

盾を構えた木偶の坊が増えただけの話だ。

 

だが、避難していた人々は空気が変わるのを感じる。

 

「暇なヤツらは手伝いやがれってんだコラァッ」

 

イカヅチ・マミーが叫んだ。

 

見れば崩壊した其処此処で、未だ呻いている負傷者を掘り起こし

次から次に避難所へと搬送している姿がある。

 

瓦礫を押しのけ、叩き壊しては化粧崩れを気にする淑女は、アカツキ・レディ。

怪我人に声を掛け意識を失わせないようにしている銀の令嬢、ヒビキ・ハラショー。

前線を駆け抜ける男装の麗人はスピードフォースの落とし子、イナヅマ・ライトニング。

 

抗う事を選んだ勇士たちを、ロックガールズが搬送していた。

 

怯え惑い、ただ身を竦めていた人々が一人、また一人と動き始める。

 

医療従事者が名乗りを上げる、五体満足な物は搬送を、力無き者も声をあげた。

喧騒が生まれ、声が、動作が命を繋いでいく。

 

誰しもが安堵して、誰しもが懸命に尽くしていた。

 

心を埋め尽くしていた絶望は既に無い、ただ一人、ただ一つが示したが故に、

今もそう、弾丸閃く戦の庭にさえ、我らの旗が翻っていると。

 

星条旗の守り手が、彼が与える安心が、人々の勇気を揺り起こした。

 

「これが、フィル・シェルダンが見た世界」

 

カメラマンの一人が、そう呟いた。

 

 

 

(Chapter.14 最前線)

 

 

 

「ヴィランも真っ青の我が侭放題やな」

「君こそ、ヒーローが恥ずかしくなるほどの活躍じゃないか」

 

修羅場の最中に、笑いが漏れる。

 

いや、違うなと、キャプテン・アメリカは自らの言葉を否定した。

 

「君は昔からヒーローだったな、そういえば」

「そういやウチら、老人性痴呆症を疑う年齢やな」

 

つれない返答に苦笑がある。

 

「リュージョー婆さんや、飯はまだかいのうって?」

「嫌やわ爺さん、4半世紀前に食べたでしょう」

 

「そこまで酷い返答は予想していなかったなあ」

 

海の悪魔が迫るこのひと時、随分と軽い空気が周囲に満ちた。

 

血を吐きながら立ち上がるリュージョーに、キャプテンは視線を向けない。

 

「さて、いくら要る」

「5分」

 

短い言葉の遣り取りだけがある。

 

常なる身ではいかなる痛痒も与えられぬ妖しの身体、戦艦の鬼、数多の艦、

視界を埋め尽くす有象無象を前にしてもなお、彼は盾を構える。

 

「任せろ」

 

ただ一言を残し、足を踏み出した。

 

 

 

(Chapter.15 孤軍奮闘)

 

 

 

剛腕を避ける。

 

僅かに掠っただけの盾に伝わる振動が、その一撃の重さを伝えてくる。

キャプテンは感じる、成程、ただ一撃で沈められるほどに、重い。

 

―― だが、重さを感じるという事は

 

周囲の敵影から、突如に飛来する砲弾を盾を合わせて弾いた。

 

―― 攻撃を「受ける」事だけは出来ると

 

受け流す姿勢に固まる其処へ、撃ち込まれた拳を避け、合わせる様に蹴り足を乗せる。

 

伝わるのは、およそ世界の果てを蹴りつければこのような感触かと思うほどの、絶対。

一欠けらも衝撃の伝わらぬ、全てが撃ち込んだ足へと返ってくる理不尽な感触。

 

即座、抱きしめようとしてきた腕を身を屈めて躱し、距離を取る。

 

「姿に似合わず情熱的な事だ」

 

身を引きながら、間髪入れずの盾の投擲を、躱そうともしない戦艦の鬼。

 

速度、角度、位置、全てが想定通りであったが故に、悟らざるを得なかった。

僅かの逡巡も、些細な反応から来る誤差さえも無い、完全に想定通りの動作。

 

つまり、ヤツは知っている。

 

いかなる攻撃も、自らにダメージを与えることができないという事を。

世界がズレている、つまりは衝撃さえも伝わっていないのだろう。

 

だが、そのせいで盾は完全な角度で目標へと達した。

 

今まさに砲撃を敢行しようとした海の悪魔へ。

 

衝撃が身を揺らし、着弾がズレる。

 

―― 存在はしているわけだから、「動かす」事はできるのか

 

質量はある、重力の軛に引かれるほどには。

 

ならばと打ち込んできた巨腕の下に潜り込み、勢いのままに背をヤツの胴にあて

 

咆哮が、響く。

 

盛り上がった筋肉がスケイルメイルの上からもわかった。

それは、ただ一目で誰しもが理解できる、およそ人ならざる業。

 

戦艦の鬼の巨体が持ち上がり、宙を舞った。

 

投げ飛ばされた巨体は、幾体かの鬼たちを巻き込み地響きを立てる。

その下敷きとなった素体の、コンクリートを突き破り地面へと埋まり

 

「これはひどい」

 

それでいて傷一つ無い姿に、キャプテンは眩暈がした。

 

盾を拾い、場を仕切りなおす。

 

およそ思いもしなかった屈辱に、戦艦の咆哮が響く。

 

そのままに踏み込んだ偉丈夫へと、拳を振るい続ける巨体。

同じ事の繰り返しだろうか、いや、明確な違いがあった。

 

避ける、避ける、避ける、だがしかし

 

掠り、響き、僅かずつとは言え着実にダメージが積み重ねられている。

 

少しずつ、だが着々と押し込まれていく遣り取り、

遂には施設の壁に、キャプテンの背中が付く。

 

すかさずに叩き込まれた剛腕が、その肉体を施設の壁に埋めた。

 

辛うじて盾は間に合う、だがしかし、それが如何程の差異を生んだと言うのか。

壁画と化したキャプテン・アメリカの姿に、戦艦の口元が歪んだ。

 

ああそうだ、逃げる事の出来ない絶対の窮地。

 

そして完全に追い込んだ今まさに ――

 

「勝利を、確信したな」

 

キャプテン・アメリカは、笑っていた。

 

まずは砲撃を凌ぎ、戦術を肉弾へと変更させた。

いかなる攻撃も実を結ばず、絶対の防御を実感させた。

 

ただ一人に注意を傾けるほどに、不用意に。

 

雄叫びが、空を切り裂いた。

 

施設より飛び降りた姿は包帯に塗れ、愛刀の切っ先は戦艦の頭上を狙う。

身に纏うカンムス・エナジーが刀身に圧縮され、輝きを放った。

 

それは、かつての大戦でリュージョーが開発した邪法。

 

意図的な暴走を引き起こしたカンムス・エナジーの全てを破壊力へと転換する

リュージョーに悪魔の名を寄せ、テンリューへと受け継がれた忌まわしき牙。

 

名を ―― 劣化型垂直落下式特攻戦技(エナジーフォールダウン・マイナー) 神風(カミカゼ)

 

轟音が

 

悲鳴と雄叫びを混ぜ合わせた轟音が大地に響いた。

 

切り裂かれた世界の壁を抜け、カンムス・エナジーが内側から蹂躙する。

吹き飛ばされる腕、砕け散る船体、およそ勝敗を決する絶対の一撃が、そこに在った。

 

 

 

(Chapter.17 前線)

 

 

 

めり込んでいた壁からキャプテン・アメリカが這い出てくる。

包帯塗れのテンリューがキメ顔のまま、血を吐いて地面に倒れ伏す。

 

馬鹿丸出しの上司を回収に来たイナヅマが、頭痛を堪える様に首を振った。

 

戦艦は討ち果たした。

 

だがしかし、眼前に蠢く有象無象は些かの衰えも見せない。

なのに最前線に取り残された3人の表情には、僅かの不安も浮かんでいなかった。

 

キャプテンが空を仰ぎ、大きく息を吐く。

 

「ジャスト、5分だ」

 

遥か上空に、青空の下でもはっきりとわかるほどの星の輝きがある。

それは、さきほどのテンリューと同じ、破壊へと変換されたカンムス・エナジーの光。

 

おそらくは終焉を告げるであろう、流星の雨。

 

一陣の風が吹いた。

 

見ればイナヅマは既にテンリューを回収し施設へと到達している。

取り残された形のキャプテン・アメリカが、首を捻る。

 

視線の先、何か凄く爽やかな笑顔のリュージョーが見えた。

 

お互いに笑顔のまま手を振り合ったりなどして、交流を果たす。

そしてキャプテン・アメリカは深く何度か頷いて、口を開いた。

 

「謀ったなリュージョーッ!」

 

航空母艦 上位広域殲滅呪法 ―― 「流星改」(シューティングスター・アドバンスド)

 

暴走したカンムス・エナジーが、およそ視界に入る悉くを、

 

キャプテン・アメリカごと吹き飛ばした。

 

 

 

(Chapter.18 バーンズ邸)

 

 

 

薄暗い室内に配置された薄型液晶が、物事の終わりを映し出している。

 

 見渡す限りの更地と化した埠頭、その細かな瓦礫の下から、青い身体が這い出てくる。

 そのまま施設へと歩みを進め、穏やかな笑顔で言い知れぬ圧力を乗せて言葉を紡いだ。

 

 ―― 前言を撤回する

 

 笑顔のままに迎えたリュージョーが穏やかな仕草で頷いた。

 

 ―― 何度、パンケーキは鉄板で焼かれていろと呪った事か、このヴィランがッ!

 ―― はっはっは、ザマァ無いな青タイツゥッ!

 

 極めて珍しい事に声を荒げる自由の守り手を、指さして馬鹿笑いする極東の悪魔。

 

テレビが映し出すそんな有様に、眉間を抑え笑いを堪える男が居る。

 

「変わらないなあ、あの人たちは」

 

たぶん、パンケーキ呼ばわりに微妙に腹を立てていたのだろうと。

キャップはそこらへん鈍感だから、周囲が本当に迷惑なんだよなあと苦笑する。

 

目尻に、僅かに光るものがあった。

 

ひとしきり笑いの衝動を受け流した後、取り出したスマホでメールを打つ。

宛先は映像の中に時々映る銀髪の少女、ヒビキ・ハラショー。

 

彼の名はジェームズ・ブキャナン・バーンズ。

 

バッキー・バーンズこと、キャプテン・アメリカの初代サイドキックである。

 

彼の手元には、一枚の盾があった。

 

 

 

(Chapter.20 辺境)

 

 

 

それは、祭壇。

 

埋め尽くす群衆は左右に分かれ、その中央に歩みを進める女が居る。

黒髪を片側に纏めた長身、歩を進めるごとに、その身より生まれた火の粉が舞う。

 

―― バロネス!

―― バロネス!

―― バロネス!

 

彼女を称える言葉の波は、歩みを止めるその時まで続き、そして静寂が生まれた。

 

「報告を」

 

短い言葉が響き、群衆から幾人かの人影が進み出る。

 

―― 回収したウィンター・ソルジャーの素体は二つ、状態は良好です

―― ヒビキ・ハラショーの記録より、疑似超人血清の改良に成功しました

 

報告の内に幾つかの誤差、キャプテン・アメリカの回収失敗などが混ざるも

大凡は期待通りの経過を経ているとの結論が報告される。

 

女の口が弧を描く。

 

「あの娘も、相も変わらず愚かな事よ」

 

自らの記憶にある末の妹を、戦場に在ってなお悪魔と謳われたカンムス・マスターを

大局も見れず昔の男と遊んでいるだけの戯けと罵って、嗤った。

 

祭壇の上には薬液に漬けられた脳髄、そして赤い髑髏の仮面が置かれている。

 

その上に翻る旗は、複数の足を持つ髑髏。

 

恍惚の笑みを以ってそれらを眺めた彼女は、居住まいを正し腕を振り上げる。

 

宣言した言葉に、群衆が唱和した。

 

―― ハイル、ヒドラ!

―― ハイル、ヒドラ!

―― ハイル、ヒドラ!

 

先代カンムス・マスターであるホーショーを、実の姉をその手にかけ

霊獣フェニックスのスピリットを奪った歴代最悪のカンムス遣い。

 

バロネス・カガ ―― 当代のマダム・ヒドラは笑っていた。

 


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