水上の地平線   作:しちご

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AVENGERSーLP 中編

(Chapter.6 施設前、埠頭)

 

 

 

喧騒は至近、数多の何かが争う音が響いている。

 

いや、それは蹂躙か。

 

粘液に塗れた、硬質とも軟質ともとれる漆黒の肉体。

それに無造作に配置された、白蝋の如き色合いのヒトの部品。

 

およそ生理的嫌悪をもたらす外観の海の悪魔。

 

それが蜜に集う蟻の様に隙間無く、有象無象と上陸していた。

 

硝煙が、爆音が、せめてもの抵抗として大地に刻まれる。

しかしその先には、何ら痛痒を受けていない黒金が見えるだけ。

 

恐慌を起こした兵士が火筒の弾倉を空にして、絶望する。

 

悲鳴、思うさまに食い散らかされる悪趣味な食卓を、

駆け抜け、撫で斬り、リュージョーは焦っていた。

 

リュージョーの艦種は航空母艦(キャリアー)、近接を得意とする巡洋艦と違い

その本質は遠距離からの一方的な殲滅にある。

 

一対多の現状は、それを考えれば問題にはならない、本来ならば。

 

リュージョーが、周囲に視線を廻らせ舌打ちをする。

 

そこかしこで上がる誰かの呻き、勇敢にして無謀なる誰かの命が足枷と化していた。

 

いっそ纏めて吹き飛ばすか、などとリュージョーの心に浮かぶ。

だがそれをやれば、苦難に沈静化しているヒーロー排斥の動きが再燃しかねない。

 

今も建物の窓から、決定的瞬間を映そうとカメラを回している記者が居る。

 

「あいつら全員死ねばええのに」

 

悪役のころに培った精神が心の中で毒づいた。

 

「マスター、本音が口から漏れてるよッ」

 

もとい、漏れていた。

 

声を入れたのはイカヅチ・マミー、弾薬をばら撒き空間を空け、戦中に陣を築く。

駆逐艦(デストロイヤー)故にさほどの火力は無い、だがしかし僅かなりとも一息の吐ける隙に

 

轟音が、響いた。

 

今まさに硝煙を纏い海中より這い上がる、周囲のソレよりも一回り巨大な体躯。

無造作に積み上げられた砲台に付属しているのは、黒光りする巨大な双腕。

 

「キミら、()る気ありすぎやろ」

 

戦艦(バトルシップ)のシー・デビルス、鬼級(オーガ)

 

戦線と化している埠頭を絶望が埋めた。

 

 

 

(Chapter.8 テンリューの病室)

 

 

 

眼下に広がる悲惨の光景に、布団を蹴り飛ばしたテンリューと抑える大尉。

 

出撃の意気を吐くテンリューだが、引き留める腕を振り払う事も出来なければ、

包帯に包まれた全身、負傷から来る発熱も引かぬ身体では、足元も覚束ない。

 

やがて崩れ落ち、弱々しく縋り付いては、ロジャースへと救けを求めた。

 

「しかし僕には ――」

「違うだろッ!」

 

イカヅチも聞いていた意思を、テンリューが否定する。

 

戦った、戦い続けた、そして最後を迎えた。

だからもういいんだとリュージョーは言っていた、それでも ――

 

「師匠はッ、一度もッ、英雄の事なんて語らなかったッ」

 

青い変態だのリアルチート野郎だの、散々な表現をしていたが、最後には結局

 

―― 信念を以って立ち塞がる戦士だったと

 

唐突な言葉が、大尉の胸の中の蟠りを打った。

 

今更に伝えられた彼女の言葉に、衝撃に混乱したままに視界を彷徨わせる。

 

窓の外、戦火に包まれた世界が視界に入った。

 

嘆き、叫んでいる。

 

理不尽に、恐怖と憎悪が世界を呪っている。

 

これを、見過ごせと。

 

「―― 何か、盾にできそうな物はあるかい」

 

気が付けば、思いもしない言葉が彼の口から零れていた。

 

「アンタを掘り起こした連中が用意していたブツが1階倉庫に、レプリカらしいがな」

 

獰猛な笑みでテンリューが伝えた。

 

 

 

(Chapter.9 埠頭、最前線)

 

 

 

くの字に曲がったリュージョーの体内で、硬質の何かがへし折れる音が響いた。

打ち上げる様に叩き込まれた剛腕と、間髪入れずに打ち下ろされた対の腕。

 

叩き付けられたコンクリートから、鳴り響く音が頭蓋に抜ける。

 

人の形のバスケットボールの如く、跳ね飛んだリュージョーは倒れ伏した。

 

静止した時間の中、避難した人々は顔を覆い、カメラの持ち手は口元を歪ませる。

 

些かのタイムラグはあれど、レンズに映り込んだ光景はそのままデータと化して

無線、有線、様々なルートを通じてあらゆる場所へと届けられている。

 

全米に、絶望が広がっていた。

 

僅かな身動ぎと呻き声。

 

未だ息は有り、かろうじて意識を繋いでいるのは見て取れる。

 

ゆっくりと砲口を向ける、巨大な敵。

 

 

 

(Chapter.10 カリフォルニア州マリブ郊外)

 

 

 

安酒場で、浴びる様に酒を飲む壮年の男が居る。

 

身嗜みは崩れ、頬は痩け、無精髭が見えるその姿に洒落者の面影は無い。

 

この期に及んで喜々として悲劇を伝える報道に舌打ちをし、グラスを空ける。

カウンターに半ば突っ伏して、空いたグラスを振って追加を強請る。

 

「トニー、いくら何でも飲みすぎだ」

 

嗜める主人に罵声を以って応える。

 

肩を竦めた店の主が、薄曇りの古ぼけたグラスに琥珀を注ぎ込めば、

喉へと流し込むために引き上げられた顔、視界の隅に映る映像に ――

 

グラスが落ちた。

 

 

 

(Chapter.11 施設前、最前線)

 

 

 

暴力的な速度を以って飛来した鉄塊が、アダマンチウムに激突し火花を上げる。

 

踏みしめた足場の上、膝を抜き、衝撃を僅かでも逃がそうと腐心する。

ともすれば吹き飛ばされそうな腕に込められたのは、尋常ならざる剛力。

 

角度を以って下から掬い上げる様に支えられた盾に因り、砲弾が反れた。

 

見当違いの施設の壁に破壊の意思が到達し、爆焔を吹いて建造物を揺らす。

 

なんでや、と、小さな声がした。

 

「キミは、もう戦わんでもええはずやろ」

 

その言葉を、穏やかな音色で否定する。

 

「そうじゃない、そうじゃないんだ、リュージョー」

 

青一色のスケイルメイルは、白い羽飾りがついたマスクと一体化している、

 

「ヒーローだからとか、誰かの都合だからと此処に居るわけではないんだ」

 

今もその身に流れるのは、一人の化学者が生んだ自由への願い ―― 超人血清。

 

「僕がこうしたいんだ、僕が、こうするべきだと思ったんだ」

 

スティーブ・ロジャース、世界最初の英雄(アベンジャー)

 

第二次大戦の生ける伝説。

 

「この世界に、自由を求める人々の願いがある限り」

 

彼は、決して立ち止まらない。

 

それは、紛れも無き自由の守り手。

 

負傷し、絶望に従っていた人々は顔を上げた。

 

くたびれた男は酒場のテレビを消せと喚き散らした。

気弱な学者は画面から目を離せなかった。

 

誰しもの隣人は聞こえてきた声に口笛を吹いた。

癌細胞に侵された男は指をさしゲラゲラと笑った。

 

神の座に篭もる雷神は過ぎ行く風に懐かしい匂いを感じた。

 

あらゆるヒトが彼の背中を思い出した。

あらゆる場所に彼の名乗りが木霊した。

 

高らかに、どこまでも。

 

―― I'm Captain America !

 

キャプテン・アメリカが、帰還した。

 


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