水上の地平線   作:しちご

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駆逐艦の記録

 

『2日目』

 

 

 

爆風の中、手漕ぎボートが木の葉のように揺れ惑う。

 

「ぬわああぁぁ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬッ、コレ本気で死ぬからッ」

「着任早々二階級特進かあ、エリートさんやなッ」

 

「縁起でも無ーッ!」

 

砲弾飛び交う戦の海を、何やら向かい合って足の裏を付け、

4本のオールで必死に漕ぎ渡ろうとしているのは、提督と龍驤。

 

どうにも状況の割に随分と余裕のあるやり取りを見て、叢雲は反応に困った。

 

とりあえずに砲撃を続ける駆逐イ級を沈めれば、爆撃機がロ級を堕とし

ようやくに喧騒の収まった海域には転覆したボート。

 

艤装に因る海面からの反発力で前衛的な姿勢になっていた龍驤が、

何やら羅生門によじ登った何某の如くにボートの上に這い上がり、口を開く。

 

「とりあえずこれで、督戦1回分の実績やな」

「無茶苦茶だこん畜生ッ」

 

遅れて這い上がった提督が、口から海水を吹き出しながら叫んだ。

 

「……えーとだな龍驤、俺人間、君艦娘、そこんとこわかってる?」

「そやな司令官、ウチ空母、遊撃叢雲で護衛無し、燃料無し、そこんとこわかっとる?」

 

必死の発言に笑顔で答える艦娘、爽やかなまま異様な圧力を放つ。

 

「ウチら一応命のやり取りするわけやし、やっぱ誠意ってもんが見たいわけよ」

「まことに申し訳ございません」

 

泊地立ち上げ初日、提督に因り全ての資材を溶かした5番泊地の暴走は

土壇場で建造された軽空母の上段回し蹴りに因って止められた。

 

その場で泣きついた叢雲が、龍驤に筆頭秘書艦の座を譲り渡して翌日の朝、

龍驤がかっぱらってきた廃材のボートで海に漕ぎ出す1人と2隻の姿。

 

「叢雲ー、ボート引っ繰り返すから手伝ってやー」

「あ、はい」

 

未だ転覆した船底の上で土下座を決める提督の姿に、既に構築された上下関係が見えた。

 

ボートを戻すために提督を蹴り落とす龍驤と、ありがとうございますと叫んだ提督。

そういえばこのヒト、過去に教導艦もやっていたのよねと叢雲の心中に冷や汗が流れる。

 

ようやくに濡れ鼠となったままとりあえずに落ち着いた所で、教導艦が口を開いた。

 

「南西2km先に駆逐イ級を確認、羅針盤固定」

「いや無理無理無理無理無理無理、もう無理だって本当にッ」

 

泣きが入った提督に爽やかに笑いかける軽空母、そのままに現実を言の葉に乗せる。

 

「あんな、燃料追加申請すんのは使ったであろう実績が要るねんな」

 

だからとりあえず今日中に督戦5回なと、そんな言葉に提督が卒倒した。

 

「結構持った方か……まあ意識無くても居さえすりゃ実績にはなるわな」

 

鬼が居た。

 

果たして本当に秘書艦の座を渡して良かったのだろうかと、叢雲は心中で自問する。

でも本音を言うとちょっとだけスッとしていたわけで、オールを握る手に力が入る。

 

とはいえ流石に提督の身を危険に曝し続けるのは不味いのではないかと問えば

弾薬があるウチにロングレンジの爆撃だけと、一応は考えた風の答えがある。

 

「まあ、やっとるウチに()()も慣れて来るやろ」

 

そして新たなる戦いの海原に漕ぎ出す龍驤と叢雲と、荷物が一名。

 

3戦目に再度引っ繰り返るまで提督は幸せな夢の中に居たと言う。

 

 

 

『3日目』

 

 

 

今日も今日とて泊地立ち上げ作業の合間、無理にでもと時間を作って海原に漕ぎ出す一行。

とりあえず弾薬が尽きるまでは続ける方向で話が纏まってしばらく

 

漕がれる4本のオール、そして船べりに手を置いて自転車スケボー状態の2隻。

本日は前日にドロップした川内が、提督専用肉の盾として同乗していた。

 

「何かもう本当に、随分とヤバイ所に着任しちゃったよー」

 

肉の盾がウツロな目をしてボヤいていた。

 

流石に昨日の今日で近海には敵影は無く、沖へと漕ぎ出すウチに駄弁りが入る。

 

「そういや、このボートって名前とかあるのか」

「そやな、とりあえず船名は巻き添え轟沈丸で」

 

―― 沈める気だッ

 

提督と叢雲と川内の心の声が重なった。

 

「いやいやいや、確実に沈める気だよなそれ、出来れば生き残りたいんですけど俺」

「流石にその名前はッて、何で韻を踏んでるのよ、余裕あるわねアンタ」

 

「神通、那珂、一度ぐらいは顔を合わせたかったよ……」

 

錯乱を始めラッパーの生霊が乗り移った提督に、穏やかな声が掛けられる。

 

「大丈夫や、司令官」

 

それは、どこまでも優しく、自信に溢れた笑顔だった。

 

過去の艦の時代の記憶、確かな実績がもたらす威厳に一同が口を閉ざす。

 

そして、経験から来る確かな説得力で以って結論が語られた。

 

「腕が千切れようと、腸がはみ出ようと、人間意外と死ねないもんや」

 

海上に提督の悲鳴が木霊した。

 

 

 

『6日目』

 

 

 

「もうすぐ夜戦の時間なのにー」

 

提督執務室の床で転がりながら音を出す物体を、爽やかにスルーする室内の一同。

燃料と弾薬が完全に底を尽いているため、夜戦はおろか昼戦も出来ない有様であった。

 

「あ、あの、放置していて宜しいのでしょうか……」

 

そんな光景に、控えめな声が掛けられる。

 

栗色の髪を後ろで括り、やや焦げた色のセーラー服を身に纏う駆逐艦。

 

着任の挨拶にと訪れた、本日にドロップした綾波型駆逐艦1番艦、綾波であった。

 

言われてはじめて、提督と龍驤が川内に目を向ける。

 

「……あ、川内、居たんだ」

「あ、あれ、いつのまに昼になっとるん」

 

二人の目の下の隈が全てを物語っていた、即ち5徹目である。

 

 

 

『10日目』

 

 

 

追加の資材がようやくに届く、陸路で。

今回はバンダルスリブガワンの第一本陣を経由して輸送された模様。

 

叢雲が受け渡しのサインをしている折、トラックから1隻の艦娘が降りて来る。

短目の黒髪を後ろで小さく括ったセーラー服、勢いで捲れたスカートから白い物が見えた。

 

吹雪型駆逐艦1番艦、吹雪、駆逐艦の革命と謳われた始まりの特型駆逐艦である。

 

「何だ、吹雪じゃない」

「あ、叢雲ちゃん」

 

艦娘としては初対面ではあったが、叢雲は吹雪型5番艦。

姉妹として記憶の中に残っている互いであった。

 

「本日付で5番泊地に配属になりました、駆逐艦吹雪ですッ」

 

笑顔のまま、軽くお道化た様子で言葉を紡ぐ吹雪。

それに併せて、軽く脇を空けて崩した敬礼をとる。

 

一般に海軍式の敬礼は着帽時、脇を締めて手の平を見せないなどと言われているが、

実の所、特にこれと言った海軍式と言う物は無く、各部隊で好き勝手な敬礼が行われていた。

 

戦後に復員した海軍軍人が、脇を締めて手の平を隠す、そんな自らの部隊の敬礼を紹介した折

それが間違って「海軍式の敬礼作法」として世に広まったために生じた誤解である。

 

強いて言えば、船内の空間は限定されているので脇を締めがちな傾向があるぐらいか。

 

そんな経緯を引いても妹相手と、気安い感じの礼に対して叢雲は

きっちりと両腕を横に揃え視線を合わせたままに頭を下げる。

 

閲兵でもやっているのかと言われそうなほどの堅苦しさに、吹雪が固まった。

 

そんな有様に堪らずと、叢雲が吹き出して。

 

「も、もう叢雲ちゃんったら」

「歓迎するわ、吹雪」

 

軽くなった空気に姉妹が笑いあう。

 

受け渡しの確認も終わり、提督室へと案内するうちに軽い雑談などが流れていた。

 

 

 

『421日目』

 

 

 

スコールの合間、木陰に作られた休憩所に3隻の艦娘が寛いでいた。

 

叢雲と吹雪、それと綾波である。

 

カップベンダーの氷も溶けぬうち、適度に娘らしい話題で盛り上がっている。

 

泊地の位置するセリアへの隣接都市、クアラブライトの目抜きであるプリティ通り、

商店が立ち並び輸入品目の衣服なども扱っている其処に、非番に訪れようと。

 

話にある、叢雲の誘う店は利根の紹介である。

 

着た切りの龍驤、我が道を行く金剛など、相手に合わせるという事を海底の本体に置いて来た

かの如き秘書艦組に於いて、駆逐艦の懐事情なども鑑みれる利根は貴重であった。

 

そんな中、着た切り雀の龍驤の事に話題が触れた折、吹雪が問いかける。

 

「そういえば前から聞きたかったんだけど、叢雲は何で筆頭を龍驤ちゃんに譲ったの?」

 

突然の質問に、お道化た口調で答えを返す。

 

「まあ、私の眼力をもってすれば当然の事よ」

 

初日でブルネイの魔女を見抜いた鬼才と、褒め称えられている事を承知でのドヤ顔であった。

そんなはぐらかしに、隣接する二隻からの連続したツッコミが入る。

 

ビシビシとスナップが入った手の甲に、止めなさいよと笑いながら嗜める姿。

 

一息をつき、軽くカップの氷を噛んでから叢雲は改めて口を開いた。

 

「立ち上げ初日、馬鹿やった提督を止めようとしても、私では止められなかったのよね」

 

思い返すのは、自己嫌悪に苛まされたあの時。

 

そしてそれよりも前、初期艦専用、各地で造られた11世代型を集めた研修所での思い出。

 

―― 貴女はひとりで背負い込む傾向があるから、気を付けなさい

 

そう言った彼女は、売れ残りの、出来そこないの私なんかと違って優秀な叢雲だった。

 

「だからほら、出来るヒトが居るんなら、まかせるべきだとね」

 

それだけなのと問い直す声に、それだけなのよと鸚鵡に返す。

 

他愛のない会話の合間、訪れた静寂を唐突に打ち破る音があった。

 

見れば工具と資材を抱えて逃げる二つの影と、それを追い掛ける赤い俎板、他数名。

 

「ふぅーはははッ」

「捕まえてごらんなさーい」

 

発言は前者が明石で、後者が提督である。

 

その向こうでは霧島が、提督の逃亡に手を貸そうとした金剛で人間橋を作っている。

 

全速で追い掛ける龍驤の米神から、切れてはいけない何かがブチ切れる音がした。

何故かその身体から視認できる金色のオーラが立ち昇りはじめる。

 

たぶん、穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の艦娘的アレである。

 

「ぬをおおぉお、待て、落ち着け龍驤、何か深海堕ちしかかっとるぞッ」

 

後から追い掛けていた利根が必死に龍驤を宥めはじめた。

さらに後方から、そんな一団へと島風が追い付いて、追い抜いて行く。

 

「いやそこは司令官を捕まえようやッ」

「走っとる間に目的を忘れてしまったようじゃのッ」

 

そんな突如に現れた一群は、騒々しいままに叢雲たちの視界から消え去ってしまい、

 

残された雰囲気の漂う3人は互いに視線を交わし、叢雲が肩を竦めた。

 

「ほら、ね」

 

何とも説得力のある言葉であった。

 


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