水上の地平線   作:しちご

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あきつ退魔録 弐

「ど畜生、文字通りの汚れ仕事なのです」

 

悪態を吐きながら小隊副官である電はデッキブラシを忙しなく動かしていた。

埠頭には魚河岸の鮪の如く、艦娘と呼ばれた物たちが並べられている。

 

足元には泡と様々な排泄物に塗れた汚水が広がり、海へと流れ込んでいた。

 

「わざわざ生理機能まで付けて何がしたかったんだか、ですよ」

「ケチャップデイが趣味だったのでありましょうな」

 

あるいは流産プレイとか、などと声をかけてきたのはあきつ丸。

 

少しは手伝いやがれなのです、などと言い募る副官に肩を竦めて口を開いた。

 

「自分は上官、貴君は部下であります」

「地獄に堕ちやがれ、なのです」

 

心温まる会話を経て、漂ってきた腐れた臓腑の香りを振り払い、嘆息を空に投げる。

死体とそうは変わらない薬中鮪の軍団を眺めれば、問い掛けがあった。

 

「それで、ご要望の駆逐艦はどんな塩梅でありますか」

「飛び切りに壊れていますよ、どう考えても解体でしょう」

 

見れば鮪の中に、見るからに如何わしい肉塊がひとつ。

 

「傷付いた艦娘を癒したいという、善良な提督は結構居るものですよ」

「正気になったとたん、薬と子種を強請ってドン引きされる未来しか見えないのです」

 

むしろご褒美でありましょう、などと他人の顔をして嘯く揚陸艦。

 

「まあ、装飾や入れ墨とかは抉って修復剤を掛ければ何とかなる、なるのですか」

「問題は後遺症でありますな、まともにケアできるとは思えませんし」

 

この系統の薬物の後遺症で代表的な物は、重度の人間不信。

勝手に期待した挙句、裏切られたと嘆く人間の声が今から聞こえるようで。

 

ヤニが欲しいでありますな、などと小隊長の声が零れた。

 

「まあ、持て余すでしょうなあ」

 

それでもまだ、どこまでも他人の声であった。

 

 

 

『あきつ退魔録 弐』

 

 

 

夢の中にあったその男の意識に、いつからか異物が入り込んでいる。

 

それは些細な物であったが、延々と、確かに存在を主張し続け、

やがて無視できないほどに膨れ上がったソレを、ようやくに男は認識する。

 

激痛。

 

喉の奥から、男の生涯にいまだ聞いた事の無いような獣の如き声が漏れ、

のたうち回る度に焼けた鉄を捻じ込まれたような下腹部の熱が身を苛む。

 

「ああ、ようやくに現実に戻ってきたのでありますな」

 

声を辿れば男の机の横、何某かの書類を見聞している姿がある。

引き出しは引き壊され、益体も無い内容の紙片は床へとぶち撒けられていた。

 

「共犯者が居るとは予想していましたが、ここまで酷いとは」

 

薬物、及び躾け済みの艦娘の横流し、文面には随分と頭の痛くなる名前が並び

その数も、頻度も救い難いほどに膨大であった。

 

繋がりを辿って推測すれば、大陸にまで流れて行った可能性すら在る。

 

「やはり、沖縄は潰すべきでありますな」

 

その言葉に男は、決して見られてはいけない文書が見聞されていると知り

思わずに手を伸ばした直後、下腹の灼熱が身を焦がし、呻く。

 

見れば腸が落ちていた。

 

狼狽と、おそらくは絶叫であっただろう騒音に、興の無い様子の声が掛けられる。

 

「貴君は罪の贖罪として割腹自殺をして果てた、そういう事であります」

 

止まらない悲鳴は言葉に成らず、両生類の呻きににも似たそれが室内に響き続ける。

そんな耳障りな物音を聞き流し、黒服の艦娘は黙々と書類の選別を進めた。

 

「事態を纏める前に、余分な事を話されても困るのですよ」

 

そう言葉を発して、繋げる前に何か気になる用紙を発見する。

 

「ケッコンカッコカリの申請書?」

 

騒音の色が変わった。

 

「ああ、何も言わなくて良いのですよ」

 

嗜めるような言葉の後、選別した書類を纏めて携帯し、先ほどの言葉の続きを綴る。

 

騒音の中、通り過ぎる軍靴の足音が確かに響いた。

 

悪意に染まった提督はこの世から退場し、僅かな生き残りは平穏な生活を手に入れる。

悪が滅び被害者が救われる、実に非の打ち所の無いハッピーエンドであります、と。

 

つまり、他の物は何一つ要らない故に ――

 

「貴様はそこで朽ちていけ」

 

扉の閉まる音がした。

 

あきつ丸が無人の泊地本棟を歩む中、先ほどの書類を見れば艦娘の名前。

該当のそれは、3か月前に轟沈していたとの記録を見た覚えがある。

 

「はてさて、考えたくないでありますな」

 

本棟を抜けて書類を仕舞い、からっぽの空に嘆息を投げた。

 

後日に発見された肉塊は、扉に向かって腕を伸ばしていたらしい。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

ブルネイ第三鎮守府5番泊地には、先日に喫煙所が出来た。

 

後に川内の木、響の独壇場と並び5番泊地三悪所と呼ばれる、龍驤の巣である。

 

結構好き勝手に吸っているのに喫煙所を作ったのは、偏に熱帯の降水率の問題で、

吹きっ曝しにはお義理の様な風避けが立てられ、見るからにいい加減な造りの屋根がある。

 

目立たない位置、日陰者、そんな場所で忙しなく葉巻を齧っている艦娘が2隻。

 

「やっぱ紙巻欲しいわー」

「趣味で葉巻をしていたのでは無かったのでありますか」

 

ぼやいた龍驤の言を受け、自分の勘違いに驚くあきつ丸。

 

「んで、その薬漬けの肉オナホがどうしたって」

「案の定本土で持て余しましてね、巡り巡ってブルネイ第二に押し付けたとかで」

 

そう言って二人は忙しなく煙を上げる、葉巻は吸い続けないと火が消えるわけで。

 

「何つうか、餓鬼の教育には悪いわな」

「かの地の睦月型たちは、最初期の叩き上げでありますよ」

 

駆逐艦とはいえ先任、仮にも軍艦相手、とんでもない意見に苦笑して嗜めるあきつ丸。

 

「ヨー島に異動したんやっけか、戦力希望したら薬中か、世も末や」

「薬は抜けているはずですが、まあどうだか」

 

それきりの静寂に、吹き上げる煙だけが増えていく。

 

「様子見するだけやで」

 

肩を竦めた軽空母に、揚陸艦が軽く頭を下げた。

 

数日後、島風型駆逐艦がヨー島泊地より5番泊地に引き取られる事になる。

 


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