水上の地平線   作:しちご

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重巡洋艦の事情

『愛宕の場合(びふぉー)』

 

 

 

可愛いものが好きだと、その重巡洋艦は言っていた。

 

東の最前線であるタウイタウイ島に配置された第三鎮守府4番泊地は、

全ての所属艦娘が重巡洋艦で構成されている泊地である。

 

重視された火力と、僅かばかりの小回り。

 

前線を維持し、ある程度の突発事態に対応できる戦力としての選択であったが

継戦能力にはやや難がある、そのため他泊地との連携を重視する性であった。

 

そこに、豊満な肉体をアテンダントの如き青い制服に身を包む金髪碧眼が居る。

 

高雄型重巡洋艦2番艦、愛宕は常日頃から可愛いものが好きだと言っていた。

 

姉の高雄に言わせれば、小さくて可愛いならば見境が無いと、小動物ならともかく

駆逐艦や現地の少年相手は犯罪にしか見えないのでやめて欲しい、との事だ。

 

そんな脳内が幾らかパンパカパーンな彼女であったが、ある日、運命の出会いがある。

 

新興の在ブルネイ5番泊地への交換出向の折であった。

 

駆逐艦かと思われた筆頭秘書艦の姿に、根掘り葉掘りと詳細を聞き、結論が出る。

 

―― 龍驤は、合法

 

追い掛けた。

 

それはもう全速一杯で追い掛けた。

 

「龍驤ちゃん、何で逃げるのかしら~ッ」

「追い掛けるからや阿呆ォッ」

 

龍驤が珍しく涙目で叫んでいた、本能的に天敵だと悟っているのだろう。

 

重巡洋艦愛宕、改装後の速力は34ノット。

航空母艦龍驤、速力は29ノット。

 

海上ならば逃げ切れる物ではない、だがしかし、地上ならばどうだろうか。

 

執務室の窓から、猫と鼠の如き狂走を眺めていた提督と利根が言う。

 

「龍驤、意外に速いなあ」

「艤装が高下駄じゃからの、歩幅を稼いでおるのじゃろう」

 

そのまま左下を向いていた二人が、視線と同じ速度で顔を右下に向ける。

 

「うん、やはりコーナリングでひっくり返ったか」

「水上ならばやりようもあったのじゃろうがのう」

 

泊地に断末魔の悲鳴が上がる。

 

―― ぱんぱかぱかぱかぱかぱかぱーん、うふふッ

―― 寄るな触るなッ、う、上にも乗せんなああぁぁッ

 

愛宕の戦意が上限まで向上するのと引き換えに、龍驤が一時的に廃人と化したため

その日の提督執務室の業務は忙殺を極めたと言う。

 

 

 

『愛宕の場合(あふたー)』

 

 

 

その日、利根が扉を開けると室内に惨状が配置されている。

 

龍驤が死んでいた、血を吐いて死んでいた。

 

頭部がパンパカパーンに埋まっていた。

死因は巨乳であった。

 

OMG ! They killed RJ !(何てこった、龍驤が殺されちゃった)

You bastard !(この人でなしッ)

 

と言った死に様であった。

 

視線が移動する。

 

愛宕も死んでいた、血を吐いて死んでいた。

 

脇腹が摘ままれていた。

死因は駄肉であった。

 

OMG ! They killed Atago !(何てこった、愛宕が殺されちゃった)

You bastard !(この人でなしッ)

 

と言った死に様であった。

 

「……相打ちじゃったか」

 

利根はそっと扉を閉め、全てを見なかった事にした。

 

 

 

『衣笠の場合(びふぉー)』

 

 

 

青葉型重巡洋艦2番艦、衣笠には不満があった。

 

タウイタウイでの環境には不満は無い、共に所属する姉含め関係は良好であり

多少熱血のきらいのある提督も、どこか可愛らしく思えて好感が持てる。

 

たまに女慣れしていない提督を揶揄っては、赤くなった顔にころころと笑う。

何か言動の端々に異性に対する気遣いの見えるソレは、存外悪くない感じで。

 

大事にされている、大切に扱われている、そう思えるのがとても有り難かった。

 

だから心の中の何かよくわからない引っ掛かりを、自覚したのはその時の事で。

 

連携先の泊地の艦隊の異様に早い撤退と、いくつかの防衛線の崩壊が重なり

結果として、衣笠の組み込まれた艦隊が敵陣の中に取り残された時の話。

 

旗艦であった青葉の眉根が寄る、他の戦力は借り物の駆逐が4、被害は些少。

 

半包囲を抜けるにあたり、交戦か、逃走か、判断に迷う状況が出来上がった。

緊急に繋いだ通信の先で提督も、いくらか判断を迷っている風があり、

 

迷ってる暇は無いやろボケェという声と、何か打撃音が聞こえた。

 

―― 5番泊地筆頭龍驤や、青葉は艦隊を纏め即時撤退、殿は衣笠、以上

 

突然の割り込みに青葉の顔色が白くなる、問い直しても命令は変わらず、

 

結果、満身創痍の衣笠が泊地へと帰還した時、目の周りに青タンを付けた提督が

平謝りで艦隊を迎える一幕があり、語られた情勢に血の気が引いた。

 

艦隊は完全に敵側に捕捉されており、海域に居た全ての深海棲艦が向かっていたと。

いろいろあったが、轟沈せずに帰ってきて良かったという提督に、何かが引っ掛かる。

 

疑問を考える暇もあらば、それはそれとしてと青筋を立てた青葉が衣笠の入渠前にと

泊地で資材受け渡しを確認していた龍驤に詰め寄った、衣笠に言う事は無いのかと。

 

軽空母は欠片の悪気も見せず、笑顔で言ってのける。

 

「今回もええ仕事やったわ、流石は衣笠よな」

 

ただ一言を受け、衣笠の頬に水滴が流れた。

 

「あ、あれ、これどうして」

 

青葉型は古い部類に入る重巡艦娘であり、戦力としての信頼を受けた事は無かった。

 

「ちょっと、衣笠泣いてますよ、本気で何一つ反省する事が無いんですかッ」

「はッ、同じ状況が100回あっても、100回ともウチは衣笠を殿にするわッ」

 

言い合いに、当然のように語られる信頼が次から次へと水滴を呼ぶ。

 

「本気泣きですよ、本気泣き、わたしもこんな衣笠見た事ありませんよッ」

「あ、うん、言われ続けていると心がキリキリしてきたわ、間宮券で勘弁してくれんか」

 

何かさりげなく自分の分の間宮券までカツアゲしようとしている姉を、泣きながら

引き留める妹、被害者が名誉駆逐艦だけあって凄まじく犯罪臭のする光景であった。

 

散々な愁嘆場を終え、入渠ドックでようやくに落ち着いた衣笠が理解したことがある。

 

ああそうか。

 

私は、重巡洋艦として認めて欲しかったんだ。

 

以降、彼女はタウイタウイの龍驤贔屓として、ブルネイ出向を愛宕と争う事になる。

 

 

 

『衣笠の場合(あふたー)』

 

 

 

「龍驤ちゃん、ソーセージ持ってきたよー」

「衣笠、ここブルネイ、声が大きいですよ」

 

先日よりタウイタウイに異動してきたドイツ艦の手によって、それはもう次々と

腸詰めが作られる事例が発生し、各泊地におすそ分けで回っている衣笠と青葉であった。

 

タウイタウイ州はムスリムの土地ではあるものの、事実上の州都であるボンガオ島などは

多文化社会のモデルと呼ばれる場所であり、寺、教会などが乱立するカオスな土地である。

 

つまりは、豚肉がある。

 

人口の9割がイスラム教徒という土地柄だけあって、そう大っぴらに扱える物では無いが、

自治区の外、タウイタウイ泊地ではドイツ艦が腸詰めを作る程度の自由はあるらしい。

 

「いや、ブルネイにもムスリムやない人、そこそこ居るからな」

 

比率でいえばタウイタウイ州の方がムスリムが多いぐらいである。

 

とは言え、キリスト教を国教としているフィリピンのタウイタウイ州と、

イスラム教国であるブルネイ・ダルサラーム国では戒律の重みが違う。

 

「まあ、気を遣うにこした事は無いでしょう」

「そらそうや」

 

気を取り直し、一抱えの包みと化している腸詰めを輸送用ドラム缶から取り出して、

笑顔の衣笠から龍驤の隙間に、生えてきた加賀が受け取った。

 

「いや待てや」

「ここは譲れません」

 

見れば寮から七輪を抱えて、ヒャッハー新鮮な腸詰めだ、などと叫ぶ世紀末母艦組や

祖国の香りに誘われたのか出て来るグラ子、次いで赤城、二航戦などがワラワラと。

 

「……ゾンビ映画などで、こんな光景を良く見ますね」

 

青葉の呟きに、衣笠の嘆きが重なった。

 

 

 

『足柄の場合(びふぉー)』

 

 

 

大淀の誘いに悩む重巡が、1隻。

 

やや明るめの黒髪は長く、スレンダーな長身を紺色の制服に包んでいる。

 

妙高型重巡洋艦3番艦、足柄。

 

本陣の庭を頭を捻り、唸りながら彷徨く様は餓えた狼の様で、見る者に冷や汗を流させる。

 

ブルネイ第一鎮守府本陣は、艦隊決戦を想定し長門を中心とした重巡洋艦で構成されていて、

しかし現実は旗下泊地へのフォローに終始して機能不全、といった有様であった。

 

だが先日、新規泊地の秘書艦の来訪から、ブルネイ全域に係わる何某かの動きがあったとかで、

 

それに合わせ所属している妙高型4姉妹の内、誰か1隻を異動して駆逐艦などと入れ替え、

本陣所有の艦隊を、いくらか小回りの利く形に再編する方向で話が進んでいると聞いた。

 

火力支援と引き換えに、哨戒などに必要な艦種は現在、他泊地からの出向で賄っている。

自前で、ある程度は便利に動ける艦が欲しい、そんな方向性である。

 

先の敗戦で扶桑型戦艦姉妹を失い、戦力の補充に入る今だからこそ可能な改革でもある。

 

そして声が掛かったのは、足柄であった。

 

本陣提督の艦娘契約可能限界は7隻、3隻分の空きが望ましいとはいえ、2隻でも充分に

現状に対応は可能との事で、異動自体は足柄の自由意思に任せるとの事である。

 

まあ、姉さんたちや羽黒と別れてまではねえ。

 

異動の話は断ろうかと心を決める時、何某かの喧騒を耳にした。

 

見れば出向してきた駆逐艦たちが屯して、演習海域へと声援を送っている。

 

海域には我らが筆頭である長門が砲火を上げており、相対する姿は小柄な軽空母。

何て無謀なと呆れたのは刹那、視界には互いに傷を受けながら繰り広げられる接戦があった。

 

空を舞う艦載鬼の、もはや鋭角と言えそうなほどの急制動からの爆撃に長門の姿が霞む。

 

「は、この程度の爆撃で私が沈むとでもッ」

「思っとらんわボケェッ!」

 

爆煙を抜け健在を示す超弩級戦艦に、正面から突っ込んで行った軽空母が居た。

誰もが想定していなかった無謀は観衆に口を開けさせて、意味不明の静寂が訪れる。

 

全速で突っ込んだ紙装甲、その手には三連装砲。

 

身を屈め、むしろ引き倒し、滑り込むような低さから慣性だけで長門に迫る龍驤。

 

「え、ちょっと待、おまッ」

「はッ、射角を取れるもんなら取ってみいやッ」

 

爆炎が本陣筆頭の全身を包み、演習の終了を告げる轟沈判定のブザーが高らかに鳴り響く。

 

「うっしゃ、勝ったどーッ!」

 

火筒を掲げた勝ち鬨に、静寂に包まれた場が沸騰する。

 

「え、何、あの娘、勝っちゃったの、ウチの長門に」

 

第一本陣の主力である長門、その出鱈目さを足柄は身をもって知っていた。

それだけに見た物が信じられず、戸惑いが心を埋め尽くす。

 

いや、埋め尽くした心の奥、何かが燻っている。

 

「本陣は要だけあって、激戦は避ける傾向にある」

 

突如に掛けられた声に振り足柄が向けば、同じ制服、長髪を左に一括りにした姉の姿がある。

 

妙高型重巡洋艦2番艦、那智。

 

周囲に合わせて無理をするのはもう止めろと、手の甲を軽く当て言葉を紡ぐ。

 

「私たちの事は気にするな、所属が変わっても姉妹である事に変わりはあるまい」

 

言い返そうとして、気が付いた。

 

断ろうとしていた意思が、最早心の中の何処にも見当たらなかった。

 

そして、聞こえる。

 

足柄の耳に、他の誰にも聞こえない呼び声が木霊した。

 

新規の泊地が、戦場が私を呼んでいる。

 

代わりに浮かべたそれは、獣の如き笑みであった。

 

 

 

『足柄の場合(あふたー)』

 

 

 

川内の木に吊るされている那智を見て、妹が溜息を吐く。

 

「何でわざわざ本陣からやって来て、川内の木に直行してるのよ」

「ううむ、私にもよくわからんのだがな、気が付いたらとしか言いようが無い」

 

那智さんは居酒屋鳳翔の常連ですよと暴露がある、通りすがりの神通から。

 

「……………………」

「……………………」

 

妹のジト目がさらに冷たくなった。

 

「……ちょっと妙高姉さんに引き取りに来る様に連絡するわね」

「ま、待て、せめて羽黒にしてくれッ、姉さんだけは頼むッ」

 

騒々しいやり取りの横に、歩み寄る姿がひとつ。

 

銀髪を緑のリボンで括ったサイドテール、サスペンダーの付いた朝潮型の制服。

朝潮型駆逐艦10番艦、霞、通称は足柄の保護者である。

 

「足柄、出るわよ、スル海から救援要請、タウイタウイの連中よ」

「え、何、全部食べちゃっていいのよね当然ッ、確認してくれた?」

 

突如にテンションの上がった重巡に、頭痛を堪える様で霞が答える。

 

「むしろ他の選択肢はあるのか、ってのが筆頭の言ね」

「うーん、流石は龍驤ちゃん、わかってるわねー」

 

深く頷きながら腕をぐるぐると回す妹に、那智の顔が綻ぶ。

 

「まあ何だ、元気でやっている様で何よりだ」

 

姉の言葉に頬が緩む妹、そしてチラリと見せた携帯通信機の液晶画面には

 

―― 第一本陣 妙高

 

「後生だ、後生だ足柄あああぁぁッ」

 

泊地に那智の悲鳴が木霊していた。

 


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