水上の地平線   作:しちご

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05 ナイフと封筒

 

叢雲の2度目の改装が終わった。

 

1枚布だったワンピースが前方1枚で止める形に、肩を露出させインナーが見えている。

布を留める際に作られる煽情的なスリットが、肉感的になった肢体を強調している。

 

祝いの言葉も早々に、提督とふたりで眉間を押さえて懺悔した。

 

「ウチがアルダンだのセルルだの事あるごとに差し入れしとったからこんな事に」

「いや、俺がチョコやココアを経費で落としたのが悪い、おかげでこんなにはしたなく」

 

「誰がはしたない身体よ誰がッ」

 

何と言うかムチムチとしていて、とても美味しそうな塩梅である。

美味しそうにお八つを食べるからと、提督でふたりで差し入れしまくった成果であろう。

 

ところでそのスリットに指を入れてもええやろか、流石は龍驤さん俺には言えないことを

サラリと言ってのける、あんたら酸素魚雷食らいたいの、いつもの会話である。

 

そんな空気にノックが4回、提督室に入ってきた者が居る。

 

緑を基調とした左右非対称の制服、貴重なツインテ仲間の小柄な重巡、利根だ。

なにやら手製っぽいハリセンを肩に担いで、ぐるりと室内を見渡して口を開いた。

 

「龍驤、に叢雲と提督も居るの、丁度良い」

 

改二の祝いもそこそこに、本題じゃと切り出して言葉を繋げる。

 

「他の鎮守府では、改二に至るのは早くて半年、だいたい1年ぐらいと言われておる」

 

泊地立ち上げから今日で4か月、ちなみにウチの場合は3か月目に改二の改装が終わった。

素晴らしい、何と言うスピード強化、戦力強化のデスマーチの成果がよく現れている。

 

艤装の大符に「龍驤怪二」とか書かれていたのは気が付かないふりをしておこう。

 

視線を逸らしながら和やかな笑顔で続きを促す、皆が笑顔、空気が段々と重くなっていく。

張り付いた笑顔のままに室内から音が消える、まるで時間が止まったかのような情景。

 

「少しは休まんかこの仕事中毒(ワーカホリック)どもッ!!」

 

軽快な打撃音が連続して晴れた空に響いた。

 

 

 

『05 ナイフと封筒』

 

 

 

しばらく秘書艦を代わってやるから貴様らは休め(きんしん)

 

そんな事を言われて放り出されても、どうにも行くあても何もない。

しもうたな、趣味のひとつでも持っておけば良かった。

 

思えば仕事仕事で夜が明けて、デスマーチが終わってもそのままの勢いで出撃を続けていた。

脳みそが煮えたぎって何処かしら麻痺しとったんやろう、つーか誰かツッコめや。

 

いや、利根にツッコまれたんやけどな。

 

でも謹慎は無いわぁ、懲戒免職の一歩手前やん、処罰にしては重すぎるわぁ。

ああ、これも作られたこの身の悲しさよ、労働基準法はウチらを守ってはくれん。

 

早く人間になりたーい(基本的人権的な意味で)。

 

などと与太を撃っていてもどうにもならん、つか謹慎いうんは冗談で単なる休暇やしな。

 

……いやだから、どうやって暇を潰せと。

 

仕方が無いので明石の工房に寄り、性悪妖精を捕獲して釣糸に括りつける。

埠頭でこのまま秋刀魚でもと狙いつつ、ついでに少しばかり気になっていることを問いただす。

 

「なんかウチ練度が上がるのが妙に早いんやけど」

 

仕事中毒の叢雲と比べてもなお早い、ちょっと過労という言葉では説明しきれないものがある。

 

妖精曰く、練度というのものは要は魂と魄がどれだけ馴染んでいるかという目安であり、

人間の魂を入れている分、他の艦娘よりも馴染むのが早くて当然だとか。

 

心の奥底の提督ゴーストが「常時旗艦&MVPぐらいか」と言っている、気楽なもんや。

 

まあ強くなるにこした事はないのだが、うわぁいチートやぁとか喜ぼうにも

所詮ウチは軽空母、練度が上がっても強さは微妙なところで頭打ちや。

 

なんか小ぶりな石鯛に齧られている妖精を引き上げながら、そこんとこどうよと聞いてみる。

 

どうにもならんから気合と装備でどうにかしろと、まあそうなるな。

 

よし、今こそ浪漫のために資材をチョっぱってとか言い出したので力いっぱい遠投。

そのまま釣り糸をカット&リリース、守ろう大自然の心意気やね。

 

どうにも釣りは趣味にならない気がする、さくさくと機材を片づける。

 

しかし、艦載鬼(そうび)ねぇ。

 

以前から縁のある搭乗者でも召喚できんかとやってみるものの、何が悪いのか誰も降りてこん。

宥めても賺しても酒だのなんだの供物を用意しても梨の礫。

 

やっぱり龍驤さん恨まれとるんかなぁ。

 

工房に釣竿を返しつつ、ぶらぶらと泊地を歩いているウチに、空母寮裏。

 

ドサクサに居酒屋の箱物は作っておいて、営業はほとぼりが冷めてから。

そんな感じの居酒屋鳳翔予定地にたどり着く、いや、鳳翔さんぐらいしかやる人居ないんよ。

 

営業開始とともに鳳翔さんは泊地の最終防衛線としての非常勤になるため、

今集中的にレベリング中、ああ仕事中毒がここにも居ったか。

 

前世が前世だけあって、皆どこか生き急いでんなぁ、自重せなあかん。

 

そのまま視線を動かせば陰陽系の儀式に必須な陰陽の社、その隣には弓道場。

資材はすべて日本からの直輸入、諸手続きを思い起こすと今でも涙が出る。

 

日本製、陰陽系にしろ弓道系にしろ、付喪神だけあって資材の産地は性能に直結するっぽい。

 

つーても南方でぐだぐだしつつ各地を転戦したウチなんかは清めの水も水道水で問題ないし

お八つのセルルに使ったニッパ椰子の葉にサインペンで、普通に艦載鬼召喚できた。

 

他の軽空母連中も各地で便利に使われたせいか、性能低下の影響をあまり受けない。

 

赤城加賀の一航戦組も日中戦争でいろいろあったせいか、そこまで産地に拘らない。

ヤバイのは飛龍と蒼龍やな、日本産でないと性能半減してしまう。

 

未着任の五航戦連中は、きっと使用済みの割り箸からでも召喚できてしまうんやろなぁ。

 

羨ましがるべきか同情するべきかと死んだ魚の目で空を見ていれば、音が聞こえる。

なんや、弓道場で誰か弓引いてんな、虚ろだったから気付かんかったわ。

 

覗いてみれば、加賀。

 

弓道着に青染めの袴、というかもはやミニスカやな、を翻す、片方括りの黒髪鉄面皮。

感情豊かな無表情という異名を勝手につけたら、泊地で流行って本気ギレされた。

 

なんかそのまま入るのも躊躇われる空気なので、板の間に寝転がって匍匐前進。

 

何時から引いていたのか、肌には既に汗が浮かんでいる。

 

プロレスラーとかは練習で汗の水たまりができるそうな、ふふん、まだまだやな。

 

「……何か邪念を感じました」

「こんな無邪気なウチをつかまえて何やねん」

 

振り向いた加賀が視線を彷徨わせ、そのまま下へと移動して、ジト目に変わる。

何をやっていると聞かれても、板が冷たくて気持ち良いとしか。

 

視線に耐えきれずゴロゴロだらだらしていると、ため息ひとつで弓に戻る。

射法うんたらとかいう、いやよく知らんけど、ともあれ弓を引きながら口を開いた。

 

「どう見えます、私の弓は」

「赤城より下手」

 

即答に肩が落ちた、地味に凹んでいるなコレは。

 

いやな、陰陽系空母に弓について聞かれても大雑把な事しか言えんがな。

かろうじて梓弓の知識が少しだけある感じやで、無茶振りも大概にしてえな。

 

とか考えてるうちに加賀が何か黒いオーラを纏って負のスパイラルに入っとる、

フォローせんとあかんかのかな、やっぱこれは。

 

「でもま、ウチは加賀の弓の方が好きやな、赤城のは可愛げが無さすぎるわ」

「貴女に好かれても嬉しくありませんね」

 

言う割に肩が上がる、括った髪の跳ね方が妙に浮ついているし、なんつうかわかりやすい。

 

そのままにスパンスパンと撃ち続ける、いや射る言うんかな、でも空母やしなぁ。

などと益体もない事を考えていると段々と意識がおぼろげになってきて……

 

「龍驤」

 

危ない、たれ龍驤とかになってゆるキャラの仲間入りをするところやった。

 

「貴女は練度はいくつになりました」

「98や」

 

的から大きく矢が外れる。

 

……ドン引きか、ドン引きしたのか、仕事中毒っぷりに。

いまさらやけど数字を口から言った時、自分でもちょっと引いてしもたわ。

 

利根がキレるのも仕方無い事やったのかもしれん。

 

「龍驤」

 

反省途中に加賀の声で現実に引き戻される。

 

「私の出撃機会を増やしなさい」

「働き過ぎで謹慎食らっとる最中のウチに言う事か、ソレ」

 

軽く言い返したら、噴き出された。

 

「謹慎、働き過ぎって」

 

おうコラ、何笑っとるねんコンチクショウ。

 

言うに事欠いて日中戦争の頃から進歩してないじゃないですかって、

あん時はお前も一緒に叱られたクチやないか、何部外者面しとんねん。

 

だーかーらー、笑うなぁああぁぁ

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「ふむ、これで今日の遠征分の書類は終わりじゃな」

 

仕事に不慣れな面は見えるものの、てきぱきと充分に実用に足る作業を果たした利根。

少しばかり意外な艦が持った事務適正に、安堵と喜びを得る提督がひとり。

 

「ふふん、存分に褒めるが良い」

 

小柄な姿が胸を張る、そう、龍驤とは違ってしっかりと胸がある。

 

そんな事を考えた提督の脳裏に、親指を下に向けながら「キミ、後で地獄の断頭台な」

と張り付いた笑顔で口にする龍驤の姿が浮かび、頭を振って恐ろしい妄想を追い出す。

 

「提督も少しは休みをとるべきじゃぞ、そのために秘書艦が複数居るのじゃからな」

 

茶でも入れようと席を立った利根が、そんな言葉をかけてくる。

 

あれ、こんな優しい事を言われたの着任後はじめてじゃね、などと思い至った提督の目には涙。

ああいや、龍驤さんも叢雲も折に触れ気を使ってくれたしと、誰にともなく心で言い訳をする。

 

言い訳でナチュラルにさん付けをする、すっかりと調教済みの提督であった。

 

給湯室からは紅茶と緑茶が壮絶な場所の取り合いをしておる、などと聞こえる。

どうにも水面下で秘書艦同士が激戦を繰り広げているらしい、目的がいまいちわからないが。

 

―― 龍驤もなぁ、身を削るほどに優しくある性分は改めて欲しいのじゃがな

 

提督が少し聞きとがめる、発言に何か違和感がある。

どうにも利根の言う龍驤が想像がつかない。

 

「龍驤は昔から()()()()()()()()が、自分には無駄に厳しい艦じゃったぞ」

 

違和感が大きくなる、知識で知っている航空母艦、龍驤の歴史では ――

 

「まあ、自分に厳しい分、優しさの基準も少しばかり鬼畜が入っておったがの」

「ああ、それならわかる」

 

漸くに納得した。

 

柔らかな緑茶の香りが漂う、穏やかな昼下がりであった。

 


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