水上の地平線   作:しちご

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あきつ退魔録 壱裏

 

「痛いですかー」

 

工廠の奥、ピンク色の髪の艦娘が運ばれてきた輸送箱に話しかけていた。

箱の中には、末端を取り外された五十鈴が折り畳まれ、梱包されている。

 

「痛いですよねー」

 

返答が無いのに気を悪くしたのか、適当に焦げた断面に工具を突き立てる。

ようやくに上がった悲鳴に、工作艦の口元が弧を描いた。

 

「何でと言われましてもね、貴女正直、電探より価値ありませんし」

 

明石にとって、この作業工程は最早慣れたものであった。

 

逃げられないように分解(バラ)された五十鈴を解体処理、そのまま建造へと移る。

あとは五十鈴を引くまで建造を繰り返すだけの繰り返し作業である。

 

神通を引いたら、また那珂さんを泣かせながら解体させても良いですねえ。

 

ハズレを引いた時のお楽しみを思い出し、忍び笑いが漏れた。

 

「しかし、泣いてばかりでは面白くありませんね」

 

前回の五十鈴さんは元気に噛み付いて来たのになと、残念そうに語る。

 

術式を置き資材を投入、修復剤などをチラ見せして希望を持たせ、すぐ潰す。

解体前、建造儀式の準備が終わるまでの間の暇潰しである。

 

周囲で作業する妖精もケラケラと笑っていた。

 

「理解しましたか、こんな辺境まで救けに来る物好きなんて居ませんよ、残念ですね」

「何や知らなんだ、ウチって居らんかったんか」

 

突然に掛けられた声に振り向いた明石の視界に映る、砲口。

 

 

 

『あきつ退魔録 壱裏』

 

 

 

金剛の額に空いた穴にさえ目を瞑れば、広がる朱色は、まるで花を背負ったかの様で。

 

その横で穴開きチーズの如き有様の高速戦艦の、おそらくは口であったであろう穴に

ねじ込み、持ち上げるように銃身を突き入れてから、引き金を引く姿。

 

憲兵隊の突き付けた銃口の円陣の中、あきつ丸の手によって二体の艦娘が物体と化した。

硝煙の中で身体を強張らせ、口だけで喚いている提督に穏やかに因果を言い含める。

 

「与党の何某でしょうか、それとも省庁の誰某でしょうか」

 

泊地提督の血縁なり、学閥なりの繋がりを、泊地の「安全」の後ろ盾を口にしながら、

それら全てに話が通っていると告げて、破片に塗れた銃口を突き付けた。

 

「深海棲艦の突然に襲撃に対抗し、その命を捧げ抵抗した提督、実に美談であります」

 

間髪を入れずの銃声を、咄嗟に身を捻り致命傷を避けた様は流石の軍属である。

しかしそのままに連射、数か所を撃ち抜かれあきつ丸の足元に転がった。

 

「敗戦を量産する不良債権などよりも余程、という話ですな」

 

絞り出すような声、自らの無罪を主張するそれに、額へ密着させた銃口で答える。

 

「ええ、艦娘は人間ではない、いくら壊しても罪には問われません」

 

しかしと繋いだ言葉は、ドイツという国の惨状。

 

艦娘に見捨てられ窮地に陥った悲惨であり、日本の辿る可能性のひとつであった。

それを受け、現在に艦娘の様々な苦難は急速に取り締まり対象と成っていた。

 

「おわかりですか、貴方が処理されるのは器物を破損したからではありません」

 

ならばこそ、牧場、などと言う行為を放置していればどうなるか。

 

「貴方が、公共の利益を侵害したからであります」

 

およそ辺境に飛ばされてもまだ不良債権であるならば、退場して貰った方が話が早い。

また、同時に今回の敗戦に対する関係者の禊ぎの意味もあっての、切り捨てであった。

 

「部品として栄華を誇ったのなら、部品として捨てられるべきでありましょう」

 

全ての因果を並べ終えて辿り付いた静寂に、銃声が響く。

 

小銃を構えていた隊員たちが銃身を上げ、隊列を組みなおした。

 

泊地本棟、工廠など幾つかの施設から出てきた数名の隊員が小走りに報告へと移る。

 

―― 榛名、霧島、那珂、処分完了致しました

 

続いての工廠の報告が、何か歯切れが悪い。

 

「明石の確保に成功はしたのでしょう」

「ええ、成功と言いますか、引き渡しを受けましたが……」

 

あきつ丸が目を向ければ、工廠からは3隻の艦娘が出てきた所であった。

 

小柄な全通甲板に、豊かな青色、それと黒髪の凛々しい姿が見える。

龍驤に手を繋いで連れられているのは五十鈴、それと神通である。

 

「軽空母殿、何をやっているのでありますか」

 

何、気にすんなと立ち去ろうとする姿を引き留めるあきつ丸に、

先導は終わったし、先に上がらせて貰う予定やったろうと、平然と言ってくる。

 

「見ざる、言わざる、聞かざるに徹しろと伝えたはずであります」

「おや、それなのに揚陸艦殿は見て聞いて言ってくるんかな」

 

揶揄うような言葉に、あきつ丸の額に青筋が浮かんだ。

この泊地の艦娘は全員処分する予定だと言えば、ドロップだと言う。

 

「駆逐イ級が居ったろう、暇やから潰しに行ったらドロップしてな」

 

ここの五十鈴はもう解体されたのだから、他に説明はつかんやろと、

 

抜け抜けと言い張る軽空母の姿に、あきつ丸がいっそ、一纏めに事故でも

起こして処分しようかと考えた時、視界に違和感があり、気が付いた事がある。

 

背骨に氷を突き込まれた様に、あきつ丸の全身に冷や汗が流れた。

 

目の前の赤い水干が浮かべる邪気の無い笑顔に戦慄を覚える。

 

「は、随分と恐ろしいヒトでありますな、本当に建造2か月で」

「酷い事言うなあ、ウチはちゃんとピチピチの新人さんやで」

 

返答に、貴様のような新人が居るかこの外道、そう叫びたい衝動を必死で抑える。

 

「成程成程、しかしやられっ放しでは禍根が残るのです、対価は何でありますか」

「ウチが五十鈴を確保していたら、少なくとも牧場は再開できんな」

 

弱いでありますねと、何も気づいていない風を装ったあきつ丸が言葉を募った。

 

「身体で払うってとこでどないや、あと使えるのは泊地ぐらいやな」

「見逃すだけでそれでありますか、まあ妥当と言う所にしておきましょう」

 

「うわ、何やボッタクられた気分」

 

話が纏まったならと、このままに席を外そうとする一団。

少しばかり悔しさを得た揚陸艦が悔し紛れに、その集団へと声を掛けた。

 

「五十鈴のような老朽艦(ポンコツ)のために、よくもまあ骨を折りますね」

 

掛けられた言葉に身を竦めた軽巡が、返す言葉に目を見開いた。

 

「五十鈴は強い娘やで、是非ともウチに欲しい軽巡洋艦や」

 

そして、何をふざけた事をと鼻で笑えば、大真面目に言ってくる。

 

賭けるか、と。

 

「良いでありますな、五十鈴(ソレ)が使えなかった暁には、頭を下げて詫びて頂きましょう」

「きゃー、特に何も物資を要求しない揚陸艦様ステキー」

 

揶揄う声を嗜め、使えた時の条件を問う。

 

物資でも何でもお望みの物をと言う言葉に、胴元はそやなと考える素振りを見せて

懐から紙巻を取り出して言う、その時は ――

 

「一服、付き合えや」

 

そのままに煙に巻いて立ち去ろうとする背中に、そういえばと最後、疑問を問いかけた。

 

「ところでそちらの軽巡洋艦(せんだいがた)は」

 

あ、やっぱり聞いてまう、などと龍驤から少し困った風な言葉が漏れる。

 

軽巡洋艦神通、工廠でのゴタゴタの最中に建造されてしまった新艦娘であった。

 

「工廠棲鬼をシバいたら出てきた、言う所でどないや」

「どないやって、憲兵隊の奮戦の証でありますと誤魔化せとでも」

 

何も考えてないのであとは宜しく、そんな臭いのする返答にあきつ丸が頭痛を覚えた。

額に指を当て頭を振り考える、憲兵の戦闘でドロップ、5番泊地の引き取りでいけるか。

 

「ああもう本当に、後日連絡するでありますよ」

「ほな宜しくなー」

 

ひらひらと手を振り今度こそ立ち去って行った。

 

隊員たちがあきつ丸に集い、問う、何故にああもやりたい放題されたのかと。

その言葉に、あきつ丸は平和ボケも大概にするでありますと叱責する。

 

ようやくに息を吐き、腑に落ちない隊員たちに指で指し示す。

 

視界の果て、大符を広げた軽空母の甲板に、数多の艦載鬼が着艦している所だった。

 

「龍驤殿は、いつでも我らを殺せる位置に居たのでありますよ」

 

先ほどからの言動は交渉でも哀願でもない、ただの脅迫であった。

知らず死線の上に置かれていたという事実に、その場の全員の表情が強張る。

 

「まあ、平和ボケは自分もでありましたが」

 

身内側だからと、最大限に警戒するべき対象を見逃していた迂闊。

 

小隊は深海棲艦の襲撃を受けた泊地に、確認のために急行した部隊という設定である。

何某かの損害があれば、それは深海棲艦との戦闘として処理されるであろう。

 

つまり龍驤は、はなから憲兵隊を皆殺しにしても問題は無い集団と認識していた。

 

「アレで2か月と言うのですから、末恐ろしいでありますな」

 

ああ怖い、怖いから身内にしてしまおう、そんな声が小さく漏れる。

 

口元を歪め嘆息を空に投げ、手を振っては作業指示へと身を戻した。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「そして賭けはボロ負けでありました」

 

事務用品だけが置かれている、殺風景な詰め所であきつ丸が副官を務める電に語っていた。

 

対潜特化軽巡洋艦、現在の五十鈴の運用の基本として、各地で採用している仕様である。

 

当時の、攻性の艦娘を揃える各鎮守府の方針に反する守備型としての運用。

今にして思えば、あの時期は艦娘の運用方針の過渡期であったのだろうと、苦笑がある。

 

およそ泊地を拠点として近海の安定を旨とする、それは中東打通作戦の成功を受け、

即ちオイルロード保持と言う目的のためには必須の運用方針であった。

 

現在の5番泊地の水雷戦隊は、攻性の神通と守性の五十鈴の2枚看板で回っている。

 

まあ物資を取られなかったからマシだと電が言えば、あきつ丸は嘆息して言った。

 

「些細な物資などより憲兵との個人的な繋がりを、という話でありますよ」

「あの俎板空母、本当に建造2か月だったのです……」

 

あきれた声に興が乗ったのか、さらにゾッとする話がありますよと笑いながら語る。

 

爆破処理をした工廠、その内部は既に散々に荒らされた後であり

例えば龍驤愛用の三連装砲、アレは5番泊地の製造記録に無いわけでと。

 

「建造、ドロップなどに使われる建造術式、支給数の決まっているアレですな」

 

根こそぎ奪われていたと、笑う。

 

「あー、金剛型を第一鎮守府から全部分捕れたのはそれのおかげなのですね」

「泊地壊滅が他所に伝わるほんの数日の間隙に、一気に攫ったでありますな」

 

あっという間に、憲兵隊も気軽に手の出せない一勢力に成りあがりでありますと言えば、

上手い事やったのですと答える副官に、まだわかっていないでありますなと続ける。

 

「はたして龍驤殿は、どの時点で絵図面を描いたのでしょうな」

 

あきつ丸は言う、そもそも、建造や周回を可能にした物資はどこから出たのか。

 

記録ではこの時期、第一本陣と第三本陣から異常な桁の物資が5番泊地に

流れ込んでいる、燃料、鋼材などの資源に、祥鳳、足柄などの幾隻かの艦娘。

 

想到した結論に、電が強張った声を零した。

 

「……憲兵隊からの支援要請を受けた時点で、両本陣に話を通していた」

 

神算鬼謀と謳われたブルネイの魔女。

 

確かに電は、ゾッとした。

 

ついで、自分達の命が場に乗っている最中に相手に譲歩を迫った上司にも。

 

「つまり結論として、近寄るなこのキチPども、なのです」

「上司に対してそれは酷いでありますよ」

 

詰め所に朗らかな笑い声が響いた。

 


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