水上の地平線   作:しちご

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あきつ退魔禄 壱表

皆、笑っていました。

 

造られたばかりの私を暖かく迎えてくれて、

誰もが私より遥かに強いから、皆の足を引っ張る自分が許せなくて。

 

改装に至った時は本当に嬉しかった。

 

これで少しは皆の役に立てると、涙さえ流して喜んでいた。

妖精さんが新しく造ってくれた装備を見せびらかして、手渡して

 

これから、少しでも、少しづつでも強くなろうと心に決めました。

 

皆はその時も優しくて、私は確かに役に立ったと

 

皆、嗤っていました。

 

 

 

『番外 あきつ退魔禄 壱表』

 

 

 

はじめは、貧乏籤を引かされたと思ったものであります。

 

多少の汚れ仕事の折に、索敵要員の貸与を現地の鎮守府に申請した所

出向してきたのは軽空母が1隻、しかも建造から2か月程度の新人でありました。

 

先だってのブルネイ鎮守府群の敗戦に因り、航空母艦が居ないという状況は同情に

値しますが、それにしても酷い、憲兵隊は新人のお守では無いのでありますと。

 

この機にブルネイの航空戦力を一か所に纏めるためと、航空母艦を主力として集める

予定の新規泊地所属、軽空母と言う事はさぞかし下っ端でありましょうと聞けば、

 

何故か筆頭秘書艦を務めていると言う、嘘でも冗談でも無く。

 

気が遠くなりました、建造直後の艦の立場では無い、初期艦は何をしているのかと。

 

そして思い出します、新泊地の初期艦は「売れ残り」の叢雲でありましたな、と。

 

いえ、今でこそ叢雲殿は流石の慧眼とも、初期艦の鑑とも謳われておりますが

 

あの頃の評価はもう散々なもので、出来たばかりの艦に秘書艦の座を奪われた能無し

売れ残りの欠陥品、そんな感じの悪口雑言に塗れたものでありました。

 

まあそんなわけで、その返答を聞いた時は失礼ながら、ブルネイ鎮守府群も

終わったのでありますなと、東南アジアの悲惨に想到して眩暈を覚えたものです。

 

全て杞憂であったのですがね、自分も精進が足りないであります。

 

そんな風に内心に思い煩っている時、その軽空母殿が言ってきたのですよ。

 

何でも、航路を少し外れた所に駆逐イ級を確認したと。

 

変な話ですが、特に問題の無いそれを聞いて少しだけ安心したのを覚えています。

 

まともに航行をし、索敵も多少は使い物になるのならばまあマシかと。

 

いえ、本当に欠片も期待をしていなかったので、龍驤殿に対する評価の

諸々のハードルがとても低かったのですよ、汗顔の至りでありますね。

 

会話でありますか、ええ、あの時のはこんな感じでありましたな。

 

「おや、軽空母殿は偵察機を保有していたのでありますか、意外でありますな」

「レンタル品や、今回の揚陸艦殿の無茶ぶりのおかげで第一が気い遣ってな」

 

え、何処か棘があると、いえありますよ当然、憲兵と秘書艦なのですから。

 

まあ楽しく会話をしつつ、レンタル品というあたりの情けなさに気を取られ

ついうっかり見過ごしてしまったのは不覚でありました。

 

新規泊地の名ばかり筆頭が、第一本陣に訴えをねじ込み彩雲を分捕ってくる

その時点で既に何かがおかしい、間違い無く異様の片鱗であったのです。

 

何はともあれ、駆逐を回避する様に進路をとり、現場に着きました。

 

ああ、説明が遅れましたな、その時は自分と龍驤殿との他に一団、

憲兵隊1個小隊の人員が同行していたのです、戦闘は避ける方向でした。

 

以降、あきつ丸小隊として編成される集団の、初陣の話なのであります。

 

深海棲艦の一群を発見したという一報が届けられ、従来の臨検を中断し

事態の確認のため現場に急行したという設定の集団でありました。

 

思えば、小隊規模で自分と龍驤殿は長い付き合いなのでありますな。

 

いやまあ、その時は現場到着後、即座に追い払ったのですがね、

邪魔にならない所で時間を潰していろと、今ならば絶対に言いませんが。

 

だってあのヒト、目を離すと何をするか知れたものじゃありませんし。

 

ええ、その時もやらかしてくださりましたよ。

 

後に魔女と異名が付いたのを聞いて、さもありなんと納得したものです。

 

ふむ、ともすれば魔女の最初の被害者は、憲兵隊だったのかもしれません。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

憲兵の抜き打ちを受けたその時、第一鎮守府3番泊地は至って平和な空気が流れていた。

誰もが心からの笑顔を浮かべている、のがあきつ丸には何故か気に入らない。

 

所属艦娘は、金剛型4隻、川内型1隻、工廠に明石。

記録では同泊地にて半月前、川内が建造当日に解体されている。

 

「五十鈴殿が本日付で解体、という事でしたな」

「妖精が装備に融通を利かせれば、こうも手間はかからんのだがな」

 

泊地提督の嘆息に、適当な口調で相槌を打つ。

 

「牧場とは、よく言ったものであります」

 

およそ天龍型ほどでは無いが老朽艦として、使えない艦娘と分類されている五十鈴は

ただひとつ、改装時に妖精が電探を据え付けるという特性を持っていた。

 

つまり仮に、それを利用しひたすらに五十鈴の建造と解体を繰り返せば、

製造に資源を浪費すると認識されている希少装備、電探の増産が可能になる。

 

現在のブルネイ鎮守府群で空いている軽巡洋艦の席は1つ、神通のみ。

これに本日付で解体される五十鈴を足して2席、狙える比率であった。

 

「他泊地の弱さにも苦労させられる、負けるだけならまだしも、川内型が沈むとは」

 

「この泊地の金剛型が引き上げなかったら、結果は変わっていたとの話ですが」

「ウチの安全が確保できていなかったからな、敗北は他の怠慢の結果だよ」

 

提督に追随している秘書艦2隻、金剛と比叡がケラケラと笑う。

 

「一航戦だの二航戦だのと粋がっていても、脆いものデスネー」

「まあこれで、他の泊地も自分たちの立場が良くわかったでしょう」

 

唐突にあきつ丸は理解した、笑顔が卑しく見えた理由を。

 

自分たちが安全地帯に居る事を確信しているのでありますな。

 

確保した電探は、本土へと、一か所に纏めて移送され、この提督が東南アジアへと

出向する前、本土にて所属していた派閥の同期たちへと回されている。

 

汚染が進んでいる、任務を受けた時のその表現がようやくに腑に落ちた。

 


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