水上の地平線   作:しちご

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36 益体も無い話

 

駆逐艦は、いや駆逐艦に限らず、贔屓の艦娘が存在する事は珍しくはない。

 

初風の妙高、矢矧の大和、清霜の武蔵などが目立つ所であろう。

 

午前中の演習海域、駆逐艦が集まって騒がしく演習を重ねている。

 

すぱこんと演習でシバき上げられた天津風に、対戦相手であった島風が

片足立ちで両手を広げ、荒ぶる島風のポーズのままに勝利宣言を放つ。

 

「ふ、天津風ちゃんも頑張ったけど、龍驤ちゃんの随伴艦の座は渡せないな」

 

船足が早く火力も高いので、龍驤はよく島風を随伴でコキ使っていた。

 

同じように横で時雨も吹雪に宣言している、扶桑の随伴がどうこうと。

 

監督していた川内が、同じく監督の神通に声をかけた。

 

「……随伴艦って、2隻居ても別にいいよね」

「良い気迫ですし、気が付くまで放っておきましょう」

 

 

 

『36 益体も無い話』

 

 

 

執務室で欠伸を噛み殺す。

 

眉間を抑えて首を振り、そのまま夕立に珈琲などを頼んでおく。

そんな動作を、夜番の引継ぎ書類を片付けていた最中の利根が気に留めた。

 

「なんじゃ、寝ておらんのか」

「二度寝しようとしたら、天津風(あまっちゃん)が布団引っぺがすねん」

 

わざわざ布団引っぺがしに、空母寮まで朝駆けする根性は素直に称賛したい。

 

さもありなんと嘆息した利根が疑問で止まる、何かがおかしいといった風。

頭をひねり、ようやくに想到したか、口から二度寝と零れ落ち。

 

「寝とるではないか」

「寝てはいるんやけどな」

 

最近、人の出入りが激しいて眠りが浅いねん。

 

軽空母組は何時の間にか酒瓶抱えて転がっとるし、加賀は脱ぎだすし、

グラ子はキス魔で押し倒してくるし、気が付けば島風がウチの布団で寝とるし。

 

「今日も朝から布団に潜り込みに来た島風と天津風(あまっちゃん)が追い掛けっこでな」

「個室が完全に公共の場に成っとるのう」

 

窓の外を見れば、神通が吊るされていた駆逐艦2隻と姉を回収している。

そろそろ午前の教導か、加賀とグラ子と軽空母組も回収が近いな。

 

「天津風は島風と同室になったんじゃったかの」

「島風に足止めを頼むか、朝まで天津風(あまっちゃん)にしがみ付いといてとか」

 

「もう少し根本的な対処が必要なのではないか」

 

言われて少し考え込む。

 

「しばらく利根の部屋に泊め ―― 何でもない」

 

今、筑摩の笑顔が凄く怖かった。

 

利根がアウトと言う事は、大淀の礼号部屋は、素で喧しそうやな。

空き部屋に潜り込むかって、空調の無い部屋で熱帯夜は過ごしたくないなぁ。

 

「司令官の部屋にでも転がり込むか」

 

提督が珈琲吹いた。

金剛さんも吹いた。

 

「利根よ」

「何じゃ」

 

「今、凄いものを見たぞ」

「何を見たのじゃ」

 

「紅茶がな、ただ一筋、風も無いのにぴうと飛ぶのを見たのだよ」

 

出撃申請書類を紅茶色にされた叢雲も飛んでいた。

 

膝も、飛んだ。

 

容赦と言うものが無い。

 

建造ドックの胎の内にでも忘れてきたと言わんばかりだ。

 

たまらぬ艦娘であった。

 

そこはかとなく獣の香りが漂う室内で、撒き散らした紅茶を拭き取りつつ

一通りの片付けが終わってから改めて、復活した似非アメリ艦が叫ぶ。

 

「リングだけでなく既成事実まで作らせるわけにはフォビドンねー!」

「既成事実って言われてもな」

 

具体的に何やとセクハラな質問をしてみれば、赤い顔でボソボソと返答がある。

 

「こ、交換日記とかデスネ」

 

何かマッタリとした空気が室内に充満する。

 

マッタリとしたまま霧島に「おいコイツどういう事や」と目線で訴えれば、

何か泣きそうな引き攣り顔で「ちょっと私も予想外でして」などと返ってくる。

 

先日叫んでいた既成事実は交換日記の事やったんかと、それはそれで何か重いな。

 

そんな金剛さんは、男女セブンスにして席をセイムせずデースなどと叫んでいて。

 

あ、そうか。

 

そういやこのヒト進水が大正元年で、しかも良いとこのお嬢さん風味やんな。

 

成金がワラワラと出て、胡散臭い格式だのに拘る箱入りが量産された時代や。

何々子とか、女児の名前に子を付けるのが流行した時代でもある。

 

思えば乗員にも、艦に愛宕姫だの摩耶夫人だの名付けるような夢想があって、しかるに

金剛子にも歴代乗員の浪漫が何某か反映されとるのかもしれん、などとしみじみ思った。

 

しかしヒエーは目を逸らし冷や汗を流す感じ、流石は艦内で春画展を開いたお召し艦(おじょうさま)

あとは引き攣った顔の榛名と、頭痛を堪えている風情の霧島。

 

「霧島と榛名も大丈夫、と」

 

「あ、はい」

「は、榛名(はるにゃ)には何にょ事かわかりませんにょッ」

 

霧島に揶揄われだしたムッツリ猫科を横目で放置しつつ、大淀に通信機を頼む。

 

いや、東南アジアの外はスマホじゃ辛いねん、主に通信費が。

 

衛星経由で暗号表を通し、繋がった先は横須賀鎮守府第二提督室。

先日からの経費関連のやり取りですっかり馴染みになった感がある。

 

―― ウチ ノ コンゴウ ガ キセイジジツ デ コウカンニッキ ト イイダシタ

 

―― トウホウ ソノトキ ノ コエ ハ カモン ト ゴー ドチラカ ト マガオ デ 

 キク セクハラマジン セツジツ ニ コウカン モトム

 

―― アキツシマ プレイ トナ スエナガク バクハツ シロ

 

―― カモカモ イワセトランワ フザケンナ

 

短い文面のやり取りを終え、機械を仕舞いつつ真面目な顔で提督に向かい口を開く。

 

「ウチのと、練度3桁歴戦の金剛さんとのトレードの話が出たんやけど」

「何がどうしてそうなった」

 

何にせよ、問題は解決しなかったわけで。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「そういう理由で、足柄先生に蜂蜜授業を開催して欲しいんやけど」

 

その言葉に、長い髪をカチューシャで留めているOL狼こと、重巡足柄は頭を抱えた。

そのまま頭痛を堪えるような素振りを見せて、染み出すような一言が返ってくる。

 

「蜂蜜授業言うな」

 

巡洋艦寮の礼号部屋で、足柄先生にカリキュラムに性教育を入れるよう依頼した所。

 

「参加自由、とりあえず金剛さんは強制参加で」

「いや、そういうのって普通は何となくわかるものでしょう」

 

何か問題の深刻さをわかっていないようなので、近場に居た霞と清霜に聞いてみる。

とりあえず定番の、赤ちゃんは何処から来るの、何というセクハラ。

 

「え、キャベツ畑で獲れるんでしょ」

「コウノトリが運んでくるんだよ」

 

真顔であった。

 

足柄先生の顔が引き攣っとる。

 

そのままキャベツかコウノトリかで言い争いが起き、コチラへと話が飛び火したわけで。

 

「コウノトリがキャベツ運んでくるんやないかな」

 

適当な事を言ったら納得した模様、足柄先生が何という余計な事をと叫びたそうや。

そそくさと書類を押し付け、ほなヨロシクと全部ぶん投げて、逃げるように寮を後にする。

 

何つうか、艦娘が保有する乗員の記憶も融通が効かんもんやなと。

 

いや待て、第二の睦月型は容赦なく下ネタ連発しとったし、もしや5番泊地独特の問題か。

それとも向こうの環境が悪いとか、艦娘と契約している提督の霊的資質の可能性もある。

 

疑問に煮詰まった頭を振れば、何か全速で駆けてきた島風が挨拶をしてきた。

天津風(あまっちゃん)をぶっちぎってきた所だとか、いつも走っとるな、この娘。

 

「あーそうや、島風は子供ってどうやって作るかわかっとるか」

「建造ドック」

 

うん、手順としては間違っていないな。

 


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