水上の地平線   作:しちご

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35 名前を呼んで

しと、しととセリアの海岸線を霧雨が包み込む。

 

傘を持ってくるべきだったかと悔いたもの後悔は先に立たず、霧雨故に

濡れて行こうかと、そんな諦観を抱えた二隻の艦娘が歩いている。

 

龍驤と利根であった。

 

発電所のメガソーラー施設点検、日本企業の関わるそれの、立ち合いの帰りである。

 

海軍の企業保護の名目もあり、泊地には時折このような雑事も持ち込まれる。

大抵は提督、もしくは代行の秘書艦が立ち合い、適当に接待されて終わる話だ。

 

陸側から入ると諸手続きが重複するからと、適当な距離で砂浜を離れ

泊地の埠頭から帰還しようと横着していた二人であった。

 

互いの髪が水を吸い重くなる。

 

肩を竦めて不運を嘆いていれば、利根が飛ばしていた瑞雲が

何某かの漂着物を発見したと、そんな報告があがってくる。

 

「何や、また何ぞ巨大骨付き肉でも流れてきたんか」

 

腐敗した肉片の付着した巨大白骨、21世紀初頭にブルネイへと漂着した

ご当地UMAであった、巷のUMA特集で名前が挙がらない程度にマイナーである。

 

「いや、ヒト型をしておるらしい、土座衛門かの」

「えべっさんか、今日は厄日かいな」

 

天を仰ぐまな板1枚、何はともあれ、動く死体にでもなられてはかなわんと、

適当な符だの触媒だのを抱えて漂着物の方へと歩いてく。

 

はたして、ワカメの絡みついたヒト型が流れ着いていた。

 

潮に濡れた髪色は銀に近いブロンド、白を基調とした制服が豊かな肢体を包んでいる。

それは、龍驤たちが近づくと仰向けのままに片手を上げて口を開いた。

 

「ぐーてんだーく」

 

いつぞやのドイツ艦、グラーフ・ツェッペリン級航空母艦であった。

 

 

 

『35 名前を呼んで』

 

 

 

何たるシックザールなどと流暢に変則金剛語を操るワカメ付きフリーダム空母を

いまだかつて無いほどに優しい笑顔で海に還そうとしたら、利根に止められた。

 

まあとりあえずにドックへと叩き込み、今現在に提督執務室で髪を乾かしとると。

 

湯気を上げながらタオルを肩にかけてホカホカしている所に、提督が言う。

 

「いや、何で執務室に持ってくるかな」

「あー、つうても不審物やしなあ、話聞くまでは目の届くとこ置いとかんと」

 

その不審物はフルーツ牛乳を飲みながらほっこりしとる、聞けや。

 

「んで、何で伯爵はこんなとこに漂着しとんのや」

「グラーフだ」

 

何の事やと聞いてみれば、呼び方の事らしい。

 

伯爵だと他人行儀だからドイツ語でグラーフと呼べと、愛を込めて。

 

「ツェッペリンさんはどうしてこないな所に流れてきたんですかね」

「つれないな、あんなに熱い夜を過ごした仲だと言うのに」

 

何か大淀がすごい勢いでコッチに顔を向けた。

 

「確かに赤道直下の甲板での雑魚寝は暑苦しかったわな」

 

そして書類に戻った、どこからツッコめばええのやら。

 

「まあ何だ、ユーラシアの欧州戦線が泥沼になっているのは知っているだろう」

 

細かい事情までは入ってこんが、とりあえずロシアがヨーロッパに食い込んどって

昼は戦争、夜はゾンビ映画と慌ただしい毎日を送っとる、だったか。

 

「あの自称ドイツもかなり厳しい状況らしくてな、形振り構わず日本との国交を

 再開しようとあがいている最中なわけだ、無理筋だがな」

 

とりあえず東からロシアを叩けと、中露を日本にぶつけようとした国がよくも言う。

 

いや、だからこそか、まだ諦めとらんのやな。

 

「まあドイツが表に立っとるうちはヨーロッパ諸国との国交は断絶したままやろな」

「英国かイタリアあたりとの交渉が本番、という認識で結構だ」

 

だがほらと、前振りの段階で騒ぎ出す馬鹿も居るわけやと。

 

「つまりはまあ、日本国内に居ると親独派残党が何をするかわからんわけだ」

 

そんなわけで日本国内のドイツ艦はブルネイ鎮守府群へと避難してきたそうな。

 

深海棲艦の猛攻に先日の大被害もあり、ブルネイへの遠征艦隊が出し辛くなった所に

オイルロード保持、前線強化と都合の良い名目が存在していたわけで。

 

そして潜水と駆逐がクアランプール、残りはタウイタウイに行く予定だったとか。

 

「いや、何でそれでブルネイに漂着しとんねん」

「ビスマルク曰く、今回は基本事後承諾だから着任してしまえばこっちのものだと」

 

何してくれとんねん、あの暁型超弩級戦艦。

 

「埠頭につくはずだったのだが、膝に潜水艦の魚雷を受けてしまってな」

「うん、慣用句にかこつけてウチの手を取って跪かんでくれるかな」

 

とりあえず手の甲に口づけをかまそうとする阿呆の顔面に鉄の爪を入れておく。

 

「という事らしいけど、どないするコレ」

 

提督にぶん投げてみた。

 

「飼ってもいいけど、しっかり世話をするんだぞ」

「何でペット扱いやねん」

 

「安心しろリュージョー、私はちゃんとトイレも指定の場所で出来る」

「できんかったら大問題や」

 

「この泥棒猫」

「何処から生えた加賀」

 

とりあえず、加賀とドイツ製加賀を簀巻きにした所で布団が尽きる。

 

「提督の分まで回らんかったか」

「いや、何で流れるように自然な動作で簀巻き作ってんだよ」

 

日頃の鍛錬の成果やな、間違い無く。

 

簀巻きを床に転がしてどうした物かと考えていたら、青キノコが口を開いた。

 

「今日の私はまだ簀巻きにされる様な事をしていないのですが」

「罪状、加賀」

 

「いつの間にか存在が全否定されています」

 

とりあえず不審物の疑いも晴れたわけやが、代わりに不穏物と化してもうたわけで、

まあ冗談はさておき、邪魔やから簀巻きにはしたが吊るすほどの理由も無い。

 

何はともあれ転がして仕舞っておくとする、近場の物置にでも。

 

そして落ち着いた室内は、何となくの静寂であり、適当な見識で持って締め括った。

 

「そやな、正規空母が増えるのは悪い事やない」

「龍驤、目が死んでるぞ」

 

言わんといて。

 

後日、様子を見に来た第三本陣の陸奥()ッちゃんが、簀巻きにされて吊るされた

ドイツ艦を見て卒倒しとったが、ウチのせいや無い、はず、と思いたい。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

書類を仕上げるペン先の音が響く中、提督執務室の空気は重い。

 

上に乗せられとるからな。

 

後ろから頭の上に脂肪の塊が二つほど乗せられとるからな。

 

「……んで、グラ子は何がしたいんかな」

「うむ、その呼び名はアリだな」

 

とりあえずと引き出しの中の荒縄を持ち出したあたりで、慌てた声色の返答があった。

 

「プリンツが言っていたのだ、胸を触れさせておけば万事巧くいくと」

 

ほう、あのポンコツ後日沈める。

 

「それは提督相手の話では無いのかのぅ」

 

利根が控えめに見識を披露した。

 

そんな極めて真っ当に聞こえる意見に対し、グラ子は首をかしげて疑問を述べる。

 

「だがしかし、ここのアドミラルは筋金入りの幼女趣味なのだろう」

 

提督が噴出した。

 

叢雲が書類を仕上げながらさりげなく提督から距離をとる。

 

「あんた……やっぱり」

「やっぱりって何だあああぁぁッ!」

 

泊地に嘆きの叫びが鳴り響いた。

 


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