水上の地平線   作:しちご

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34 俄雨なら余所に降れ

 

その日、5番泊地は壊滅した。

 

誰しもがこんな事態になるとは予想していなかった。

笑顔と感謝を持って行われた行為であった、はずなのだ。

 

だがしかし、気が付けば一人、また一人と倒れ伏す惨状が在る。

 

倒れた者は完全に心折れ、立ち上がるという概念を失っている。

 

―― 地獄への道は善意で舗装されている

 

最後まで抵抗していた龍驤の脳裏に、そんな言葉が思い浮かんだ。

 

「ま、まさか……ここまでやと、は」

 

そしてついに、動く者が居なくなる。

 

何が悪かったのだろう。

 

五感、ヒトの身を持ったという事を軽く考えていた艦娘の油断

と言うのは酷であろう、提督もまた、無力に倒れ伏しているのだから。

 

常日頃からは想到する事が出来ない、現場でのみ理解できる悲惨。

 

そう、各艦娘寮へと運び込まれた禍々しき物体。

人を寄せ付けぬ棘を持つそれは、一種の生物兵器とも呼ばれる。

 

それが、山のように積まれている。

 

数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの数のドリアンであった。

 

泊地の艦娘及び提督は、臭いで心が折れていた。

 

 

 

『34 俄雨なら余所に降れ』

 

 

 

何やブルネイ王室名義で大量のドリアンが届いた。

 

ドリアン、マレー語で(ドリ)を持つものという意味の果物であり

その名の通り、無駄に刺々しい外見をしている。

 

最終ダンジョンで入手可能なパイナップルの上位互換装備と言った感じや。

 

マレー半島の王族が好んで食べたため、王様の果物と言う異名が付き

伝来と重訳の果てに「果物の王様」という呼称が定着したとか。

 

日本人が鰻を獲り尽くす勢いで愛し、英国人が紅茶を人生を投げ捨てる勢いで

愛し、香川人がうどんを血で茹でるように、ブルネイ人はドリアンを愛する。

 

余りに好き過ぎて輸入だけでは飽き足らず、ついには国内生産に踏み切り

毎年大量にドリアンを収穫するほどにブルネイ人はドリアンが好きや。

 

なにが恐ろしいって、国内生産の目途が立って流通に乗ったにも関わらず

ドリアンの輸入量がそれまでと変わらず、むしろ年々増加しているという事実。

 

それは海域断絶された現在も変わらない、彼らはドリアンに命を懸けている。

 

何と言うかもう、世界中のドリアンを獲り尽くす勢いやな。

 

その強烈な臭いと滋養豊富な内面、美味と言って差し支えの無い味わいは

ブルネイのみならず東南アジア全域で好まれ、

 

祝いの席にはドリアンが贈られるのが慣習となるほどなわけで。

 

何か文屋が先日の海戦を面白可笑しく騒ぎ立てたおかげか、ブルネイ政府や王室が

色々と気を回してしまったらしく、有り難いんだか何なんだか。

 

まあそんなわけで大量のドリアンや。

 

気持ちは嬉しいんやけどな、やけどな、ドリアン言うたら密室への持ち込みが禁止

されるほどの凄まじい臭いの塊なわけでな、うん、どないしよコレ。

 

物や時期によっては、さほどの臭いが無いそうやけど、例えば屋台で売っとる

立ち食いドリアンはここまで臭いが酷くは無い、時間経過でクるそうやけど。

 

そんな例外を思い浮かべて現実逃避したところで、山積みのドリアンで

泊地の艦娘が死屍累々な現状は好転しないわけで、ああもうホンマどうするよコレ。

 

大きく息を吐き、漂ってきた香りを吸い込みちょっと胸焼けを起こしつつ

見渡してみれば提督執務室には避難してきた艦娘が有象無象。

 

届いたドリアンは寮に叩き込んだから、かろうじて提督執務室の在る泊地本棟

さりげに取り付けたエアコンが全力運転中、かろうじて息が出来る塩梅。

 

部屋に入りきらない分は屋外で倒れて痙攣しとるわけで、何というか惨状やな。

 

さて、常よりも人口密度が高く、息苦しいなと思った所で赤いのと目が遭った。

 

「……一航戦(バキューム)の活躍の時が来たか」

 

「ええとですね龍驤、私もこの臭いはちょっと勘弁していただきたいのですが」

 

赤城のくせに何か凄い情けない事を言うとる、解せん。

 

「なら溶鉱炉でどれだけ溶かせるか」

 

「一つ二つならともかく、それでは根本的な解決にはならんだろう」

「待って武蔵さん、大戦艦が溶鉱炉なんて異名を受け入れちゃ駄目ーッ」

 

武蔵と清霜が騒がしい。

 

「……間宮に泣いて貰うか」

 

窓全開で片っ端から調理する方向か、換気用の扇風機も持ち込みで。

 

「まあそれしか無いじゃろうなあ」

 

疲れた声で利根がぼやいた。

 

そして今まで目を通していた書類を渡してくる。

ドリアンと一緒に送られてきた一通だそうな。

 

ラテンアルファベットで記されたマレー語の文章、よくある公文書やな。

戦勝の祝いと、それに伴うブルネイ海域の解放に関する美辞麗句。

 

まあ要するに Terima Kashi.(ありがとう) と。

 

とりあえずの印象は Sama-sama.(どういたしまして) ってとこか。

 

色々と書いてはあるが、結論としてドリアンを無碍な扱いはできんと、うああ。

 

読み進める内に絶望的な気分になっていく、感謝に溢れた礼状なのに。

 

「えーと何々、そして5番泊地提督のご結婚を祝して ――」

 

「私と赤城さんで、責任持って食べ尽くします」

「加賀さんッ!?」

 

何か拙くも翻訳して読み上げていたら勇者が現れた。

 

「ほな、空母寮の分は赤城と加賀の受け持ちな」

 

「待って、本気で駄目なんですあの臭い、部屋に臭いが染みついたらもうッ」

「一口たりとも、龍驤には渡しません」

 

加賀が燃えている、ドリアンの何がコイツをそこまで駆り立てるのか。

 

まあ寮内に保管すると空母が全滅しそうやし、間宮に待機して貰うとして。

 

そして話に一区切りが付いたと見たか、大淀が手を叩き注目を集めた。

 

「間宮裏にテントを張りますから、各寮のドリアンを各自で搬入してください」

 

何か黄昏た背中が続々と執務室から退出していく。

 

武蔵が清霜の頭を撫でながら、後で駆逐艦寮に手伝いに行くとか言うとる。

大型重機が駆逐艦寮に行くなら、援軍は少数で足りるなと一安心。

 

「逝きますよ、瑞鶴ッ」

「え、私も数に入ってたんですかッ!?」

 

「翔鶴さん、まさか逃げようなんて思っていませんよね」

「お、御伴させていただきますッ」

 

何か青赤が何も言っていないのに犠牲者を増やしている、善き哉善き哉。

これなら軽空母組の受け持ちは常識の範囲内やなと、一安心。

 

そして微妙に距離を取り気配を殺していた蒼龍に溢れんばかりの笑顔で近づいていく。

 

「死力を尽くしますぅ……」

 

縋り付かれた飛龍が物凄く迷惑そうな顔をしとった。

 

ついで、金剛型に戦艦寮が終わり次第に各寮を回って貰う様に頼み、一息。

 

「さて、テントは」

「吾輩たちじゃろうなあ」

 

利根と目を合わせて肩を竦めた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

連日に間宮から吐き出される甘ったるい悪臭が泊地の外にまで漂っとる。

 

窓からも見える、何事かと付近の漁師だの何だのが泊地を見つめる視線が痛い。

笑顔になっとるのがブルネイ人、引き攣っとるのがフィリピン人やな。

 

何か変な見分け方を覚えてしもうた。

 

後始末の書類関係もそろそろ終わる、端的に言えば、太平洋打通は失敗した。

 

作戦前の前提を覆すほどに深海棲艦の手加減が無くなった事実は重く、

ハワイ諸島への補給線維持が現時点では困難であるとの判断や。

 

これからも折に触れ突っ込んで行くわけやが、不定期かつリスクも高い

まあ何や、東南アジアの様に定期航路確保とまではいかなかったという所。

 

そんなわけでブルネイ鎮守府群としては、ハワイまで到達した横須賀艦隊の

手伝いとして残していた天龍の帰還を以って全行程が終了する。

 

向こうで何かろくでもない事でもやっとらんやろなあとか不安を覚えていれば

利根が何か笑いを噛み殺した表情で、一枚の紙切れを渡してくる。

 

青葉日報速報版、一面に書いてあるのは現代アメコミ事情、何でや ――

 

 テンリュー・レディ!

 

 神秘の力、カンムス・エナジーを身に纏うニューヒーロー!

 その眼帯の下にはドラゴンのスピリットがシールされている!

 愛用のカタナでシー・デビルズをぶった斬る若きサムライ・ガール!

 

茶、吹いた。

 

え、何、天龍アメコミヒーローに成ったの、アヴェンジャーズ入りとかすんの。

 

「って、何がどうなってこうなったんや」

「いやいや、次のページがさらに傑作じゃぞ」

 

えと、何々、カンムス・エナジーを保有するマジックユーザーの……

 

 マスター・リュージョー!

 

 カンムス・エナジーをテンリュー・レディに師事した不老の少女!

 大戦時は幾度もキャプテン・アメリカと死闘を繰り広げた美しきヴィラン!

 ザ・ハンドの陰謀に対し一時的にキャップと共闘をした事もあるぞ!

 

覗いてきた提督が引き付け起こしおった。

 

「りゅ、龍驤が何時の間にかキャップの戦友になってる」

「ああ、大戦時はあの青タイツには苦労させられたわって、アホかあああぁぁッ」

 

「テンリューの姉妹弟子にトーン(Tone)とな……完璧にウチの天龍じゃなコレは」

 

ちなみにテンリューの配下にロックガールズとか言うのが居るらしい。

 

とりあえずアレや、天龍の川内の木逝きが決定した昼下がりやった。

 


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