水上の地平線   作:しちご

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比翼の鳥 鋪

 

先に作戦本部へと向かう提督と別れ、利根と共に摘みを持って神社に行く。

 

「しかし、突然に変なメェルなど送りおって何があったのじゃ」

「何の事や?」

 

ほれと、利根が見せてきたのは確かにウチから送りつけたであろう電文1通。

 

「よくはわからぬが高価な触媒を浪費したとか、隼鷹が難儀しておったぞ」

 

内容は、南洋総鎮守の結界強化に因るコロール島の聖域化。

 

…………………ちょっと待て、いろいろとちょっと待て、お願いだから。

何でって、そりゃ太平洋が完全に深海側に堕ちとるからやなって、ヲイッ。

 

唐突に忘れさせられていた幾つもの考察が脳裏に復元されていく。

 

ぶちまけた荷物、散乱する呪符、転がり出たスマホ、片言だけ打てたメール。

 

「ちょ、ちょっと待った、加賀は、赤城はまだ出とらんよな」

「い、いや、ウチの連中なら先程抜錨したところじゃが」

 

変な声が漏れた、あかん、間に合わんかったっぽい。

 

……さらばバキューム、そしておかえりウチのエンゲル係数、やなくて、

状況を整理して、思考を積み重ね、うん、あれ、これ詰んでね。

 

海が深海に堕ちた、完全に負の属性に染まった、深海棲艦が積み重ねて来た呪詛、

即ち海上では歴史の再現という負が、艦娘の意思と言う正の属性よりも優先される。

 

負しか無い海では羅針盤は負しか指せず、ただ闇雲に歴史の再現へと針を示す。

海上の、世界の理そのものが負の属性に堕ちたからか、妖精もまた同じく。

 

つまるところ、もはや羅針盤と妖精は完全にアッチ側なわけで、うん、オワタ。

 

第一陣の轟沈を持って呪詛が成立し、一、二航戦の消滅を持って呪詛が確定する。

 

70年以上に積み重ねられた「ミッドウェー海戦こそが分岐点」という意思が

海上を掌握する呪詛を固定化する、覆しようが無いほどに莫大な霊的物量で。

 

「龍驤様~」

 

負の属性、綺麗な式を汚せないかと考えている最中に何かやたらと能天気な声が

耳に届き、思わず近寄ってきた顔面を鉄の爪とばかりに受け止めて、いや待てや。

 

「あー、ちょい待ってな、今考え纏めてるから」

「あ、はい」

 

見ればそこには、ズタ袋を引き摺っている大和、もとい武蔵だったものを引き摺る大和。

え、何、何で再会早々武蔵が轟沈寸前になっとるの、いや何となく察せるけど。

 

ってアレ?

 

「……大和、と武蔵」

「はい?」

 

蒼天より、懐かしい音が聞こえた。

 

 

 

『比翼の鳥 鋪』

 

 

 

不穏な先行きを感じる海原を奔る艦影は、意外に落ち着いた空気を出している。

 

先ほどに分かれた五航戦姉妹について、帰らせたところで、結局は意味の無い事では

なかったかと問う空母は飛龍、穏やかに首を振る姿は赤城。

 

平素と同じように、確信を持って語る、彼女たちは生きて帰れば後は何とかなるだろうと。

 

「ウチの末っ子は頼りになりますから」

「龍驤センパイを末っ子扱いされると、私たちの立場が無いんですけどー」

 

蒼龍の文句に、何を言っているのかと不思議そうな顔で首を傾げる赤城。

 

「二航戦以降の空母を身内と思った事など、一度もありませんが」

「そうですよね、貴女はそういうヒトですよね」

 

薄情さが齎した突然の頭痛に眉間を抑え、飛龍が感を漏らす。

 

そして唐突に、その動きが止まった。

 

「え?」

 

当惑する飛龍を置き、自然、3隻は距離を開けていく。

思うように動きが取れない事に気が付き、赤城は妖精に問いただした。

 

妖精は言う、飛龍は離れた場所に居たと。

 

「ああ、先陣の私たちが何故みすみす轟沈したかと思っていたのですが」

 

もはや妖精たちは艦娘の方をを向いていない。

 

―― 敵ラシキモノ10隻見ユ

―― 敵ハ其ノ後方ニ母艦ラシキモノ一隻ヲ伴フ

 

―― 敵機動部隊ヲ捕捉撃滅セントス

 

こういう事でしたかと。

 

「これでは、龍驤の上の鯉ですね」

「余裕ありますね、赤城さん」

 

呆れた様な加賀の声、やがてその視線は前方を向く。

 

敵影が水平線に浮かぶ、休む事無く距離が詰められ、悍ましい姿を視認する。

およそ陰陽の心得の無い一同にもはっきりとわかるほどの、瘴気。

 

「これは、また」

 

呆れた声を出したのは赤城、頭痛を覚えたかのような仕草で加賀が答える。

 

「よりにもよって、姫級ですか」

 

相対するは空母棲姫、随伴9隻。

 

視界に入る怨塊の姿は艶の有る黒白、およそ笑顔と言うには悍ましきに過ぎる

その口元に浮かんでいるのは、空が裂けたかの如き、三日月の嘲笑。

 

―― 火ノ、塊トナッテ……沈ンデシマエ

 

ゲタゲタと下品な笑い声と共に振り上げられた腕、手甲の如き黒金を纏うソレに

応えるかの様に喚び出された、雲霞の如き艦載機が上空を染める。

 

それでも赤城は、動けないなりにと弓を引き、矢を飛ばした。

 

そして海面に落ちる。

 

艦載機が、喚べない。

 

ケラケラと、深海の底の様な眼で妖精が哂う、兵装転換が終わっていないと。

 

「よもや、ここまでとは」

 

歯軋りが漏れた。

 

空を埋め尽くした死神が各艦の直上を取る、妖精がかつての歴史と同じ言葉を吐き、

吸い込まれるかの如く艤装が爆撃地点へと誘導される。

 

まずは、蒼龍が12機の攻撃を受け、3弾命中。

 

「どッせいッ」

 

するかと思われた刹那、加賀が蒼龍を蹴り飛ばした。

 

敵機直上、などと言っていた加賀の妖精たちが口を開けたまま動きを止める。

相対する怨念たちも、余程の意外であったのか、空母棲姫までもが固まっていた。

 

二隻の至近に魚雷が落ちて、水柱を上げる。

 

凄まじく無理矢理な横飛びからの蹴りであった。

 

あれ、何やってんのこのヒトなどという感じの、生暖かい空気が辺りを包む。

集まる視線に微塵も揺るがず、暴君が渾身のドヤ顔で宣言を成す。

 

「乗員が言う事を聞かない事など、日常茶飯事です」

「何か凄く哀しい事言ってるッ!?」

 

仕切り直し、再度の爆撃に澄ました顔で蒼龍の首根っこを掴み投げ飛ばす加賀。

 

「蒼龍、とりあえず全力で逃げなさい」

 

ドカドカと音を立てながら、艤装で海面を踏み砕くかのように移動する青い姿。

 

「け、けど艤装が反応しないんですけど」

「足で」

 

死線の上で何を演っているのかと、赤城が思わず苦笑する。

そして再度に弓を引く、妖精の声などもはや聞こえない。

 

加賀は眉ひとつ動かさない、浮いているだけ御の字と全身が物語っていた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「流石に二度も、赤城さんを残して沈むのは御免だったんですがね」

 

結局、全力での抵抗は僅かな時間を稼いだだけの結果に終わり、

弓は折れ、矢は尽き果てて一同が海上に浮かび、蒼天に向く。

 

数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの被弾、もはや指一本動かせない。

気が付けば鉄風雷火の嵐は止んで、怨敵が間近で私を見下ろしていた。

 

白けた様な目線、誰かに似ているような顔。

 

似姿が問い掛けてきた、こんな事に何の意味があるのかと。

 

「簡単に諦めると怒るヒトが居るんですよ」

 

まあここで命運尽きて沈んでも、まだ最終陣、横須賀所属の私たちが残って居る。

こうやって少しでも時間を稼いでおけば、後は彼女が何とかするだろう、きっと。

 

思い浮かんだ言葉に苦笑する。

 

ありえない夢想だと頭では理解しているのに、何故か心が信頼している。

 

―― 何モ変ワリハシナイ、オ前タチハ

 

視線が合う事は無く、身を翻し、投げ捨てた言葉と共に離れていく姫。

 

―― 何度デモ、何度デモ沈ンデイク

 

やがて、最後を告げるであろう爆撃機が集まり、編隊を組んだ。

 

いつかの時と同じように、私の直上。

 

だからか、走馬灯だろうか、脳裏にかつての記憶が浮かんでくる。

 

いつも背中を見ていた。

 

第一航空戦隊、赤城と鳳翔、かくありたいと思う姿だった。

 

航空母艦という艦種の名を背負い、かの戦艦長門に対峙した。

 

よりにもよって日本の誇りに、悪態をつき首を掻っ切る仕草をしたのは誰だったのか。

 

最後の最後で思い出し笑い、

ああそうだ、いつも彼女が傍に居た。

 

そうか。

 

龍驤、貴女は私の ――

 

轟音が、響いた。

 


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