水上の地平線   作:しちご

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33 狐と踊れ

龍驤ちゃん曰く、昼は時間無いから適当に食べてこいと。

そんな感じでお小遣いを貰って、私、島風は首都を彷徨っているのだ。

 

新しく仕立てて貰った海軍礼服が少し息苦しい。

 

人込みを避けて食事処を探してみれば、何やら繁盛している店がある。

 

えむしーどなるど?

 

いや、メッダーノウズか、漁師の人とかが時折話題に出して、マッカズとかマクドーとか

呼んで居たのを思い出す、何でも米帝のチェーン店で、私より少し年上だとか。

 

幟にマクドスパゲッティーと書いてあるのを察するに、パスタ屋さんなんだろう。

 

うん、チェーン店は好きだ、何と言っても速いし。

 

これも何かの縁だろうとマクドーさんに入ってみた。

 

予想に反してパスタはスパゲッティミートソースしか置いていない。

何かパンで肉を挟んだ料理が主体のお店だったようだ。

 

幾つか保有している乗員の朧気な記憶にある、これは確か万博に出品していた食べ物

ハンブルグステーキのサミヂ、ハンバーガーとか言う米帝の料理だ。

 

コカコーラも有る、珍しい、うん、かつては何と言うか複雑な立ち位置だったけど

今となっては懐かしい戦友に会ったような気分、相変わらず元気そうで何よりだ。

 

こんな南洋の果てで人気を博している事には少し驚きがある。

 

ともあれ期間限定のチキンプロスペリティバーガーを選択、ついでにお粥とコカコーラ。

 

出来上がるまでが物凄く速かった、凄い。

 

写真を見て好感を抱いたチキンプロスペリティは、予想通り美味しかった。

バーベキューっぽいソースのでっかい照り焼き肉、そうそう、こういうのが良いんだ。

 

喉にシャワシャワとあたるコカコーラも良い、相変わらずコーラの実の味がしない

バニラとシナモン主体の謎飲料、というか頭痛薬、だけど美味しいんだな。

 

最後にお粥、バーバーアヤムマクドーには炭酸飲料は駄目かと思ったけど意外に合う

中にフライドオニオンとか入っていて少々重めで、しかも辛かったから。

 

思いつきで入った店にしては、結構な感動があった。

 

砲火の向こう側の人たちはこんな食事をしていたのかと思えば少しだけ感慨深い

何と言うか米帝って凄い、速いし、太平洋打通を頑張ろうと素直に思えた。

 

 

 

『33 狐と踊れ』

 

 

 

太平洋打通前段作戦が実行されている最中、ウチらはブルネイ王国軍記念日の

招待武官としてバンダルスリブガワンに逗留中、何か申し訳ない。

 

七つ星ホテル、ジ・エンパイアホテルのエンプレススイートで優雅な一時。

 

もうしわけないわーと棒読みするぐらい実に申し訳ない、ああ役得役得。

 

いや正直なとこ、結構気が休まらんけどな、絨毯に純金とか縫いこんであるし

足の踏み場も無いわ、つーか踏んでええのか、この絨毯ウチの年収より高くないか。

 

提督と長門に割り当てたエンペラースイートに至っては、無造作に置かれた

バカラの置物が資産価値測定不能、やめて、割ったら5番泊地が破産してしまう。

 

とりあえず長門(ながもん)には、耳のタコでたこ焼き焼けるまでしつこく言い聞かせておいた。

 

これは見事だなとか言って無造作に触って置物の首あたりがポロリと行ったら、

本陣提督の首まで一緒にポロリするから決して触るな、近寄るなと。

 

まあ何や、絨毯踏むのが怖いんでベッドの上に腰掛けて足を上げた。

何かずるりと足を引き抜いたような感触がある、何という繊細な感性。

 

そのままゴロリと横に成れば、視界に屋根が映った。

うん、天蓋付きベッドなんや、天蓋付き。

 

いったいどこの王侯貴族やねんと、いや王侯貴族御用達なんやから当然なんやけど。

ゴロゴロと柔らかいベッドの上を転がれば、癒されるんだか魘されるんだか。

 

うん、柔らかすぎて落ち着かん。

 

誰かかまって時間を潰そうにも、島風と長門はアチラさんの希望で

メモリアルホールに写真が飾られるとかで、先程から撮影に行って帰ってこない。

 

お勤め御苦労さんって感じやな。

 

そういえば島風と言えば、いつぞや変な事を言っていたなぁと思い出す。

いや、取り立てて変と言う内容では無かったが、何処か不吉な響きがあった。

 

まるで、再び最後の時が繰り返されるかのような

 

何故やろうか ―― それが決まりきった未来の様に

何故その時ではなく ―― 今のうちに伝えるのか

 

だって龍驤は島風より ―― 先に沈んだ艦だから

 

………… ?

 

何かおかしいな、妙に頭がスッキリしてよく回る言うか ―― 悪寒がする

 

何もおかしい事など無い、忘れてしまえと ―― 提督ゴーストの悲鳴が

 

知覚よりも早く指が動く、袖口の呪符を引き抜き額にブチ当てて

印を切る、ようやくに察知した陰の気配に裂帛の気合を叩き付けた。

 

意識が醒める。

 

呪詛か、おそらくは思考の誘導、忘却もあるか、何て性質が悪い。

 

指先を噛み千切り血印を組み、懐の符に合わせ部屋を隔離する。

どこから呪詛が来とるんか、扉の向こう、提督が気になるが今は安全確保や。

 

隼鷹あたりに比べればド下手くそやが、これでも一応は陰陽系

最低限の結界ぐらいは張れる、泣けてくるぐらいヘッポコやけどな。

 

眉を擦り自己暗示、視界を現世から幽世へ、いわゆる霊的主体へと切り替えた。

 

足元、絨毯の上を模様が判らなくなるほどに埋め尽くしているのは、怨念。

手を打ち印を組み打ち払う、札をばら撒いて消し飛ばす。

 

見れば扉の隙間から尽きる事無く滲んでくる瘴気、ああもう、きりが無い。

 

三十六計とばかりに硝子窓へと身を寄せて、カーテンを開く。

 

この硝子クソ高いんやろなぁと、艤装を召喚、し ――

 

「は……はは……」

 

乾いた笑いが漏れた。

 

「ああうん、これは駄目や、やられたわ」

 

常世に重なるが如く認識される霊的な視覚に映る眼下には、絶望があった。

ああ、これでは気が付くはずが無い、世界に違和感があるなんて次元の話では無い。

 

完全に、認識できる範囲に比較対象が存在しないほど広大に

 

呪詛に

 

怨念に

 

ブルネイが沈んでいる。

 

視界の果て、水平線の向こうまで悍ましい瘴気が蔓延している。

 

ああ何だ、別にウチを狙って攻撃してきたわけやない

単に、ウチが呪詛より高い位置に出たせいで術の範囲外に出ただけやったのか。

 

呆然と、正気を取り戻した所でどうにもならんが、とりあえず怨念を振り払う。

扉より滲み、這い寄る呪詛に意識を向ける事も無く、機械的に浄化していく。

 

どうにもならん、これでは蟷螂の斧やな。

 

いったいどこまで汚染されているのか、どこまで逃げれば範囲外なのか。

 

何にせよ、国ごと呪詛に埋まっている以上はこの中を潜っていかなならん。

そうすれば呪詛に捕らわれ、捕らわれている事すら認識できなくなるやろう。

 

叫んだところで誰にも伝わらず、伝わったところで認識できない。

逃げ場も無い、打つ手も無い、空を飛べる知り合いも居ない。

 

メモとか残しても認識できんなるんやろなぁ。

 

二式大挺ぐらいの超長距離がいけるなら、艦載機を飛ばすと言う手もあったんやが。

 

うん、詰んだ。

 

呪詛の範囲外に出た事がバレたのか、気が付けば窓にベットリと怨念がこびり付き

様々な隙間から、通気口からとじわじわと瘴気が侵入してくる。

 

結構トロい、ああいや、場を区切っていたから入りにくいのか。

 

多少は寿命が延びたがそれだけや、もう持たんわ。

 

それでも生理的嫌悪を覚える嫌な感じのソレを、機械的に黙々と追い払う。

賽の河原の石積みかってぐらいに徒労感溢れる作業やな。

 

「誘導、忘却、繰り返す歴史」

 

諦め全部で腰を据え、乱雑になった思考を纏める。

 

クリアになった思考でこれまでの様々な事象を整理すれば、想到。

 

「ああ、そうか」

 

そうではない、根本的な所で勘違いをしていた。

 

歴史は、繰り返さない。

 

そもそも今行われている戦いは、艦娘と深海棲艦の戦争ではない。

怨念と人の、過去と現在の違いはあるが、結局の所は人類同士の戦争なんや。

 

ウチらは都合の良い兵器、盤上の駒でしかない。

 

討ち漏らし、絡み付いてくる瘴気を振り払い、ため息が漏れる。

 

たぶん、人類は敗北した。

 

奴らは砲雷撃戦なんて小さい視点で世界を見てはいない。

勝たされていた、艦娘という駒を盤上から除けるために。

 

「もう間に合わんな、何もかも、やってくれる」

 

嘆息する。

 

まあ最後まで抵抗はしておこかと、荷物をぶちまけありったけの呪符を出した。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

日も暮れた頃、カフェテリアで提督と二人茶をシバく。

 

何でもスコーンが名物らしく、時間帯が合わんからしゃーないわと諦めていたら

 

どうもそれを聞いていたスタッフが気を利かせてくれたらしく、焼き立てを

持って来てくれた、実に至れり尽くせり、流石最上級スイート宿泊客待遇。

 

「金剛サンのより上等なスコーンって、はじめて食ったわ」

「うわぁ、何ていうかコレうわぁ」

 

すいませんおいくら払えば許して貰えるのでしょうと謝罪から入りたくなるほどに

美味しい、あまりの贅沢さに提督と二人心底居た堪れない、めっさ貧乏性。

 

何か二人、死んだ魚の目で中空をぼんやりと見つめてしまう。

 

「ディナーは長門と島風に押し付けて、ナイトマーケットにでも行くか」

「ああ、それええな」

 

ガドン地区ナイトマーケット、食い物の屋台がズラリと並ぶブルネイ名物や。

エンパイアホテルからはゴルフ場を挟んで裏手にあたる、ゴルフ場広いけどな。

 

広いなぁ、凄いなぁ、隅っこで膝抱えててええか。

 

そうなんよ、山海珍味で胃を痛くするより、2ドル程度のケバブでええねん。

ついでに砂糖黍ジュースでも飲んでおけばもうそれでええねんや、贅沢は敵や。

 

などと皮算用を思い浮かべていたら、着信、メール受信。

 

「何かあったのか」

「いや、利根からやけど何やろな」

 

何か隼鷹が土産を要求しているとか書いてある、唐突やな。

文面を提督にも見せて、二人で頭を捻る、さっぱりわからん。

 

「まあとりあえず、マーケットで何か日持ちするものでも買っておくか」

「そやな、摘み確保しとけば間違いは無いやろ、隼鷹やし」

 

顔を上げれば、ようやくに解放されたようで、遠くに島風たちの姿が見える。

 

とりあえず、外出を伝えるために歩み寄った。

 


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