水上の地平線   作:しちご

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32 揺るがぬ密林

 

妖怪大和型演習強請りを退治するために、5番泊地総力を挙げて

5タテを喰らわせてみたものの、どうにも効果が無い。

 

流石はブルネイ、聞きしに勝る強者揃いよと喜ぶ有様である。

 

遠慮呵責の無いフルボッコが何やら魂の内燃機関に火でも付けてしまったのか

 

以後の武蔵の出撃と演習、仕事中毒ぶりは秘書艦もかくやと言うレベルにまで達し

天まで届けと匙を投げつつ龍驤は決意した、長門(ながもん)に押し付けようと。

 

そんな経緯で本日の武蔵は、提督に同行して第一本陣である。

顔合わせと練度上げを兼ねて清霜と、ついでの不知火も随伴している。

 

訪れた平穏に、久方ぶりの息を吐いたのは誰だったのか。

 

燃料備蓄の書類を眺めていた龍驤と叢雲が提督室の席より窓の外、

遠い空を見上げて薄らボンヤリとした声色で心中を吐露すべく口を開いた。

 

「燃料がいっそ清々しいほどの勢いで吹っ飛んでいったな」

「この際、ワ級狩り艦隊を編成すべきかしらね」

 

「戦力的には物凄う楽になったんやけどなぁ」

 

二人の目には水滴が光っていた。

 

 

 

『32 揺るがぬ密林』

 

 

 

乾季も過ぎてどんよりとした湿気に包まれるブルネイ。

 

夏に入る前というか、初夏、梅雨時にあたる日取りで予定されている

太平洋打通に向けて前段作戦、要するに露払いが少し早めにあるわけで。

 

ブルネイからは第一本陣と5番泊地が通しで参加、となっているのだが

そこでどうにも避けがたい問題がひとつ浮かび上がってきた。

 

ブルネイ王国軍記念日、いや、もろに日付がかぶっとるねん。

 

軍事パレードなども行われる式典の日で、招待武官として、ウチとこの提督か

本陣のナイスミドルのどっちかが参加しておかな肩身が狭くなると言う厄介な話。

 

まあ綺麗なコネが乏しい5番泊地がパラオ入りしてもドラム缶押す位しか

やる事は無いわけで、式典参加はウチらに回ってくるやろなぁと、ああめどい。

 

随伴に島風付けて轟沈丸には瑞鶴、は加賀が持ってくから時雨でも縛り付けるとして

 

問題はアレや、いやな、ウチみたく陰陽系は民族服という事で誤魔化せるけど

島風の制服は微妙に言い訳が立たんねん、露出度的に。

 

中身が普通に良い子なのに、何で制服があそこまで攻めているのか。

 

海軍礼服でもでっち上げるか、夕立あたりに差し替えれたら話は楽なんやけど

栗田艦隊(ブルネイ)縁の艦があちらさんの希望やし、島風か清霜しか居らんのよな。

 

もう諦めて式典の時だけ利根型か金剛サン、榛名あたりを適当に引っ張ってきて

島風にはいっそ、小遣いでもやって私服で観光でもしててもらおか。

 

差し替えるにしても、今回の随伴火力は長門(ながもん)が居るし、対潜要員かぁ

そこでさらに五十鈴を追加って、式典にどんだけ戦力投下する気やねん。

 

ああでもないこうでもないと編成を捏ねていてしばらく、何やら何時にも増して

テンションが振りきれている金剛サンが入室してきた、遠征帰りやな。

 

ランナーズハイかと思ったら少々毛色が違うらしく、何でも

 

「コングラッチレーションッ 練度98到達デース!」

 

ケッコンカッコカリまであとワンポインッ、などと浮かれている。

ズビシと指を突き付けて、提督の指輪を頂くのはワタシデースなどと宣言してくる。

 

いや普通に誰でも99で貰えるんやないかな、明石が売りつけるやろうし。

 

などと言うと、なにやら提督の初めての指輪をゲットするレースが云々と

90後半は金剛サンの他はヴェールヌイと叢雲だったか、何でウチに言うねんと。

 

そんな冷めた対応をしていたら、叢雲が首を捻った。

 

「あれ、でも龍驤100越えてるわよね」

「132やな、今の練度は」

 

金剛サンが固まった。

 

書類仕事に没頭していた霧島が顔を上げて目を見開いている。

ヒエーと榛名まで固まって口を開け、そのままに何やら震えだした。

 

ひとり平常運転の利根が問う。

 

「まあ越えておってしかるべきじゃろうが、いつの間に指輪を貰ったのじゃ」

「いや、貰てへんけど」

 

「What?」

 

ぬ、何か普段の金剛語やなくてネイティブな発音になっとる。

まあとにかく、何やら誤解があるようなので解いておこかと。

 

つーかケッコンとか紛らわしい名前が付いとるけど、アレは要は人造霊魂と

召喚魄の適合が安定するまで変な形に発達しないようにと付けられた枷、

 

というか一種の安全装置なわけやな。

 

「超廉価版な13世代型のウチに、そんな上等な機能が付いとるわけも無し」

「龍驤、何というか駄目な設計に縁が有り過ぎでないか、お主」

 

言わんといて、自覚があるだけに泣きそうになるから。

 

「アー、かけるワードもナッシンですが、えーと、ドンマイ」

「腫れ物に触るような同情が痛いわ……」

 

何やろう、ウチ頑張っとるんよ、頑張っとるんよコレでも。

 

気が付いてはいけない事をうっかり直視して瘴気を纏い始めたウチを見かねて

利根が何やら必死にフォローを入れようと頑張ってくれる。

 

「ほ、ほれ、13型にも何か良い所があるじゃろう、ほれ何か」

「あー……すね毛が生えんな、体毛なんて余分な機能も付いとらんから」

 

下も生えんと言う事やけどな、泣いていいかこん畜生。

 

「私は毛根が強いから処理が辛いのよね」

 

そんな中、採算度外視の高精度を謳う11世代型の叢雲が乗ってきた。

 

「私は特に問題ナッシンね」

「まあお姉さまと同じく、普通ですね」

 

金剛ヒエー姉妹は12世代型、前期の量産型やったか。

 

「私は薄めですね、処理が楽で助かっています」

「吾輩も同じくじゃな、12型よりやや少な目に調整されておるらしい」

 

後期量産型として現在のスタンダードになっている14世代型は、霧島と利根。

 

何か色々と進歩しているんやなぁと、感嘆しようが羨ましがろうが

ウチには生えてこんけどな、生えてこんけどなド畜生ォ

 

恥を忍んでどうにか体毛機能を追加できんかと妖精に頼んでみたら

ソコを生やすなんてとんでもないとか言い出して断固拒否しやがるし。

 

ハイライトの消えた目で恵まれた同僚たちを眺めていれば、ふと

一人ばかり何の反応もしない艦が居た事に気が付いた。

 

壁際で壁に向かい、横に寝転がった状態で壁にのの字を書いている。

現在流通している式では最新版、高コスト高品質の第15世代型、榛名。

 

見えている背中からは何やら悍ましい瘴気が溢れ出とる。

 

「は、榛名?」

 

常ならぬ異様に珍しく恐る恐るといった感じで霧島が声をかけた。

返答であったのか、壁際から消え入りそうなか細い声色での言葉がある。

 

それは、悲哀やった。

それは、慟哭やった。

 

魂魄の底より滲み出る、どうしようもない嘆きの声やった。

 

「……榛名はジャングルなので大丈ばないです」

 

通夜の様な沈痛な空気が部屋に満ちた気がした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

気を取り直した金剛サンが叢雲にズビシと指を突き付ける。

 

「指輪を貰うのはワタシデース!」

「ヴェールヌイの方が練度高いわよ」

 

宣言がまた不発デースなどと言って床に手を付く高速戦艦。

話題がズレていった模様なので書類に視線を戻す。

 

結局の所、オイルロードの保持がブルネイ鎮守府群の第一目的なわけで

作戦中だからといってソレを疎かに出来るわけがない。

 

本土からマラッカ海峡までは基本的に第二の受け持ちやから、ウチらは

主にインド洋方面の前線維持と輸送船団の護衛になるわけで、

 

留守番組の選別が微妙に面倒やと、息を吐いた。

 

口からゴポリと、吐息が泡となって消える感覚。

普段通りの錯覚が、何故か慣れない感触を持って身を苛む。

 

提督ゴーストが何かを言っているが、聞こえない。

深く重い水に阻まれているような、普段通りの現象に、何処か違和感がある。

 

解せん、何もおかしい事は無いはずや、世界が深海に沈むのは当然の事なのに。

 

以降は何事も無く、何事も無く普通に深海棲艦との戯れが続き

 

そして遂に、戦端が開かれた。

 


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