水上の地平線   作:しちご

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31 横須賀炎上

 

太平洋、ウェーク島周辺海域。

 

「あっちゃー逃がした、青葉、そっちはどう?」

「同じくです、まあ戦果は頂いたので良しというとこですか」

 

衣笠の声に、青葉が渋々と言った感で答えを返す。

 

日本近海を対象に、新鋭艦秋津州により行われた超長距離偵察試験。

 

索敵網に近海を移動中の2隻の鬼級深海戦艦が確認され、幾つかの鎮守府より

出撃、遭遇戦の後、ブルネイ鎮守府群の内、東部泊地群に援軍が要請される。

 

南鳥島の東、パラオ、タウイタウイより北東に位置する海域。

 

タウイタウイより抜錨していた一団が、海域に向かい幾つかの深海艦隊に遭遇、交戦

連絡にあった鬼級2隻を確認したのは先程の事であった。

 

支援に、随伴にと集まっていた艦船を蹴散らしていて暫く、既に被害を受けていた

鬼級は初手より一貫した撤退を遂行しており、遂にはそれを完遂される。

 

追撃戦に移りたいのは山々であったが、残念ながら羅針盤に恵まれず、

仕方無し妖精経由で遭遇戦の顛末を泊地に通信して撤退指示を待つ。

 

死に体の鬼級2隻の報を聞き、本土の艦隊達は今頃は色めき立っている頃であろう。

 

「次逢った時に龍驤ちゃんに褒めてもらおうと思ってたのにー」

「衣笠は本当に龍驤さんがお気に入りですねえ」

 

現在に海色が持つ暗い色彩が、青葉の心に何時かの情景を思い起こさせる。

 

昨年の、一時的にかの軽空母の指揮下に入った撤退戦、衣笠の扱いは酷かった。

酷かった、はずなのだが何故か妹の琴線にはガッチリと触れてしまったらしく、

 

以来すっかり衣笠は龍驤贔屓だ。

 

まあ、色々と察する所はある、一概に酷い扱いと言えるものでは無かったのだろう

衣笠的には何も問題は無いと、それはわかる、だがそれでも、それでも何と言うか

 

龍驤に悪意があるわけでもない、多少の嫉妬はあるかもしれないが、それでもだ

 

身内が悪い男に騙されているような気分とはこのようなものかと、溜息が出た。

 

 

 

『31 横須賀炎上』

 

 

 

今、逢いに行きますとかサブタイトルが付きそうなお手紙が続々と。

律儀に目を通していたおかげで、無駄に横須賀の内情に詳しいウチが居る。

 

横須賀の鳳翔さんは退役して前任の提督と一緒に地方で小料理屋をやっているとか

 

第四のおっさんが秘書艦やっとる向こう所属のウチが嫌がるからと

時たま禁煙パイポを咥えていたんやけど、どこぞのヘビースモーカー軽空母

 

だれのことやろうなーわからんなー

 

まあその誰かの影響でまた喫煙量が増えつつあるとか、知ってどうしろと。

 

何はともあれ、大和型がブルネイに到着するわけや。

 

手紙には、ウチだけやなく鳳翔さんにも会えると知って、喜ぶ大和の姿がある。

 

せっかくだからと迎えに出ておけば、何やら暇そうな連中もわらわらと集まり

いやまあせっかくだからとか提督も言い出して、手の空いた大淀もお付き合い。

 

かくして埠頭に国内外に名の知れた超弩級戦艦の雄姿が見えたわけや。

 

やはりデカイ。

 

愛宕(あたごん)のように太いとか言い出す余地がないくらい、単純にデカイ。

 

デカイとは言う物の大和型は、超巨大戦艦としての性能をコンパクトに纏めた

規模の割に極めて小型の戦艦で、いやいや、そんな薀蓄言われてもデカイって。

 

巨大な艤装にガン積みされた46cm砲を軽々と背負い、いかにも火力のありそうな

そんな武威の塊の様な艦娘は、威風堂々と仁王立ちで腕を組む ―― 褐色。

 

「横須賀より出向してきた、大和型2番艦、武蔵だ 宜しく頼む!」

 

…………あるぇ?

 

眉間を指で摘み、頭を振ってちょっと現実と予定の齟齬を確認する。

 

「……ええと、来るんは大和やなかったんかな、と」

 

褐色巨人が、すいっと視線を中空に向け、呟く。

 

「書類の最終確認を怠った姉上の怠慢というやつでな」

 

組んだ腕の上、何度か頷きながら言葉を続ける。

 

「出向希望の用紙に記入する艦娘名を、そっと武蔵と書き換えてしまえば」

「いや、書き換えんなや」

 

無言。

 

そのまま太い笑顔でサムズアップして曰く、

 

「何、提督には話を通したから問題は無い!」

 

最後にこそっと小声で「第四だがな」と付け足したのは聞き逃さない。

つまり何や、第二(やまと)は今頃怒り狂っていると言う事か、うわぁい。

 

もはや厄介事候補やなくて、導火線に火が付いた爆弾やんけ。

 

「正直、受け入れてもらえないと姉上の砲撃の的にされるから命に関わるのだが」

「何この向う見ずな押しかけ戦艦」

 

なんか妙に押しの強い言動に、堪らず横の眼鏡秘書に支援を求める。

眼鏡を光らせて一歩前に出る大淀、手持ちの書類に目をやりながら事務的な声色で。

 

「基本的に大和出向で話が通っている以上、コチラが断ってしまえば」

「ああそうそう、土産がある」

 

皆まで言わせず、武蔵が艤装の後ろに手を回す。

 

猫の様に首根っこを掴んで前に押し出した物は、小柄な姿。

輝度のやや高い長髪を後ろに括る、最近建造可能になったと聞く最後の甲型駆逐艦。

 

「夕雲型最終艦、清霜です、夢はでっかく大戦艦に成る事です!」

 

「歓迎するで、武蔵」

「ブルネイへようこそ!」

 

「手の平ドリルか君達」

 

ちょっと手の平を高速回転させたぐらいで律儀にツッコミを入れてくる提督。

 

ええい、何にせよ大和型なんて溶鉱炉を抱えるハメになったんやから、

駆逐艦はいくら居ても足りんねん、本気で足りんねん。

 

戦力的には本土の支援で随分余裕が出てきたけど、資材確保に関しては

本陣から分捕ってこな回らんほど逼迫している現状に変わりは無いわけで

 

ウチらに紐を付けたいってのもわかるが、それでも資材もーちょい回せや畜生と

せめて潜水艦部隊を貸してくれるぐらいの事はしても罰は当たらんと思うで。

 

……次の資材要求の時に、必要資材にシレっと伊58とでも記入しておくか。

 

「まあええわ、大淀、今日の利根は」

「タウイタウイの緊急出動に関して、後詰で出ていますね」

 

「んじゃ、隼鷹を降ろして泊地を案内して貰おか」

 

川内の木で揺れていた隼鷹が、一緒に吊るされている数名にお先、とか言い出す。

 

それを見て、何か鉛を飲み込んだような微妙な表情の新入り2隻が印象的やった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

 痛い。  千切る。

 

痛い、痛い。    千切る。

 

腕の中に有る同胞の身は、もはや首から上しか残っていない。

 

憎めばよい、恨めばよいと願いながら、その身を引き千切り続け予定の航路を経た。

だけど最後に残る生首の表情には、そんな意思を微塵も感じさせない悲しみが

 

思えばこの娘は、深海らしからぬ穏やかな気性をしていた。

 

憎しみよりも哀しみを、恨みよりも悔やみを持って負の身体を形造っていた。

戯れに引き千切った肉片を口に入れる、舌の上で溶けるのは鉛の如く重い悔恨。

 

島が見えた、数多の戦火を潜り、ようやくに最後の海域へと辿り着いたか。

 

艦娘どもの砲撃が激しさを増す、吹き飛ぶ肉片が儀式に因り浄化されていく。

 

何処かへと消えていく、憎悪が、ワタシが、この娘が。

 

憎い。

 

最後まで手の中の、綺麗な顔を潰す気にはなれず

ただ胸に抱き、自らの腹を裂き、腸を引きずり出した。

 

痛い。

 

痛い、痛イ、イタイ。

 

アアソウダ、艦娘などに浄化されてなるものか。

 

ワタシはワタシによりワタシは怨念としてこの海に還る。

 

至近弾に、顔が半分吹き飛ばされた。

 

脳髄に残るいくらかの呪いが打ち消される、もはや猶予は無い。

 

水煙の中、腹腔に入れていた手を持ち上げて、心の臓を抉り出す。

握り潰し、力無く倒れれば、身体が末端より呪いと還り海原へと広がっていった。

 

「空母オ、アト、  ハ……」

 

もはや声も出ず、残るのは、かき抱いたトモダチの感触だけ。

 

アあ、今は勝利に酔うが良い。

 

その身が呪いに染まりきるソノ時まで、酔イ続ければ良い。

 

共に、深き水底へと沈んでいく。

 

叶ウならば、次のワタシもコノ娘に ―― 願わくば、遥か果てで

 

誰も居ない海で

 

離島よ、いつか静かな海で二人 ――

 

『その日、呉鎮守府所属艦隊が、戦艦棲鬼、離島棲鬼撃破という戦果を挙げた』

 


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