水上の地平線   作:しちご

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29 考えるという病

ブルネイ鎮守府群第一鎮守府2番泊地。

 

かつてはマレー半島に配置されていたが、同方面を主とする第二鎮守府の配備に合わせ

現在のパラオ共和国の北部、首都マルキョクへと移転した。

 

通称パラオ泊地の特徴として、900弱の島々からなるパラオの地勢に合わせ、

何ヶ所かに番所を設ける複数拠点方式の泊地運営を行っている。

 

現在龍驤が滞在しているのは国内最大人口を誇るコロール島、旧首都コロール番所。

 

近年、開戦後に拡張された南洋神社に付属する施設である。

 

南洋神社は元々南洋総鎮守を旨として建てられた社であり、かつての大戦から後、

一時期は廃れていたが、90年代末に記念碑的な規模で、跡地に小さく再建された。

 

消滅していなかったという事実は大きい、完全に消え去った沼南神社などとは違い

形だけでも残っていた南洋総鎮守は艦娘の配備、陰陽系の施術、調整などにより

 

今ではパラオ共和国全島を覆う現世(うつしよ)の加護を発生させている。

 

それは、常世の存在である深海棲艦に対し極めて有効に効果を発揮しており

結果として、ブルネイ鎮守府群の東端、最前線の一角であるパラオ泊地は

 

東側最前線、タウイタウイ・ショートランドなどと比べ穏やかな情勢であった。

 

そのため夏季の打通作戦に於いて、太平洋側拠点として選ばれており、幾人かの

各泊地秘書艦、提督などが折に触れ視察に訪れていた、龍驤もその一人である。

 

「宿舎がちょっち小さいなぁ、まあ急造やししゃーないんやけど」

「余り、というかお偉いさんはホテル住まいじゃな、コレは」

 

護衛にと随伴していた利根が答える。

 

「本部もそっちになりそうやな、できれば境内に、無理か面積的に」

「元の社が小さいからのう、裏手の廃屋(ホテル)は使えんのか」

 

「作戦のためだけにリフォームしてもな、って感じや」

 

高地にある南洋神社と艦娘宿舎、海岸沿いの宿泊施設、それなりの距離が開いて

いるのが難点であり、後の哨戒と護衛の厳選作業を思い、二人は少し鬱になった。

 

 

 

『29 考えるという病』

 

 

 

うどんである。

 

小麦粉に水を加え練り上げた後に製麺したもの、定義はそれだけや。

 

日本各地に様々なうどんがあるせいで、製法や何某で「これこそがうどん」という

特徴が存在せず、そんな大雑把な基準で分類されざるを得ない麺類なんや。

 

どれぐらい大雑把かと言うと、つまり素麺はうどんや。

 

一応日本農林規格では乾麺に関する基準としてうどん、冷麦、素麺を区別しと

るけど、公正競争規約では特に規定されとらん、小麦麺はうどんなわけで。

 

まあ要は「これは冷麦」「これは素麺」と言った者勝ちなわけなんやけど、

一面的な事実として、小麦を練った麺は須らくうどんなんや、とも言えるわけで

 

パラオ料理のUDONもまた、うどんの一種なんやろうなと思う。

 

なんか普通に讃岐っぽい謎の近似出汁うどんをずるずると啜る。

食堂のテーブルには塩、醤油、七味、山葵、物凄くジャパニーズ。

 

違和感をおぼえる点としては、麺がパスタ言うところぐらいか。

 

かつての帝国軍は東南アジアに有形無形の様々な物を残していったわけやけど

その中でもパラオは、これでもかというほどに影響が残っている地域や。

 

サンゴ礁が隆起して出来た島々から成るパラオ共和国には、耕作地と呼べる

ものがほとんど無く、まあ要は概念ごと色々と足りない物が多かったわけで

 

海外から入ってくる様々を取り込んだ末に、今のパラオが在る。

 

例を挙げるならば、パラオ語にあるショウライ、シンパイ、チチバンドなどの

日本由来の単語や、ニツケ、サシミ、オニギリなどのパラオ料理やろうか。

 

タイやフィリピンからも人や文化が結構入ってきており、市場では普通にタイ語が

飛び交っていたりする、料理もある、随分とごった煮の感じや。

 

戦中に限らず戦後の日本も容赦なく影響を与えており、例えばパラオで即席麺を

表す単語は「サッポロイチバン」、最初に輸入された即席麺の名前が定着したそうな。

 

味噌、醤油や山葵もガンガン日本から輸入しており、流通しとる米はジャポニカ米。

 

開戦前はカリフォルニアライスやったんやけど、海域断絶しとる今は完全に

日本米なわけで、そう、普通に美味しく和食が作れる、何て恐ろしい地域やパラオ。

 

味噌醤油と一緒に移動していると言われる艦娘が居なかったら、この国の食文化は

どのような変化をしていたのだろうか、まあ益体も無い話や。

 

適当にうどんを食べ終われば、付け合わせで付けてくれたオココを齧る。

 

お香子、何とか頑張って梅干しを再現しようとしたけど限界があったという、

かつてのニホンジンたちの方向性のおかしい苦難が見て取れる赤いパパイヤ漬け。

 

「何というか、懐かしい気がするの」

 

ポリポリと齧りながら利根がそんな事を言う。

 

「さて、まあ見た所大きい問題も無さそうやし、帰るかな」

「居心地良すぎて、つい居座りたくなるのう」

 

土産にと買ったタロイモだのヤシガニだのを担ぎ上げた輸送用ドラム缶に叩き込み

懐から羅針盤を取り出せば、針が微動だにしない、つまりは安全地帯なわけで。

 

羅針盤、易占を基準に何某かの工夫がなされている謎の妖精アイテム。

海域の常世と現世の境を指し示す、海上移動に必須の困ったちゃんや。

 

基本、ムカ付く方向にばかり針が振れる事に定評がある。

 

ムカ付くからと言って、現世を示す針を無視して進めば常世送りになるわけで、

過去に本土の艦隊が1個、随伴していた提督ごと堕ちた事例があった。

 

人も艦娘も魂魄を持って生命としているが、魂とは天に属し陽であり正である。

魄とは地に属し陰であり負に属する、常世に入り魂が陰に堕ちればどうなるか。

 

件の件では、6隻の深海棲艦と1体の僵尸が確認されたとか。

 

僵尸とは、魂が流れ落ち肉体に魄のみがとどまった状態の動く死体の事や。

 

全八段階に分類され、巷に居るのは大抵は1か2の段階の紫か白で

たまに長生き、生きてはないが、するのが緑になる、生前の記憶とかを思い出す。

 

4から先は人型の災害や、その前に潰しておくのが大事やね。

 

先日ベトナムの戦線で4段階目が生まれかけて、敵味方大損害だったそうな。

 

そんな事を考えながら沖に出る、通りすがりの船舶から「ハドーケーン」とか

「ラセンガーン」とか声がかかる、日本語なら何でもええという気持ちが

痛いほど伝わってきてどないせいと、とりあえず手でも振っておこか。

 

やがて空気が変わる。

 

針が少しづつ揺れ動き、利根がカタパルトから瑞雲を射出した。

 

「天気明朗なれど浪髙し、といったところかの」

 

艦載機からの知覚を軽くおどけて伝えてくる。

 

「あとは羅針盤にお祈りやな、ナムナムエコエコアザラクウングルイ」

「詳しくはないが、途中から何か駄目な方向に向かっとらんか」

 

「使えるんやったら何でもええねん」

 

V8お祈りでさえ微妙に効果のある現代、何もせんよりはいくらかマシやろと。

 

「良い感じの未来を引いてくれれば良いのじゃがな」

 

どうにも思いがけない単語を聞く。

 

「要は易占じゃろコレ」

 

その言葉に何かひっかかるものを感じたが ――

 

沖に出るにつれ気にならなくなった、早く帰ろう。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「第一鎮守府3番泊地より異動となりました陽炎型2番艦

 不知火です、ご指導ご鞭撻宜しくお願いします」

 

帰りしなに本陣から引き取ってきた期待の新人(まないた)、明るい髪色を後ろで短く括る

やたらとドスが利いてる声と、時折落ち度が出る事に定評のある駆逐艦だ。

 

龍驤が右肩に手を乗せて言う。

 

「いや、秘書艦になるために生まれてきたような娘やな」

 

左肩に神通が手を乗せていた。

 

「二水戦所属ならウチの管轄ですよね」

 

事態を把握できていない新人の左右で、張り付けた笑みの艦娘が2隻。

段々と重くなる空気に、紹介だと集まっていた場の温度が下がっていく。

 

物見の駆逐艦勢から、不知火よりもやや赤みがかった二つ括りの同型艦が出る。

 

「ちょっと、何も説明せずに魔窟に引きずり込もうと」

 

「別に、陽炎でもええんやで」

「頑張るのよ不知火」

 

そして即座に妹を売り渡した。

 

何やら恐ろしい事態が始まっていると、薄々気づいて顔色が蒼くなっていく中央。

左右の艦は段々と笑顔が怖いものになっていく、空気の粘度がさらに上がった。

 

後はもう、特に書くことも無い平凡な泊地の日常であり。

 

騒動の終結は龍驤の「獲ったどー」という叫びと秘書艦組一斉撤退で締めくくる。

 

「ぽ、ぽーいッ!?」

 

龍驤が抱えているのは犬耳のようなクセ毛のある金髪、白露型4番艦夕立であり

不知火を小脇に確保したまま川内バリアーでしのいでいた神通が舌打ちをする。

 

「やられました、不知火は囮ですか」

 

護衛随伴、切り盛りする胆力、秘書官適正の全てを満たしているわけではないが

確実に「何かに使える」と判断できるだけの人材、ならば夕立も対象である。

 

そこまでハードルを下げていたのかと、神通は自らの迂闊を悔いた。

 

扶桑の陰に隠れていた時雨が敬礼で夕立を送る。

 

「夕立、君の事は忘れないよ」

「思い出よりも救いの手が欲しいっぽいいいぃぃ……」

 

ドップラー効果を残して遠ざかっていく影。

 

夕立が秘書艦見習いとして登録されたのは、それより1時間後の事であった。

 


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