水上の地平線   作:しちご

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03 自由は屈従である

 

泊地立ち上げ63日目 ―― 金剛、襲来。

 

英国はヴィッカース社製超弩級巡洋戦艦、金剛型1番艦、金剛。

 

明治時代に進水した当時世界最大最強の戦艦であり、英国面の奇跡との異名を誇る。

戦艦、高速戦艦と2度の改装を経て、大戦末期まで活躍した堂々たる武勲艦だ。

 

「英国で産まれた帰国子女の金剛デース!」

 

艦娘としての金剛は、何処かジャパニーズ風味の肩を露出したミニスカ巫女装束、

軽い色合いのロングヘアーにフレンチクルーラー2つを装備した阿呆毛ホルダー。

 

つまりは似非巫女である。

 

「これはモガの嗜みというものデスネー」

「ごめん、ウチ昭和生まれやから明治語わからへん」

 

着任早々にメンタル大破で即入渠、高速戦艦だけあって新記録であった。

 

 

 

『03 自由は屈従である』

 

 

 

太ももの見えるスカートを穿いた黒髪眼鏡美人(しゃん)が天使に見えた。

 

そう、大淀も着任して人心地、というにはまだまだ遠い今日このごろ。

 

作業効率は上がったものの、立ち上げ当初より申請していた工作艦、給糧艦の着任と

酒保などの箱物が重なったおかげで作業総量が一気に肥大、酷い話である。

 

また、艦娘の数の増加に伴って諸手続きが増えた事も地味に効いている。

一例として、艦娘は一応は兵器扱いなため、国境線を越えると結構な手間がかかる。

 

うん、要するに、事あるごとにマレーシアまで酒を買い出しに行く連中の事や。

 

隼鷹とか飛鷹とか隼鷹とか千歳とか隼鷹とか千代田とか隼鷹である、あと隼鷹。

こんちくしょう、空母寮の住人だけで問題の大部分やないか。

 

知らない仲でもないだけに、胃壁に穴が開きそう。

 

さっさと泊地内に居酒屋でも作って呑んべぇを押し込めんと

冗談抜きで提督か秘書艦あたりに過労死が出る。

 

とはいえ、治外法権ではあるものの飲酒が禁じられている国のど真ん中で居酒屋開店。

はてしなく外聞が悪い、コツコツ稼いだ近隣住人の好意が削れまくってしまう。

 

かといって週末の国境線のアルコールラリーに容赦なく艦娘が参加しているのも

どうにも外聞が悪くて仕方ない、アチラを立てればコチラが立たずや。

 

市と政府に話を通して、泊地の奥の目立たないところにこっそりと作るにしても

信頼関係を作ってからにするべきか、箱物増設の今にどさくさで作るべきか。

 

ああもう、ああもう。

 

そんな感じに、本日もまた4人体制で書類と格闘を続ける昼下がりであった。

 

具体的にはウチと浪費馬鹿、銀髪クーデレに平たい胸族(おなかま)な大和撫子の計4名。

龍驤、提督、叢雲、大淀とも言う。

 

「だから、私も夜勤にまわすべきだって言ってるのよ」

 

作業の合間にお茶を淹れてくれた叢雲が、ついでとばかりに開発したばかりの酸素魚雷で

ウチの頬をグリグリとしながら言ってくる。

 

おかしいな、対提督用ツッコミ装備として開発したのに、何でウチが標的になっとんのやろ。

 

何はともあれ一息と、淹れて貰った緑茶をすする。

 

ブルネイの日本人居住者は戦前と変わらずほんの数百名ではあるものの、

かつての日本食ブームのおかげで日本食レストランや緑茶、和菓子などを扱う店は多い。

 

おかげで茶葉に困る事もない、割高ではあるが。

 

「聞いてるの」

「聞いとらへん」

 

グリグリがゴスゴスに進化した。

 

「ええやん、夜更かしは美容の大敵やで」

 

子供は早く寝るもんや、とか言ったらゴスゴスがチュドンに最終進化しそうやったので

あたりさわりのない言葉を選んだものの、当然の如く説得力が無い。

 

「夜戦は私たちの代名詞よ、夜更かしがどうとか言われても納得できるわけがないでしょう」

 

まあ、そうなるな。

 

「そやな、ウチらは軍艦や」

 

なんやろな、真顔で心にもない事を言うのが上手くなって困る。

 

「ほんで夜戦は水雷のお家芸、夜に働くのが駆逐艦の本分やっちゃう意見もわかる」

 

うんうん、わかるでーと、それならばと身を乗り出した叢雲を手で制する。

 

「でもま、だからこそ書類仕事なんかで消耗して貰ったら困るんよ」

 

単に提督が嫌がっとるだけなんやけどな、本当は。

 

対潜哨戒で水雷戦隊を昼夜こき使っとるあたり、物事をわきまえてはいるようやし

とりあえずヘタレとは言わんでおいてやろう、我儘は人生の醍醐味よ。

 

何か言いたげな叢雲から視線を外し、無理矢理に会話を打ち切る。

 

あーあー、見えへん聞こえへーん。

 

「あー、どっかに使いべりせん頑丈な秘書艦死亡が落ちとらせんかなぁ」

「なんか志望の発音おかしくないか」

 

心の声や。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

提督室の机の前で、仁王立ちする巫女が居る。

 

何やら、提督の事を知りたいとか酔狂な事を言い出している。

 

「そういうわけで、私を秘書艦に任命するのデース!」

 

実に、数々の武勲を誇る歴戦の戦闘艦に相応しい、堂々とした宣言であった。

 

「ウチはフリーダム!」

 

すかさず提督室の窓から、2階の窓から飛び出す解放者が1名。

 

「俺もフリーダム!」

 

間髪入れず提督も今、自由の翼広げる。

 

――君(金剛)の自由なんか必要ないんだ

  今、僕が欲しいものは君(生贄)なのさ

 

懐かしいメロディーがフリーダムな2人の脳裏に木霊する。

米帝の音楽やないかとツッコミを入れる野暮天さんはここには居ない。

 

63連勤のストレスが2人から一切の情け容赦という物を取り払っていた。

 

窓の外、地面を見ればもはや何一つ残っていない遁走の後。

 

自由の嵐が吹き荒れた提督室の窓を、たおやかな銀髪が閉める、叢雲だ。

窓の鍵を下す音が異様な質量を伴って室内に響く。

 

突然の事態に付いていけぬままに呆然とした金剛の後ろから

鍵を閉める音が、何か地獄めいた響きでもって届けられる。

 

振り向けば、内心のわからぬ穏やかな笑顔で大淀が、ひとり。

 

「では、本日の秘書艦は金剛さんという事で」

 

本日の書類束もまた、人を殴り殺せそうな厚さを誇る威容であった。

 


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