水上の地平線   作:しちご

29 / 152
26 誰も叫ばない

 

横須賀鎮守府の騒乱は、各所に様々な影響を与えていた。

 

「また、所属艦娘の3分の1がブルネイへの転属願いを提出致しました」

 

第一提督室にて、報告を纏めた大淀がそう付け足す。

 

「可愛らしくても戦船、という事か」

 

鎮守府の顔ともいえる、金剛の救出、大和の撃破。

 

たかだか一軽空母の分を遥かに越える戦果は、そのまま日本近海と辺境との

練度の差、敵対勢力の難易度の違いであると受け止められた。

 

辺境には戦場がある。

 

およそ艦らしからぬ外見と言えど、その現実の前に心震えぬ艦娘は居ない。

 

その一連の意思が、現在全鎮守府を悩ませている精鋭戦力のドーナツ化現象

本土と前線との練度差をさらに加速するであろう事は疑い様も無い。

 

大和型だけでは首都が持たないという事実が白日に晒された上で、コレだ。

 

しかして、騒動を起こした問題児は、これまた鮮やかに撤退を遂行し、

今は東京都を出た頃であろうか、アレはもはや天災の類ではなかろうかと。

 

そう現在、第一提督室の対応は後手後手に回っている。

 

「呼び戻すことは」

「出来ませんね」

 

期待もしていない問い掛けは、即座に切り捨てられた。

 

いかに本土と辺境と区別がつけられていても、別鎮守府の所属提督と艦娘である。

一鎮守府の提督がどうこう出来る筋合いはない。

 

そもそも今回の会談が実現していたのは憲兵隊の意向であり、横須賀ではない。

つまりはもう、話を通していた関係各所の悉くが呼び戻すための障害と化していた。

 

思えば当たり障りのない対応は、付け入る隙を与えないための物であったのだろう。

何も掴ませず、再会の機会も消し去って、ここから先に関わるのなら頭を下げろ、

 

そんな意思を行動で示している。

 

「魔女め」

 

何処から何処までが奴の手管であったのか。

 

疲れ果てた声を絞り出した顔には、笑みが浮かんでいた。

 

 

 

『26 誰も叫ばない』

 

 

 

新幹線である。

 

ブルネイ帰還のために巻き添え轟沈丸Ⅵ世号を憲兵隊が調達したとかで

受け渡し場所の九州までは陸路で移動する事になった。

 

各所で領収書を受け取りつつ、提督と2人で指定席。

 

早速に弁当と緑茶などを取り出して座席に埋め込まれた机の上に出す。

 

「鮪の付け焼き齧ってると新幹線だって気分になる」

「筍煮も良い味出しとるよな」

 

シウマイ弁当である。

 

美味いか、不味いかの話では無い。

 

新幹線に乗ったのならば、シウマイ弁当だ。

 

それはもう自然の摂理と言って差し支えの無い真理であった。

 

 

 

 横須賀、第二提督室付給湯室

 

 金剛の視界に旋毛っぽいものが映る。

 

 髪を後ろで括っているため、前髪との境が何やらそんな感じに見えるのだ。

 

 「金剛さん、今までの御無礼、誠に申し訳ありませんでした」

 

 物凄く殊勝な言葉とともに頭を下げている姿は、大和。

 先日までの言動を思い起こし、これはもはや別人だと金剛は思った。

 

 なんですか、あの龍驤は霊魂交換の秘儀(ノッカラノウム)でも使えるんですか、などと

 益体も無い事を考えるほどの衝撃、いや混乱をしている。

 

 そうこうしている内、頭を下げさせっぱなしなのに気が付く。

 姿勢を正すように言おうとして、ふと、掌を視界の頭頂に置いた。

 

 ―― ああそうか、この娘は子供だったのだ

 

 持て囃す言葉や期待ではなく、この娘に必要だったのは叱るべき大人であった

 ようやくにそんな事に思い至り、自らの不明を恥じる、最近そればかりだ。

 

 本当に、あの軽空母は見せつけてくれる。

 

 「今日から、厳しく行きますヨ」

 「はいッ」

 

 景気の良い返答が場を明るくした。

 

 

 

乗り換えついで、大阪で少しばかり時間ができた。

 

しかしどうにも手頃な店が見つからない。

 

安い店も、美味い店もそれはさぞかし有るのであろう。

しかしぶらり途中下車、何の知識もツテも無い客が遭遇できるものではない。

 

などと彷徨っているウチに疲れて入った店は沖縄ホルモン。

 

ホルモンとは内臓に分泌されると考えられていた滋養の名である。

 

現在では生理活性物質としてその名が知られているが、発見当初、

まだ効用も何も定かでは無かった時期に医食同源の思想と混同され、

 

内臓に含まれる生命の基礎、若返りの秘薬などと謳われ世に広まった。

 

それより転じて、滋養強壮の効果のある食事をホルモン料理と呼ぶ気風が起こり

 

ドイツから医学用語のホルモンという単語が輸入された明治時代以降

一般に段々とモツ料理、ひいては内臓の事をホルモンと呼称する様になった。

 

大阪におけるホルモン焼きは、ソテツ地獄と呼ばれた戦前の沖縄飢饉の折

移住してきた沖縄県民が考案したホルモンの鉄板焼きの事を指す。

 

そんな由来なので、沖縄ホルモンは大阪名物であるのだ。

 

「アブラミが思ったより油って感じがせえへんな」

「ハラミって内臓だったのか」

「横隔膜や」

 

そしてここから東海道線、山陽本線と乗り継いで一路広島へ。

 

 

 

 ブルネイ、提督執務室

 

 氷嚢を額に当てながら提督席で判子を押し続ける叢雲、書類を纏める大淀

 忙しく動き回る周囲の中で、徐に紅茶を入れて寛ぐ高速戦艦が1隻。

 

 「霧島さん、その金剛(ポンコツ)に斜め45度でお願いします」

 「チェストッ」

 

 何か人を顎で使うのに慣れてきた叢雲の指示で、似非アメリ艦の延髄に

 霧島が鋭く手刀を叩き込む、蛙が潰れるような声が漏れた。

 

 「なんで霧島はシスターより上役を優先させるデスカーッ」

 「軍属だからです」

 

 「極めてジャスティスな理由ッ!?」

 

 提督室に休息はまだ遠かった。

 

 

 

広島のビジネスホテルに一泊、当然の如く朝はモーニングバイキングである。

ただそれだけで何故か夜を過ごすのが楽しくなる、旅の醍醐味であった。

 

それはともかく、龍驤と提督は自販機前のレストで弁当を開く。

 

「思ったより柔らかいやん」

「老舗の技って感じだな」

 

広島に来てあなご弁当を食べない人間は人生を無礼(なめ)ている。

 

ロビーでは流しっぱなしの電影が今日のニュースを伝えていた。

武装集団「日本の平和を祈る市民の会」が新幹線の内部でどうこうとか。

 

「ああ、そういえば広島の町中にも変な看板があったな」

「アジアの平和を乱す艦娘の即時解体を、やっけ、桑原桑原」

 

そんなこんなで、早朝広島に迎えに来たあきつ丸と合流、ハイエースで高速に。

 

関門トンネルを通るために一般道に降り、山口県を突っ切る形。

 

「次に見つかった店で昼食とするであります」

「山口って事はフグとかあるかな」

 

「マクドナルドとかやったら泣くに泣けんな」

 

役所や民家のチラホラとする国道を走る一行であった。

 

 

 

 横須賀、第四提督執務室

 

 提督執務室に入室してきた大柄な姿は、褐色。 

 表面積の少ない制服の露出部分を晒で覆っている。

 

 大和型戦艦2番艦、武蔵。

 

 「む、龍驤さんの姿が見えないな」

 

 提督席で禁煙パイポを咥えていた提督が答えを返す。

 

 「ああほら、ここに居ると演習の申し込みが凄くてね」

 

 そうこう話している内にも扉が開く。

 

 「こんちわ提督、龍驤は……居ないか、じゃッ」

 

 扉を開け閉めして去っていた姿は、天龍。

 次から次へと様々な艦娘が、先日からずっとこんな感じだ。

 

 「厄介な事だな」

 

 人の良い秘書艦の苦難を思って、武蔵が溜息を吐いた。 

 

 

 

 

福岡で昼食を摂る。

 

「……恐るべし、山口県」

「まさか店が1軒も無いとは」

 

下関あたりにはきっとある、あって欲しい、あるよね。

 

「島根とか鳥取とかが知名度最下位とかでネタになっとるけど」

「最下層のちょっと上あたりが一番洒落になっていないでありますな」

 

ようやくに見つけたラーメン屋で安い豚骨であった。

 

店内のラジオが山陽本線でのテロを伝えている。

そのままに時間合わせで暇を潰した。

 

名物と言えば水炊きだが、せっかくの機会なのに鶏肉は流石に勘弁と意見が通り

ここはもう誰憚る事無くコテコテに豚だろうと、いざ豚骨である。

 

そして屋台でラードの臭いに全員の心が折れる。

いや、アレは骨の香りであったのか。

 

「好きな人は好きなんやろうけどなぁ」

「なんだかんだで、フードコートの安物が一番美味かったな」

「土地勘が無いのなら素直に有名店に行くべきでありましたな」

 

地元に密着しているフードコート、観光客相手の御馳走の様なラーメンとは

一線を画し、普通に食べ易く万人向けであった。

 

競争が激しい分、他県とは豚骨ラーメンの次元が違っている、そんな理由もある。

 

 

 

 ブルネイ、間宮

 

 「龍驤サン居ないとさー」

 

 テーブルに上半身を寝かせたまま、だらだらと隼鷹が語る。

 

 「国籍不明の手抜き料理が食べられなくて辛い」

 「龍驤ちゃんの5分ぐらいでデッチあげる技術、凄いわよねー」

 

 間宮新作、間宮プリンを突きながら飛鷹が答えた。

 

 隼鷹が先日を思い出す、余った鶏小肉をバターで炒めてチーズを絡め、

 塩で味付けしただけの超手抜き料理、だがしかし、これがまた酒に合う。

 

 「きっとアレだ、あのヒトは、酒の肴を作るために生まれてきたんだ」

 

 何か酷い結論が出た昼下がりであった。

 

 

 

熊本名物赤べこステーキ。

 

「赤べこ、いや普通に牛肉よね」

「値段相応に美味しい、普通の牛肉でありますな」

 

「観光客向けだけあって割高感があるな」

 

横目に護送されている何某かの集団を眺めつつ南端へ。

そしてそのまま海上自衛軍、鹿屋航空基地に一泊。

 

隊員には軽空母さんだーなどと歓迎された、何かサインも強請られる。

そのまま流れで史科館に連れ込まれ、零戦などを鑑賞する一行の姿。

 

「空母がそんなに珍しいんか」

「主力は佐世保の方に居ますからね」

 

関わる機会のある艦娘は駆逐艦と巡洋艦ばかりだとか。

 

次から次へと入れ代わり立ち代わり、微塵も下に置かぬ厚遇ぶりに、

そういえば龍驤は武勲艦だったわーと今更に提督は思い出した。

 

明朝に熊本港付近に配置されている佐世保鎮守府旗下熊本泊地より抜錨予定。

 

「軍港やから川内あたりに設置してんのかと思ったわ」

「そこらへんは予算と人員の都合であります」

 

「熊本の軍港化にヒステリおこしていた人はまだ息してんのかね」

 

案内の隊員は肩を竦めていた。

 

 

 

 横須賀、遠征用二号埠頭近辺

 

 埠頭に帰還した艦隊の姿を見て、資材整理をしていた天龍が声をかけた。

 

 「ああ、居た居た、龍驤ー」

 

 「誰の事や、ウチは朝潮型航空駆逐艦の龍潮やで」

 

 「何かいろいろなプライドとか放り投げてるッ!?」

 

 勢いの良いツッコミ、そんな天龍に艦隊を組んでいた駆逐艦たちが

 朝潮、荒潮、満潮、大潮の4隻がフォローを入れてくる。

 

 「龍潮さんが居てくれるおかげで捗りました」

 「龍潮ちゃんが居てくれたら危険海域も安心よねー」

 「いやまあ、龍驤さんの苦労もわからない事もないから」

 「満潮ちゃん、そこは龍潮って呼んであげなきゃ」

 

 「しかも好意的に受け入れられてるッ」

 

 ハイライトの消えた瞳をしている航空駆逐艦の肩を持ち揺さぶる軽巡。

 

 「待て、正気に戻れ龍驤、お前は航空母艦だッ」

 「聞こえへん聞こえへーん、ウチ駆逐艦やしー」

 

 いろいろと重症の様であった。

 

 

 

熊本港、白熊にチョコシロップをかけた黒熊、をシャクシャクと齧りつつ眺める。

今だ肌寒い季節、日本の南とは言えブルネイよりも遥かに北国、かなりキツイ。

 

港に浮かんでいた白いクルーザーはかなりの大型、船名は巻き添え轟沈丸Ⅵ世号。

 

YAMAHA SR310X、旧名NYTRO-X

 

船外機はV型8気筒4ストロークのF350AETX、轟沈丸Ⅴ世号の素材にした

NYTRO-F350の系列、最上位機種であった。

 

「憲兵隊も、張り込んだなぁ」

「流石に沖縄の不手際は洒落になっていなかったでありますから」

 

実のところ、襲撃の可能性は前もって知らされては居た。

 

だがしかし、憲兵、公安の注視してる最中にロケットランチャー担いで出航する

馬鹿が居るなど、あまりにアレすぎて誰も想像がつかず、対応が遅れた事。

 

また鎮守府の一部かと想定されていたが、蓋を開けてみれば鎮守府の全てが

過激派に掌握されており、護衛に付いていた沖縄所属の水雷戦隊が職務放棄、

どころか一部は龍驤達に対しての砲雷撃戦を仕掛けてきた事など。

 

当初の、沖縄近海を通過して少しばかり揺さぶりをかけて欲しいであります

程度の話では済まない大惨事であり、穴埋めの報酬が跳ねあがる結果となった。

 

例えばこの際という事で、輸送船団の企業とブルネイ酒保との直接取引など

本土的に物凄く嫌がる要求を捻じ込み通している、ウハウハである。

 

「これで、カレー粉もわざわざ日本から輸入せんで済むようなるなぁ」

「なんでスパイス輸送してんのに日本から買うんだよって話だよな」

 

「心底嫌がっていたでありますよ、言うまでも無いでありましょうが」

 

本土での5番泊地の悪名は、留まる事を知らぬかの如しであった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

架線下、赤提灯に燗を付ける壮年二人。

遠方の喧騒が低めの環境音となって屋台を包んでいる。

 

「お客さんのおかげで西日本は大捕り物だったみたいだね」

「おかげでしばらく憲兵には頭が上がらんよ」

 

第4提督の問い掛けに、旧知の相手が愚痴を零した。

 

「で、ウチの報告を押し付けたって?」

 

シンガポール、フィリピン、ブルネイと各地で確認されている深海棲艦漂着。

現地政府の隠蔽などもあり、全てを確認できたわけではないが、

 

時系列順に並べると、一致する史実がある。

 

「繰り返す歴史ねぇ」

 

旧帝国海軍の進攻に沿い、戦地へ供物の如く捧げられる死体。

それは夏の、因縁の海域への進攻へと道筋が付けられている様で。

 

「オジサンにはついていけない世界だなぁ」

 

運命の轍、繰り返される歴史、そのような不可思議な単語が羅列する報告書。

現海軍の基本姿勢としては、戦力の強化で過去の歴史を覆す方針になる。

 

「というか何か、何処かで勘違いしている気がするんだよね」

 

何をと言われても思考が纏まらない、悪い酔いであったかと嘆息する。

とりとめの無い話をしばらく、切りの良いところで話が元に戻る。

 

「まあそれはともかくだ、その軽空母が龍だと?」

「いや、それもわからないんだけど」

 

何だそれはとの言葉に、提督の脳裏に演習場に向かう小柄な背中が思い浮かぶ。

 

ただ当然の様に、成すべき事を果たすための立ち振る舞い。

あの姿を見たひと時、自分の中に敗北と言う言葉を見失っていた。

 

「昔の軍人さんは、いつもあの背中を見ていたんだなぁって思ったらさ」

 

ああ、龍かどうか、そんな些細な事をアレは歯牙にもかけまい。

どうにも上手く言葉で表せず、とりとめのない表現が口から零れる。

 

「だからさ、英雄には世界の中心に立ってもらわないと」

 

酒の席に相応しい戯言ではあった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。