水上の地平線   作:しちご

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24 錯綜する認識

 

横須賀鎮守府、第一提督室。

 

事務的な機材しか置かれていない殺風景な光景の中、

工廠より届けられた途中経過の報告書を眺めている提督が居た。

 

「ハズレだったか」

 

妖精の悪戯、と呼ばれる艦娘が居る。

 

通常とは異なる形式の魂魄鋳造、分類上は亜種と呼ばれる艦娘たちの事である。

 

何某かの細工が組み込まれている、魂魄の結合方式が異様、装備適正が狂っている

些細な違い、素体によって千差万別なそれは個性と流されかねないものも多い。

 

共通しているのは ―― 艦娘の素体に本来とは異なる霊魂を封印している点。

 

陰陽寮の託宣に措ける「龍」の特定、その第一候補として挙げられているのが

件の艦娘たちであり、現在に最優先されている案件であった。

 

受け取った書類の文面には、徹底した簡素化に挑み1件を残し全て廃棄された型番、

欠陥艦娘鋳造術式唯一の成功例と言われる第13世代型にあたる軽空母の検査結果。

 

運用魄は龍驤、各属性は適正、魂魄の融合と確立を確認

 

そして ―― 内部霊魂:識別名「龍驤」

 

「ブルネイの魔女、などと呼ばれているから期待していたのだがな」

 

ただの武勲艦であったかと、それきりに興味を失った。

 

 

 

『24 錯綜する認識』

 

 

 

何やら人と会ってばかりで、何だかんだと慌ただしかった横須賀の数日。

 

第一提督室には何か随分と軽く見られているのがヒシヒシと伝わってきた。

 

ウチらを呼びつけておいてソレかいと、思いはしたが藪蛇も怖いわけで

まあ適当にジャパニーズスマイルを駆使してなあなあな対応、何かなぁ。

 

夏の作戦で旗下に入ったら、隅っこで懐かしいドラム缶を押す仕事とかに

割り振られそうや、まあそれで給料出るんならかまんけど、懐かしいし。

 

まあそんな事はどうでもええ。

 

本日で休養ついでの検査も終わり、鎮守府の裏手の物悲しい吹きっさらしで

何か幸薄そうな草臥れたおっちゃんと一緒に煙草(ヤニ)を吸うとる。

 

錆の入った大き目の灰皿を挟んで、煙が真横に流れる強風に耐えて吸う。

 

「せめて風除けは欲しいわな」

「だよねぇ」

 

この昼行燈も随分と胡散臭い相手や。

 

アレからやたらとココの龍驤がウチの近くに居る、それとなく何か聞き出そうとか

空気はあっても質問事項はド直球やったり、振り向けば物陰にまな板が見えていたり

 

おびき寄せた後に牛丼屋に放置して行方を晦ませたら翌日に何故か

牛丼持った龍驤のポスターが店に貼ってあったり、いや、何があったんや。

 

それはともかく、コレはもう、調べてますよとコッチに知らせていたんやろなと、

まあ要するに、あきつ丸(あきっちゃん)と同じ臭いがするわ、このおっちゃん。

 

桑原桑原、本土に近づくのは控えたいところやなぁ、などと遠い目をしていれば

件の要注意中年が灰皿に吸殻を押し付けつつ気楽な風で聞いてくる。

 

「そういえば、内部霊魂はどうやって誤魔化したのかな」

「何のことやら、ウチの中身はちゃんと龍驤やで」

 

さらりと答えても空気は変わらない、困ったような笑顔やけど目が笑ってない。

あかんわ、これ完全に察しとる、分かりきった事をわざわざ聞いてくる理由で。

 

敵対する意味も無し、しゃーないので認めておく。

 

()()()()()()んやから間違いないわ」

 

噴き出された。

 

正確には主の人格の下に従の人格たちを置いて「龍驤」の名前で括った、やな。

 

性悪妖精曰く、整理せずに放置しとったら最終的に良くて多重人格

悪ければ人格融合で発狂しとった可能性高めだとか、ふざけた話や。

 

「いや、参考になった、そんな手があったとはね」

「ゾッとせん話やなぁ」

 

まあバレたところでさして境遇が変わるわけでもない、技研あたりが目の色変える

やろうけど、憲兵。ブルネイ、陰陽寮(くないちょう)から利用価値のあるウチは無茶もできんやろ。

 

国籍付与されるまで粘れば「不幸な事故」も起こしにくくなるやろうしな。

 

などと適当に釘を刺しておけば、お巡りさんはそんな悪どい事はしないよなどと

白々しい事を言う、ちゃうか、誰が見張りを見張るのかって意味なんかな。

 

いや、笑いを堪えてプルプル震えられても。

 

「そうそう、古巣の連中が躍起になっている案件があってね」

 

ひとしきり震えた後、そう言って後ろ手でメモ用紙を押し付けてくる。

 

「本土の提督さんも大変やなぁ」

 

中も見ずに懐へ、何かもう本気で付き合っとれんな、本土のノリには。

 

煙に巻き、灰皿に吸殻を押し付けたあたりで見慣れた顔がやってくる。

 

すっかり見慣れた牛丼屋のまな板店員と、浪費機会が無くてただのイケメンに

絶賛ランクダウンしとるウチの提督や、このまま下がる男であって欲しい。

 

めっちゃイケメンやなぁ、ウチのと交換してやとか本題前の軽い世間話

普通に後悔するできっと、ブラック環境の星の元に生まれた浪費馬鹿やから。

 

そこそこに本題に入ると、何でもウチを探して荒ぶっとる馬鹿が居るとか。

 

「第2の金剛さんが褒めちぎるもんやから、こう、な」

 

困ったちゃんはどこにでも居るもんやな、ウチのとはベクトル違うみたいやけど。

んで誰よと聞いてみれば、やや言いにくそうに、超弩級戦艦のあの方々らしい。

 

「ウチの武蔵さんはええ人なんやけど、えとな……」

 

姉の方か。

 

「第2の、大和さんも悪い人やないんで、ただちょっとこう、突っかかってくる言うか」

「安心せえ、優しくて温厚な龍驤さんって、ブルネイでは有名なウチやで」

 

涙目の蒼龍や翔鶴が残像が出る勢いで頭を上下に振っとったから間違いないハズや。

何か今まさにウチの提督が首を凄い勢いで横に振っとるけど、目の錯覚やな、うん。

 

「金剛サン仕込みの小粋なアメリカンジョークで華麗にスルーできる子やで、ウチ」

「いや、金剛はアメリカじゃなくてイギリスだろ」

 

「…………………………………………え?」

 

そんな阿呆な、あれほどルー語の似合う胡散臭い海外艦娘がアメリ艦やないなんて。

ウチ的にはティータイムに何時ハンバーガーとコーラを出すかと期待しとったのに。

 

「いやいやいや、ひたすら英国生まれと主張してるだろ、いつもッ」

「エーコク、聞きなれんな、アメリカのどこら辺にある州やっけ」

 

「冗談とわかってはいるけど本気で言ってる雰囲気が深刻すぎるッ」

 

「まあ流石に悪ノリがすぎるか、ジェントルの国の生まれよな」

 

あまり引っ張らずに話題を終える、でも最後に一個確認は必要やな。

 

「ジェントルマンの日本語訳は『ならず者』で合っとるよな」

「ジョークがブラックすぎるわッ」

 

見事にブリティッシュジョークやなぁなどと呆れた声を出すウチの似姿。

おっちゃんはさっきから笑いっぱなしで、どうにも沸点低ないかと小一時間。

 

そんな和気藹々としているような気がする雰囲気に闖入者がやって来た。

 

でかい、やたらとでかい九一式鉄甲乳の黒髪美人。

 

巫女装束でなく肩出しの制服っぽい衣装なあたり、戦艦系の衣服は巫女ではなく

脇の露出こそが重要なのだと主張しているようで、責任者出てこい。

 

何か身長差のせいもあって、ナチュラルに見下し目線で益体も無い事を喚いてきた。

うんうん、どーせウチは駆逐艦並の身長よ、つーか駆逐艦の中でも低い方よ。

 

夕立が改二になった時に抱き上げやがるし、後頭部に柔らかいものが当たるし、

ウフフフフフ、もうウチ今日から艤装つけたまま生活する。

 

などと艦娘生の悲しみに浸っていたら騒音が途切れた。

 

「とりあえずアレやな、通訳を短めで宜しく」

「ひとッかけらも聞いとらん!?」

 

おっと、大和様の額に青筋が浮かんでおられる。

 

これはヤバイと、とり急ぎウチの証言から発言の内容を拾ってみれば、ふむふむり

ワレ軽空母のクセに調子こいてんじゃねーぞ、いてもうたろかってとこやな。

 

「なんと迷惑な、長門(ながもん)と言いこの騒音機と言い、何でこう戦艦は喧嘩ッ早いのか」

 

「……龍驤、心の声が口から出てる」

 

「おっと失敬」

 

忌憚無い感想に、青筋が増え顔色が赤くなったデカ物が、気取った風を装って口を開く。

 

「まあ金剛も老朽艦ですし耄碌したのでしょうね、こんな小物が強いだなんて」

 

「航空母艦様にラブホ如きが何言ってんの、こんなとこで油売っとる暇があったら

 さっさと戻ってお偉いさんの上での腰振り業務に精でも出しとけや」

 

静寂。

 

誰かがタイムストップを使った様や。

 

「おっと、精は出される側やったかHAHAHA」

 

優しくて温厚な龍驤さーんッ!?と、ウチに似た顔が叫んどった気がする。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

―― 私は当てたがな

 

5番泊地提督の脳裏に長門のドヤ顔が浮かんだ。

 

―― 砲撃は捨てて初手全速前進、デスネー

 

金剛が言っていた言葉も思い出す。

 

―― あのえげつなさは相対しないと気付けないわね

 

かつて山城が呆れた声で時雨に語っていた。

 

知っていれば対策は打てるだろう、だがそれもどれほどの効果があるのか

極めて厄介な機動に付随する属性は、凶悪と言っていいほどの初見殺し。

 

不規則な加減速による回避運動。

 

一切の測定が不能な航跡は、直撃はおろか僅かの至近弾すら許さない。

 

空を舞う死神は尋常ならざる精度で的確な爆撃を続け、物見の空母たちの

視線を釘付けにした、もはや誰からも、何処からも言葉が無い。

 

―― 当てたおかげで面目は保てたのだがな、実はまぐれだったんだ

 

ドヤ顔の後の言葉も思い出す。

 

葬儀の席の如く青白い顔をした関係諸氏の姿、過去に2隻の航空母艦が

大艦巨砲主義を粉砕した現場の高官もまた、このような顔色だったのだろうか。

 

かつて葬儀の供物とされた戦艦長門の、重すぎる結論だった。

 

―― アレは、戦艦の天敵だ

 

 

 

判定 大和轟沈 龍驤 完全勝利S

 

 

 

「食い足りんな」

 

音の消え失せた海原に、魔女の独白が響いた。

 


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