水上の地平線   作:しちご

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21 海原に響け祈り

 

ある晩に龍驤が自室の扉を開いた折、視界に入ってきたのは

倒れたままに痙攣している翔鶴と瑞鶴の姿であった。

 

一度扉を閉めて深呼吸をする、開ける、どうにも幻覚では無いようだ。

 

部屋をよく見れば卓袱台の上、食べかけと思われるカチ盛り茶碗が二つ。

その対面には両手で箸と茶碗を持って、黙々と白米を消費する正規空母。

 

即ち一航戦の青い方が、帰ってきた家主に気が付いて箸を止める。

ため息をついて同意を求めるかのような口調で言葉を紡いだ。

 

「まったく、これだから五航戦はだらしが無い」

 

能面のように表情を変えない龍驤が台所を確認する。

漬物が減っている、海苔が空いている、茶葉が切れている。

 

そして、秘蔵の日本米が全て炊かれている。

 

龍驤が気が付いた時には、白目を剥いて簀巻きにされている加賀が居り

部屋の隅では五航戦姉妹が互いに抱き合ってガタガタと震えていた。

 

 

 

『21 海原に響け祈り』

 

 

 

年2回ほどの頻度で検定船というものが各泊地を回っとる。

 

日本国自衛軍と同じ様に、駆逐艦でも大型自動車免許が取得可能など

各種条件免除の上で、様々な資格検定試験を実施するための船や。

 

その内容は多岐に渡り、多岐に渡り過ぎているが故に機能不全を

起こしがちで、つまりは人手も何もかもが足らへんと。

 

そのためいくつかの役割は泊地、鎮守府に委託される事になっとる。

 

一例として、重巡洋艦以上の艦種は申請するだけで高卒認定が取得できる。

軽巡洋艦は必須以外の科目が免除、駆逐艦は免除無しといった塩梅。

 

ここで免除無しのまま放置すると、日本国民の教育を受けさせる義務に対し

いかに人権の無い立場の艦娘と言えど、まあいろいろと問題があるらしく

 

駆逐艦にはいくつかの教材が支給され、カリキュラムが科せられた。

つまりは泊地内に、通信制、定時制に類似した形で学校を設けよとな。

 

消化した授業数でいくつかの科目免除が受けられる形。

 

当初ウチは、新任の足柄先生に全て押し付けようとぶん投げとったんやけど

カリキュラムと艦娘知識の誤差が目立つ有様に結構問題を感じとって

 

特殊相対性理論より後の生まれだけあって、流石に宇宙空間にエーテルが

とまでは言わんけど、70年差と言うものは如何ともし難いわけで。

 

ある日、空気の膨張でメモリがぐんぐん動いていくわよーなどという実験授業に

 

「いやその膨張は水蒸気やから、空気の膨張はそこまで劇的にならんから」

 

などとついうっかり、90年代以降の知識でツッコミを入れたのが運の尽き。

 

気が付けば教師陣の勉強時間を確保するための臨時教師としてローテに

組み込まれるハメになってしもた、泣ける、そして吐血る。

 

利根が「その自分から仕事を増やしていくスタイルはどうなのじゃ」と

呆れた声で言っとったわ、うん、ウチもどうやろかと思ウガー。

 

おかげで一時期の修羅場は辛酸に辛酸を極めて神の世界が見えてしもうたが、

最近は足柄先生の奮闘のおかげで、ウチはもう基本的にやる事が無いマーベラス。

 

つーても回数は少なくともローテに入っていると、皆が真面目に授業を受けると

なんとなく、たまーにこうして惰性で授業を受け持っていると言った感じ。

 

とは言えやる事は無いわけで、視聴覚室で適当に動画を流す系、ああ楽や。

 

画面では背中に3本目の腕が生えた主人公の自称友人が、主人公と良い雰囲気

になっていたヒロインっぽいファーストフード店員をレイプしている所。

 

「って、何を流しとんのじゃああぁぁッ!」

 

全力で駆け込んできた利根にハリセンでしばかれた。

 

「な、何と言われても、敢えて言えば道徳かな」

「殺伐とした道徳にもほどがあるわッ」

 

えー、死霊が延々裸踊りしたりシャワールームでトマトが襲って来たりと

毎回授業が終わるたびに授業参加艦の人生経験値が上がるともっぱらの評判

 

「やるせない思いが少女を大人に変えるのじゃなって、違うじゃろッ」

「まあ流石にレイプシーンは不味かった、ここは早送りしよか」

 

画面の展開がレイプ後に、ヒロインが傷心のまま姿を消し、そして自称友人に

食い潰された上で切り捨てられ、気付けば誰も居なくなるという素敵な終盤。

 

「意地でも最後まで観せるつもりじゃな」

「このやるせない思いを抱えるのがウチだけなんて許せるはずが無い」

 

「ただの八つ当たりではないかああぁぁッ」

 

いやいやいや、八つ当たり気味やけどちゃんと効果は出とんのやで。

 

「見てみい、あの雑念の無い澄んだ瞳たちを」

「死んだ魚の如く濁っておるの」

 

うん、きっと今授業を受けている皆の心は悟りの境地を得て涅槃へと達し。

 

次回予定の「おれでびるまんになっちゃったよー」に到達すれば、きっと穏やか

な心で激しい怒りを持った伝説のスーパーカンムス人へと覚醒を果たすやろう。

 

「……ソウ、ミンナフコウニナレバエエ」

「おぬしは泊地の艦娘をどこに連れていく気じゃ」

 

いかん、今一瞬深海側に堕ちとった気がする。

 

そんな感じに戯れていたらチャイムが鳴る、これで今日の授業は終わりやな。

動画を停止させて片付け前に、教壇に立ち寄って終わりの挨拶。

 

―― またクライマックス直前に打ち切りやがったのですッ

―― ラストは気になるっぽい、けど観直すのは勘弁して欲しいっぽい

 

何やら生徒の怨嗟が心地良い、最近の修羅場で磨れきった心が洗われるようや。

 

「近来まれにみる爽やかな笑顔になっとるぞ、龍驤」

「今なら加賀がウチの秘蔵米全部炊いた事も許せそうや」

 

いや許さんけどな、今日の日暮れまでは吊るしておくよう頼んだまんま。

そんな川内の木を窓越しに眺めてみれば、その向こうには見慣れない船体が。

 

先日確保したエンジンを積んだクルーザー、明石謹製巻き添え轟沈丸Ⅴ世号。

 

タウイタウイからの援軍と入れ違いで横須賀まで行くんで、急遽進水の運びとなった。

艦娘(ウチ)だけなら結構お手軽に移動できるんやけど、提督も要るから難儀な話や。

 

V型8気筒の心地良い響きが海面を打ち据える。

 

音に惹かれるように室内の駆逐艦生徒たちが窓際へと集まって行き、溜まった。

やがて皆が両手を額の上まで持ち上げて、全ての指を交差させ、口を開く。

 

「「「V8!V8!V8!V8!」」」

 

全力で視聴覚室から遁走した。

 

「龍驤そこを動くなあああぁぁッ」

「聞こえんなあああぁぁぁッ」

 

ハリセン担当が鬼と化していた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「龍驤ちゃん、お久ッ」

 

埠頭から上陸してきた姿がある、淡い色合いの髪を一掴みだけ括っている細身、

第一印象はめっさ普通、関わっていくうちに得た印象はめっさ普通。

 

何かこう、常日頃とオブラートに包んで言えば個性豊かな面々を見慣れているせいで、

こういう普通に女性らしい女性を見ると違和感がある、逆にアレってやつやな。

 

まあつまり、ブルネイで一番殿(しんがり)が似合う女こと青葉型重巡洋艦2番艦、衣笠(ガッサ)さんや。

 

「衣笠ー、いきなり加速しないでくださいよ」

 

その後ろからもう1隻、追い付いてきたのは同じ服装のポニーテール。

笑顔の吹雪に武器持って追い回されていたパパラッチこと、1番艦の青葉。

 

物陰から見てはいけない場面を見てしまう事に定評がある、多分そのうち刺される。

 

「何か今、物凄く失礼な事考えませんでした?」

「キニスンナー」

 

気の無い返事を返してプラプラと揺れていたら、衣笠(ガッサ)さんが抱きしめてきた。

那智以上足柄以下の重巡主砲(バスト)に埋められて、メンタルが音を立てて削れていくゴフゥ。

 

愛宕(アタゴン)と言い衣笠(ガッサ)さんと言い、なんで重巡洋艦は物理的に絡んでくるんやろう。

ええかげんもぎ取っても許されると思う、ウチは。

 

「衣笠、そろそろ龍驤さんから殺意の波動が出ているからそのへんで」

「大抵の被害は他の艦(主に加賀)に行くから大丈夫」

 

衣笠(いもうと)が黒い!?」

 

ようやくに解放されてプラプラと揺れる、地に足が着かないのは結構クるんよなぁ。

 

「しかし、何があったんです」

 

現在川内の木に吊るされている艦娘は、川内、赤城、隼鷹、加賀、そしてウチ。

 

「いつもの事や」

 

空母寮関係艦が8割を占める本日のお仕置きやった。

 


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