水上の地平線   作:しちご

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19 傍観者の視線

在る晴れた件の早朝、5番泊地提督は怪しげな書類と箱を発見した。

 

「龍驤ー、憲兵から回ってきたこの軍需物資って何だ?」

 

軍需物資「戦力蓄積丸」200、憲兵隊あきつ丸より龍驤宛

 

「ああ、こないだの夜間出撃の時の報酬や、やっと来たんか」

 

「……何かあきらかに怪しい気配のある名前なんだが、何だコレは」

 

軽く流そうとする龍驤に、不穏な気配を感じた提督が追及する。

 

だが、それは聞いて良かったのだろうか。

 

龍驤の口元が歪む、まるで獲物を見つけた獣の様に。

熱帯の提督室に何か冷たい空気が吹き込んだような錯覚がある。

 

「何、大したもんやない」

 

―― ちょっと気分が高揚して元気になるだけのオクスリ、や

 

「そやな、提督も1枚イってみるか?

 すぐにわかるで、コレはエエ物やってな」

 

「ま、待て、駄目だ、そんな物は現代ではッ」

「はッ なーにを今更エエ子ぶっとんのや、片腹痛いで」

 

聞き分けのない提督の額に、箱から出した軍需物資の一つをペタリと付けた。

そこにあるのは、カカオで作った茶色の板状菓子、指で溶けずにお口で溶ける。

 

「なんや要らんのか、バレンタインやのに戦力蓄積丸(チョコレート)

 

ニヤリと笑ってもう一枚、銀紙を剥がして口に咥える艦娘の姿。

 

戦力蓄積丸、現在も有名な某菓子メーカーが前線の兵士の愛称ですと、

新聞広告にも載せた由緒正しいチョコレートの呼び名であった。

 

「残りは明石に納入やな、書類は後で出しとくわー」

 

チョコを齧りながら退出する秘書艦、198枚は明石の酒保に入るらしい。

机の上、茶の包み紙が有名な板チョコを前に、頭を抱える提督が居た。

 

 

 

『19 傍観者の視線』

 

 

 

まあ要するにや、嗜好品のチョコレートおくれなんて申請出しても

散々に嫌味を言われて輸送費でガッポリとボられて届くのは板1枚。

 

そんな惨状の第一本陣を見てどうしたものかと悩んでいたわけよ。

 

そこであきつ丸(あきっちゃん)にお願いして、どうにかチョコ手に入らんかと問えば

軍需物資でありますな、とそれはもう悪い笑みで返してきたわけで。

 

いやー、うん、軍需物資やもんねー、前線には必要よなー

 

うん、本当に日頃の付き合いと根回しは大事やね、

柳生宗矩もそう言っとった、流石柳生新陰流は格が違う。

 

などと過去を思い起こした挙句に行き過ぎて江戸時代初期にまで遡るほど、

現実逃避したくなる時がウチにかてある、冷蔵庫が空になってた時とか。

 

まあ要するにや、明石の酒保が戦場になった。

 

目の前で凄まじい勢いで板チョコの奪い合いが起こっとる。

ああうん、提督結構人気あるのな、根は善良やし顔だけはイケメンやもんな。

 

……スク水に付いて深夜3時にウチと3時間話し込める逸材やけどな。

 

騒動を尻目にそっと机の上の判子をとって、受取印を押しておく。

ほなお邪魔しましたーと小声で言って、こっそり抜け出し後ろ手に扉を閉める。

 

ミッションコンプリート。

 

というわけにもいかんやろうから、神通に通報しておく。

駆けつけた水雷戦隊に報酬を前渡し、ぶっこ抜いておいた板チョコ10枚。

 

ミイラ取りがミイラになったらアレやからなーと小声で言えば

神通が何かやたらと漢臭い太い笑みで返してくる、何で気合入ってんの。

 

私もまあ、性別は女性ですからって、ああうん、何か頑張って。

 

ついでに通りすがりの島風に10枚渡しておく、夜間随伴の取り分やと言ったら

間宮奢ってくれたからかまわないのにとか言い出す、ホンマええ子やな。

 

そして提督室に帰ると叢雲が目を輝かしてチョコを食っとった、提督と一緒に。

何コレ凄く美味しいって、いやキミあげる側よね、どう考えても。

 

視線の合った提督と苦笑を交わす、まああげたくなる気持ちは良くわかる。

 

食べ終わった叢雲が我に返り赤い顔でプルプルと震えている。

うむ、ここまでがワンセットよな、流石は提督エエ仕事や。

 

そんな微妙な空気に入ってくる姿は、利根。

 

今日はチョコが食える日らしいぞとか言い出したので、微妙な誤解を解く。

なん……じゃと…とか言ったままフリーズ、再起動までしばらくお待ち下さった。

 

して、ほれ提督と渡したものは小さいチョコ、頭を掻きばつが悪そうに続ける。

巡洋艦の給料ではそれが限界でなと、さもありなん。

 

海域が断絶したせいで日本国内でのカカオ豆の価格は高騰の極み。

菓子屋も頑張っているが、まあ要するに板チョコ1枚5千円や。

 

もう笑うしかないわー

 

いや、輸送費を差っ引けば一応手の届く値段なんやろけどな、ブルネイで

直接買い付ければ日本よりは大分マシな価格やし、でも質がちょっと。

 

小さい日本製か大きいブルネイ製か、痛し痒しな問題というところ。

 

そんな中で送られてきた軍需物資は、まさに破格の逸品だったわけで。

いやぁ、我ながらエエ仕事した、今月は福利厚生微妙でも許されるなコレは。

 

などと自画自賛していると金剛型ゾンビが這いずってくる。

 

明石前決戦で敗北したらしい、どうにも既にラヴがバーニンしとる。

最後の言葉は誰ですか神通サモン、した、の、で事切れた。

 

金剛型1番艦、金剛 享年むにゃむにゃ歳

 

勝手にノットキリーンと復活する、何や他3人はどうしたんやと聞いてみれば

涙目で縋り付いてくる、3人は現在菓子作りの待機中やそうな。

 

無敵の龍驤サンでなんとかしてくださいよォーッなどと言われても

日本を背負った大武勲艦が言っていいセリフちゃうやろそれと冷静にツッコミ。

 

だいたい、ウチを頼ったところで、ぶっこ抜いとった板チョコ18枚しか

出てこんのやしとポッケから取り出す、おい、固まるな、コケるな。

 

感涙の笑顔で飛びついてくる金剛さんを華麗にスルー。

 

ずべたっと床にスライディングしたところを踏みつける、いやな、

何も無しでそもまま貰おうなんて、ちーっとムシが良すぎへんかな、とね。

 

く、まさか提督のために守ってきたヴァージ、いや待てそこは日本語で

ボケんと本気で生々しいからヤメテ、純潔な純潔、ピュアーな感じで。

 

だいたいそんなモン貰たところではじめての相手は提督やない、ウチの

3連装砲やーッとか叫ぶぐらいしか遊びようが無いやないのって。

 

え、うん、こないだから3連装副砲めっちゃお気に入り。

エエよね火砲、冷蔵庫前の魔神をぶん殴っても手が痛くならんのやもん。

 

いっそ砲身に鉛でも詰めて研無砲とか名前でも付けてみよか。

 

待て、ソレはただの鈍器じゃと律儀にツッコミを入れてくる利根。

ならばワーットと落ち着いたところに18枚を放り渡す。

 

出来た菓子はわけてくれ、欠食空母が五月蠅うてな

 

腕によりをかけますネーと元気を零れさせながら勢いよく飛び出す金剛さん。

何か勢いに釣られて一緒に退出する叢雲、書類を取り申し送り確認を始める利根。

 

どうにも対応が思いつかず頬を掻いている提督1名、空気が微妙。

 

そこは喜んどけばええんやないのと言って給湯に向かう。

 

何かあるのかと聞く声に苦笑で返す。

 

コレから甘味が届きまくるんやろ、苦い珈琲でも淹れとくわ。

 

頭を抱える姿に笑いが止まらんかった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

次々と訪れては甘味を置いていく艦娘に、お返しを考えた提督の顔が青くなる。

 

「ブラックなのにダダ甘やー」

「提督の財布事情は苦々しそうじゃがな」

 

まあ砂糖はカカオより安いからどうにかなるやろ。

などと我関せずを貫いていると、利根がコッチを不思議そうに見た。

 

以前からブラックじゃったかと聞いてくる、胃にくるからと避けるのがデフォで

考えてみればブラックはウチだけやな、提督室関係の人員の中では。

 

「どうにもミルクが喉に絡むのが気になってな」

 

はじめはだばだば入れとったんよー、珈琲牛乳かいなってぐらいに。

 

「そしたら次は砂糖が舌に絡むのが気になって、ついにはブラックや」

 

肩を竦めて顛末を披露する、その後にきっと珈琲の刺激が胃に来るのが気になって

 

「そして最後には白湯におちつくんやないかな」

「実は珈琲嫌いだろ」

 

呆れた声の提督の言は否定しておく。

 

「好きやで」

 

香りはな、と言う前に何か変な空気を察した。

 

何やろと振り向けば、部屋に入ってこようとしていた大淀が固まっている。

提督も固まって利根が笑いを堪えている、何があったんや一体。

 

何でかその日は加賀が妙に纏わりついてきた、何やねんホンマに。

 


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