水上の地平線   作:しちご

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02 勿忘草色の空の下

 

草木も眠る丑三つ時、塔の如くそそり立つ無慈悲な書類の束は減る事を知らず。

カリカリと作業を続けるうちにウチの魂は現世を離れ涅槃へと遊び行く始末。

 

隣の提督も口から愚痴なり鮮血なりエクトプラズムなり吐き出し続けて、

今はもう魂がはみ出ている有様、ありゃそのうちコッチまで来るな。

 

そんな状態でも何故か指だけは動き続ける。

 

なんかもう脳と腕が完全に分離している感覚がある。

 

腕が勝手に書類を片づけてくれて実に楽なんやが、脳みその方がどうにも

くだらない事ばかり次々に思い浮かべて、いやこれ走馬灯やん待ちやがれ。

 

なんか泣きそうな顔してる天津風(あまっちゃん)とか利根とか出てきてウチの精神衛生上

非常によろしくない、寂しそうな笑顔の鳳翔さんなんかヤバすぎる。

 

くだらない事でも思い浮かべて気を紛らわせんと精神ダメージで死ねる、本気で。

 

などと悶えているウチに1枚書類があがり、あたらしい白紙が目の前に。

 

 

 

『02.勿忘草色の空の下』

 

 

 

あ、意識とんでたわ。

 

それでも結構な数の書類があがっているのが実にブラック鎮守府独特の光景。

この際、朝までトランス入ってれば御の字やったのに、うまくいかんもんや。

 

とりあえず、なんぞくだらない話でも思い浮かべよう。

これからの生活とか、いやくだらんくないわソレ、めっさ重要やて。

 

とりあえずポンコツリサイクル艦娘というバレたらちょっと解体されそうな経歴を、

なんとかバレないように、いえ聞かれないから答えなかっただけで

隠していたわけやないんですのよオホホホホとかいう方向に持っていくための術。

 

そやな、とりあえずアレや、関西弁。

 

龍驤である以上、似非関西弁ならぬ艦載弁は必須技能や。

 

失敬、必須技能でおまんがな。

 

例えば何かを舐めた時に「ペロッ、これは青酸カリでおまんがな」とか

とっさに言い出せるようにならなあかん、厳しい道のりや。

 

しかし考えてみれば、ではなく、せやかて提督

本当の関西弁とは何であろうか、でおまんがな。

 

一般には西日本方言のうち近畿地方の方言の事を指す、でまんねん。

ここで問題になるのは、標準語のようにコレと定まった「関西弁」が

存在しない事であろう、でんがなまんがな。

 

これがどのような結果を生むかと言えば、よくある話である。

 

大阪の北の人の大阪弁は南の人からは「似非関西弁」

南の人は北の人から「似非関西弁」

神戸、京都は大阪の人から「似非関西弁」

垂井式アクセントの地域は京阪神から「似非関西弁」

讃岐アクセントは本州の人から「似非関西弁」

 

どの地域のどのような言語でも似非関西弁の誹りを免れないのだ、でまんねん。

 

地域だけではない、例えば吉本新喜劇に代表されるような勢いのある関西弁。

これは年配の方からは「攻撃的で下品な似非関西弁」と言われる。

 

逆に年配の言葉遣いが若年層には「モタモタしとる似非関西弁」

 

世代、年代によっても言語やイントネーションは変わり、そのすべてが

「自分以外の関西弁」に「似非関西弁」のレッテルを張りつける、でおまんがな。

 

そう、つまりは「本当の関西弁」など存在しないのだ。

もはや都市伝説の類である。

 

いや、本当にそうであろうか。

 

存在しないと言い募ったところで、現実に関西は存在している。

現実に関西で言葉を使って対話をしている生命体は存在するのだ。

 

そう、否定ではなく肯定から入る事が重要なのではないだろうか。

 

わずかな違いに裏付けも無いのに鬼の首をとったかのように罵るのではなく、

ささいな語句、イントネーションの違いを受け入れる度量こそが肝要でおまんねん。

 

つまり、大阪人が話す言葉はすべて本当の関西弁

京都、神戸、讃岐、富山もまた本当の関西弁

むしろ関より西の地域はすべて本当の関西弁

 

身体は子供な例の死神が「関西人にしか見えないっちゅわけでおまんがな」

などと言い出すのも実に見事な本当の関西弁。

 

「わしは艦娘じゃ」も本当の関西弁

「おいどんは艦娘でごわす」も本当の関西弁

「ウチは艦娘ぞな」も本当の関西弁

「あしは艦娘やか」も本当の関西弁

「わんわ艦娘やいびーん」も本当の関西弁

「Ich bin ein rohrenformiges Der Kriegsbehalter Tochter」も本当の関西弁

「ミーはおフランス(神戸)帰りザマス」は多分熊野

 

「つまり、横浜生まれで横須賀育ちなウチの繰り出すノリと勢いでテキトーこいとる

 謎すぎる言葉遣いもまた、本当の関西弁なんや!」

 

「西日本じゃないじゃん!?」

 

頑張ってゲシュタルト崩壊させたのに的確なツッコミが入ってしもた夜明け前。

窓の外は勿忘草色、目の前にうず高く積まれた書類の塔は些かも衰えを見せない。

 

「……関東は関から西に4万キロほど行った地域」

 

「時差が24時間コース!?」

 

いいかげん、自分でも何を言っているかわからない。

それでも口が動いていないと倒れそう、そんな明け方の提督室の光景やった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

着任1カ月、何でまた書類の山に囲まれているかといえば、

要はこの五番泊地の立地条件にある。

 

ブルネイ・ダルサラーム国セリア、ブルネイの西端に位置する油田地帯であり、

間に都市クアラ・ブライトを挟み、僅か20kmで国境線にたどり着く。

 

そう、国境線、乗り越えるたびに書類が沸いてくる不思議地帯。

 

つまりは、出撃するたびにブルネイとマレーシアに提出する書類が沸く。

そもそも第三鎮守府の本陣はマレーシア、何かあるたびに国境を越える。

首都の泊地は第一鎮守府、管轄違いで何かあるたび申し送りが以下省略。

 

レベリングと提督室のデスマーチが同義となった所以であった。

 

それに加えて、新規の泊地だけに次々と建てられる箱物の山、各種書類。

陰陽系施設に至っては日本からの輸入である、書類塔増築も止まる事を知らず。

 

「大淀、大淀の着任はまだなんかー」

「あと1カ月はかかるってさー」

 

提督と秘書艦2隻、行動可能な範囲であらゆる手段を使ったものの、

ドス黒い労働環境が改善されたのは2か月後の事であったと言う。

 


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