水上の地平線   作:しちご

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16 存在しない故郷

 

青天遥かにて、いまだ底を見せず。

 

待ちに待ったというわけでもないが、ようやくにブルネイに乾季が訪れた。

 

「龍驤えもーん、乾季になるってどういう事なの」

「ええ質問や司令官太くん、ええかー、乾季っちゅうのはな」

 

―― クソ暑い

―― あ、はい

 

森羅万象から温度を下げるための水という物が失われる、日照時間も爆発的に増え

どこまでも際限なく気温が上がっていく時期、それが熱帯の乾季である。

 

 

 

『16 存在しない故郷』

 

 

 

寿司屋は米屋に嫌われる、と言う言葉がある。

 

寿司はネタが主役だからと、寿司屋の使う米はクセの少ない品種が好まれる。

 

それを炊き上げる前に通常よりも長い時間、最低でも一晩、店によっては

一昼夜と水に着けて徹底的に「米の旨味」というものを殺していく。

 

そのような炊き方をしても割れたりしない米、それが良い寿司米と言われていて

米屋からしたら噴飯やるかたない話である。

 

真っ当な米屋は真っ当な寿司屋が大嫌いだ。

 

などというかつての乗員の記憶にある薀蓄が頭をよぎるほどに、酢飯臭いわけで。

 

間宮厨房にて龍驤さん渾身の逸品、CHIRASHIのSUSHIがてんこ盛り。

 

その上に、先日深海棲艦に襲われていたフィリピン人漁師のナルトさんから

わけてもらった鯛に平目に鰹に鮪に鰤に鯖、東きょぉ~う葱葱ブギウギ。

 

いや、そこまで贅沢な魚は貰てないけどな、まあ謎の白身魚や赤身魚を捌いて捌いて

何はともあれ刺身にしたなら美味しかろうと乗せまくり、海鮮散らしの完成です。

 

あぁ、しんど。

 

「何で買い物ブギのパロディなのじゃ」

「そりゃ龍驤さんハイカラやしー」

 

「昭和じゃ昭和」

 

カウンターで完成を待っている利根がツッコミを入れてくる。

 

おお、なんかめっちゃ盛ってると目を輝かしているのは川内、隣に神通、那珂と居る。

セリアの寿司屋からわけてもらった山葵を乗せて、ハラール醤油を置いたら出来上がり。

 

ほな配膳、と 

 

「んでは、今回は誠に申し訳ありませんでした」

 

頭を下げつつ海鮮散らしをカウンターに乗せていく。

 

「おお、なんか思ったよりも遥かに贅沢ッ」

「山葵だよ、醤油だよ、お寿司だよッ」

 

なんかテンションあがっているのは川内と那珂。

 

「相変わらず多芸ですね」

 

落ち着いた風に見えて頬が緩んでいるのは神通、ククク、食らうがよい。

 

「寿司が食いたいとは言ったが、目の前で作るとは思わなんだぞ」

「まあいろいろ問題があったからなー」

 

ブルネイの外食事情は大きく分けて3種に分類される。

 

産油国だけあって、いわゆる下等労働は出稼ぎ外国人が主流と成っているのだが

そのような層のための食事、つまりは港とかで1~2ドルで食える軽食が一つ。

 

外国人観光客のためのお高いレストラン、フレンチ、イタリアン、じゃぱーんと

より取り見取りで、1食あたり60ドルとか言い出す、エグイ、それが二つ目。

 

あとはマクドナルドやケンタッキーなどを含む中間層、10~20ドル程度。

 

寿司屋という名の日本食レストランは中間と高級の間あたりに位置するわけで、

4人前はキツイ、いやもうほんと本気で、先月結構物入りやったし。

 

まあ日本円でも給料貰とるし、払えん事も無いがもう一点、ウチ込み5人の

非番が一致するタイミングというものは中々に無いわけで、折詰も乾季に入った

今となっては鮮度が問題になる、昼買って食うの夜になるやろうし。

 

ならもう自作しかないわなと。

 

先日の龍驤の名で括り直した乗員一同を検索したら、居たわけよ寿司屋と米屋。

これ幸い、前世にとった杵柄とばかりに作り上げて配り終わった今に至るという話。

 

あとは余り米を巻いてー巻いてー巻かれてー巻いてー

 

「巻きつかれて巻けるまでー巻いてー」

「だから何で昭和なんじゃと」

 

巻き上げて切ったらもう一皿、フライドチキンロール、ディップはカレーソース。

 

「なんじゃその、こう、直接的な感じのする際物は」

 

「じゃぱーんのコンビーニでもたまに扱っとるメニューやで」

「ジャパーン言うな日本海軍所属艦」

 

まあ、山葵貰た時に店内で見かけて、作ってみよう思た一品やけどな。

 

「さて、次は何の丼がええかな」

「いや待て待て待て」

 

そろそろに器も空きそうな所で、何か4人が丸い目をしてコッチを見つめとる。

先に上がりでも要るんかな、とか思っていたら利根が口を開いた。

 

「食事量の基準を正規空母組に置くな」

 

ゥゴフッ

 

「ああうんいつもな加賀がな冷蔵庫の前に陣取ってな加賀がな上目づかいで

 食事出すまで粘るわけでなあの阿呆のエンゲル係数の超過分ウチが持って

 んやないかなと最近気が付いてな冷蔵庫の中にキムコだけ状態にしたらな

 なんか冷蔵庫の前で倒れて痙攣しとるんよ馬鹿ちゃうあいつほんでなその」

 

「ぬをおぉうッ龍驤、戻ってこい、龍驤ォーッ」

 

利根の声が遠くに聞こえる、ああそうか、別に食いに行っても大丈夫やったんや。

食わんもんな、みんな、あの部屋に生えてくるバキュームども並には。

 

白く染まる世界の中で崩れ落ちる身体の音が聞こえた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「ちゅーわけで、夜食のチキンカツロールカレーソースや」

「何かスーパーの変わり種って感じだな」

 

例によって例の如く、深夜残業の提督執務室で冷蔵庫の冷え冷えロールを提供する。

チキンとカレーってええよな、冷えても食えるもん、魚はバキュームが持ってった。

 

提督と一緒に変わり種の巻き寿司を摘まむ、意外に緑茶が合う。

 

冷えても食えると言えば豚モモ肉のポークチョップとかも好きやけど、

豚肉は流石に大っぴらに調達できないわけで、個人的な隠れた楽しみ止まりや。

 

「寿司と言えば、握りは作らなかったのか」

「あー、それなんやけどな、艦娘やからな」

 

握り寿司が現在の形に完成したんは戦後なわけで、ウチらの頃の握りだと

もっと大振りな、いわゆる房州寿司のような形になる。

 

具材も地方ごとかなりピンキリで、作って出せばまあ文句は出んのやろうけど

何というか何をどんぐらいの大きさで握れば喜ぶんかようわからん。

 

「ならもう散らしが無難やな、と」

「ジェネレーションギャップだな」

 

「ぶっちゃけセリアのちゃんとした形で出てくる寿司屋より、クアラブライトの

 アメリカン風味の寿司屋の方が、ネタの鮮度が良い分喜びそうやわ」

 

「あー、こないだ寿司屋に連れてった叢雲が変な顔してたのはそれかぁ」

 

現在の江戸前寿司を目にしたら、シャリの小ささとかのギャップに驚くわな。

真っ当な日本食もインチキ日本食も、ウチら的にはどっちも同じ距離の食い物や。

 

ちゃんとした握り寿司を見て、アボガドロールを見た日本人の気持ちになるのも

まあ変な話ではあるのやけど、しゃーないわ。

 

ウチも驚いといた方が良かったかなと誰かの声がして、今更やわと笑えてきた。

 


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