水上の地平線   作:しちご

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比翼の鳥 裏

 

何か凄いものを見た。

 

伊勢型戦艦2番艦、日向が任務の後に立ち寄った間宮、5番泊地演習海域にて

先程に行われた演習と言う名の狂乱に対する感想はそんなものであった。

 

片割れが四航戦の先達にあたる軽空母だからと、興味をひかれて覗いてみれば

随分と恐ろしげな鉄火場に変じていたあたり、流石のものだと変な納得をする。

 

ひとしきり眺めた後に、溶けたアイスを惜しみつつ思う。

 

終わってみれば一方的な、勝敗を決した点を端的に表現すれば意識の差

航空母艦である事に拘った加賀と、海上の陸戦と割り切った龍驤の差であろう。

 

前進と同時の発艦、ここに違和感を抱けるかどうかが第一の鍵であったのだ。

 

だが、日向が衝撃を受けたのは後の展開である。

 

艦艇と艦娘は違う、その意味を外観や戦闘距離のものだと今までは思っていた。

 

―― 自分はそれを、本当に理解していたのだろうか。

 

眼は二つしかない、手も二つしかない、言葉にしてみれば単純明快な話だ。

もはや乗員が四方を警戒する艦艇ではない、戦場に目を向ければ他が見えない。

 

違和感の無い動きで前進、視線を空に向けさせて至近距離までの肉薄。

軽空母の装甲でそれを行う度胸は別として、単純かつ効果的な行動。

 

そう、効果的だ。

 

もし、同じ行動を装甲のある、例えば戦艦がとったとしたどうであろうか。

もしその戦艦に、制空圏の取り合いに参加できるだけの艦載機があるのならば。

 

「艦載機を放って突撃 ――」

 

行動を看破されてもゴリ押しできるだけの突破力、強靭な装甲からくる耐久力、

確実に敵を仕留めるための火力、海上に注意を向けられれば空からの爆撃。

 

「これだ」

 

日向が航空戦艦への改装を決意したのはこの時であったと言う。

 

 

 

『比翼の鳥 裏』

 

 

 

ドック前、修復剤を半分にわけて、中破状態で放置されている空母が2隻。

ドック内は重症者で満杯で、扉の中からは気楽な声が聞こえてくる。

 

放置空母の片割れの加賀には瑞鶴がしがみ付いており、そのままに眠っている。

 

しがまれている側はどうにも身動きが取れず、起こすのも悪いしと苦悩していて

何か膝の上で眠った猫のせいで動けない飼い主の姿を見るようだと、龍驤が苦笑した。

 

笑った動きでひりひりと痛む肌を抱え、口から魂を吐いている龍驤に加賀が言う。

 

「八つ当たりでした、すいません」

「ウチも、ぐーで行ったのは悪かったわ」

 

言葉少ないやり取り、互いに拳を差し出し、軽く打ち付ける。

 

そのままの勢いで龍驤が立ち上がり、立ち去ろうとする。

 

「もうすぐドック空きますよ」

「ちと野暮用がな」

 

ひらひらと手を振って場を後にする。

 

その物音で目が覚めたのか、瑞鶴が身動ぎをする。

 

「ずるい人」

 

同期の気遣いに、加賀は拗ねた様な心持ちを覚えた。

 

 

 

弓道場に弓を引く姿がひとつ。

 

鬼気迫る勢いで矢継早に放つ空母は、飛龍。

 

先程の演習、どうしてもひとつだけ、脳裏にこびり付いて離れない光景がある。

 

それは、勝敗が決する時の要因となった一手。

 

一航戦を囮に使った。

 

飛龍は嘆息する、成程、効果的だ、嫌になるほどに効果的だ。

初期の、「あの一航戦」が空を舞っていて、それに注視しない艦艇など存在するだろうか。

 

彼女にとっては、右手が防がれたから左手で殴った、その程度の心持ちなのだろう。

だが、一航戦である、有り得ない、誰がそれを使い捨てにできるというのか。

 

一息をつき、眉間を抑える。

 

龍驤ならば、やる。

 

火砲で艦艇を沈め、高射砲で敵機を撃ち墜とした南方の英雄、

目的の達成のためならば一切の手段を選ばない、小さな一航戦。

 

もしあの場に立っていたのが自分だったら、成す術も無く沈められていたであろう。

それも型に嵌められる前の段階、あの尋常ならざる爆撃の時にでも。

 

あれはそう、火力、装甲、積載量、そのような有利不利を覆す理不尽の権化。

 

「英雄、か」

 

飛龍の言葉に苦いものが混ざった。

 

 

 

弓道場に二つの影が入ってくる。

 

弓矢を抱えてこそこそと、二つ括りと銀の長髪、蒼龍と翔鶴であった。

 

あれ、飛龍も自主練?などと気楽に話しかけ、一息つく所よ返され少々に駄弁る。

 

「龍驤センパイ仕込みの海軍爆撃二枚看板、蒼龍翔鶴ここに在り、だよ」

 

話題はいつしか先程の演習、気狂い染みた爆撃と加賀の有り得ない回避に至った。

 

「同じ状況だと、加賀さんに当てないと龍驤センパイ怒るだろうな、とか」

「一回はずれるごとに、笑顔のまま圧力だけが増していくんですよね」

 

「いつのまにか言葉遣いが標準語になっているんだよね……」

「最後には笑顔も消えて、真顔で歩いて距離を詰めてくるんです……」

 

想像で顔を青くする二人に、ふと悪戯心を起こした飛龍が声色を真似て声をかける。

 

「『ねえ蒼龍、翔鶴、もしかして私、馬鹿にされているのかしら』」

 

「滅相も御座いません !!」

 

直立不動で翔鶴が絶叫した。

蒼龍が半泣きで弓を引きはじめる。

 

「うわああぁぁん、岩ちゃん早く降りてきて、龍驤センパイに殺されるううぅぅ」

 

なにやら艦載機妖精も随分と鬼気迫る有様で、眼を血走らせて今か今かと憑依を待つ。

しかしそう上手く事が運ぶわけもなく、普通の爆撃、普通の爆撃、普通の爆撃。

 

蒼龍が英霊召喚に達するにはまだ随分と練度が必要な模様である。

 

「貴女たち、過去に何があったのよ」

 

飛龍の呆れた声が弓道場に響いた。

 

 

 

埠頭にひとり、佇む赤城のもとへ、龍驤が寄って行く。

 

笑顔を張りつけたまま、まったくもう赤城はしゃあないなぁと言った感じに声をかける。

どうにも加賀と瑞鶴の事を頼んでいたが、取り立てて何もしなかった事、ではなく。

 

「煽れ、とは言っとらんかったはずなんやけどな」

 

笑顔のままで二人、並んで立ち海上へと視線を向けている。

 

「でも加賀さんと、貴女が帰ってきました」

 

ひとしきりの静寂の後、赤城が答えを口に乗せる。

優しい声色のまま、何一つ変わる事の無い口調で言葉を繋いだ。

 

「そのためなら、五航戦などどうなってもかまわないじゃないですか」

 

龍驤が小さく噴き出す。

 

額を抑え、止まらぬ笑いの衝動を抑えながら口を開いた。

 

「ああ、そうやったそうやった、お前はそういう奴やったな」

 

ひとしきり笑った後に、無言。

 

次に静寂を終わらせたのは龍驤。

 

「加賀はな、馬鹿で阿呆で間抜けで不器用で迷惑な奴や」

 

そのまま立て板に水とばかりにボロクソにコキ下ろす様に、赤城が噴き出す。

 

「だからまあ、アレは瑞鶴を気にかけていたのが空回っていただけの話でな」

 

肩をすくめて言葉を切る、会話の上では軽いはずだが、空気が不思議と張り詰めていく。

 

あたりには誰も居ない。

 

軸足は捻る、蹴り足は蹴り飛ばす様にと言うが、要は前へと踏み出すかの如く。

前へ、撃ち出す、体の動きをそれだけに絞り、軸足で直線を円運動に変える。

 

綺麗に弧を描き、腰のまわった拳が赤城の身体をくの字に折り曲げた。

 

大事なのは拳を止めない事、龍驤は自らの名で括られた誰かの知識に心で頷く。

血反吐を吐き、地に臥して土を舐める赤城に龍驤が声をかけた。

 

「瑞鶴の分や」

 

「甘んじて……受けてあげましょう」

 

脂汗に塗れ、血反吐とともに絞り出すような声で言った言葉には、やはりいつもの笑顔。

何で初期空母組は何処かぶっ壊れてんやろなと、自分の事を棚に上げて龍驤は思った。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「果てしなく居心地が悪ぃ」

 

ドックに入渠した3隻、加賀・ウチ・赤城と並んどる、被害艦2隻が加害艦を挟む形。

さらに浴場型の修復剤ドックの縁に、何故か瑞鶴が正座しとる、何があったんよ。

 

「私も甘んじて受けると言って何ですがね、龍驤、貴女殺す気(ガチ)で打ちましたね」

 

赤城曰く、起き上がろうとしたらどうにも下っ腹に溶岩流し込まれた様な熱があったとか

下半身がどうにも上手く動かないとかで、結局ウチが背負ってドック入りするハメに。

 

何と締まらない話か。

 

「龍驤、貴女赤城さんに対して何やっているんですか」

「ただの青春のアレコレや、見逃せ」

 

「ええ、青春のアレコレですから、悪いものじゃないんですよ」

 

何ですかそれはと、拗ねたような声が聞こえる。

 

息を吐き、肩まで修復剤に漬かる。

 

―― これで、加賀はあの時からはズレた。

 

龍驤の名で括った提督ゴーストが何か変な事を言いだした。

 

何の事かと思い巡らせようとすれば、頭痛。

 

眉間を抑えるウチにぷよぷよした水に浮く膨らみを押しつけやがる左右。

頭痛、ぷよぷよ、頭痛、ふにふに、頭痛、むにむに。

 

「よっしゃ、喧嘩売っとんのやな、纏めて買い叩いたるわッ!」

 

「ふふん、実は2、3発やり返しても良いなと思っていたんです、冥府見えたし」

 

すちゃっと水面に両手を手刀の形にして構える赤城、叫びに困惑した様相の加賀。

 

「え、いや、私はただこう友情を示そうと……」

 

うぉいコラ、馬鹿で阿呆で間抜けで不器用で(中略)なんも大概にせいよ同期の桜。

何か瑞鶴がトランペットを欲しがる黒人少年の様な、キラキラした瞳でコッチを見とるし。

 

いや、本当に何があったんよキミら。

 

何はともあれ、と

 

「隙ありッ!」

「無いわボケェッ!」

 

怪鳥の叫びが水面に飛び交うドックの様相やった。

 


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