水上の地平線   作:しちご

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比翼の鳥 承

「あー、龍驤サン本気切れしてるわ」

「あ、センパイが爆撃隊出しましたね」

 

「爆撃隊運用だと龍驤ちゃんの右に出る空母は居ないわよねー」

 

物見に集まった空母寮お気楽組が少しだけ空気を軽くした。

 

劇的な殲滅より始まった演習は、やがて拮抗へと移行する。

 

戦闘鬼、攻撃鬼、攻撃機、爆撃機が入り乱れる様は、不思議と鏡写しの様相であり

機体の性能で勝る龍驤隊を、加賀隊が数で抑えこんでいる。

 

「流石は一航戦、あそこから押し返しますか」

 

眉を顰めて呻くのは飛龍、声色に隠しきれない悔しさが見えている。

並びに連なる五航戦姉妹は、眼前に広がる人外の宴に完全に呑まれていた。

 

「加賀さん……」

 

瑞鶴の唇から、混沌とした思考の渦からの言葉が漏れる。

 

「ていうかアレ、加賀さんまで切れてない?」

「……那珂と姉さんは加賀さんの方に」

 

「いや、川内も龍驤に行け、那珂には吾輩が付く」

 

龍驤と親しい、かつての戦友達は宴の終わりを見極めようとしている。

 

それらの誰もが、怯える新鋭達から向けられる畏怖の視線に気が付く事は無い。

 

 

 

『比翼の鳥 承』

 

 

 

前進、加速、攻撃隊発艦。

 

容易くはない。

 

加賀が攻撃隊を出したあたりから、僅かに挙動が変わってきたのを感じた。

 

敵陣、早期に爆撃隊を出す。

 

爆撃隊が前に出る、露骨な自殺命令、随分と形振りを構っていない。

 

時間稼ぎか、遠慮なく食い尽くそう。

 

何時の間にやら加賀隊、艦載機妖精が見覚えのある顔ぶれになっていた。

見覚えがある、敵味方に分かれる互い、妖精の顔付きが鏡に写したかの様で。

 

分霊、何か噛み合うものでもあったのか。

 

見本が目の前にあるとは言え、人が数カ月かけて到達した境地に僅か数分。

流石は加賀と言うべきか、理不尽さに眩暈がする。

 

ああ、何かもうどうでもいい。

 

墜ちる、墜とされる。

 

空戦は最早拮抗、アレだけ墜としたのに数で負けている、巫山戯た積載数だ。

 

雌雄が決される前に動こう、爆撃隊、前進、発艦。

 

乱戦の隙間を縫うように飛ぶ、直上を取る、外れる。

 

外れる。

 

外れる、外れる、外れる。

 

爆撃の生き字引が形も無い。

 

必殺の間合いを、致命の一撃を悉く避け続ける。

避けれるはずの無い爆撃を、避け続ける異様がある。

 

まるで、そこに落ちてくる事を知っているかの様に。

 

―― ああ、そうか。

 

お前もか。

 

お前も私を識っていてくれたのか。

 

お前も私を沈める日を夢見ていてくれたのか。

 

知らず、口角が上がる。

 

随分と見違えた、今の今までは寝呆けていたとでも言いそうな有り様。

目を覚ますのなら、沈んだ後にでもしてくれれば良いものを。

 

だがまだ温い。

 

漸くに彼我の間合いを見切る、全速一杯に残りの距離を詰めた。

 

肉薄する。

 

最後のスロットには艦載鬼は居ない。

 

歯茎に風が当たる、噛み締めた奥、喉の奥から何か獣染みた音が漏れた。

振り向いた姿には、普段では見られない驚愕が表に張り付いている。

 

良い顔だ。

 

そのまま至近より三連装砲、一斉射、彼女の側面を吹き飛ばした。

 

硝煙が視界を塞ぐ、構わずに突貫、再度の肉薄。

血を吐きながら弓を向ける、その姿を蹴り飛ばす。

 

次弾装填完了。

 

崩れた体勢の、たたら海面を踏みしめ耐えた所へ叩き込んだ。

 

次弾装填、召喚が解け煙の如く消え去った、加賀隊の在った空を制空する。

照準を合わせ、編隊を散らす、爆撃隊は再度直上へ。

 

砲口と死に体の隙間に何かが飛び込んだ。

 

「止めてください龍驤さんッ」

「瑞鶴、退きなさいッ!」

 

何かを奴が庇う、その背中に撃ち込む。

瑞鶴か、まあ良い重石ではある。

 

目の前で愁嘆場が繰り広げられる。

死線の上で何を演っているのか、こいつらは。

 

直上から、爆撃。

 

「根性おおおぅッ」

 

遮蔽物が増えた、重巡洋艦、覆いかぶさる、大破。

死角から軽巡洋艦が獲物を曳航しはじめる。

 

次弾装填。

 

「利根ちゃん!?」

「いいから早く二人を退避させるのじゃッ」

 

利根か、邪魔だ、射撃、ひとつ。

 

「龍驤ちゃん、そこまでッ、そこまでーッ」

 

側面より軽巡洋艦、船体に絡み付く。

動けない、直上をとる。

 

正面、敵援軍、軽巡洋艦。

 

次弾装填、直上よりは急降下。

 

魚雷持ちはコレで最後、当たるか。

 

いや、当てる。

 

私には、奴を沈める責任が有る。

 

「いいかげん、正気に戻ってください」

 

衝撃に、一瞬だけ意識が途切れた。

 

何かおかしいな

 

―― あれ、神通、何でウチのどてっぱらに砲口密着させてんの?

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

龍驤と川内が浮いている、土左衛門の様に。

 

魚雷を使い果たした神通が一息を付いた。

 

「姉さん、流石に無茶しすぎです」

「いや、明らかに魚雷は余計だったよね !?」

 

利根を曳航する那珂が思わずとツッコミを入れる。

 

軽空母の紙装甲を火砲で抜いた後、羽交い絞めにしていた川内ごと

酸素魚雷、外しようもない至近からの一斉射。

 

もはや雷撃と言うよりも、雷撃処分と付け足した方が近い様相であった。

 

「……龍驤さんを沈める機会だと思ったら、つい」

「神通ちゃんもアッチ側の艦だった、いや知っていたけどもッ」

 

火砲で抜いた時点で式鬼の召喚は解け、白い紙屑と化して中天を漂った。

数多の紙吹雪が曳航されている加賀と利根の上に降り積もる。

 

埠頭には修復剤(バケツ)を用意して引き上げを待ち構える幾つかの姿。

 

「これだから一航戦と二水戦は」

 

利根が血を吐きながら呆れた声を出した。

 


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