水上の地平線   作:しちご

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あきつ退魔録 幕

後の話に成る。

 

朽ちたセメントの壁、時の流れの中に削れ落ちた灰色の砂を踏みしめながら

どこまでも深く、殺風景な階段を降りていく艦娘が在る。

 

「長いのです、長すぎるのです」

 

昇降機とか無いのですかとの問いに、セメントで埋められておりましたなと

気の無い返事を返しながら、コツコツと足音を響かせる二隻。

 

あきつ丸と、電。

 

ブルネイ鎮守府群査察から、あきつ丸小隊が憲兵詰所に帰投後暫く、

日々の業務の狭間に挟まる様に、陰陽寮より些細な要請が届けられた。

 

爆破解体予定施設の事前準備、及び清掃。

 

そして今、その廃棄された施設の中に存在した階段を降りて行く。

 

武装した隊員と春雨は地上に残し、警戒のままに清掃を続けさせている。

 

やがて地の底に辿り着き、薄ぼんやりとした灯りの中に見える物は、朽ちた轍。

 

「廃路線でありますな」

 

地下鉄道の暗闇の中、等間隔に配置された裸電球に導かれる様に、

灰色の柱を抜けていけば、やがて壁面に鉄の扉。

 

彫り込まれた旧字体の但し書きは朽ち、帝国の名が辛うじて読み取れる。

 

「―― 陰陽寮とは、何なのです」

 

道中、降り積もる様に重ねられた疑問の、根本を電が口にした。

 

「大統領呪殺に関わった陰陽師たちは、進駐軍に確保されたと、聞いた事は」

 

人造の様々を追う内に、どこかで得た内容を確かめる様に口に出す。

 

第三次世界大戦の最中、海域の断絶に前後して成立した組織。

 

「少し考えれば想到できるでありますな、海域が断絶して、誰が困るのか」

 

何が、力を失い、誰が、陰陽寮を必要としたのか。

 

「陰陽寮所縁の艦娘は、どこの泊地にも存在します」

 

新たに生まれた日本国海軍と言う勢力に、根を張る様に。

 

「要するに、アメリカが日本に付けた首輪なのでありますよ、陰陽寮は」

 

米軍基地に代わって日本へと突き付けられた刃。

 

「そうでありましょう」

 

問い掛ける言葉は電ではなく闇の先へ。

 

物影に、暗闇で待っていた一隻の空母へと届けられた。

 

確かめる様に、言葉の終には名が続く。

 

―― 隼鷹殿、と。

 

 

 

『あきつ退魔録 幕』

 

 

 

鉄扉の奥、歩を進める三隻の艦娘が居る。

 

人造の通路はやがて洞窟の如き岩肌と成り、足元には様々な物が転がっている。

黄金の色の合金、様々な人種的特徴の在る人型の破片、割れた真空管。

 

「そう言えば、いつごろから気付いていたんだい」

 

胡散臭い相手を見る目つきの電を歯牙にもかけず、飄々とした風情の言葉が在る。

 

鉛の如き静寂に置かれた軽さに、平坦な声であきつ丸が応えた。

 

「特異点R、離島棲鬼に関する報告書」

 

分かり易く、自筆で記していたでありましょうと付け足せば、苦笑が在る。

 

「いやホント、察しが良いよね あきつサンは」

「ご希望通り、憲兵隊を5番泊地のために動かしたでありますよ」

 

僅かに和気あいあいとしたやり取りが続き。

 

「ああ、だから廃棄に立ち会わせる許可が出せた」

 

最後は平坦な、感情の見えない言葉が在った。

 

やがて辿り着いた通路の終焉、幾つかの機材が配置されている小部屋。

闇の中に沈むそこで、隼鷹が灯りはどこだったっけなと言いながら距離をとる。

 

「さて、どこから話せば良いのかな」

 

影の中から、探し物をしながらの問いかけが届いた。

 

「出来れば最初から」

 

にべも無い要請が在り。

 

「まだ宇宙がドロドロとした何かだった時に神様が」

「近代まで端折っていただきたい」

 

軽い受け答えが挟まる。

 

「あちら側とこちら側の境界を計測するために、艦娘の制服に既製品を」

「まさか、サンタ衣装の強制に理由が在ったとは」

 

苦笑交じりの言葉が交わされる。

 

「人造神格、神の軍事利用の計画ってのが在ってね」

 

そしてようやくに、本題に近く。

 

日清、日露と続いた戦争の中で、狐狸妖怪魑魅魍魎、様々な神君、霊魂、

前線にて様々な霊的存在が確認されたのが発端だったとかと、言葉が続く。

 

「戦後も研究は続き、今回の開戦に先立って三柱の和魂が作成された」

 

戦争絡みなわりには随分と穏やかな話ですなと、相槌が入れば、

造ってる最中はそう思ってたらしいけどねと、苦笑が返る。

 

僅かな静寂。

 

結局、和と言う言葉とは似ても似つかぬ、何か悍ましいモノが出来上がったと。

 

「甲は目覚めず、丙は自壊し、乙だけが起動した」

 

そこに在るだろと、闇の中、大きめのガラスケースを示す言葉。

 

3つある円筒形のそれは、何も入っていないひとつと、砕かれたひとつ。

そして、暗がりによく見ない、薬液の中に漬けこまれたナニカがひとつ。

 

「そしてその、甲型を廃棄するのが今回の内容ってね」

 

そんな言葉に、電灯のスイッチ見つかんねえと嘆きが付属した。

 

何やっているのですと、続いて壁に貼りつき始めた電の後ろで

静かに、透明な檻に手をついて闇を見上げる揚陸艦。

 

「そう言えば、人造英雄って与太話があっただろ」

 

互いの背中越しに、言葉が続く。

 

「てっきり、龍驤殿の事かと思っていたでありますよ」

「あのヒトは天然物だよ」

 

何と紛らわしい、気持ちはわかると、僅かに呆れの混ざった会話。

 

「無から正を取り出せば負が生まれる」

 

唐突に毛色が変わる。

 

「深海に沈んだ魄に無関係な魂を入れて、深海の宿業から逃れた特異個体」

 

何者かに造られた事を、観測していた事を示唆する内容。

 

「離島棲鬼と言う特異個体の、対に成る様に設計された第13世代型人造付喪神」

 

その席に座ったのが、龍驤サンだっただけさと。

 

「そして造られた互いが陰陽に従い、ぐるぐると世界をかき混ぜる」

「時代の歯車は流血によって回される、でありますか」

 

韜晦する言葉に、嘆息が在った。

 

他に居なかったのでと聞けば、皆壊れたと返る。

 

「利根サンも、那珂サンも、誰も彼もが起動しては壊れて解体された」

 

成功例、正常稼働したのは結局龍驤のみであったと。

 

「無理な設計でも何とか起動する、まさに龍驤殿の宿業でありますな」

「たぶん、扶桑姉妹や夕張サンあたりでも正常稼働したんじゃないかな」

 

対の席はひとつしか無いから、埋まった以上は試せないけどねと哂う。

 

「天然でありますか」

 

言葉に、僅かな間が開いた。

 

「するとやはり、人造英雄はただの夢物語だったと」

「いや、居たじゃないか、まさに英雄としか語れない存在がさ」

 

会話の後に辿り着いた結論が、否定された。

 

「単身で野に下り、勢力を作り、国を建て、覇を唱え、未来を紡いだ」

 

発言の最中に、電灯が灯る。

 

「日米の頸木から逃れ、後に続く歯車を生み、自らの生涯を掴み取った」

 

様々な設備の置かれた窓の無い、殺風景な灰色の小部屋に、円筒が在る。

薬液の中で灯りを受け、色を乗せて返す漆黒の何かが揺蕩っている。

 

ケースの下に付けられた但し書きには ―― 人造和魂、吹雪型一番艦、甲型

 

見慣れた漆黒艤装と類を同じくするそれは、言わば巨大な駆逐イ級

 

しかしその外観は僅かに違う。

 

弧を描く先端には巨大な単眼が備え付けられ、その瞼は閉じられている。

 

その、明らかに違う、なのにどこかで見た外見を何かと

思考に埋まるあきつ丸に、想到させる言葉が隼鷹から告げられた。

 

「中枢棲姫と言う、人造の英雄が」

 

その右腕に在った艤装だと。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

2隻の見届ける中、爆破解体された施設が崩れて落ちていく。

 

「こうして、真実は消えていくのですか」

「そんなものは無かった、と言う真実が作られるのですよ」

 

昼下がりの陽光の下、巻き上がる粉塵が風に紛れた。

 

「私たちの戦いは、何のためのものだったのです」

 

ぽつりと、万感の思いを込めた言葉が副官より零れ落ちる。

響き渡った爆音の後、静寂の地に僅かの時間が流れ。

 

「開戦前の日本は、未だ戦後の平和ボケが抜けきらない状況でした」

 

抑揚の無い言葉が返る。

 

「誰か、他に戦ってくれるモノが必要なほどに」

 

それきりに言葉が切れる。

 

砂の香りが届き、更地と化した施設が収まった粉塵の向こうに現れる。

 

「たくさんの人が、死んだのです」

「我らの国は残りました」

 

単純な事実。

 

「そもそも他国は勝手に殺し合っただけで、責任を負う義理は在りません」

 

電の、言葉が詰まる。

 

「現れた人類の敵に、皆が一致団結できれば誰も嘆かなくて良かったのでしょう」

 

しかし当然、そうは成らなかった。

 

「それだけの話で、だからこの話はもう終わった事なのでありますよ」

 

予想した通りにユーラシアは地獄と化し、切り離された日米は利益を享受する。

 

賭けは終わり、負け分は取り立てられ、勝ち分は受け取り終わった。

 

「関係者全員、碌な死に方は出来ないのです」

「何でも、堕地獄必定は武者の誇りだとか」

 

世も末なのですと、吐き捨てる言葉が在った。

 

そして俯き、噛み締める駆逐艦の頭を軽く撫で、黒い揚陸艦は踵を返す。

 

「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」

 

粉塵の晴れた夏空は、どこまでも青く澄んでいて。

 

「千夜一夜の物語でもありますまいに」

 

その背中には、もう何も無い。

 


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