水上の地平線   作:しちご

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14 武士道とは要は根回し

「お願いだよ叢雲、燃料ちゃんと拾ってくるからさ」

「駄目よ、もとあった場所に返してらっしゃい」

 

提督執務室で秘書艦へと談判を続ける駆逐艦が居る。

 

黒髪を三つ編みに留め、暗い色彩の水兵服を纏う姿、白露型駆逐艦2番艦の時雨であり、

提督の留守を預かり机に座るのは、本日の秘書艦である叢雲であった。

 

拾ってきたのが妖怪猫吊るし程度ならば、素直に魚雷に詰めて撃ち出すだけで事足りる。

 

しかし今回の拾得物は ―― まずワカメである、頭頂に引っ掛かっている。

 

その下には黒髪が二つ、露出の多い似非巫女装束は潮に揉まれザラザラとした感触を持ち、

巨大な砲塔には藤壺がこびりつく、さらには砲口に魚が嵌まって跳ねていた。

 

「姉さま、山城は流石に心が折れそうです」

「気をしっかり持つのよ山城、この程度の不幸はいつもの事じゃない」

 

扶桑型戦艦姉妹、扶桑と山城であった。

 

「もういいよ、叢雲の分からず屋ッ」

「あ、待ちなさい時雨ッ」

 

激高し提督室を飛び出す時雨、やや遅れてそれを追いかける叢雲の姿があった。

取り残された二人は状況の変化に付いていけず呆然としている。

 

「えーと、姉さま、私たちはどうすればいいのでしょう」

「ここで待っておくべきなのかしら」

 

気が付けば砲口で跳ねていた魚は動きを止めていた。

 

そんな折、書棚の前で資料整理をしていた艦娘が二人に声をかける。

 

「とりあえず、ドックで潮を落として来てください」

 

どのような状況でも、普段通りの大淀であった。

 

 

 

『14 武士道とは要は根回し』

 

 

 

「は、扶桑と山城? 第二の3番でドロップ直後に高波に攫われたとかいう奴らか?」

 

ブルネイ第三鎮守府一番泊地、通称第三本陣の提督執務室の隅っこで

何やらかかってきた電話に応対してみれば、伝達事項はどうにもカオス極まる有様。

 

「向こうさんがかまわんのなら貰うとき、資材? なんとかするわ」

 

適当に会話を切り上げ、席へと戻る。

 

正面には本陣提督、何やら琥珀色に焼けた肌の細マッチョで、ハーレクインロマンスあたりで

美形の富豪の婚約者の前あたりに出てきそうな、危険な匂いがする野性味のある美丈夫や。

 

横に控える秘書艦の陸奥()っちゃんの対魔な薄着も、何か南国って雰囲気で誤魔化せそう。

 

もしもこの場にウチの提督が居れば、何やら乙女ゲーの舞台と誤認しかねない気配である。

 

「ちゅーわけで、燃料寄越せや」

「なにその自転車操業」

 

まあそんな、鈴谷や熊野が喜びそうな眼福などより、差し迫った資材調達の方が優先なわけで。

 

「ええやん、超弩級が増えるならコッチ海域も安定し易くなるやろ」

「当座に500、追加で持ってけ」

 

話が早いのはエエ事や。

 

第三本陣はマレーシアのクアラルンプールに設置されているが、地理的に問題が多い。

 

インド洋から攻めてくる深海戦艦に対して最前線の泊地であるだけでなく、インドネシアに近く

華僑を中心とした親中派、親欧派から有形無形の様々な嫌がらせを受ける現状である。

 

各種勢力に中立を謳うシンガポールも、はっきり言って信用に値しない。

 

衣食足りて礼節を知ると言うが、逆説的にココでは本土のような儀礼全般がかなり早い段階で廃れ

おかげで今回のように艦娘の様な謎生物、旗下泊地秘書艦の無礼極まりない意見もサクサク通る。

 

本当に、話が早いのはエエ事や。

 

「ところで、それがすまほおんとか言う携帯式の無線電話かしら」

「それ言うならスマホな、もしくはスマートフォン」

 

板をポッケに仕舞うところで、陸奥が何やら声をかけてきた。

 

海底ケーブルは切れたが衛星は無事、制海権と制空権は無いが世界は辛うじて繋がっている。

でもまあ、日本はさぞかしガラパゴス化しているであろう事は想像に頑なない。

 

「いつも思うんだが龍驤、お前現代に馴染みすぎだろ」

「それで、ウチに相談言うんは何なんよ」

 

電話で脱線させたのはウチだけに、さらに外れそうになる話題を修正。

 

「先日の通達でもあっただろ、夏になる前に太平洋打通作戦が開始される」

 

「アリューシャン列島とハワイか、いつぞやと ――」

 

あれ、何を言おうとしたんやっけ。

 

「何やっけ」

「いや、何だよ」

「何もおかしくはないわね」

 

変な空気になったところで、間を開けて話が戻る。

 

「陸奥も太平洋側に持って行かれるからな、その間の火力の穴埋めの前相談だったんだが」

 

なんかもうタイミングええなぁ。

 

「扶桑と山城が居るんなら、どっちか回してくれ」

「ほいな、インド洋方面はその方向で調整するな」

 

あとは必要書類と通達の打ち合わせ、まさにジャパニーズNEMAWASHI万歳。

日本船籍のお家芸やな、などと戯ければ、船と言えばと資材の書類を渡される。

 

「コッチの市場にNYTROが流れてきてな、ジャンクだがエンジンは無事だ」

「F350か、明石が喜びそうや」

 

F350、YAMAHA発動機のV型8気筒4ストローク船外機。

提督専用ポンポン船、巻き添え轟沈丸Ⅳ世が飛躍的に進化する片道切符やな、これは。

 

言うまでもない事やが、Ⅲ世までは既に轟沈しとる。

 

「素でエンジンってお前、絶対除籍年誤魔化してるだろ、平成まで浮いてただろ」

「ただでさえ合法ロリ言われてんのに、怪しいレッテルはやめてんか」

 

―― いくら艦娘でも電機屋でインターネットくださいとか言い出すのは金剛さんぐらいやで

 

などという暴露話が会談の締めくくりになった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

夕暮れの海岸線を、俯いて小石を蹴りながら歩く小さな姿。

 

勢いに任せて飛び出たはいいが、駆逐寮に帰るわけにもいかず

当て所の無いままに彷徨っていた時雨であった。

 

叢雲の馬鹿、そんな小さな呟きに応える声がある。

 

「馬鹿とは随分な言いようじゃない」

 

時雨が振り向けば、そこにはそっぽを向いた叢雲の姿。

目線を合わせないまま、二人、無言で波打ち際を歩き続ける。

 

「なんだよ、今更」

「あー、そうね」

 

歯切れの悪い言葉を最後に、しばしの静寂。

 

「ちゃんと、燃料拾ってくるのよ」

 

後の事は語るまでも無い事で ――

離れた椰子の木の陰から抱き合う二人を見守っていた影も涙ぐんだ。

 

「よかったわね、時雨」

「時雨が笑ってくれるなら、もうそれでいいわ」

 

そんな扶桑型の後ろから大淀が声をかける。

 

「いや、貴女たちは少しぐらい怒ってもいいと思いますよ」

 

多分に呆れの色を滲ませていた。

 


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