水上の地平線   作:しちご

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76 両手に生姜

神宮、元旦。

 

矢継ぎ早に訪れる参拝客に向かい、慌ただしく右往左往する巫女たちの中

どこか剣呑な気風の在る、見覚えのある黒髪の娘が混ざっている。

 

常日頃の黒尽くめを脱ぎ、紅白の巫女装束でお守りなどを売り捌いていた。

 

「ご一緒に破魔矢は如何でありますか」

 

あきつ丸であった。

 

すかさず後ろからハリセンで引っ叩いたのは電で、松葉杖をついている。

 

「いやいや、お客様の安寧を祈っての行いであります」

「だからお客様言うな」

 

見れば車椅子を押していた春雨が、ぽかんと口を開けた姿勢のまま

突如に発射されたリハビリ中の再生艦娘の行動に蒼白な状態で固まっていた。

 

「そも、運命を捻じ曲げるには代価が必要なのでありますよ」

 

慌てず騒がずに、臨時巫女娘が賽銭の道理を語り出した。

 

厄除け、来福を祈る、常日頃のご利益、様々な呼び方は在れど、結局の所は因果関係を、

こうあるべきと言う運命を自分の都合で捻じ曲げる行為に他ならないと。

 

そして、そのような呪術にはどうしても代償が必要に成ると言う。

 

「ありふれた代償としては、財貨でありますな」

 

その人間が手放した財貨の分だけ、受け取った者が不具合を引き受ける。

 

だから落ちている小銭などは拾わない方が良いと言う

どんな厄が擦り付いているのかわからないからと。

 

「厄除けに金を払う、金額分だけ厄を引き受ける、そういう呪詛なのであります」

 

余談だが、巷の祓い屋などが代金を受け取らずに立ち去った場合は、

現状が心底ヤバイ事態に陥っている可能性が在る。

 

金銭を受け取る事に因り、金額分の厄を押し付けられるのを避けている

のみならず、財貨を通じて厄そのものと縁を作るのを嫌がっているからだ。

 

などと語りを終えた揚陸巫女が、ぽかんとした顔で放置されていた

破魔矢などをを押し付けられて固まっている参拝客に向き直し。

 

「と言う訳でして、只今お神酒をお買い上げになられますとお得なセット価格に」

「セールストークですかッ」

 

いろいろと酷い巫女であった。

 

 

 

『76 両手に生姜』

 

 

 

謹んで新春のお喜びを申し上げます、航空母艦鳳翔です。

 

年越しの宴もそれなりに、そのまま各艦種がそれぞれの寮に戻りまして

二次会とでも言うのでしょうか、そのように騒いでいる最中に在ります。

 

料理の追加も一段落した所で、軽く息を吐きました。

 

気が付けば蛍の光の歌声も途絶え、何処か遠くで花火の音が聞こえ、

そして赤城さんと加賀さんが簀巻きにされている夜の底。

 

いや龍驤さん、顔色一つ変えず流れる様に自然な動作で簀巻かないで下さい。

 

あまりに自然過ぎて流しそうでしたよ今。

 

ええと、新年だからせめてもの情けで上半身は動く様にしていると。

 

そういう問題では無くてですね、いや待って、じゃあ吊るしてくるわって

情け容赦と言う単語の意味を間違えて記憶していませんか。

 

鳳翔さんもっと言ってやって下さいと、踏み付けられている赤城さんが

 

―― 何でしょうね、この多聞天に踏まれている邪鬼の様な気配は

 

言って来たのを受ける間に、餅つき機を抱えて入って来る隼鷹さん。

 

「あったよ龍驤サン、搗き立ての餅だッ」

「でかしたッ」

 

いや、電動餅つき機は龍驤さんの私物ですよね、何ですかその小芝居。

 

「んで、何処に在った」

「赤城サンの部屋」

 

振り向いて、キュピンと音のしそうな眼光で簀巻きを射抜く持ち主と

貼り付けた笑顔を蒼白に染め、素早く顔を背ける借りパク容疑者。

 

いやあの、お餅を搗くぐらいの事なら。

 

え、現在泊地で終戦景気にダブ付いている食料を買い占めているんですか。

特にタイやベトナム方面で余っているから、捨て値で買い込めると。

 

そして夕方に在庫確認したら、餅米が消えていた。

 

「てわけで、吊るしてくるわ」

 

はい、ご存分にどうぞ。

 

そんな厳かに見送る雰囲気の中に、言葉が入りました。

 

「赤城さん、何でそんな真似を」

 

悲壮な気配を滲ませ、悲し気な瞳で言葉を零すのは加賀さん。

 

何と言いますか、下半身が簀巻きで無ければ良かったのですが。

 

「龍驤、私だけでそんな真似が出来ると思いますか」

 

それを受け、座った目で秘書艦に話しかける赤簀巻き。

 

即座、青簀巻きが噴き出しました。

 

「赤城がスリーアウトでチェンジ、加賀はこれでツーアウトな」

「ちょっと待って龍驤、赤城さん、と言うか釈明の余地は無いのですかッ」

 

今気が付きましたが、簀巻きに髑髏マークが貼ってありますね。

 

赤城さんが加賀さんより1個多かったです。

 

「いや、確認するまでも無いやろ」

「疑わしきは何とやらと言うでしょうッ」

 

罰せずと言ったら言質を取られて後日に困りそうと、顔に書いてあります。

 

「疑わしきは綺麗さっぱりやったか」

「くッ、何て時代ですか」

 

龍驤さん、本音ですねそれ。

 

「えーとさ、加賀サンの荷物からも餅米発見したからね」

 

さりげなく入った隼鷹さんの一言に、即座に顔を背ける青簀巻き。

 

あ、はい、ツーアウト確定ですか。

 

プルプルしている加賀さんに、慈愛に満ちた笑顔を向けていた赤城さんが

龍驤さんの後ろに付いていた雲龍さんに引き渡され、途端に叫び出します。

 

「ぎゃーす、誘爆を、何としてもあとひとつ誘爆をッ」

「赤城さん、貴女だけで ――沈んでいけ」

 

無駄に息が合っているのは流石と言いましょうか。

 

「……これが、一航戦の絆」

 

雲龍さん、聞かなかった事にしておいてあげてください。

 

そのまま赤城さんが引き摺られ、折良く二水戦組が回覧してきまして

聞けば、川内さんを吊るすついでに回収に来たそうです。

 

そして哀しそうな瞳で、神通水雷戦隊の皆さんに運ばれていく赤い方。

 

「待っています、待っていますよ加賀さんッ」

 

伝説(せんだい)の木の下で待っているんですね、わかります。

 

「ここは、譲れません」

 

それは、宴席から離れないと言う意味ですか、

それとも龍驤さんの椅子にされている現状の事ですか。

 

見れば簀巻きに腰掛けている方は、搗きあがった餅を前に溜め息一つ。

 

とりあえず薬味でもと席を外そうとしたら皆に止められて、

 

人数増えそうやしウチがやるわって、そう言えば島風さんと天津風さん、

マッハで吊るしてマッハで戻って来ると言っていましたね。

 

……ええと今更ですが、一応は空母寮ですよねココ。

 

何か隅っこにイタリアの重巡洋艦の方も簀巻かれて転がっていますが。

 

そんな様々な疑問を華麗に躱し、雲龍さんを呼んで台所に運ばれていく龍驤さん。

 

手持無沙汰になってしまいました。

 

何はともあれと、皆さんにお酌などをしている内に時間が過ぎ

肴の数品も携えて部屋主が戻ってくる頃には、宴もたけなわ。

 

手頃な話題で盛り上がり、芸事などで楽しんでいる最中に言葉が在りました。

 

「んじゃ、そろそろ鳳翔さんから初笑いでもとっとくか」

 

言いましたね、龍驤さん。

 

去年までの私とは違います、今年こそは華麗にスルーさせて頂きます。

毎年同じ事を決意している気もしますが、今年こそは違うのです。

 

思えば昨年の、3の倍数の時だけ巨乳に成る龍驤さんは卑怯過ぎました。

 

しかし流石に、二年連続であのレベルが襲って来ることは無いでしょう。

 

つまり、勝機は我に在り。

 

「ここに、蜜柑がある」

 

そう言って龍驤さんが取り出したのは橙。

 

……いや、ツッコミませんよ。

 

「ヒュー、見るよあの蜜柑を、まるで橙だ、コイツはやるかもしれねえ」

「まさかよ、しかしそれだけでは鳳翔さんを笑わせられないでしょう」

 

隼鷹さんも飛鷹さんも、さりげなく横からアシストしないでください。

 

「師匠なら、きっと鳳翔さんの腹筋を爆砕してくれると信じている」

 

やめてください、何か物理で爆砕しに来そうです。

 

「それでもセンパイなら、センパイならきっとやってくれるはずだよ」

「むしろ、私たちの腹筋が巻き添えで壊されないか心配ね」

 

二航戦組のせいで、物凄い勢いでハードルが上がっていませんか。

 

しかし気にも留めず、蜜柑を手に青簀巻きの横に座り込む龍驤さん。

 

珍しく慈愛に満ちた優しげな顔で、蜜柑を乗せました。

 

加賀さんの胸に。

 

「加賀みモチ」

 

そっと一言を添えて。

 

 

 

どうしろと。

 

いや確かに、衝撃は凄かったのですが。

 

困り果てて視線をやれば、加賀さんが口を開きます。

 

真顔でした。

 

どこまでも、真剣な表情でした。

 

 

 

「賀正ーん」

 

 

 

ここで加賀さんは、卑怯だと思うのです。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

夜も明けて、晴れ渡る空に花火が上がる。

 

ブルネイ・ダルサラーム国、セリア。

 

イスラム教国であるこの国では、ヒジュラ歴を批准するため西暦で新年を祝う事は無い。

 

ただそれでも、英国統治の影響や在ブルネイ外国人の都合なども在り、

たまに何処かしら、例えばホテルなどで新年の宴席や花火などが小規模に行われていた。

 

ちなみに華僑は旧正月を祝う。

 

さりげに正月が3回ある国であった。

 

尤も、ヒジュラ歴の新年祝いはさほど盛んでは無く、断食月のハリラヤ・プアサの方が

随分と大々的に騒ぐイベントと認識されている。

 

さて、花火だ。

 

泊地より内陸、海岸線より1km当たりの地点に、英国軍駐屯地が在る。

防衛取極の取り決めにより、ブルネイに駐屯している英国グルカ兵の基地である。

 

かつては主に王宮など、重要施設の警備にあたっていたのだが、海域断絶により

完全にブルネイに取り残された形と成り、何とも微妙な立場に在る軍隊であった。

 

とりあえず本日の業務は、花火を上げる事であった。

 

そんな軍事施設の内部、屋外の喫煙所で煙を上げる姿が3つ。

 

有色人種の英国兵に、赤い水干の艦娘と、長い手足に全身剛毛、黒い顔の類人猿。

 

グルカ兵と龍驤、ナガト・ナガトである。

 

「で、倉庫の中身を国に持ち帰るとは思わないのかい」

「英国が誠実に対応してくれとるから、色々と便宜をはかってしまうんよなあ」

 

新年の挨拶周りにしては、剣呑な空気が醸されていた。

 

「俺たちの事かい」

「国同士の話や」

 

心底に持ち帰って欲しくない、そんな所に持って帰ったらどうなるかと。

 

「部下には、手を出さない様に言っておくよ」

「流石は音に聞こえた英国グルカ兵やな、信頼できるわあ」

 

良くも言うと、白々しい笑い声が響く場所に長身、黒髪の戦艦が訪れた。

 

「やはりこんな所に……待て、何だそれは」

 

長門の指摘に一人と一隻が目を向ければ、ぷかあと煙を吐き出す類人猿。

 

「……長門(ながもん)が、2匹やと」

「おい待て」

 

「えーと、どっちがナガトなんだ」

「いや本当に待ってくれ」

 

件のナガト・ナガトが器用に灰皿で煙草を消すと、異種族にも理解可能な

人好きのするタフな笑みを浮かべてウインクをする。

 

そして、軽やかすぎる野生の足取りで密林へと帰って行った。

 

セリア、海岸線に沿って伸びているため、密林がやたらと近い地域である。

 

―― ボルネオ・オラン・ウータン

 

地球上に存在する二種類のオランウータンの片割れであり、ボルネオ島に生息する種だ。

マレー語で(ウータン)(オラン)と言う意味であり、果実中心の食性、群れ成さず単独で行動する。

 

嘘を吐く、敵を陥れる、共謀するなど、人に近い特性を持つ。

 

縄張りを持った雄は顔の両端、フランジと呼ばれる器官が大きく発達し、

写真などで見る横に顔が広いオランウータンと成る、それ以外は普通に猿顔である。

 

高圧的な飼育員の居る動物園ではフランジが引っ込み、そうでない場合は発達すると言う

何とも内心が顔に出るを地で行く不思議な生態が報告されている。

 

どうでも良い話だが、インドネシアではヘビースモーカーのオランウータンに禁煙が強制された。

 

実に、喫煙者に厳しい世の中であった。

 


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