水上の地平線   作:しちご

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70 風の行方

ブルネイ第三鎮守府所属、駆逐艦島風は改造艦娘である。

 

―― やめるぉアカスィ、ぶぅっとばぁすぞぉーッ

 

などと言う小芝居から数時間、そこには海上で他鎮守府の島風をぶっちぎる元気な姿が。

 

―― もう艤装改造なんかしたりしないよッ

 

成果は上々であったものの、何か施術中にトラウマ的なモノが刻まれたらしい。

 

装備スロットの艦本式缶(ボイラー)が追加のタービンを回し、艤装から陽炎を立ち昇らせながら

発揮される尋常ではない出力が、島風を未知の速度へと吶喊させる。

 

そして何故か当然の様に、等速で追随する連装砲ちゃん(ナマモノ)

 

「あのナマモノ、そのうち離陸するんやないか」

 

そんな有様を埠頭から眺めている姿は2隻、明石と龍驤である。

 

「まあそんなわけで、出力部分の上限設定を外してみたんですよ」

「何や凄まじく怖そうな発言に聞こえるんやが」

 

懸念に工作艦は気負いなく、あくまでも近代化改装の一種だと語る。

 

装備の選択に因り過去の性能を凌駕する、ただそれだけの事だと。

 

「つーか、前も似た様な事やっとらんかったか」

「以前のは試行で、今回ので制式って感じですね」

 

見れば海上を、50ノットにも達そうかと思わせるほどの高速で疾駆する駆逐艦。

 

「ただ、装備スロットは埋まってしまいますが」

「さりげに致命的な事をボソっと言うなや」

 

ちなみに現在のブルネイ所属島風の装備は、タービンひとつに缶ふたつである。

 

速く走る以外に、出来ることなど無い。

 

 

 

『70 風の行方』

 

 

 

空が、近い。

 

試みに空の高さを問うてみれば、いったいどのような答えが返ってくるやろうか。

 

ヒトの手の届く場所よりも、僅かに高い位置にそれは在ると言う。

ならばウチから発艦する空の住人は、いったい何処を彷徨っとんのか。

 

大禍に至る刻限には多少の余裕が在るはずなのに、見上げれば赤い月が哂っとる。

 

ああ、月だ ―― その存在は呪いなのか祝福なのか

 

ただ其処に在る、それだけで空を仰ぐ者は常にそれを意識せざるを得ない。

 

空よりも高い空を、白銀の存在する闇を。

 

かつて伸ばされた手は当然の如く、何かに急かされる様に歴史の先端に置かれ続け

積み重ね、積み上げて、少しでも高くと、少しでも速くと無理をする。

 

大地を離れ、水を捨て、風を置き去りにしてまでも、何よりも疾く、過去よりも速く。

 

音すらも彼方へと過ぎ去れば、やがては超音速の世界へ。

 

ヒトの上にヒトを造り、僅かでも天に届けと臨む有様は、さながら災厄の塔の如き呪い。

 

―― ああ、これを一言で言い表すのならば

 

詰まる所、現実逃避や。

 

「前方2時方向に熱射病患者発見、回収するでー」

「がおー」

 

要は物理的に空が近くなっとるわけでな、具体的に言えば大和1隻分。

 

何か作戦参加で本土組が本格参入してきた途端、航空戦艦モードに移行しやがった

横須賀の大和型1番艦が居ったわけで、何か今日はもうひたすらずっと肩車の具な有様。

 

つーかアレやな、がっちりホールドされた足首にめり込む鉄甲乳が痛い。

 

「この島風ちゃん、横須賀(ウチ)の子じゃありませんね」

「なら舞鶴やな、たぶん」

 

何か熱気に半分ぐらい溶けかけとる、露出の激しいナマモノを拾い上げての発言。

 

やんぬるかな、埠頭には南国の湿気と熱気を甘く見た駆逐艦が倒れとる、パタパタと。

 

呉の雪風だの佐世保の時雨だの、縁の深い所に所属する艦は結構プライド高目なわけで

ついつい倒れるまで無理をしがちと言うか、おかげで回収作業が面倒な事この上無い。

 

「んじゃ、救護テントに搬送やー」

「あいあいさー」

 

とりあえず、さっきから海上で天津風(あまつん)とデッドヒート繰り広げとんのがウチの島風やな。

消去法的に、木陰でのんびりとアイスティー啜っとんのが横須賀所属か。

 

そんなこんなで死屍累々のテントの影に、新たに犠牲艦を並べて状況終了。

 

遮光の壁の在る大型の軍用テントの中に、取り付けられた空調の音だけが響いている。

 

「ブルネイ所属艦は倒れませんねえ」

「何だかんだで慣れとるからなあ」

 

所属を見て見れば、佐世保舞鶴佐世保舞鶴、呉横須賀に舞鶴呉、あと佐世保。

 

「って、矢矧、何で倒れているんですかッ」

 

見れば駆逐艦に混ざって転がっとる黒髪ポニテは、横須賀所属の阿賀野型(おっぱい)軽巡、矢矧。

 

最後の力を振り絞るかの如き悲壮な雰囲気で、戦艦部分に対して口を開いた。

 

「大和、さん…… そ、その邪悪な俎板に騙されて、は、いけ、ませ……がふッ」

 

そういえば肩車以降にずっと、物陰からの刺すような視線を感じとったんやけど。

 

などと考えていたら、何か太腿の下あたりが怖い。

 

「とりあえず、冷やしておきましょうか」

 

うん、能面の様な笑顔で矢矧の上に保冷剤てんこ盛りにするのは勘弁してあげてな。

何か紫色に成って来とるし、譫言でペンギンがどうとか言いだしとるし。

 

まあ何や、夢の中でペンギンのフレンズと歌って踊りはじめた冷凍食品は置いといて、

いやだって大和怖いし、眉一つ動かさずに保冷剤ピラミッド作っとるしこの娘。

 

「姉上、いったい何をやっているんだ」

 

最後に「矢矧の眠りを妨げる者、死の翼触れるべし」とか書かれた紙を貼りつけている頃合、

救護室を訪れたのは微妙に脂肪が乗って柔らかい、割れた腹筋も神々しい褐色の2番艦、武蔵。

 

脳味噌が筋肉なのは言うまでも無い、すなわち全身これ鍛え抜かれた脳。

 

「すごーい、かしこーい」

「……龍驤さん、さては疲れているだろう」

 

冷や汗を流しながら声を掛けて来る様に、うっかり常識を持ってしまった者の悲哀が見える。

 

「激流を制するは静水なんや」

「全力で諦めていると言わないか、それ」

 

ハイライトの消えた眼で譫言を口にすれば、律儀にツッコミが。

 

……実は夕立あたりよりも秘書艦適性高くないか、コヤツ。

 

それはそれとして、突然寒気がとか蒼白な顔で叫びおった大戦艦はとりあえず置いておく、

何をやっているかと問われても、何やろう、現状を整理してみようか。

 

矢矧がピラミッドに埋葬されとる。

 

掘り起こした方は46cm砲でブチ抜きます的な意味の脅迫文も貼られとる。

 

ウチは大和の装備スロット1番に入れられて航空戦艦モード(かたぐるま)にされとる。

 

「何やこれ」

「いや本当に、何をやっているんだ」

 

強いて言えば熱射病患者の救護活動や、たぶん。

 

「見ての通り、ファラオの呪いが矢矧に降りかかっている所です」

 

太平洋のど真ん中で怪しい儀式をせんといて。

 

「あー、えーと、龍驤さん、頼む」

 

「そやな、まず古代エジプトでは王の事をファラオとは言わん、ユダヤ人のでっち上げや」

「うげふッ」

 

おらが村の歴史を旧約聖書として翻訳する時に、中東のファラオさんの村で虐められたから

一族連れて逃げ出しましたの部分がショボすぎたので、大国エジプトで奴隷にゲフゲフン。

 

触れるとそれこそ死の翼に触れかねんネタはともかく。

 

まあそんなわけで西洋が延々とエジプトのファラオ、ファラオファラオと連呼していたせいで

今ではすっかりエジプトですらファラオと言う呼び名が定着してしまったと言う塩梅。

 

「あと、死はその素早き翼を以って飛び掛かるであろうの呪いの碑文もでっち上げや」

 

そんな碑文は存在せん、ついでに言えば発掘関係者は結構長生きしとる。

 

「ふ、ふふふ、さすが航空戦艦の頭脳、ナイスなツッコミです」

 

「あ、ウチ頭脳労働担当やったのね」

「自爆を誘発する頭脳担当ってどうなんだ」

 

次いで、というか航空戦艦なのは既に既定路線なのかと、呆れた声。

 

極めて尤もな意見も馬の耳の如くに流し、茜色の空が綺麗だわテントの屋根しか見えんけど

なんて現実逃避を再開したあたりで、復活した大和が真面目な顔で武蔵に語り掛けた。

 

「実は、貴女の姉の大和は先日、豆腐の角に足の小指をぶつけて轟沈しました」

「豆腐、強いな」

 

何か凄い事を言いだした、関係者が聞いたら血涙を流す感じの。

 

「絹ごしでしたら大破で済んだのですが」

「高野豆腐とかが条約で禁止されそうな勢いだな」

 

臭豆腐あたりは化学兵器か。

 

「そういうわけで私は、ブルネイに着任予定の伊予型航空戦艦(かいやまとがた)1番艦、伊予なのです」

「信濃か紀伊あたりで止まってほしかった」

 

そこで容赦なく妹を生贄に差し出すあたり、武蔵も大概良い空気を吸っとる気がすんねん。

 

「ハンドルネーム謎の龍驤型2番艦Gさん曰く、歴史が無いなら言った者勝ちだと」

 

何やっとんねん、グラ子。

 

いや本当に、ハンドルネームって、何やっとんねん。

 

「あと、謎の青い正規空母Kさんに因ると、龍驤様の魅力は太腿だと言うので」

 

そうか、妙に両足をガッチリとホールドしとんのは、そんな理由か、ぼすけて。

 

「まあこの際、龍驤さんの貞操は置いておくとして」

「いや待って、置いていかんといて、結構大事やからそれ」

 

あっさりと切り捨てられた哀しみを声に出して訴えている最中に、押し寄せる音。

 

「その太腿は、譲れな ――」

 

何か凄い頭悪い事を言いながらテントに滑り込んで来た駆逐艦が1隻。

 

後背と頭頂の艤装から煙を吹きだしながら、ずるべたと床を滑りまくっとる。

見事なまでにオーバーヒートしとんな天津風(あまつん)、いろんな意味で。

 

「ブルネイ所属艦1隻、入渠ですね」

 

うわぁい、スルーされたくない話題を華麗に消し去る冷静な対処。

 

そして持ち上げられた天津風が、航空戦艦モードなウチらを見上げて来る。

やがて疲労に朦朧とした視線で、遺言を告げるような風情で口を開いた。

 

「し、島風を、ぶっちぎって、来た……わ、ガクッ」

 

何やっとんねん、つーか可能なのかそんな事。

 

あ、装備スロットに新型缶ガン積みしとる、この娘。

 

息を吸って、吐く。

 

とりあえず落ち着いて、何か聞き逃してはいけない発言があった様な気もするが、

まあ何や、頑張った様なので頭でも撫でておこう、ワシワシと。

 

「すいませーん、舞鶴の天津風ですが、コッチにブルネイの私が運ばれていませんか」

 

患者を並べている内、熱気が気に成って来たので空調を強化でもと考えているあたりで

テントの外に見慣れた二つ括りの銀髪の姿が見えて、そんな事を問う。

 

「こっちに転がっとるでー」

「あ、龍驤さん、はじめまして」

 

花の咲くような笑顔を向けられて、互いの紹介を経てから、軽く事情を聴いておく。

 

缶のガン積み最速島風をぶっちぎるため、装備の新型缶を貸していたそうだ。

 

「これで舞鶴(ウチ)の島風も、ちょっとは大人しく成るでしょう」

 

エヘンとか聞こえてきそうな可愛らしく胸を張る姿に、何となく癒された。

 

「うん、何かこの天津風(あまつん)、丁寧で優しそうやな」

 

癒し系天津風と言う奇跡を目の当たりにして、ついついそんな言葉が零れてしまう。

 

「いや、ナチュラルに大和型2隻を無視していたぞコイツ」

「流石と言うべきでしょうか」

 

前言は撤回しておこうか。

 

天津風(あまつん)はどこまで行っても天津風(あまつん)なんやなあと思った昼下がりやった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

久々に全力全開で走った気がして少し疲れた感じの私、島風です。

 

今作戦の参加駆逐艦には、ミールカードなるものが貰える事と成りまして

早速に使ってみようと、米軍仮設基地に設置された日米共用食堂に辿り着きました。

 

カードを提示すると1日に3回まで無料でご飯が貰えるのです、いやっふー。

 

そんなわけでレシート状のチケットを貰って、メニューの選択で悩む事しばし。

 

今日のメインはチキン、もしくはミートボールスパゲッティーでした。

 

ミートボールは魅力ですが、米帝クオリティのすぱげってーはかなりブヨっていますので

ここは素直にチキンを選択しましょう、香辛料マシマシなローストの。

 

チキンの足のローストではありますが、丸焼きを四分割して内側の骨を切り落とした感じで

なんというかダイナミックメリケンと言う雰囲気がひしひしと伝わってきます。

 

汁物はカドゥン(煮込み)ビーフ(牛の)シャンク(すね肉)、牛のすね肉とザク切りのキャベツをコトコトと

煮込んだチャモロ料理ですね、大きく切ってあるけど何となく具が少な目。

 

付け合わせはポテトかライス、グレービーのかかったマッシュポテトに惑わされますが

汁物がチャモロなのでライスを選択しました、そしてお盆に乗せられたのは朱色のご飯。

 

ソースバーではフィナデニを取って、ドリンクバーではチョコミルクをセレクト。

 

以前提督が、ミルクとチョコレートミルクがドリンクバーにあるのが

米軍って感じがするとか言っていました、そんなものなのかな。

 

とりあえず席について汁物を一口、そのまま具をフィナデニに漬けながら頂きます。

 

フィナデニは醤油、酢、柑橘類、唐辛子、玉ねぎなどで作られたソースで

何にでも合う万能ソースと名高い、強いて言えば唐辛子の入ったポン酢的な感じ。

 

塩的なシンプルな味付けの牛肉スープに、柑橘の香りが暑さにやられた身体に染みわたります。

 

そして煮込んだキャベツは熱帯の救世主だと思う、異論は聞こえない。

 

そのまま香辛料が塗りたくられたチキンを齧りつつ、鮮やかな朱色に染まったライスも一口。

凄まじい色合いなのにお米の味しかしないと言う、レッドライスですね。

 

これもチャモロ料理の一種で、ケチャップライスの様な色合いで誤解されがちな外見ですが、

アチョーテの実で色を付けただけの普通のお米なのです、味無いです、お米の味しかしません。

 

チャモロ料理と言うのはグァムを中心とした地域の伝統料理で、もともとは島の海産物と

農産物を組み合わせて、甘い、酸っぱい、もしくは辛いという方向性で仕立てた料理だそうです。

 

そこにスペイン、アメリカ、日本と占領統治した国々の影響を加味し、地理的に東南アジア

各国や中国の影響も受け、何か凄い方向に進化したのが現在のチャモロ料理だとか。

 

さりげに缶詰食材とか使うあたりがアメリカ的と、龍驤ちゃんが言っていました。

 

私的にはドライビーフの様に、牛肉の塩漬けの天日干しとかがアメリカだなあと思います。

 

そして良い加減に食べ進んだあたりで、お盆の上にそこそこ残ったレッドライスを

これまた残ったカドゥン・ビーフ・シャンクに入れてしまいます、だばーっと。

 

実は汁掛けで食べる物なのです、これ、ご当地ネタ的な食べ方ですが。

 

でも今日のセットはお盆に乗せられているので、スープの方に入れてしまうわけで、容赦なく。

 

そのままサバサバと流し込む様に頂いて、満足、米帝もなかなかやりますね。

 

米軍食堂と聞いた時は、てっきり肉、ピザ、コーラってノリだと思っていました、反省。

 

でもちょっと残念なのは秘密です。

 

ところで、さっきから米軍の兵士さんたちが通りすがる度に、

何故か私の席にチョコバーを次々と置いていくのですが。

 

何か既にジェンガの様に積み重なっています。

 

いやだから、良い笑顔でサムズアップしながらフェードアウトされても。

 

えーと、コレ一体どうしよう。

 


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