水上の地平線   作:しちご

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給糧艦間宮大破事件

―― 巨大蝦蟇の鳴き声が響く

 

豊臣秀吉が木下藤吉郎だった頃ッ!

 

琵琶湖の北に『白目教』という怪しい宗教が流行っていたッ!

 

……それを信じない者は恐ろしい崇りに見舞われるという

 

その正体は何か?

 

藤吉郎は白目教の秘密を探るため、帝国海軍から全通甲板の航空母艦を呼んだ

 

その名は ―― 『赤壁(あかかべ)』参上ッ!

 

 

 

『給糧艦間宮大破事件』

 

 

 

読者への挑戦(しんきんぐたいむ):ヒントは全て出揃った、さあ、犯人を推理してみよう)

 

 

「せめて犯行現場の描写ぐらいはしなさいよッ!」

 

間宮厨房にて唐突にメタなツッコミを全力で入れたのは、叢雲。

 

その声に応えるわけでもないが辺りを見回せば、悲惨。

 

飛び散った厨具、空に成った鍋、頭にコブを作って倒れている割烹着の艦娘、間宮。

 

誰一人言葉を発しない厨房に、何処からか懐かしい雰囲気の音色が届いてくる。

 

電影箱から流れて来たのは海軍広報の人気番組、全通甲板の空母「赤壁」のテーマソング。

巷の噂では、何処かの赤い水干の軽空母への嫌がらせのために企画された番組だと言う。

 

さきほど偶然に泊地へと到着していた憲兵隊から、あきつ丸が現場の検証を行っていた。

 

最後に鍋に僅かに残ったデミグラスソースを被害艦の指に付け、床に文字を描き出す。

 

―― 憲兵隊の電

 

「これでよし、であります」

「何ナチュラルにやらかしてくれやがっているのですか」

 

謎が謎を呼ぶダイイングメッセージであった。

 

モップを手に現場に突っ込もうとする副官を、現場保存でありますと押し留める隊長。

 

もはや一刻の猶予も無い、残された時間で何かを掴まねばと連絡を受けて急行していた

龍驤の灰色の脳細胞が回転する、そんな事よりおうどん食べたいと。

 

「犯人は赤城やとしてや、いったい誰がこんな事を」

 

いっそ清々しいほどに思考が放棄されていた。

 

「ちょっと待ってください龍驤、今何か凄まじい枕詞があった気がするのですが」

 

簀巻きにされた副官電の向こう、厨房の隅で隠れてジャガ芋を齧っていた赤城が、

慌てて立ち上がっては龍驤の発言を咎めるものの、返答はにべも無い。

 

「夕立ですら赤城と答えるで、間違い無く」

 

梯子状神経系で動作していると異名をとる彼女でも断言する、ぽいすら付かない。

 

どうでもよい話だが、ジャガ芋とはジャガトラ芋の略である。

 

江戸時代にオランダ経由でジャワのジャガトラ、現在ではジャカルタと呼ばれている地域

の芋として伝来し、ジャガトラの芋、ジャガタラ芋、ジャガルタ芋などと呼ばれる様に成った。

 

後にその名が縮まってジャガ芋と呼ばれるようになる、そんな経緯である。

 

それはさておき、流石に乱暴すぎると赤城をフォローしようとするのは翔鶴。

 

「……………………」

 

瑞鶴と連れ立って間宮へと訪れた、第一発見艦である。

 

「……………………」

 

そう、フォローしようとしたのは翔鶴。

 

「……………………」

 

フォローをしようという意思だけはあった、きっと。

 

祈りは天に届かず叫びは地に響かず、想いはヒトに届かない。

ああそうだ、世界はこんなはずじゃなかった事ばかりだ。

 

かくして事件は終結するかに見えた、だがここで一隻の艦娘が行動を起こす。

 

身体は鉄面皮、頭脳は何か生温かい、真実はいつもひとつな一航戦の青い方、加賀である。

言うまでも無いが、真実と事実と現実と史実と正史が一致するとは限らない、リアル。

 

―― 赤城さん、すいませんッ

 

心の中で謝罪を告げると、加賀は腕時計型和弓、全長七尺三寸を引き絞り

 

射抜く、と言うには些か重々しい打撃音を伴って、赤城の米神を撃ち抜いた。

 

衝撃に錐揉み回転を加えながら、危険な角度で壁に床にとバウンドをして倒れ伏す赤城。

 

突然の凶事に驚愕の表情を以って龍驤とあきつ丸が口を開いた。

 

「眠りの赤城(永眠)やッ」

「眠りの赤城(永眠)殿の名推理がはじまるでありますなッ」

 

そう、急所を撃ち抜かれ脳漿と鮮血を撒き散らしながら吹き飛んで、

痙攣をしながら体温が下がって行くのが、名探偵赤城の推理がはじまる兆候である。

 

最後の力を振り絞り、床に「か」の文字を書いた赤城の指を、加賀が優しく握りしめた。

 

そして「か」の左側に「ずい」、右側に「く」と書き記して一息を吐く。

 

そのまま懐からマイクを取り出し、滔々と発言を響かせた。

 

「この事件、犯人は他に居ますッ」

「清々しいほどに隠れる気が一切無いッ!?」

 

叢雲が叫ぶ、瑞鶴が赤城へと近付く、加賀が瑞鶴にアームロックを極める。

 

それ以上いけない、あきつ丸が場を納める。

 

「では龍驤、あとは任せました」

「丸投げかいッ」

 

眠りの赤城(永眠)の名推理は今日も冴え渡っていた様だ。

 

話を戻そう。

 

ジャガ芋を馬鈴薯と漢字で書いたのは18世紀初頭、小野蘭山の「耋筵小牘(てつえんしょうとく)」である。

 

17世紀に中国で刊行された「松渓県志」に在る馬鈴薯の記述から、馬鈴の如き特徴的な形状、

大きさ、色などが一致したため、これこそが馬鈴薯だと日本国内に紹介した文章と成っている。

 

そしてジャガ芋に馬鈴薯の名称が定着するわけだが、ひとつだけ問題が有った。

 

松渓県志に記された植生とジャガ芋の植生がまったく違うのである。

 

蔓の形状も色も薯の成り方も何もかもが、要するに芋の形だけ似ている別物であった。

そんなわけで小野蘭山は様々な学者にツッコミを入れられまくるわけだが、時既にお寿司。

 

日本国内には既に馬鈴薯と言う名称が定着してしまっていたと言う。

 

参勤交代に因る、世界的に見ても異常なほどに速い情報伝達速度の賜物であった。

 

そんなわけで、今も中国の奥地でひっそりとマイナー品種として真・馬鈴薯が存在している。

 

それはさておき、とりあえずに龍驤が定番のアリバイ確認とばかり、あきつ丸立ち合いで

別室にて1隻づつ話を聞こうと、まずは第一発見艦の翔鶴を個室に連れ込んでから暫く。

 

ようやくに出てきた折、2隻に挟まれた翔鶴が口を開いた。

 

「ワタシガヤリマシタ」

 

目からハイライトが消えていた。

 

「哀しい……事件やったな」

「まったくであります」

 

「犯人を作り出すなッ!」

 

撃てば響くようなツッコミが叢雲から飛ぶ。

 

その声を受け、沈痛な面持ちをしたあきつ丸が悲し気な色の声を口の端に乗せた。

 

「実は自分、見てしまったのであります、昨夜遅くにバールの様な物を抱えた翔鶴殿が」

 

―― 待っていたぜ、この"瞬間(トキ)"をよぉッ

 

「などと言いながら間宮厨房に忍び込んでいった姿を」

 

    !?

 

「有力な証言が得られたな」

「ワタシガヤリマシタ」

 

重々しく頷く龍驤の横、機械の様に自白を繰り返す犯人が居た。

 

「って、あんたはさっき着いたばかりでしょうがああぁッ!」

 

しかも推定犯行時刻はついさっきである。

 

怒髪天を衝く特型駆逐艦の肩を掴み、真面目な顔をして揚陸艦が言葉を奉げた。

 

「叢雲殿、心を落ち着けて聞いてほしいであります」

 

真摯な色を映す瞳が、叢雲の言葉を止めさせる。

 

「年2回の賞与査定、憲兵隊から在る程度の融通を利かせる事が可能なのですが」

「哀しい、事件だったわね」

 

真実はいつも哀しい。

 

やるせない思いを抱き続ける、それが生きると言う事なのだろう。

 

黄昏に染まる厨房の中に、アームロックで固められた瑞鶴がタップする音だけが響いていた。

 

そして間宮が起き上がる。

 

とても間の抜けた数秒間が経過した。

 

「「「「キェェェェェェアァァァァァァウゴイタァァァァァァァ!?」」」」

 

「あ痛たた、あれ、どうしたんです皆さん」

 

「「「「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」」」」

 

まあ、赤城や加賀が死んでいないのだから、瘤が出来たぐらいで死ぬわけが無い道理である。

 

「何にせよ、これで一件落着でありますかな」

「ワタシガヤリマシタ」

 

事件の解決した爽やかな空気が、厨房の空気を軽くする。

 

「いや待て、ここに生前の被害者から預かった遺言状があんねん」

「いや、生きてますから」

 

間宮の発言をスルーしつつ、龍驤から一通を受け取ったあきつ丸が書面に目を通す。

 

「何々、私が大破もしくは轟沈した場合、いかなる理由、いかなる動機があろうとも」

 

―― 間違いなく犯行は赤城さんの仕業です

 

真実がそこに在った。

 

そして、あきつ丸が床に視線を向ける。

 

ついで、龍驤も釣られて視線を向けた。

 

そこには倒れ伏した赤城の姿、指先には血文字で陽炎と書かれている。

 

その向こう、厨房の外では陽炎が不知火に飛び膝蹴りを叩き込んでいた。

 

「一件落着やな」

「で、ありますな」

 

今日もブルネイは平和にされていたと言う。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「で、何で私が簀巻かれているのでしょう」

 

例によって例の如く、鮮やかな手並みで龍驤に簀巻かれるのは、加賀。

 

「そりゃあほら、犯人は赤城やとして、や」

 

張り付いたままの笑顔を変える事無く龍驤が言葉を紡いだ。

 

腕時計型和弓(くちふうじ)をしたって事は、キミも共犯やったって事よな」

 

その言葉に、加賀の表情は変わらねど、蒼白と成りだらだらと冷や汗が流れ始める。

 

―― そもそもの不自然な点は、からっぽの鍋

 

何故、間宮がコケる様な事態に成ったのか。

 

―― 鍋に残ったデミグラスソース

 

何故、器具が散乱していたのに料理が散って居なかったのか。

 

―― 壊れたままの翔鶴

 

とりあえず姉妹揃って入渠しているので大丈夫だろう、たぶん。

 

やがて、荷馬車に揺られる子牛の如くに悲しそうな瞳で引き摺られていく加賀。

 

犯人は他に居ます、奇しくも自白した通りの真実であった。

 


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